第19話 振り向かないために

 蛭雲童の背中に銃を押し付け、冷ややかな笑みを浮かべる亜音は空いた手でスーツからタバコを取り出し口に咥え、片手で火を点ける。

 紫煙を空へ昇らせながら二度フィンガースナップすると、いつから仕込んでいたのか、乾いた音と共に私の背後から足音が二つ。

 一人でお忍びかと思いきや、しっかり部下は連れていたようだ。

 足音の間隔と地を踏む音から身長体重を割り出せるが、手にしている武器までは分からない。

 分かることがあるとすれば、服の擦れる音から両手で銃を構えているという事。


「こんな人の手が入っていない場所に一人で来るとは流石西から来ただけの事はあるなと思っていたけど、買い被っていたようね」

「貴女はこの状況でそのような減らず口を言えるとは相当肝が座っていると見える。若しくは唯の恐れ知らずの愚か者か……」


 廃校舎、弾丸財宝を背にした亜音は二つの人質を抱えているようなものだ。

 理緒が追いついてきたりすればどうにか出来るかもしれないけど、不確定な事を含めた作戦をするなんてこの状況でしたくはない。


「私も折角頭の上のたんこぶを取り除いて貰ったのに、そのまま組織が無くなってたらまるで意味がない。私は組織をやり直したいと言ったが、全部ぶっ壊されてからのスタートをしたいとは言ってないんでね」

「新しく組織をやり直すなら、弾丸財宝の資金を活かして新しい人材を集めるなんて容易いと思うけれど――」


 そこまで自分で言って確信した。


「――その様子だと今やってるビジネスは辞める気が無さそうね。平和的解決をする気なら事務所に来た時みたいに交渉すればいいんじゃないかしら」


 そうやってなんとか蛭雲童を開放してもらおうと思ったが、相手は銃を下ろす様子はない。

 最初からこの手で脅しをかけるつもりだったのだろう。


「折角の拠点と西から運んできた機材、全部無くなってからのスタートとか今更やってられませんよ。あなた達数人でやってるような極小組織と規模が違うんです」


 仲間を人質にとった挙げ句に事務所を馬鹿にしておいて自分の要求は飲んで貰おうとしている。

 そんな都合の良い事が上手くいくと本当に思っているなら、思い知らせてやる他無い。

 しかしどうする……。

 お互いに睨み合いが続く。このままでは本当に蛭雲童が撃たれかねない。

 此処は一旦、言うことを聞くしかないか。


「……分かったわ。ただし、蛭雲童を開放しなさい」

「するかどうかはそのドローンが戻ってきてからですよ。ステアーさん。お互い時間はあるんだ。仲良くドローンが戻ってくるのを待ちましょうよ」


 亜音の言葉に苛立ちを覚えた時、蛭雲童は大きな舌打ちを鳴らした。


「姐さん。俺の事は気にしないで、こんなクズ野郎殺っちまってくだせえ!」

「蛭雲童……」


 蛭雲童のあまりの献身的な姿に私は言葉が出てこなかった。

 この男とはまだ大して長い付き合いでもない。

 しかも出会いは最悪だった。私の旅の途中で出会ったブリガンドの一人だったこの男は私に今と同じ様に銃を向けられながら旅先の案内をさせられたにも関わらず、ブリガンドから足を洗うと言って私について来ることを決めた。

 私はブリガンドが嫌いだ。

 人を遊び感覚で殺し、物資を奪い、弱い者から全てを搾取する。

 私の故郷である川崎ヴィレッジもブリガンドに滅ぼされた。

 そして今は亜音達、薬物を売り捌く極悪なブリガンド組織にその跡地をアジトにされている。

 ハッキリ言って、私はこの世全てのブリガンドを皆殺しにしたい怒りに燃えているようなものだ。

 そんな中で、このブリガンド上がりの男の姿はどうだろう。

 先程までなら自分が生きる為に私にすり寄ったと考えても間違いはなかっただろう。

 だが今はそれが間違いだと確信する。

 自分が死んでも構わない、ここまでコケにされて利用されるくらいなら俺ごと殺してしまえと言っているようなその意志の強さが、撃つわけにはいかないと思わせる。

 私は、こんな良い仲間を切ってまでプライドや生を優先させられる人間じゃない。


「コロナ、行って」


 私は銃をホルスターに収め、ドローンのカメラに見えるように手で合図した。


「姐さん!」


 悲鳴のような声の蛭雲童に、私は小さく首を振るしかなかった。

 そんな私達の姿を見て亜音は汚い笑みを浮かべていた。


「そうですよ。さあ、ちゃんと仕事を済ませて戻ってくることを祈りましょうか」


 鼻歌でも歌い出しそうなほど声が浮ついている亜音に殺意を覚えるも、ここで銃を抜いては意味がない。

 口調こそ余裕ぶっているように見えるが、その表情の首から下は隙きが無く、私が下手に動けば直ぐに蛭雲童を撃ち殺せる様子だ。

 蛭雲童を撃ったその手で私を狙えるようにわざと蛭雲童の体の影から体を出し、少し腕を動かすだけで私を撃てる位置に立っている。

 ただ薬を作っているだけの薬師というわけではなかったというわけだ。

 ここでちょっとでも素人っぽい動きでも見せてくれればまだ焦った人間の暴走と思って許せたかもしれないが、その所作からこういう事に手慣れている事が分かって私は心底した。

 コロナのドローンは少し躊躇うように宙を二度ほど揺らめき、私の合図に従って静かに暗い空へ飛び立った。

 その姿を視界の隅に捉えながら、亜音の方を見るが亜音もドローンの方を一瞬たりとも見ず、私の様子を窺っている。

 ……隙が無い。


「さあ、帰ってくるまでここでゆっくり待ちましょうか」

「背中に銃を向けられたままじゃゆっくりも出来ねえなぁ?」

「あなた達が大人しく私の言うことを聞くとは到底思えませんからね。その場で地べたに座るくらいなら許しますが」


 鼻で笑いながら言う亜音に蛭雲童は深く息を吐いた。

 苛立たしいという表情を見せる蛭雲童だがその額には脂汗が滲んでいる。

 どんなに勇敢な男でも、背中に長時間銃を押し付けられたらそうなるだろう。

 申し訳ないと思うも、それよりこの状況で強気に出れなかった私自身の情けなさを悔やんだ。

 右手が、今直ぐにでも銃を抜きたいと震える。

 その時だった。


 ぱらり――。


 風が吹く中で聞こえた音は亜音の背後。

 廃校舎の側にある花壇の縁、そこに白く細かい物が幾つか転がっていた。

 石のような、石灰の塊のようなそれに思わず視線が吸われた。

 それがコンクリートの欠片だと気付いた時、私は弾かれたように上を見た。

 廃校舎の上だ。青と灰色が混ざった色をした空に、くっきりと黒い人の影が浮かんでいた。

 屋上に誰かがいて、私達を見下ろしている!

 一陣の風が吹き、そのシルエットが大きく歪んだ。

 風によってはためくコート、靡く髪……両手に煌めく大小の刃。


「バヨ……ッ!!」


 言い切る前に、シルエットは消え、両腕を広げた影は宙を舞った。

 地上三階程度の高さのある廃校舎の上から飛び降りた影は、真下にいる亜音に向かって落ちる。

 慌てた様子の私を見て、亜音も流石に只事ではないと気付いたのか私の視線を追って上を見た。


 亜音が蛭雲童から目を離した時、私の背後で慌ただしく動く服の擦れる音を聞いて振り向く。

 予想通り、亜音の部下はAKもどきを両手で構えながら、落下してくる驚異に慌てて狙いを定めようとしている。

 その視界に私は入っていない。

 考えるよりも先に、私の手は既に動いていた。

 振り向きざま、薙ぎ払うように撃ち、そのまま体を回転させ亜音の方へと振り返ってみれば背後で男二人は血を流しながら踊るように体をくねらせアスファルトに倒れて絶えた。

 再び前を見た時、亜音は降ってくる影に慌てて蛭雲童に押し付けていた銃を影に向けていた。

 拳銃のハンマーが雷管を叩き、薬室で爆ぜた火薬の音が耳障りに響き渡る。

 亜音の放った銃弾。それは慌てながら急いで撃ったにも関わらず、正確に影に向けて飛んでいく。

 しかし……。


「ひぃ!?」


 亜音は怯えきった声を漏らした。

 空気を引き裂く大きな音、金属と金属がぶつかる音。

 弾丸は影を貫くことはない、当然だと私は確信していた。

 彼の超人的な身体能力を持ってすれば――。


「ぎいあああああ!!」


 ――着地と同時に亜音の手首も地に落ちる。

 ごろりと地を転がる手首、亜音の手首から吹き出る鮮血。

 亜音の叫びが、浅葱鼠あさぎねず色に変わりかけている空の中に溶けていく。

 痛みに立っていられなくなったのか手首を失った片腕を抑えながらアスファルトを転がる亜音。


「な、なんだぁ!? ってウゲェ!? バヨネットぉ!?」


 何が起こったのか分からず背後を振り向いた蛭雲童は目の前に立つバヨネットの姿に飛び退いた。

 両手を上げながらバタバタとガニ股で飛び退く蛭雲童の姿はその場には似つかわしくないほどにコミカルで笑いそうになってしまう。

 それよりも、何故こんな所にバヨネットが現れたのだろうか。

 転がりながら距離を取る亜音を見下ろしながら佇むバヨネットの表情は前髪で伺い知れない。


「バヨネット、どうして此処に……」


 私の声に振り向くバヨネットは真顔であったが、直ぐにいつものニヒルな笑みを浮かべると嫌味ったらしく肩を竦めた。


「お前らを笑いに来た」


 言い終える時には既にクツクツと笑うバヨネットに私はムッとしたが、しかしまさかの援軍に助けられたのは事実。

 感謝はすれどここで邪険にする必要はない。

 ……腹は立つけど。

 痛みに耐えながらも砂利と埃まみれになりながら立ち上がった亜音に私は直ぐに銃を向けた。

 手首を抑え、よろよろと体を揺らす亜音は恨めしい視線をバヨネットに向けた。


「き、貴様何故ここに……! 横浜にいて、いや、川崎ヴィレッジに向かったのではないのか!?」

「何時の話をしてんだお前」


 冷ややかに言うバヨネットの目は座っている。

 半歩、片足を前に滑り出しにじり寄るバヨネットからは迸る気迫に、私は冷や汗を流していた。

 よく見れば、バヨネットの纏うコートには赤黒い染みがそこかしこに見え、裾には幾つかの弾痕も見える。

 バヨネット自身が傷一つなさそうな所を見て、私は確信した。

 そしてその確信はバヨネットの口から放たれた。


「お前の兄貴が戦力をどの程度連れ出したか知らないが、あんな雑魚の集まりに俺が時間を弄する筈無い。だよなぁ蛭雲童?」

「ヘッ! 関東最強最悪の傭兵の名は西には知れ渡ってなかったようだな~?」

「刻むぞお前」

「じょ、冗談キツいぜぇ……」


 蛭雲童がバヨネットの気迫に遅れを取らずに煽ったのだけは評価する。

 問題は相手が冗談の通じない相手だという事だが。

 蛭雲童をあしらったところでバヨネットは更に亜音に躙り寄るが、バヨネットが半歩前に出る度に亜音はよたよたした足取りで二、三歩後ずさった。


「く、来るな! この化け物共め! そんなに弾丸財宝が欲しければ持っていけ!」


 亜音はこの期に及んでまだ自分が殺されそうになっている理由を理解していないようだ。

 亜光といい、亜音といい、兄弟揃って人の心を理解する能力は無いらしい。

 弾薬庫を前にして、突然私が銃を向けて反旗を翻したとかであればその言い草も分からなくはないが。

 自分のした事を棚に上げて被害者面とも取れる言葉を吐きながら後ずさり、逃げるチャンスを伺っている。

 だがここは遮蔽物も少なく、人の手が入った場所で地面も平たい。

 走り出せば直ぐに撃ち殺せるし、このままモタモタしていれば失血でいずれ死ぬ。


「元から報酬以上の物を貰う気はないわ。依頼人を殺して全てを奪い取るなんてブリガンドと変わらない……それに貴方は勘違いしてるわ」

「なに……?」

「貴方が死ぬ原因は二つ。一つ、薬物を作って売りさばいた悪行のツケ、そしてもう一つは、私達を最初から使い捨てだと思って雇った事よ」


 私がそう言いながら引き金に指をかけると亜音はみるみる内に表情が青ざめ、とうとう背を向けて全力で走り出す。

 それを見た蛭雲童も腰から拳銃を抜き、亜音の背中に向けた。


「待てやコラァ!」

「蛭雲童、ダメよ」


 私の言葉に蛭雲童は私の方を向いて目を見開いて驚く。


「な、なんでッスか!」


 そう言う蛭雲童を尻目に、私が引き金を引いた。


 一発の乾いた銃声が余韻も短く鳴った時、亜音の後頭部が弾けた――。


 声も無く倒れた亜音。

 生死を確かめる必要もない。

 依頼人から先に裏切ってきたとはいえ、今回の仕事で二人もの依頼人を結果的に殺す事になってしまって残念に思う。

 だが、この仕事は私が受けたもの。

 私がこの手で終わらせなければならない。

 銃を収め、蛭雲童に向き直る。


「蛭雲童。ブリガンドから足を洗って真っ当に生きようとしているお前に、戦う力の無い人間の背中を撃たせるわけにはいかないわ」


 私の言葉に蛭雲童は唖然とも放心ともいえない曖昧な表情のまま固まっていた。


「あ、姐さん……」


 蛭雲童は自分の手に握った銃を見つめ、深く、目蓋を閉じて深呼吸するとゆっくり銃をホルスターに収めた。

 それを見ていたバヨネットは私を鼻で笑った。

 その笑い方は侮辱、というよりもからかっているような具合だ。


「ハッ、お前が撃つのは良いのかよ」

「仲間を人質にされて、その報いを受けさせられない事務所長なんている意味ないでしょ」


 私は即答した。

 それを聞いてバヨネットは何も言い返してくる事はなく、手にした銃剣をしまうと背を向けて歩き出す。


「バヨネット。川崎ヴィレッジは……一体どうやってここを?」

「死体しか残ってねえよ。ここの場所はあのガキコロナに聞いてな。暇潰しに来てみたら……フッ、蛭雲童そいつが捕まってるのを見つけたわけだ。おかげでいい暇つぶしができた」

「なんだとテメェ……」


 握りこぶしを作ってバヨネットを睨みつける蛭雲童だったが、当のバヨネットは歯牙にもかける様子はない。

 バヨネットの言葉が本当だとしたら、私が亜光を追いかけてた時ぐらいにはこの辺にいたという事になる。

 いくら戦力をこっちに回していたとしても、ヴィレッジ一つ守る為の戦力を単身で無傷で壊滅させ、その足でこっちに来たということだ。

 横浜で理緒に見せた素早いカウンター、あれすらもバヨネットにとってはお遊びだったのは見て分かってはいた。

 私が初めてバヨネットとあった時も、横須賀の軍港にいたブリガンド集団を壊滅させていたのを思い出す。

 一人でもやっていけるだろうバヨネットが何故私の事務所に入りたいと言ってきたのか。

 彼自身、生きるためなら何でもするし何処にだって所属するみたいな言い草だったのを覚えている。

 それでも、どこかで敵に回られるよりは良いと思って迎え入れた。

 その判断が呼んだ結果だ。

 彼は応えてくれた。


「……ありがとう、バヨネット」

「〝一応〟雇われの身だからな。やる事はやった。俺は行くぞ」


 そう言って特に弾薬庫に触れることすらなく帰ろうとするバヨネット。

 バヨネットは思ってみれば終始弾丸財宝には殆ど興味無さそうな様子だった。

 彼の目的は、最初から変わっていない。

 否定していたが、それは仇討ち。そしてそれはもう成った。

 最初から私の仕事にも、大量のかねにも、関心は無く、やる事が終わったらさっさと帰る。

 口は悪いがその行動はストイックだと分かっている。私はその行動で示す姿勢に心の中で称賛の拍手を贈っていた。

 去っていくバヨネットを引き止める事は無かった。

 躾のなってない外飼の犬のような顔でバヨネットの広い背中を睨みつける蛭雲童のいかり肩を軽く叩いた。


「行くわよ蛭雲童。理緒を見つけにね」

「う……わ、分かりやした姐さん」


 戻らない理緒が心配だ。

 私はやや足早に理緒と別れた弾薬庫前の駐車場へ行く。

 足元を撫でる風が私の中に焦りを生んでいた。




******




 地下駐車場で眠っていた理緒の表情は安らかで、体中の傷はどれも急所から外れていた。

 腹部に刺された傷も深そうであったが、少なくとも命に別状はないようだ。

 安心は出来ないが、早くちゃんとした医者に診せねばならない。

 私は傷口が広がらないように抱きかかえ、車の荷台に寝かせた。


「姐さん」


 背後で蛭雲童が呼び止める。

 私は無言で振り向いた。

 そこにいた蛭雲童の顔は先程までの獣のそれではなかった。


「姐さん、俺、姐さんについてきて良かったっす……」


 神妙な面持ちでそう呟く蛭雲童。

 ブリガンドをやってた時にどんな生き方をしてきたかは知らないけど、きっと蛭雲童は自分の命の危機に、命を優先に行動しようとした事がもしかしたら彼にこんな事を言わせたのかも知れない。

 しかし、私はそこまで感謝されるような事をしたつもりはない。

 私は返す言葉を探した。


「帰るわよ」


 柔らかい口調で、微笑みかけながらそう一言だけ、出てきた言葉はそれだけだった。

 自分でも言葉が足りないと思ったけど、それしか出てこなかった。

 少し申し訳無さを覚えたが、蛭雲童は私の気持ちを感じてくれたのか、私の目を見て力強く頷いた。

 ニカッと歯を見せながら笑顔を作る蛭雲童は軽い足取りで駆け出した。


「わかりやした! 自分も車借りて来てるんでそっち乗って後ろついていきやす!」


 蛭雲童の駆ける背中を見てなぜだか亡き父を思い出して、少しだけど、家族を感じた。

 頬が勝手にほころんでしまって、なんだか恥ずかしくなってきて急いで自分の車の運転席へ駆け込んだ。


 ――。


 ――――。


 ――――――。


 車を走らせ、私と蛭雲童以外いない道は静かだった。

 砂利を轢き潰す音がエンジン音に混ざるのが心地よく、私の心は漸く戦いの緊張から和らぎ始めていた。

 理緒が車の振動で起きてこないかと思ったが、まだ起きてくる様子はない。

 もうすぐ渋谷ヴィレッジに着きそうな頃合いで、遙か後方から微かに蛭雲童の車とは違うエンジン音が聞こえてきた。

 その音は本当に微かな音で、気付いた時は自分の車のエンジン音で掻き消えそうなほどに小さく、初めは気のせいかと思ったほどだった。

 ミラーに視線を向け、背後を確認する。

 そしてそれを見て驚き、窓から顔を出して直接背後を覗き込んだ。


「バヨネット?」


 そこにいたのは黒とも藍色とも見える車体と大きなウイングガードが特徴的な大型バイクに乗ったバヨネットだった。

 黒いゴーグルをつけたバヨネットは私の車に追いつき、並走する。

 バイクの後輪上部には車体の左右に大きな収納ボックスが取り付けられた無骨なデザインは重厚感を与えるがそのエンジン音は静かで余裕を感じさせる。


「貰えるもんは貰っておけよ」


 それだけ言うとバヨネットは颯爽と私を抜いて行ってしまう。

 私はその様子を見て慌てて声を張り上げた。


「バヨネットォ!! 今度ご飯付き合いなさいよねー!!」


 私の声が届いたのか、前を行くバヨネットは振り向くことなく片腕を横に伸ばし、その手でサムズダウンして見せるとそのまま加速して去っていった。

 まったく、らしいといえばらしいが、付き合いの悪さはいつか直して欲しいものだ。

 そう思ってからふと馴れ馴れしくなったバヨネットを想像してしまった。

 猛禽類のような鋭い目を細めながら口調柔らかく仲間に気を遣うバヨネットの姿……。


「……気持ち悪いわね」


 ボソリと呟いてしまうほど気持ち悪い妄想を振り払うために頭を左右に振って思考を切り替える。

 貰えるものは貰っておけ、か。

 恐らく報酬の事を言っているのだろう。

 亜光には持てるだけ持っていけと言われていたが、どうしたものか。

 私は今回の仕事を通して、弾丸財宝には思うところがあった。

 誰しもが憧れる一攫千金の夢。それが地中に実際に眠っていた。

 けれど、その為に多くの血が流れた。

 巨万の富が、人を狂わせた。

 そしてそれを求めていた連中は皆死んだ。私が殺った。

 ここで私があの地下に眠る全てを手に入れてしまっても、それを御すことが出来る自信がなかった。

 あのまま放っておいても、いずれまた噂を聞きつけた人間があそこに到達してしまうかもしれない。

 別にそれは構わない。問題は、亜光達のような連中の手に渡ってしまった場合、確実に多くのヴィレッジの人間が苦しむことになる。

 かと言って、ずっと弾薬庫を見張り続ける訳にもいかない。

 考えるのよステアー。

 二度と、もう誰も弾丸財宝の噂を求めなくなる方法を……。


 私は考えを巡らせながら渋谷ヴィレッジに帰還すると、理緒を抱きかかえ真っ直ぐ病院へ向かった。




******




 弾丸財宝を噂を追う仕事から一週間――。


 私達は相変わらず傭兵としてヴィレッジ住民の手伝いやブリガンドとの戦いで生活している。

 渋谷ヴィレッジは元軍病院を中心に作られたヴィレッジ。

 医療設備や技術において他ヴィレッジよりも充実している渋谷ヴィレッジで、理緒を診てくれる医者は直ぐに見つかり、治療を施された。

 理緒も回復し、動けるようになってから事務所のメンバーで打ち上げを行うべく、外食に出ていた。


『イェェェェイ!! 聞こえてるかいゴミ山に生きる友人達ィ! DJケルベロスによるラジオの時間だァー!』


 ラジオから響く、喧しく、音割れする声にもう慣れてしまっていた。

 しかし今日はいつにも増して五月蝿いと感じてしまう音割れ具合。

 なぜだかそれでも、〝帰ってきたんだな〟と思った。


『最初に話す情報はコレにしよう! 埼玉の毛細血管大樹海をねぐらにして周辺ヴィレッジに被害を及ぼしていたレッドベアの群れだが、爆発物でブリガンド集団を木っ端微塵に吹き飛ばす傭兵、火薬のエキスパート、クラッシャー薮山による狩りよってその数を三分の二にまで減らす働きぶりが評価され、さいたまヴィレッジから今後仕事で使う火薬を一生割引価格で購入できる権利を与えたそうだ! 太っ腹だよなぁ! えぇ!?』


 相変わらずどこもかしこも、地域なんて関係なくブリガンドやミュータントによる被害は絶えない。

 今こうして私がカウンターに頬杖をついている間も、何処かで戦いが繰り広げられている。


『別のニュースに行こうか。自ら正義の味方を自称する神奈川屈指の早撃ち傭兵ビャクライが、縄張りを荒らされたと難癖をつけてきた傭兵シャイニング増田からの決闘を受けて昨日の晩、秋葉原ヴィレッジの外れでタイマン勝負を行ったらしい。結果は……分かるよなぁ!? 閃光手榴弾を使っての奇襲を得意とするシャイニング増田は当日背後から奇襲する卑怯な行動に出たにも関わらず、ビャクライが振り向くこと無く撃った弾であっという間に蜂の巣にされたそうだ! おぉ~おっかねぇ! 実は背中に目がついてるミュータントだったりして? ってそんな事言ったらぶっ殺されちまうかぁ~? お行儀よく生活していれば、頼りになる傭兵である事には間違いない。依頼をする時は背筋を伸ばして丁寧に、だぜ!』


 ラジオから流れてくるビャクライの活動。

 相変わらずの腕前。どこまでこのDJが話を盛ってるのかは知らないけど実際にあの実力を味わった身としては誇張は無いように感じた。

 なんとなく、腹の傷跡に手を添える。

 ビャクライから見たら、私は寸前で決闘を放棄した臆病者と見えているのかもしれない。

 そのせいかあの別れから一度も顔を合わすこともなく、ただラジオから時折流れる彼の活躍を聞くだけになってしまった。

 でも、それでいいと思う。結果がどうなろうと、今更奴と決着をつける意味はないのだから。

 出来たら二度と会いたくない。そんな思いが無意識に溜め息となって吐き出されると、それを見ていた店主がくすりと笑った。


「いやまさか、仕事の打ち上げなんてめでたい事に僕の店を使ってくれるとはねぇ」


 タカハシはカウンターの向こうで眉尻を下げながらグラスを磨いている。


「言ったじゃない。客として店に行くってね」

「また来るよって行って来てくれる人間はそういないからね。すまないけど、期待はしてなかったよ」

「じゃあ期待できる客になろうかしら?」


 お通しで出された味付け煮玉子を箸で崩しながら口に運ぶ私にタカハシは「おや、早速常連さんができちゃったかな?」と微笑む。

 タカハシはグラスに酒を注いでカウンター席に座る蛭雲童の前に音もなく置くと、厨房側に立つ理緒にその笑みを向けた。


「理緒君、君も怪我がまだちゃんと治ってないんだろう? 甘えさせてもらってから言うのもなんだけど良いのかい?」


 理緒はタツから譲り受けた牛刀包丁を手に、鮭を慣れた手付きで捌いている。

 刃を奥から手前へ引くように切る。その動きは滑らかで、戦いで使う動きとはまるで違う。

 一枚、二枚と、肉の塊が均等に薄く切られた刺し身へと姿を変えていく。

 話しかけられた理緒はリラックスした柔らかな表情で、手元に視線を落としたまま応える。


「指が動けば料理は出来るから。……こうしてた方が痛みを忘れられるしね」


 新しい店は決して広くはなかった。

 六人掛けのカウンター席は大人が並べば肩が触れるかどうかの距離感で、人一人が通れば隙間がない通り道を挟んで壁際には二人分の小さなテーブルが二席。

 塗装もまだ済んでいないトタンの壁に、入り口は継ぎ接ぎの暖簾のれん

 天井は二メートルあるかどうかの低さで、本当にささやかな佇まいの店だった。

 それでも何故か、その狭さが息苦しくない。

 ランタンの暖かな明かりが疲れを癒やしてくれるようだ。


「うっめぇ~なこの酒!」


 グラスに注がれた酒をちびりと口につけた後、一気に飲み干してグラスを空にした。

 その様を隣で見ていた枸杞が空いたグラスをジッと見つめる。


「それ、美味しいの?」

「んあ? お前にはまだ早ぇよ。下の毛が生え揃ってからなら飲んで良いぜぇ?」

「下の毛?」


 枸杞がそう呟いた時、理緒は呆れた様子でジロリと蛭雲童の顔を睨んだ。


「言葉がおっさんくさ……」


 それに続いてコロナも続く。


「しかも下品ときた。世の中、生えない人もいるんだよ蛭雲童」

「そういやお前、よく知らねぇが背が伸びねえんだっけ?」


 合ってるような間違ってるような覚え方をしている蛭雲童をコロナは鼻で笑う。

 コロナは遺伝子操作の実験の末に生まれた新人類。

 普通の人間ならありえない水色の地毛をもっているが、どこもかしこも髪を染める人間ばかりの今の時代では寧ろ上手く溶け込んでいるように今更思った。

 だけど、その青紫の、アイオライトのような瞳はその実験で生まれた人間の証だ。

 バヨネットも同じ、青紫の瞳をしていた。

 しかしその瞳に宿る光はまったく違う。どんな生まれでも、人はやはり一人として同じ人間はいないんだなと実感する。


「僕の細胞は劣化・老化する事がない。酒や薬物で機能異常を起こすことも無い。僕は人類の理想を体現した新人類だからね」

「へぇ~……」


 無関心といった様子で鼻をほじる蛭雲童。

 それに対し、コロナの後ろでずっと立ちながら待機していたセバンが蛭雲童を見つめる。


「詳しく解説が必要ですか?」

「いらねぇいらねぇ、小難しいことは祝いの席に不要だぜ」


 だが首を傾げ、コロナの方を向いた。


「でもよぉ。大人になった方が良いこともあるんじゃね? 背はデカくなるし、筋肉はつくし、女も抱けるしなぁ!」


 最後の言葉に私は思わず脇腹に肘鉄を見舞った。

 鈍い音の後、蛭雲童は悶絶しながらカウンターに突っ伏す。


「……小さくても女の人は抱けるよ?」

「あ、ああ……そうだな」


 純粋な瞳を蛭雲童に向けて言う枸杞に、蛭雲童は呻きながら零した。

 カウンターに沈んだ蛭雲童に冷めた視線を向けていると、コロナが追い打ちの言葉をかけないのが不思議になり、そっちを見る。

 隣に座るコロナは、今の文明レベルで作られた建物に入るのが事務所以外初めてで、店が倒壊するんじゃないかと天井を見上げたまま固まっていたのだ。

 そんなコロナの肩をつんとつつく。


「ドローンでの支援助かったわ。ありがとうね」


 コロナは一瞬驚きで目をぱちくりさせていたが直ぐにその目を細めた。


「そんなもの当然。空からの射撃支援なんて、ボク以外出来ないからね。自分にしか出来ないことをしたまで」

「ふふっ、もっと素直に喜んでも良いのに」

「……へへっ」


 恥ずかしがりながら、頬を赤らめ俯き笑うコロナ。

 そんな子供になりきれない彼の頭を、その功績を称えてそっと撫でた。


「さ、理緒君も席に着いて。後は僕がやろう」


 タカハシが理緒の隣に立つと理緒はコロナの隣に座った。

 理緒の捌いた鮭の切り身を見てそのあまりの美しさにタカハシは感嘆の吐息を漏らした。


「短い時間でこんな美しい出来栄えの物を見たのは初めてだよ。雇うお金があれば厨房に欲しいくらいだ」


 タカハシの声からはお世辞の影を感じない。正真正銘の称賛が理緒に向けられ、理緒もまんざらじゃないようで腕を組みながらふふんと鼻を鳴らした。


「天才料理人を雇うなら高くついちゃうからね~!」

「じゃあ雇えるお金を確保するために君のお姉さんからいっぱい搾り取らなきゃねぇ」


 そう言いながら私の方を見てにこやかな表情のタカハシに理緒は頬を膨らませた。


「それじゃ意味ないじゃん!」

「ふふふ、冗談さ」

「良いものを出してくれたらチップくらい弾んじゃうかもね」

「お、じゃあここから腕を見せないとね」


 タカハシは白いワイシャツの袖を捲り上げ、切り身に手を加え始める。


 ――。


 ――――。


 ――――――。


 しばらくして。

 日は暮れ、蛭雲童は酔いつぶれ、枸杞もコロナも眠りこけてしまいタカハシは店の裏から毛布を持ってきて皆にかけていた。

 申し訳ないと謝る私に、タカハシは最初から貸し切りにするつもりだったからと、にこやかに対応してくれた。


「そういえば、例の話知ってるかい?」


 タカハシは食器を下げながら私に問いかける。

 内容に検討もつかず、私は素直に何の話? と聞き返した。


「前に話した弾丸財宝の噂だよ。どうやら発見した人間がいたって言うんだ」

「……どこでそれを?」

「あのちょっと賑やかなラジオDJが話してたよ。渋谷ヴィレッジのお偉いさんとコネが合って聞いた話とかで」

「なんて?」

「なんでも、地元の傭兵、ストレンジ・サバイバーが噂の古い弾薬庫を見つけた。けれど、〝中は空っぽ〟既に略奪と破壊の限りを尽くされていたってさ」


 私の事を知っているタカハシは食器を洗いながら話を続ける。


「遥か昔に既に略奪されていて、今世の中に出回っている弾の一部がその弾薬庫から持ち出されたものかもっていう推測らしいけど、本当なのかい?」

「その推測は分からないけど、そうなんじゃない? 依頼人から成功報酬は弾薬庫の中から好きなだけって言われたんだけどね。空気を持って帰る事になるとは思ってなかったわよ」


 ため息交じりに話す私にタカハシは含み笑いをしていた。


「いやぁでも、結局所詮噂は噂、あぶく銭は身につかないっていうけど、泡自体弾けてたらそもそも身につけることすら出来ないか……人間、地道にやるしかないんだね」

「そうね。手に余る富を得ても争いを生むだけだしね。たまがある所にはブリガンドが集まるものだし」

「無くても搾り取ろうとするからねぇ奴らは」


 実際に恐喝にあっていたタカハシが言う言葉は重い。

 結局、私は弾薬庫から亜光が言っていた分、車に積めるだけ弾薬箱を積んで、成功報酬として貰った。

 そして残りは、渋谷ヴィレッジの管理部にいる次期管理者でもある少年、氷室のぞむに託した。

 ただ託しただけじゃない。私は弾丸財宝の在り処を教える前にある条件を提示した。

 それは、管理部の情報操作能力を使い、今広まっている弾丸財宝の噂を終わらせるようにする手伝いをして貰う事。

 いずれ渋谷ヴィレッジだけでなく、関東中のヴィレッジで〝弾丸財宝は無かった〟という噂が広まりだすだろう。

 それでいいと私は思う。

 もう一つ、私はのぞむにお願いしたことがあった。

 手に入れた弾丸財宝を抱え込むこと無く、上手く出処を隠蔽しながらヴィレッジの住民に分配すること。

 私がそれを言った時、無茶を言いますねと言いながらも満面の笑みを見せたのぞむの顔が忘れられない。

 私のお願いを聞き入れて、それを実行に移してくれているようで、昨日辺りから難民への炊き出しのレパートリーが少し豪華になったと人伝に聞いた。

 少しずつ少しずつ、地下に眠っていた弾丸財宝は多くの人間の手に渡り、体内を巡る血液のように、ヴィレッジの中を循環していく事だろう。


「ちょっと、外の空気を吸ってくるわ」


 席を立ち、店の外に出るとそこには理緒がいた。

 理緒は背を向けて、夜空を見上げていた。

 夜風が少し寒い。

 乾燥した風が私達の間を通り抜け、狼の遠吠えのような音を立てる。

 空は多くの星が煌めいていて、月光が街灯もいらないくらい私達を照らしている。


「理緒」

「ステアー。川崎ヴィレッジ、明日には無くなるんだね」


 人のいなくなったヴィレッジはいずれブリガンドの住処となって近隣ヴィレッジを襲う要塞となってしまう。

 今回の一件でそれを体験した。

 もう誰も入れなくなるよう、入り口を爆破し、川崎ヴィレッジには誰も入れないようにしようと、横浜ヴィレッジの警備隊を通して横浜の管理部に打診した。

 その場には神威やシスター・アイクチも立ち会ってくれて、明日には爆破される。

 私はその場に行かないが、バヨネットが見届けてくれるらしい。

 理緒も見に行くかと思って聞いたけど……。


「爆破したら、もう二度と戻れなくなるね」

「そうね……本当に見に行かなくていいの?」

「ステアーこそ」


 理緒の隣に立ち、一緒になって空を見上げる。

 そうか、理緒は空を見ているんじゃない、その向こうの、故郷を見ていたのか。

 川崎ヴィレッジのある方角を見つめ、私達は静かな時間を過ごした。

 私は理緒はお腹の辺りを擦っているのに気付いた。

 刺し傷のあった場所だ。


「百地、死んじゃったんだよね」

「……そうね」


 クロカゼの事か。理緒の、横浜の孤児院で一緒に過ごした事もある子。

 いがみ合っていたように見えたけど、理緒の表情からはもうそんな様子は見受けられない。

 月明かりに照らされた理緒の顔は憂いを帯びていて、浮世離れした美しさに息を呑んでしまった。


「僕、勝ったんだよ。勝負にはさ。でも、アイツをやり直させてあげたくって、助けてあげたくて……」


 でも、ダメだった。

 理緒は言葉が出てこず、唇を噛みしめる。


「アイツに言われたんだ。オレみたいになるなって」

「どういう意味だと思う?」


 私は優しく理緒に問いかけた。

 理緒の栗色の瞳が私を見つめた。

 その瞳に宿る光は眩くて、力強い。


「僕は、ステアーが好き」


 ハッキリとした言葉で告げられた言葉に、私は顔が熱くなるのを感じた。


「僕はステアーを信じてる。だから、僕は自分の居場所を変えない。人を裏切ったりしない。百地みたいに、僕はならないよ」


 まだ治りきらない擦り傷だらけの顔で浮かべる理緒の笑顔は本当に純粋で、一途で。

 私は一度だけ頷いて、理緒の肩に手を乗せた。


「それでいいと思う。でもそれを重圧と感じてしまったら、ダメになってしまう」

「うん」

「川崎ヴィレッジの事も、百地の事も、忘れちゃいけないわ。でもそれは思い詰めるためじゃない。振り向かないために覚えておくの。私達は、今を生きているのだから」

「そうだね……ありがとう、ステアー」


 濃紺の星空の向こうに、弾丸財宝の噂を追っている間の記憶が蘇る。

 多くが死んだ。死ななくていい人も死んだ。

 人は、呆気なく、死ぬ時は一瞬。

 私達は、死体で出来た道の上を歩く生きた人間。

 生きている間、私達の足は勝手に明日に向かって歩き続ける。

 その歩みの中で何が出来るのか、考えなきゃいけない。

 いつか死ぬその時までに、何が出来るのかを。

 その為には、前を見て歩くしかない。

 どっちが前だか分からなくなる事もあるけれど、それでも、勝手に進む時の流れに逆らうことは出来ない。

 だからせめて、せめて振り向かないように、引きずらないように進もう。


 隣に立つ理緒の肩にそっと手を回し、抱き寄せた。

 お互いの体温を、生きている事を確認し合い、明日をまた生き抜くための意思を強め合い、ただ静かに、同じ方向を見ていた。






 廃世のストレンジ・サバイバー ~弾丸財宝の噂~ 完

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弾丸財宝の噂~世紀末傭兵譚~ 夢想曲 @Traeumerei

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