異郷の獣王達3
曰く、村を襲撃したドラゴンは身の丈三十メトルもあったという。
ドラゴンはこの世界で最も繁栄した動物だ。あらゆる環境に生息し、その種類も多様。そして優れた捕食者として、生態系の頂点及びその近くに位置する種が多数存在する。
強大な捕食者は、巨大な身体を持つものだ。生態系の頂点に君臨するドラゴン種も巨大な、人間が小動物に思えるほどの巨躯を有す。
が、それでも三十メトルはあまりにも巨大過ぎる。大型の種でも、その半分程度が普通だ。大抵のドラゴンは生きている限り成長するので、長生きするほど大きくなるが……大きくなれば食糧もたくさん必要になる。成体ドラゴンの死因はほぼ全てが『餓死』なのは、そうした事情からだ。最大級の倍の大きさを支える食べ物の量を考えれば、三十メトルのドラゴンなど与太話にしか思えない。
だが、心当たりがあれば話は変わってくる。
「……あの、そのドラゴンが何をしていったか、何処に行ったのか教えてくれますか?」
「ん? ああ、良いですよ。ただベガさんから聞くのは無理でしょうから、私が聞いた範囲で、ではありますけど」
スピカが更に詳しい話を求めると、若い男はそう答えた。
確かにベガと言われた中年男性の姿を見るに、今でも酷く怯えた様子だ。その怯えが、目にしたドラゴンの記憶がそうさせるのなら、話題に出して思い出させると更に怯えてしまうだろう。全部を聞き出すには長い時間が掛かると思われる。
なら、きっと長い時間を掛けて聞き出した村人に尋ねる方が合理的だ。
「ええ、それで構いません」
「でしたら……えっと、そいつは北の空からやってきたようで……」
若い男はつらつらと話してくれた。
男としては、世間話のつもりで話していた事だろう。時折思い出すように考え込むだけで、何かを言い淀むような口振りもない。
しかしその口は徐々に重くなり、そして表情は強張っていく。
理由は男でなくとも分かる。話を聞いていたスピカの顔が、徐々に怒りの感情に満ちたものへと変わっていったからだ。スピカ自身、それを自覚していた。分かっているのに、表情が変わっていくのを抑えきれない。
「……それで、そいつはどっちに行ったの」
「え、えっと、どっちだったかな……み、南だった、ような……」
「南ね。分かった、ありがとう」
しどろもどろになりながら答えた男に、悪鬼のような表情と感謝を返し、スピカはその場を離れる。
そして向かうは、ウラヌスの方。
ウラヌスは村人達と話をしながら、何かを食べていた。どうやらデネブ達が煮詰めていた鍋の中身らしい。口いっぱいに頬張る子供っぽいウラヌスの姿に、村人達はにこにこと笑い掛けている。
そんなウラヌスの肩を、スピカはぐっと掴む。
「行くよ。急ぎの用事が出来た」
「む。そうなのか? みんな、ごはんありがとなー」
「おう! またこっちに来る事があったら、鍋ご馳走してやるからなー!」
ウラヌスが感謝を告げれば、村の人間達は笑顔で送り返す。スピカが若い男から話を聞いている間に、ウラヌスは随分と打ち解けたようだ。これもまた彼女の才覚なのだろう……単純に村の人間が子供好きというだけかも知れないが。
スピカはウラヌスを引きずりながら、村の外である南に向けて歩き続ける。村人の姿が見えなくなるとウラヌスは自分の足で歩き始め、スピカの横に並んだ。そして顔を覗き込みながら、眉を顰めてこう尋ねる。
「どうした? さっきから顔が怖いぞ?」
ウラヌスに尋ねられたスピカは、更にその顔を顰める。
しかしすぐに、ため息を一つ吐いた。彼女にこの顔を向けたところで意味がない。いや、『アイツ』に見せたとしても無意味だろう、と。
人と馴れ合うつもりもないが、無闇に嫌われてもなんら益がない。眉間を指で解し、少しはマシな顔にしてから、スピカはウラヌスの問いに答える。
ただし直接的な答えではなく、その理由を遠回りに、であるが。
「……さっき村の人に、村を襲った生き物の特徴について聞いた」
「おー、そうなのか。どんなのだ?」
「体長三十メトル。まぁ、この大きさは正直当てにならない。恐怖に染まった人間は、相手の大きさを何倍にも見誤るものだし」
恐怖は心に強く残るもの。そして人間は、割と印象の大きさと実際の大きさを混合する生き物だ。虫嫌いの人が叫ぶ「手ぐらい大きい虫がいた!」と同じぐらいの信憑性と思えば良い。三十メトルなんて言っても、実際の大きさは十メトルぐらい、という可能性もあるだろう。
しかし他の特徴、つまり身体の各部位に関するものについては、多少の誇張はあれども出鱈目とはなるまい。
「まず翼を持っている事。ただし羽毛じゃなくて腕に皮膜が生えている」
「ほうほう」
「それから身体。胸部が大きく発達していて、足は割と貧弱に見えたらしい」
「ほー」
「あと顔。暗くてよく見えなかったけど、爬虫類のような目をしていたとか。それと金色に光っていたらしいわね。あと細長い尻尾は、身体と同じぐらいの長さがあったとか」
「ふむふむ」
「最後に頭。角が四本生えていて、いずれも後ろ向きに伸びている」
「はー」
村人から聞いた特徴を一つずつ挙げていくと、ウラヌスは納得したように頷く。尤も、呆けた顔を見るによく分かっていないようだが。
無理もない。この言葉だけで想像を膨らませても、頭の中で描く姿は人によって様々だろう。これだけでなんという生物か当ててみろ、なんて言うつもりは毛頭ない。
だからスピカは『答え』を告げる。
「ワイバーンだよ」
「ワイバーン? なんだそれは、強いのか?」
「まぁ、ドラゴンの中では強い方ね。生態系の頂点に立ってるところもあるし」
この草原に来たばかりの時、頭上を飛んでいた生き物がそうなんだけど……そう言おうとしたスピカだったが、話が逸れそうなので止めておく。それよりも、今はワイバーンについて意識を巡らせた。
ワイバーン自体は、珍しい存在ではない。世界の様々な地に生息している獰猛な捕食者だ。ドラゴンの中でも特に飛行能力に特化しており、その飛行能力で世界中に分布を広げる事が出来た。亜種や近縁種も多く、ドラゴンの中で最も繁栄した種族と言えよう。
ウラヌスの反応を見るに、ゴブリンの生活圏にはいなかったようだが……もし生息していたなら、彼女の向こう見ずな考え方も少しは違ったのではないかと思うぐらいに大型種は強い。地域によっては生態系の頂点に君臨しているぐらいなのだから。この地域にもワイバーンが生息している事は、頭上を飛んでいる個体がいた事から間違いない。食性から考えても村を襲う事は十分あり得る。
とはいえ違和感も残る。村人にとってワイバーンは見慣れた存在の筈だ。なら、例え襲撃された恐怖があったとしても、大きさを見間違えるとは考え難い。そもそもワイバーンは昼行性、つまり日が出ている時間帯に活動する生物である。夜間に村を襲撃するというのは普通ではない。
言い換えれば、普通じゃない個体であればそれらの条件を満たしてもおかしくない。
「私は、襲撃してきた奴に一つ心当たりがある。あくまで心当たりで、そいつだって確信している訳じゃない。だから確かめたいの」
「確かめて、どうしたいんだ?」
「殺す」
ハッキリと告げる、敵意の言葉。
躊躇いのない物言いは、常人ならば息を飲ませるだろう。しかしウラヌスは、大した事ではないと言わんばかりの無反応だ。
「ふーん。そいつと何かあったのか?」
「……………」
「なぁなぁー」
疑問に思ったウラヌスからの、無邪気な問い掛け。気遣う訳でもない物言いは、スピカをほんの少し苛立たせる。
されど、その言動を戒めようという気にもならない。
むしろ心の中に一つの想いが込み上がる。
勇ましい性格の彼女であれば、分かってくれるのではないか、と。
「(ああ、全く我ながらほんと女々しい……)」
何故こんな願望が出てくるのか。同意されたからなんだというのか。そう合理的に振る舞おうとするも、胸の中がぐずぐずと渦巻き、感情が沸き立つ。冷静さが取り繕えない。
「……答える前に一つ、訊きたいんだけど」
「ん? なんだ?」
「家族の仇に復讐したいって言われたら、アンタはどう答える?」
人並みに察しが良ければ、スピカの話したい事が全て伝わるであろう問い掛け。
しかし人並みを遥かに超えて脳天気なウラヌスは、キョトンとした表情を浮かべた。次いで首を傾げ、そして考える事もなく答える。
「……? どうと言われても、止めた方が良いんじゃないか? 復讐は何も生まんぞ?」
なんともあり触れた回答を。
実につまらない答えだった。それ以上に聞き飽きた答えで、スピカは苦々しく思う。その苦々しさが一つの想いを形作っていく。
お前も私を理解しないのか、と。
「……なら、良い。これ以上話す事はないから」
「んんんー? 全然分からんぞ? なぁ、何があったんだ? なぁー?」
何も分かっていないウラヌスが執拗に尋ねてくる。だが、スピカは答えずに歩くばかり。
もう、答えるつもりもない。
ウラヌスの問い掛けが止まれば、二人の間に流れるのは沈黙だけとなるのだった。
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