主役になれない素材たちの炒め物

真白よぞら

ネギ、もやし、しめじ、スナップエンドウ

 飯時、私は冷蔵庫を開ける。

 仕事で疲れたこの体を回復させる素材は何が揃っているだろうか。しっかりと体力を補える奴はいるのだろうか。そう、具体的に言えば肉と呼称される奴だ。


 冷蔵庫が完全に開く数秒の間、私の思考回路はまるで回鍋肉のようにグルグルと回っていた。

 

 よし、ある。昨日の私は奴を上機嫌で買っていた! しかも分厚めのステーキだ!


「さぁさぁ豪快にフランベでもしてやろうかしら」


 スッ。スカッ。


「……?」


 スッ。スカッ。


 おかしい。何かがおかしいぞ? 

 いいお肉は冷蔵庫の手前に置くのがマイルール。


 だがそこに伸ばされた私の手は虚しく空振りに終わった。二回も。


 じっくり時間をかけて冷蔵庫を見渡す。節約のために開けたらすぐ閉めるなんてのは所詮理想だ。

 

「ない……肉が……」


 端から端、上から下、どこにもない。きっとこれはあれだ通りすがりのマジシャンがタネを仕掛けていったに違いない。間違いない。


 私は冷蔵庫をバタンと閉める。そしてスー、ハー。と一呼吸置く。


 時は来た、いざタネ明かしだ!


「ショーターイム!」


 空の箱から急にコインが出てくるマジック。きっとその要領で通りすがった野良のマジシャンがイタズラしたんだ。


 私は、サプライズなんだろ? なんて期待に喜び冷蔵庫を開けた。


「……」


 期待は容赦なく砕かれた。


 そりゃそうか、一人暮らしOLのマンションに野良マジシャンが出没したら事件だわ。


 現実に引き戻された私は、脳内でほくそ笑む野良マジシャンを蹴り飛ばしながら、昨日買った直後に焼いてワインと共に胃袋に収納したことを思い出した。


「……もう歳かな」


 こうしてステーキ消失事件は、私に老化の不安を残して解決することができた。

 

 なのだが。


「冷蔵庫がすっかすかじゃい……」


 そう私の冷蔵庫には点々としか物が入れられておらず、中身がスカスカで寂しさすら醸し出していた。


 もう冷食でいいか、そんなことを思いながら冷凍室を開く。


「すっからかんじゃい……」


 いや、うん。予想はしてた。ケーキ屋でもらう保冷剤しかなかった。


 どうしようか、今晩私は何も食べずに金曜の夜を過ごさないといけないのか……?


 とりあえず冷蔵庫の角にポツンと置かれた缶ビールをプシュッと開けて、ゴクリゴクリと喉にホップと麦を絡ませていった。


「さて……」


 現実逃避から覚めた私。


 また冷蔵庫と対峙する。


「ネギ、もやし、しめじ、スナップエンドウ……」


 スカスカの冷蔵庫各所に放置されるように置かれた、四つの素材。


「脇役しかいない……」


 何かの引き立て役代表ネギ。


 節約料理として使われるものの主役としては扱ってもらえない代表もやし。


 わさっとした見た目からか子供に泣かれることが多いに嫌われキノコ代表しめじ。


 いまいちベストな調理方法が分からない緑のやつ代表スナップエンドウ。


 なんなんだこの布陣は。助演男優賞でも決めるつもりだったのか? そんな状態の私の冷蔵庫。


「ええいままよ!」


 脇役四天王を雑にパパパパッと冷蔵庫から取り出した私は、ドサっとキッチンに置いた。


 コンロの壁に掛けられたフライパン。その前に設けられた台に置かれている塩胡椒とオリーブオイル。


 地味な素材のみでも、私の手にかかれば脇役だって輝かせることが出来る! はず。


「よし! やるぞ!」


 グッと意気込む私はビールを流し込み、自炊のやる気スイッチをカチッとオンにする。


 そしてまずはネギの処理に取り掛かる。


 ササッと水で洗ったら、扱いやすいように真ん中でズバッと切ってみようか。


「あれ? これちゃんと半分?」


 手元に転がるネギは、明らかに右に転がる方が長い気がしたがまぁいい。どうせ全部切るのだから。


 自分のミスを隠すように素早く包丁を斜めに入れ、長かったネギは瞬く間に笹切りになった。


「よし次!」


 次はスナップエンドウ。


 これは筋をピーッと引っ張って水でチャチャッとするだけでいいんじゃないだろうか? こいつの使い方だけはいまだに分からないという衝撃の事実。


 あとのもやしとしめじだが、これは処理なんていらないんじゃないか……? しめじは切られてるみたいだし、もやしの下処理なんて分かりっこない。


 よし、そのままいこう。


 コンロにフライパンを置いて、カチカチと火をつける。ボッと着火されたコンロは、ジワジワとフライパンを熱す。


「オリーブオイルはどれくらい入れればいいのか……」


 脇役たちを焼く。ただそれだけ。だがどうしよう適当な分量が分からない。というかそもそも計量スプーンがない。


「いつも通りテキトーでいっか」


 キュポンッ! っとコミカルな音を立てるオリーブオイルの瓶を、軽く二回回す。

 熱せられたフライパンの上でジュッと鳴くオイルにすかさずスナップエンドウを投げ入れる。


 そしてビールもすかさず喉に流し込む。


「スナップエンドウって生でもいけるのかな」


 私は空腹だった。ゆえに早く調理を済ませて食べたいのだ。

 だがしっかりと火を通さないとダメかもしれない。私は食欲をアルコールでごまかし、スナップエンドウに少し焼き目が付くまで待った。


「両面かるく焼けたっぽい」


 待ってましたと言わんばかりに勢い良くフライパンに飛び込むネギ。勢い余って何個か場外になったが今は忘れよう。


 ネギが入ることでジュワッと爆ぜるフライパン内。シャッキリしたネギがモリモリとフライパンを占領する状態は、強火にかけられること3分で解消された。


 火が通り、シュン……とスペースを空けるネギ。スナップエンドウと共にフライパンの奥側へと身を潜める。


 そのネギの計らいをありがたく受け取り、パン! と袋を開けてしめじを投入した。


「入れる順番間違えたかもしんない。まぁいっか」


 何を先に炒めるべきだったかなんてのは、もう後の祭りだ。今は香ばしい匂いを放つしめじに塩胡椒でも塗してやろうじゃないか。


 パパパッと魔法をかけるように、フライパン内のしめじに塩胡椒を振りかけていく。


 フライパンを動かすことで付着しきれなかった胡椒が舞い、少しむせるものの、味がついたしめじをスナップエンドウたちとしっかり混ぜ合わせていく。


 菜箸でチャチャっと混ぜ合わせると、その上からもやしを投下する。


 そしてしなっとなるまで火を通し、全体的に軽く塩胡椒を振り、フライパンを三回くらい大きく動かし素材たちを空中で踊らせたりしてみる。


「私って天才では……?」


 場外になることなくフライパンに収まったままの脇役たちを皿に盛り、私はリビングのテーブルにそれを運んだ。


「いただきます!」


 箸で大胆に痛められた脇役たちを掴むと一気に口へ放り込む。


 スナップエンドウがポリッとした食感を演出。

 ネギがシャクっとシナっと食感の変化を演出。

 しめじは噛み締めることによって風味を演出。

 もやしはしっかりとした食感で主役感を演出。


 予想していたよりは、はるかにいいおつまみが出来た。当然主菜になるほどのインパクトはない。だがこれでいい。


 スナップエンドウは若干筋が残ってる気がするし、ネギはほんのり臭いし、しめじは若干生っぽいし、もやしに関しては特に言うことはないが、不完全さが脇役たちの良さを引き出している気がする。


 社会の脇役として奮闘する私は、素材界隈の脇役レジェンドたちの堂々たる料理をビールと共に堪能する。


 ネギたちが私に、「お互い頑張ろうな」なんて励ましの言葉を掛けてくれた気がしながら、ベランダの窓から見える夜空を見上げ、冷蔵庫の中身はしっかりと確認しよう。そう決意した金曜の夜。


「米すらないんだもんなぁ……」

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主役になれない素材たちの炒め物 真白よぞら @siro44

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