第17話 契約破棄
理緒に言わなかった事がある。
言った所で不安がらせるだけだし、あのクロカゼとの戦いに集中できなくなると思ったからだ。
それは今私の靴の裏のぬめりの原因についてだ。
両手に弾薬箱を持ち、コートの胸ポケットに懐中電灯を入れて正面の視界だけを確保して、廃校舎の暗い廊下を重い足取りで歩いていく。
ふと、背後を振り返る。
日が傾いたせいかここに来た時より廊下が暗く感じる。
ライトが照らす廊下には点々と赤い足跡があった。
ビャクライから受けた傷が塞がりきれていなかったらしい。
理緒の前では普通に振る舞っていたけれど、理緒がいなくなって緊張が抜けてしまったらしい。
「撃たれた時よりかは痛くないけど、あまり動き回れなさそうね……」
自分の血を見て、理緒の事が頭をよぎる。
一人にして大丈夫だったのだろうかと。
頭を振って自分の思考を否定する。
理緒も男だ。必ずケリつけて自分の足で追いついてくる。
一度通った道を歩き、外に出る。
広い通りに爆破され倒壊した空中廊下、先人の血の跡を辿ってきたから迷うことはなかった。
しかしそこは入ってきた時よりも状態が悪化していた。
静まり返った門の前の広い舗装された道には亜光の部下達の姿はなく、植木や校舎の壁には弾痕が幾つもあった。
微かにだが、焦げ臭い。……硝煙の臭いか。
だとしたら最近戦闘があったのだろうが、人の気配はない。
亜光の部下はどこに行ってしまったんだ?
何が何を攻撃したのか知らないが、あちこちに弾痕が残るような激しい戦闘があったのにも関わらず撃たれて死んだ者の姿もない。
校舎の壁にある弾痕を見上げる。
弾痕は二階や三階の壁にあった。その階に誰かがいて、この場と校舎内で銃撃戦があったのだろうか。
少し歩いて舗装された道を見て回るが上から銃を撃ったなら出来るであろう弾痕が見当たらない。
つまり、銃と銃での戦闘ではないようだ。
そもそも植木なんかにも弾痕が残っているところを見るに、まるで校門のところからデタラメに発砲したかのようにも感じる。
誰かいないのか? と声を出そうと思ったが、戦闘があったような状況で静まり返ったここで大声を出すのは危険過ぎる。
弾薬箱をゆっくり置いて、TMPを抜いて周囲に何かいないか神経を研ぎ澄ました。
公園の方で聞こえていた鳥の鳴き声や野生動物の足跡も聞こえない。
静かすぎて不気味だ。
校門の方へ歩き、学校の敷地内から外へ出ようとしたその時だった。
遠く、アスファルトを蹴る靴音が三つ近づいてくる。亜光の部下か?
足音のする方向に銃を向けながら校舎の塀越しに通りを見張る。
そこに現れたのは防弾チョッキやヘルメットを装備し、ライフルで武装した男が三人こちらへ向かって来た。
ここは先手を打つか……。
銃を構えながら路上に飛び出し、声を上げた。
「お前達は何者? どうやってここに来たのかしら?」
銃を向けられて向こうも反射的に銃を向けてきたが、こっちが撃ってこない事を察したのか、一番前を歩いていた男が口を開いた。
ラグビーの試合に使われるようなヘルメットを被った男は無愛想な表情だが、その目はブリガンドや傭兵など、殺しをしてきた人間特有の鋭さがあった。
「もしかして、アンタがステアーさんか?」
私のことを知っているらしい。やはり……。
「亜光様の使いの者です。今近くに亜光様もいらしてまして、貴方を探してこいという命を受けております」
「亜光の……。ここに先に来ていた部下達はどうしたの?」
「それが……」
ラグビーヘルメットの男は途端に端切れが悪くなる。
なにか言い難い事があるのだろうか。
「我々が此処に来た時、部下達が全員負傷しておりまして」
ビャクライによって撃たれた奴はいたが全員ではなかったはずだ。
やはりここで何か戦闘が起こっていたのだろうか?
それとも、私がいない間にビャクライが戻ってきていたのか。
そうだとしても高い所に弾痕が残っているのが説明がつかない。
「亜光は何処に? 彼も襲われたの?」
「いえ、亜光様と我々がここに来た時には負傷した者達だけがいてこの場所が危険だと察して公園の中で待機中です」
「公園……?」
「負傷した部下曰く、謎の高速で空を飛ぶ何かに撃たれた、と言われまして恐らくミュータントではないかと」
魔都周辺は重度の汚染地帯が多く、ミュータントの数は首都圏の中でも比にならない。
弾薬庫を見つける前に近づいた戸山公園は既にミュータントの住処になっていた。
しかしそんな危険なミュータントがいただろうか……?
「撃たれたって言ってたみたいだけど何かのドローンじゃなくて?」
その言葉に男は首を振った。
「俺もそう思って聞いたんですがね。あんな速いものは見た事ないし、銃声も無かったが突然何かを撃ち込まれたんだと言うんです。今公園で治療中なので、何を撃たれたのかが明らかになればその正体もわかるでしょう」
「……そう、わかったわ」
「それでは亜光様を待たせているので行きましょう。荷物をお持ちしますよ」
そう言うと後ろにいた下っ端に手で合図すると部下が私が運んできた弾薬箱に近づき、私に触っても大丈夫か聞いてくる。
勝手に運ぶほど礼儀のなってない連中ではないようだ。
亜光に近い人間だからそれなりの躾がされていると考えるべきか。
「ええ、よろしく」
私の言葉の後に弾薬箱を手にする亜光の部下に連れられ、私は戸山公園の中へと入っていった。
理緒の戻りが遅いことが気になるが、クロカゼも姿を見せない辺りまだ戦っているのだろうかと考えが過ぎった。
心配するなというのが無理な話だ。
小さい頃から理緒の事をしている私が、その実力を認めたとはいえアイツなら大丈夫だろう、とあっけらかんとしてはいられない。
けれど、ここでやっぱり戻って様子を見に行くというのはきっと理緒のプライドに傷がつく。
心を鬼にするんだ、私。
******
案内されるがまま訪れた公園の中は異臭が漂っていた。
最初に立ち寄った時よりは人の出入りがなく、手入れもされずに無造作に積もっていた落ち葉はぐしゃぐしゃに潰されていた。
タイヤ痕だった。幾つもの車が狭い公園の道を走った痕だ。
左右の木々が完全に陽の光を遮り、空は枝や葉で見えなくなっている。
ライト無しでは周りが見渡せない程になっている中を先を行く亜光の部下の背中を見ながら歩く道。
幼い頃に友達とやった肝試しを思い出す。防護服に身を包んで有刺鉄線のような棘を生やすようになった茨の森に入って戻ってくるといったものだった。
今思えば、私は平気でも普通の子なら防護服が破れていたら体が汚染されて死ぬような恐ろしい事をしていた。
父にバレてこってり絞られたけど、当時は勝手に防護服を持ち出した事や訓練の為と嘘をついてヴィレッジの扉を開けさせたのが悪かったのだと思っていたが、そうではなかった。
恥ずかしい記憶を呼び起こされて頭が重くなったが今はそれどころではない。
「こちらです」
亜光の部下に言われ前を見るとそこには何台もの装甲車が並んでいた。
円を描くように公園の広場に停まる装甲車は大きく、全ての窓に格子がつけられ、車の前にはまるで破城槌のような巨大な鉄杭が溶接されている。
まるで動く小さな要塞のような図体をした装甲車に囲まれて亜光の部下達が四十人程度、一斉にこちらを向いた。
巨大な化け物のように刺々しいシルエットの装甲車とこの大人数の兵隊、渋谷ヴィレッジが入れないのも当然だ。
というかこの数の兵隊を私の任務が終わるまでずっと待機させてたというのだろうか。
寒空の下、保存食と焚き火だけで何日も……。
亜光の部下達は直ぐに真上を向いてしまった。その様子に私も上を見る。
上は空しかない。
森の中の開けた場所と言えるこの場所で部下達は焚き火で暖を取りながら下を向く者と銃を持って空を睨みつけている者に分かれていた。
部下達に囲まれるようにして一人だけパイプ椅子に座りながら足を組み、葉巻を吸う青いスーツに赤い帽子の男が一人。亜光だ。
「よう戻りましたなぁ。怪我してまへんか?」
ニヤニタと笑う亜光は紫煙を鼻から出しながら聞いてくる。その口調は放った言葉とは違い心配している風ではない。
広場の中央は木々によって日差しが遮られていないが、雲行きが怪しくなってきており日が差しているのにほんのり薄暗い。それでもここに来るまでの道よりかは大分明るいが。
そしてここに来る時に感じた異臭の正体が分かった。
血の臭いだ。
嫌に静かだと思っていたが、部下達が焚き火の上に網を敷き焼いている物を見て確信した。
「この森は少しだけど変異した動物達が住んでいたはず。もしかして殆ど殺したの?」
公園の中の血の臭いは尋常じゃなく、硝煙の臭いも微かに残っている。
わざわざこんな所を陣取るためだけにそこまでしたのか、思わず聞いてしまった。
すると亜光は部下の一人に何かの肉を角切りにした串焼きを取ってこさせると大口を開けて貪り始める。
「豊富な食料は確保して損はないんや。余ったものは燻製にすると結構持つ。……一本いります?」
亜光の部下が串焼き片手にこっちを見る。その部下の顔はやつれ気味でとてもじゃないがまともな食事をしているようには見えない。
一方亜光はというと小さな体にスーツ越しにも分かる出っ張った下っ腹。
私は首を横に振ってやつれた兵士に声をかけた。
「私はいいわ。貴方が食べなさい」
やつれた兵士は遠慮がちに肩を狭め、亜光の顔を伺う。
亜光はそんな兵士を鬱陶しそうに手で仰いでこの場から下げさせた。
とても部下を思いやっているという様子は感じられない。
葉巻を咥え、何を苛立っているのかカタカタと膝で貧乏ゆすりをしながら眉間に深々と皺を作っている。
ほんの少し間が空いた所で私は気になった事を亜光に訪ねた。
「どうしてこんな所に?」
「待ち受ける為や」
即答する亜光。
「ステアーさんも私の部下から聞きましたよね。謎の襲撃があったと」
「みたいね」
「空飛ぶ物騒な奴がこの辺飛んでるならステアーさん待ってる間危ないんでここで待機しとったんですわ。周りは飛びにくい木々に囲まれて、襲ってくることがあればそれは真上から。一つの方向を集中して見張れる状況なら迎撃も容易いっちゅう事や」
何やら饒舌に話す亜光。
なるほどと思ったが、まるでセリフを準備していたかのような口ぶりに違和感を覚える。
「そういえば……」
亜光はわざとらしく目を大きく開きながらハッと声を漏らす。
「私が雇った傭兵気取りの使い走りを先行でそっちに向かわせてたんやけど、姿が見えないんや。見てまへんか?」
使い走り、か。
こういう言い方をするような人間がいる環境を見てしまっては多感な少年も自分や他人の傭兵を人として見ていなくても仕方のないことか。
いつから亜光の部下になったのかは知らないけど。
一瞬同情しかけたが、クロカゼは結局この男の命令さえ無視したんだ。
私が気を利かせる義理は無いだろう。彼が選んだ道だ。
「見てないわね」
「人の帰りを待つ事も出来んのか最近のガキは……」
亜光が舌打ちを鳴らしていると、陣を囲む装甲車の隙間から黒い影が一つ現れた。
噂をすればだ。
武装した部下達の合間を縫って亜光の側に出てきたその小さな体に赤いマフラー、クロカゼだ。
横顔でチラリと私の顔を見る目は今までのクロカゼと少し雰囲気が違うように感じた。
憂いを帯びていると表現するには過言だが、どこか大人びた、どこかシコリの取れたような光を宿しているように思えた。
一瞬の事だったから気のせいかもしれない。
私の顔を見て直ぐに暗器を投げてきそうな勢いだったのが落ち着いてしまっている時点で何か心境の変化があったのだろう。
そんなことよりもだ。理緒はどうした? ここにクロカゼがいるという事は、そういうことなのか?
一抹の不安が過ぎった瞬間、私はTMPを抜いてこの場でクロカゼを撃ち抜いてしまおうと指がぴくついた。
理性でその衝動的な殺意を必死で抑え込む。
「申し訳ありません。戻りました」
そう言い目の前に来て片膝で座りながら頭を垂れるクロカゼ。
間髪入れず飛んできたのは亜光の足だった。
「戻りましたじゃないやろぉ~。……クソガキがコラ」
営業時の声色なんてものはそこにはない。
頭を垂れるクロカゼの頭頂部を椅子に座ったまま靴底で蹴飛ばす亜光に私は唖然とした。
勝手な行動したのは確かに悪かったかもしれない。
しかし相手はまだ子供。速攻会とかいう組織がどのような規模かは知らないが、一つのヴィレッジを治める責任者がやる行動ではないだろう。
私の目の前で二度目の蹴りを飛ばす亜光。
クロカゼは避けもせず抵抗もせず、ただ蹴飛ばされて土の上を転がった。
周りの部下達はそれをただ黙って見ていたり、相変わらず空を見張っていて直ぐそこで起こっている事には全くの無関心。
「これだからガキは嫌いなんや。言われた事も忘れて勝手に動きよる」
そう言いながら漸くパイプ椅子から立ち上がった亜光は倒れ込んだクロカゼの体に唾を吐きつける。
それでもクロカゼは動かない。
「遊びでやっとるんやないんやぞ仕事はアァン!?」
倒れたクロカゼの横腹をスーツのポケットに手を突っ込んだまま執拗に蹴飛ばす。
その姿は古き時代のヤクザ。
昔の反社会的勢力が中学一、二年位の子供を全力で蹴っ飛ばすみたいな事するのかは分からないが。
場所や服装が違えばどちらかといえば家庭内暴力も見えかねない。
見苦しい。
「もうその辺にして欲しいのだけど。仕事の結果を確認したら報酬を受け取って帰っても良いかしら?」
場の空気を変えるため、亜光に声をかけると亜光はまたわざとらしい笑みをこちらに向けてきた。
目の前で蛮行を見せつけられてそんなもので取り繕えると思っているのだろうか?
しかし、冷たいけれどこれは私には関係のないこと。
報告を終えたら理緒を探しに行かなければ。
そんな考えの私の事を他所に亜光は「そうやったそうやった」と猫なで声のような甲高い声をあげながら私が持ち出した弾薬箱を預かる部下を呼びつけた。
「そんじゃ。中身を改めさせてもらうんやが、もう中の警備システムは止まってるんです?」
そう言いながらクロカゼの事などいなかったかのように無視して、目の前に置かれた弾薬箱を開封していく。
「ええ、止めたわ。中にはそれと同じ箱が千、二千じゃきかないくらい詰まってたわ」
私の報告に亜光は心の底からの笑みを堪らえようとしているようだが、堪えきれずに口角がピクピクと痙攣し、頬が震える。
亜音の言葉を思い出すと本当に目先の自分の利益にしか関心がないらしい。
「ほな、ご苦労さんでしたなぁステアーさん」
箱の中の大量の弾薬を見てご満悦の様子の亜光はこちらを向くと、不意にスーツの内ポケットに手を伸ばし――。
「報酬や。受け取りや」
――銃を抜いた。
抜いてそのまま一拍置く事もなく私に向けて発砲。
本能か直感か、亜光がスーツの隙間に手を突っ込んだ所で身構えていた私は撃たれたその瞬間にはその場から飛び退いていた。
狙いもせずに撃った銃の弾は明後日の方へ飛んでいき、銃声を聞いて周りの部下達も慌てて銃をこちらに構え始める。
私の背中や肩、
触れてしまいそうな程近くに銃口を感じる。
「すまんのぉ。亜音から聞いたんやろ? 私らの事。恨むんなら亜音を恨んでくれや」
ニタニタと笑みを浮かべながら話す亜光の顔を見て私は察した。
「……亜音も殺したのかしら?」
「何言うてますん? アンタらが匿ってるのは分かってるんや。あれは私らの
人を、しかも身内を商売道具ときたか。
今まで仕事を請けた身として色々我慢してきたが、ここまでコケにされたならもういいだろう。
「そっくり返すわ」
「はぁ? この状況を見ろや。アンタは一人。幾つもの銃口に囲まれて、何をするっちゅうんや?」
「……みんな殺すって言ったのよ」
TMPを抜くタイミングを伺いながら亜光の顔を睨みつける。
そんな私を見て何を思ったのか、亜光はわざとらしい大きな溜め息をついた。
「ハァ~ア……。私は気の強い女は嫌いなんや。さっさと殺して終わらせようと思ったがやめや。身動き取れないようにして顔面をナイフでズタズタに切り裂いて、女としての尊厳をぶっ潰してからぶち殺したる……!」
殺すと啖呵を切ったが、正直どうやって殺るかまでは考えていなかった。
こうも四方八方から至近距離で銃を向けられるなんて事は経験したことが無かった。
周囲の動きを読むために神経を研ぎ澄ます。
後ろの奴の銃を持つ手の震え、右の奴の荒い息遣い、左の奴の膝の震える音、周囲の人間の細かな動きが全て耳に入ってくる。
人それぞれの殺意の強さの違いがビリビリ感じる。
個々のやる気の違いが激しいのはブリガンド集団を相手にする時によく感じる感覚だ。
組織に対する不満だったり、飢えだったり、病気だったりで戦いに積極的な兵隊が多い組織はそう多くはない。
そう思うとパッと見よりも亜光達の戦力は低い。
だが銃を持つ人間の技量やモチベーションに関係なく、弾が当たれば人は大体死ぬ。
ナメてかかってはそれこそ直ぐにぶち殺されてしまうだろう。
さて、どうしたもんか。……そう思っていた矢先だった。
「悪党が寄ってたかって女子供に銃を向けるか。男としてのプライドも無いのか!」
公園中に響き渡るような怒号だった。
私も周りの人間も一斉にその声の方へ視線を向けた。
声は周囲を囲う装甲車の上だった。
そこにはボロボロのマントにちぢれ毛の男、ビャクライがそこにいた。
両足を肩幅まで開き、いかり肩で立つ姿はただ突っ立ているようでいて、いつでも銃を抜けるような姿勢だ。
迸る怒り、オーラとでも言うべきか、それがビャクライの全身から溢れ出してこの場を覆っているかのような感覚に私は一瞬肌がひりついた。
私との一騎打ちの時にも感じさせなかった〝絶対に殺す〟という本気の怒りだ。
「ビャクライてめぇ今更何の用や、アァン!?」
痰が絡んだようなような怒鳴り声をあげる亜光。
だが、ビャクライは亜光の顔をチラリと見下すとその視線を土まみれのクロカゼに向けた。
「クロカゼ。哀れなものだな」
「……」
倒れたまま一切動かなかったクロカゼはビャクライの顔を見るために僅かに顔を上げた。
しかし何も返事を返さない。
場に冷たい空気が漂い始めた。
その空気を速攻で壊したのは亜光だった。
「何シカトこいとんじゃボケェ!!」
頭に血が上り、銃をビャクライの方へ向けた亜光。
その瞬間を待っていた――!
私は即座に銃を抜き、亜光の手を狙って引き金を引く。
この間に私の周りの亜光の部下達はビャクライに釘付けになっており、私の動きへの反応が完全に鈍り、遅れていた。
乾いた発砲音が公園に響き渡ると同時に亜光の手にしていた銃が私の銃撃により弾け飛ぶ!
弾丸の勢いで手元から銃をもぎ取られた痛みで反射的に銃を持っていた手を抑える亜光。
「ッ! この女ァ!」
亜光が手を抑えて私に罵倒を浴びせかけるのとほぼ同時に凄まじい轟音が鳴り響く。
それは一発の銃声に聞こえてしまうような何発もの銃声。
ビャクライのファニングショットだ!
一瞬にして私の背後や左右にいた亜光の部下が銃声と共に血を撒き散らして倒れていく。
広場はパニック状態。
明後日の方向に銃を乱射する者、私とビャクライ、どっちを撃つかもたつく者、亜光の身を案じて駆け出す者。
誤射を怖がって背後から至近距離まで近づいてきた亜光の部下を振り向きざまに撃ち殺すと、遮蔽物になりそうな装甲車の影へと駆け出す。
「クソがぁ! 逃がすんやないで! 皆殺しや!」
背後から亜光の声。
ビャクライは装甲車から飛び降り姿を消すと再び幾つもの銃口がこっちを向く。
しかし構っている暇はない。
装甲車で作られた囲いの中、唯一出来た大きな通り道の方へ駆けていくと突如空から銃声が響いた。
バスッ、バスッ、という静かな銃声は直ぐに
撃たれた? と思ったがその微かな銃声の後に倒れたのは今まさに渡しに銃口を向けようとした亜光の部下達だった。
突然の空からの襲撃に部下達は私がここに来た時のように空に銃を向ける。
その隙に走りながらも私も銃声の方へ目を向けた。
周りは皆バタバタとそれぞれ見当違いの方へ向いているみたいだけど私の耳と目は確実にソレを捉えた。
「コロナ……!」
静かな飛行音で高速で飛行するそれを見て、私は思わず声を零した。
コロナのドローンだ。
高速で広場の上空を高速で低空飛行している。
時折少し速度を落としながらドローンの下部につけられた拳銃で亜光の部下を狙っている。
そして、かなりゆっくりとだが一人ずつ、丁寧に敵を撃ち下ろしている。
私が真っ直ぐ出口に向かうその道筋に立つ敵が一人二人と舞うように倒れていく。
「ありがとう、コロナ……!」
撃たれよろめく敵を押し退け、飛び交う銃弾を避けて出口へ駆け抜ける。
そうしている間に弾の装填が終わったビャクライが再び装甲車の上に現れて敵を撃ち抜いていく。
空からの援護射撃がこんな頼もしいとは思わなかった。
ドローンから聞こえる銃声に背中を押されてるかのように途端に体が軽くなった気がした。
その勢いのまま風を切っていると、囲いの出口を構成する装甲車の影から一人の影が飛び出してきた。
しかし怯むこと無く出口へ向かって走る。
撃ち殺してでも、突破する!
走りながらTMPを構えると、飛び出してきた影が大声で叫んだ。
「傭兵事務所、ストレンジ・サバイバーの者でぇす! クライアントの不審な噂を耳に挟んだ為身辺調査をさせて頂きましたァ!」
「蛭雲童!?」
突如現れた蛭雲童は見慣れない大きな銃を構えた。
その姿を見て秒でそれがなんだか分かった。
小さな土管のようにも見えるそれ……ロケットランチャーを肩に担いでいる姿で、私は思わずスライディングしてその射線から緊急回避する。
「結果! あなた方速攻会、いや、スピード・ディーラーが西から来たブリガンド集団だと分かった上、更にウチのホストに銃を向けた……よって! 契約を破棄させて頂きまぁす!!」
声高らかに攻撃の宣言をする蛭雲童に流石の亜光もビビったのか、浮ついた声で叫びだす。
「あかん! その馬鹿を
「死ねやチビヒゲ野郎!!!!」
罵倒と共に引かれたロケットランチャーの引き金。
ボシュッ、という発射音と共に放たれたロケット弾は、スライディングする私の真上を通過し、真っ直ぐに煙の線を引きながら亜光の元へ突っ込んでいく。
「ほあああああああ!!!!」
マヌケな声をあげながら頭を抱えその場で屈み込む亜光。
その姿にさっきまでの威勢も、組織のボスという威厳も一切感じられない。
そこにいたのはただただ情けなく小さな男だった。
亜光の頭上を通り抜けたロケット弾は亜光の背後の装甲車の横腹に直撃した。
とてつもない爆音は耳にこびりつく程に大きく、爆風は亜光の座っていたパイプ椅子を空中分解させ、亜光はスーツの背中部分を焦がしながら軽く吹っ飛び地面に頭からダイブする。
側にいたクロカゼもゴロゴロと地面を転がり、黒煙の向こうから装甲がベコベコになった車体が姿を表した。
その様子を亜光の部下達は唖然と眺めていた。
「蛭雲童!」
「姐さんご無事で!」
危機的状況に駆けつけた蛭雲童の肩を感極まって手の平で
「よく来たわね。どうして?」
「それが、姐さん達が事務所出てから直ぐにコロナが亜光の野郎の怪しい動きに気づきまして。そんで出来る限りの武器を持っていけって」
言いながら汗をかいている蛭雲童の服装を見て驚いた。
肩にかけたライフル弾の弾帯、両腰にオートマチックの拳銃二挺、背中にはアサルトライフル、ブーツにはナイフ、そしてロケットランチャー……。
「……逆にかさばるでしょ」
「姐さんが危ないって聞いたらこんくらい軽いってもんですぜぇー!」
強がって腕を曲げて力こぶを作ってみせる蛭雲童。
その力こぶを掴み、私は蛭雲童に一つ頼み事をする事にした。
蛭雲童にしか出来ない仕事だ。
「蛭雲童。頼みたいことがあるのだけどいいかしら?」
答えは即答だった。
「何でも言ってくだせえ!」
わざとっぽく敬礼してウインクまでしてみせる蛭雲童の余裕のある姿にふと、コイツもしかして本当に頼もしいかもと思ってしまった。
正直今まで、金勘定が出来ることしか評価していなかった。蛭雲童には申し訳ないけど。
蛭雲童に話そうとした瞬間、遠くから喚き散らす声が聞こえた。
「傭兵風情がコケにしやがってボケがぁ! なにしてるんやお前らァ! アイツらの体に鉛玉詰め込んでまえやァ!!」
亜光が八つ当たりするような声を上げて部下に指示を出している。
ビャクライはまた身を隠してリロードか。
空を飛んでいたドローンは蛭雲童を見つけると真っ直ぐ私達のところへ降りてきた。
蛭雲童は予め打ち合わせをしていたかのようにそれを見るなりコートのポケットから拳銃の予備弾倉を取り出すと、ドローンが目の前で待機したのを見て素早く装着された銃の弾倉を入れ替える。
私もTMPを二挺両手に握り、蛭雲童も役目を終えたロケットランチャーを投げ捨てると背中のアサルトライフルを構えた。
反撃準備、完了だ。
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