第14話 嵐の前の

「ほな部下を何人かよこしまひょか?」


 渋谷ヴィレッジ内にある軍が使っていた建物は頑丈で、経年劣化も感じさせないそこは富裕層の宿泊施設となっていた。

 隙間風の無い建物というだけで誰もがそこに住みたくなる。

 こういった数少ない旧時代の息吹を色濃く残す建物は少ない為、そこをどう使うかは早い者勝ちだ。

 成金の狂った金銭感覚のお陰で潤っている宿泊施設で、調度品に囲まれた部屋に金を落としている亜光は私の目の前でニコニコと営業スマイルを嫌味なくらいに浴びせてくる。

 亜光の背後には最初に事務所に来た時連れていた部下が二人、私に睨みを効かせている。


「いえ、私一人で行くわ。安全が確保出来たら貴方達を呼んで、私は報酬も持って帰る。その方がスマートでしょ?」


 私の言葉に納得いってない面持ちで眉間の皺を指でなぞる亜光は片眉を上げる。

 小脇に抱えた通信機を私に見せびらかすようにチラつけるとゆっくりと亜光と私の間にあるガラステーブルに置く。

 通信機を見ていると亜光という男の体の小ささが目立つ。

 体格で人間の優劣を決めるつもりはないが、この小男に周りの部下はどうしてついていく気になったのかが気になってしまう。

 その見た目の弱そうな所もあるが、どちらかといえばこの胡散臭さだ。

 こんな明らかに他人に心を読ませないように振る舞う男に付き従おうと思ったのは何故なのだろうか。

 やはり、この男主導の元行われる薬物ビジネスの分け前を狙っての事なのか。


「最近高い金を積んで手に入れた長距離を連絡可能な通信機ですわ。これでヴィレッジの外に待機させてる二十人の兵隊動かせまっせ。何ぞあった時の弾除けにはなるんやないですか?」

「なぜそんな数の部下を連れてここに? それにヴィレッジには入れなかったの?」

「私はビビリなもんでしてなぁ。どこ行くにも戦える連中を何人も連れていないと落ち着きまへんのや。何処行こうにもヴィレッジから一歩出れば、ブリガンド、ミュータント、食人植物と危険がぎょうさんでたまりまへんからな。……そんで、ここまで来てみたらここの警備隊の連中、武装した十人以上の集団はヴィレッジ内の安全の為に通すわけにはいかんて言い張るんすわ。待たせてる連中には申し訳ないな思ってますねん」


 つまり、その待たせてる奴らの為にもさっさとこの仕事を終わらせろと、そう言いたいらしい。

 話の中に自分の要求を織り交ぜるのが得意な男だ。

 直接的な要求はしないが相手にそれとなくやって欲しい事を伝える。正直言って好かない。

 だが好き嫌いが仕事に左右するのは素人のやる事。今は気持ちを飲み込まなければ。


「じゃあ早く帰れるようにしないとかしら」

「いいや、安全第一でお願いしますわ。急いては事を仕損じると言いまっさかい。本当に私の部下はいらんのでっか?」

「何かあった場合はこっちでどうにかするわ。危ない所を貴方の部下にどうにかしてもらってしまったら傭兵である私の立場が無いわ。部下は中の物を運び出す時に使うと良いわ」


 亜光はなるほどと納得したのかわざとらしく手を打って見せると急に席から立ち上がり手を差し伸べてきた。

 この男は本当になにからなにまで芝居がかっていて、その頭の中を覗き込めない。


「確かに貴女達傭兵の顔を立てねばあきまへんな。そういう事でしたらお言葉に甘えさせてもらいますわ。そんなら後はお任せ致します」


 差し出された手に応えて握手を交わす。

 亜音の言葉が本当ならば、油断はできないがここで怪しい動きをするわけにはいかない。


「そうだ、ステアーさん」

「道中変わったことはあらへんでしたか? 怪我してるみたいですけど」


 視線を私の腹部に向けて言う亜光の眼光は鋭く、私の報告に穴がないか気になっているようだ。

 なるほど、組織のリーダーというだけはある。完全にこっちを信用しているわけでもないみたいだ。

 依頼を頼み雇ったとはいえ、私は所詮部外者だ。


「先程お話した通り、私達のように弾丸財宝のありかを探ってると思われる傭兵に邪魔されただけなので、お気になさらず。十分動けるわ」

「なら良いんですがね。その傭兵、結局生かして逃してしもうたんでっしゃろ?」

「ええ、でも次は私が勝つわ」

「その意気ならこっちもこれ以上何も言えまへんな。ほな、良い結果報告を楽しみに待ってますわ」


 亜光の手を放し、軽く礼をして部屋を出る。

 背後で亜光が通信機のボタンを押す音を聞きながら――。



******



 一度事務所に戻ると理緒とコロナ、枸杞が集まって何かを囲んで話し合っている。

 遠目から見ても分かる茶色、水色、ピンク色の髪が固まっていて分かりやすい。

 事務所の前で何をしているのかと思い近づいてみればこの前見たコロナのドローンを三人で見ているようだ。完成したのだろうか?

 私が近寄る足音に気付いたのか理緒がこっちを向いた。


「おかえり。もう行くの?」

「ええ、そのドローン。もう出来たの」


 そう聞くとコロナは至って冷静に答える。

 視線は手にしたドローンへ真っ直ぐ向けられていて、その表情は真剣そのものだ。

 ドローンは仕事でここを離れる時に見た形と少し違っていて、本体の両側に人形の腕のような物がついていた。

 角張ったフォルムのドローンに丸みのある球体関節人形のような腕のアンバランスさはスクラップを組み合わせた手作り感に溢れている。

 空を飛ぶ妖怪みたいだと思ったが言わないでおこう。


「飛ばすだけなら。さっき負荷耐性の為に全速力でのテスト飛行で横浜まで飛ばした所」

「横浜? どうして?」

「昨日の夜に聞いたこれまでの仕事の話でさ、バヨネットにも話した方が良いんじゃないかなって」


 亜光とその部下達がスピード・ディーラーというギャングで、川崎ヴィレッジが根城として使われているという事をバヨネットが知れば恐らく……突撃するだろう。

 確実な証拠が出揃わない限り様子見するべきだと私は思うがバヨネットはそんな事悠長に待ってられるタマじゃない。


「なぜそんな事を? 聞けばバヨネットは勝手に行動する事は目に見えてるじゃない」


 私の問いにコロナはニヤリと笑った。


「だからだよ。今までも事務所に顔も出さずに勝手にやってるんだ。こう言う時に役に立ってもらわないとって思っただけだよ。ステアーは依頼人だから依頼人を裏切るような行動は出来ない。ならば、最初から勝手な行動をしてるバヨネットに〝勝手な行動〟をして貰った方が都合良いでしょ。彼が殺すと決めた相手を逃すとは思えないし、バヨネットが僕たちの仲間ってのを知っていたとしても知る人間は一人も残らないでしょ?」

「極秘での依頼という事もあってギャングが壊滅しても私のところまで足がつかないって訳ね。とんでもない事を考えたものね」

「ステアーに素性を明らかにせず危ない橋を渡らせて、自分達は薬物売りさばいてよりにもよってステアーの育った土地で胡座かいてるとか、許せないしね」


 コロナが真剣な眼差しで言うと理緒も全くだを腕を組んで頷いた。


「僕達を騙してギャングの手先にしようなんて、百万年早いって事を思い知って貰わないとな」

「確実にそうと決まったわけではないけどね」

「火の無い所に煙は立たぬ、だよ。極秘の依頼だったのにその内容を知ってる依頼人の身内が打ち明けた話の内容が一字一句デタラメなんて事は無いと思うよ。ウソや勘違いが入ってたとしても全部がウソとは考えにくい。ステアーは依頼人を信じすぎるんだよ」


 コロナの言葉にぐうの音も出ない。

 私もこの傭兵業を初めて日が浅いのもあるけど、もう少し疑って見る事も必要なのかもしれない。

 そんな事を思っているとコロナはドローンに付いた手の指の関節を弄りながら小さく息を漏らした。


「まあ、ステアーがやりたいようにやったら良いよ。ステアーが他人を信用するなら、疑うのがボクの仕事って事さ」

「コロナ……」

「何が『ボクの仕事さキリッ』だ、かっこつけちゃってさー」


 コロナの気取った言動に理緒は少し嫉妬しているようだ。

 理緒はどうも大人になりたい、成長願望が強いらしいしコロナの言葉やその振る舞いに大人の姿を見たのだろう。

 そうやって嫉妬しちゃってる所がまだ子供なのだけど……。


「そうやって人の所作にいちいち突っかかるようじゃまだまだ子供だよね。年上のくせに」

「なんだとぉ! ってお前年下だったのか」

「理緒は十三でしょ? ボクは十だから三つ下。枸杞は何歳か知らないけど理緒よりちょっと背が高いみたいだし理緒と同じくらいなんじゃないかな」

「くぅ~! 年下だと分かったらすっげぇ生意気に見えてきた! 年下ならお兄さんって言えよ!」

「フッ……じゃあお兄さんらしい所見せてから言ってよね」

「ぐぬぬ……」


 目の前でコロナと理緒が口喧嘩じゃれあいしそうな雰囲気を作り出しているのを微笑ましく見てしまう。

 しかし本当にそうされる訳にはいかない。話題を変えねば。


「そういえば、そのドローンの腕どうしたの?」


 よく見ればその腕はセバンの腕にも似ている。しかしまさかこのドローンを作るためにもぎ取ったなんて事は無いだろう。

 この場にセバンがいないから僅かながらにも変な想像をしてしまった。

 私の何気ない質問に意外にも枸杞が得意げに満面の笑顔をコロナに向けると、コロナは枸杞の背中を軽く叩いてフフッと微笑んだ。

 こうして見てみると笑顔一つにも個性があるんだなと思うとそんな事を考えてしまう私自身がなんだかおかしく思えてしまった。

 ずっと気が張っていたのに、この子達を見ていると自然に心に余裕が出来る。そんな気がする。


「枸杞がスクラップの山からセバンと同じアンドロイドの腕部を見つけてきてくれたんだ」


 コロナの言うスクラップの山とはヴィレッジの外の廃墟の事だ。

 この辺は首都だけあってその辺に家電から車、アンドロイドに小型端末のような精密機器がゴロゴロ転がっている。

 山というよりもスクラップの草原と言った方が見た目的には正しいかもしれない。


「へへへ……」


 驚いた。いつもコロナに文字を教わったりして事務所からは離れたりしない枸杞がいつの間にかそんな事が出来るまでになっていたなんて知らなかった。

 少なくとも今までは私や蛭雲童が一緒だったとしても事務所からあまり離れたくなさそうな様子を見せていたからだ。


「本当なの? 枸杞」


 枸杞の顔を見ると屈託のない笑みを私に返しながらこくりと頷いた。

 控えめながら自信に満ちた様子で、赤黒い瞳に初めて光が差し込んでいるような気がした。


「コロナの役に立ったらお姉ちゃんの役にも立てるって聞いて……頑張った」


 小さく囁くように言う枸杞。しかし謎が残る。

 ヴィレッジの中でさえ一人で出歩くことをしなかった枸杞がヴィレッジから出てスクラップを漁るなんて事が急に出来るようになったのは何故だろう。

 蛭雲童は私がいない間は留守番で事務所を空けることなどしないはずだ。

 確かセバンが侵入者撃退の時にはリミッターか何かが外れて侵入者を叩き出してくれるらしいがそれに期待してコロナを置いて出ていくとは考えにくい。

 そして三人で出てセバン一人に留守番をさせる訳もない。


「枸杞はどうやってゴミ漁りスカベンジングを?」

「非番の警備隊員の人がつきっきりで護衛してくれて近場でのゴミ漁りに協力してくれたのさ」


 枸杞の代わりにコロナがそう答えるとその隣で小さく「戦えないけど、僕も何かしたかったから……」と呟く枸杞。

 私は思わず枸杞の頭を撫で回していた。


「物を見つける才能があるみたいね。今の時代それは凄い良いことよ。ありがとうね枸杞」

「コロナに言われなかったら思いつかなかった事だから……ありがとう、コロナ」

「……! ほ、ほら、ステアーと理緒はまだ仕事あるんでしょ、さっさと行ってきなよ!」


 照れ隠しにやや声を荒げながらコロナはドローンを抱きかかえると枸杞の手を取って事務所の中へ駆け出してしまった。

 ふと理緒の顔を見てみるとコロナ達を見ながらニヤニヤと笑っている。

 きっと私もそんな表情をしているに違いない。


「二人共、いってらっしゃい」


 事務所の扉を閉めるところで枸杞は私達に手を振って見せた。


「ああ、行ってきます!」

「行ってくるわね」


 枸杞に見送られながら私達は車へと向かった。

 コロナが作っている物が完成すれば、閉所での活動や軽い物なら長距離の輸送も出来るかもしれない。

 新しい事ができると思うとコロナが活躍するのを今から期待してしまう。

 だが今はまず、目の前の仕事を片付けなければ。

 必要な物は既に車に積んである。

 後は、行くのみだ。



******



 弾丸財宝が眠るとされる隠された弾薬庫。

 それが新宿の公園の地下にあると唯一の生還者だった男が言っていた。

 公園、つまりそこは文明崩壊前からずっとその土地を弄っていない、弄りようが無い場所。

 だからこそその地下にそういった施設を隠しやすかったのだろう。

 後はその施設と関連した場所から出入り口を繋いで運搬すれば良い。


 かつて戸山公園と呼ばれていたこの地は都会の中にある広い公園として親しまれていたのだろう。

 曲がりくねった遊歩道と異常に成長した木々がどことなくタツと出会った場所を思い起こさせるがここはあの公園より大分広い。

 タイルを張り巡らして作られた大通りは意外にも植物の侵食を免れているがその上には枯れ葉が積もっている。

 人が入らず手入れもされていない証拠だろう。

 頭が二つある狸が木々で作られた物陰から四つの眼でこちらを見ている。

 空には三本足の鴉が旋回しながら不気味な鳴き声を上げ、ブリガンドや周辺のヴィレッジも狩りをしてないことが窺えた。


「人が全くこの辺には来てないみたいだ。まるで未開の地って感じ……」


 車を降り、隣に立つ理緒も公園の様子を見て察したようだ。

 明らかに人の手の入った場所なのに、人の気配が一切しない。廃墟に来たような感覚は何処に行ったって抱くもの。

 でもここは余計にそう思ってしまうのは、なんだかんだでどんな場所でも人が残された資源を求めて訪れた痕跡が至る所に残っている場所を歩いていたからだろう。

 しかしここはどうだ。人が荒らした痕跡なんて殆どない。誰かがここにいたという気配が無い。


「ステアー、この下に弾薬庫があるって言ってたけど公園に誰かが入ったような後はないみたいだけど?」

「公園の下にあるというだけで、入り口が公園にあるとは言ってないわ。きっと近くの建物の中に隠されてたりするんでしょう」

「何処から探る? この近くに軍の学校があったんだっけ?」

「臭いわね。そっちに向かいましょ」


 念の為周囲に人の来た跡が無いか確かめつつ、再び車に乗り込んだ。

 エンジンをかけると建物や公園の影に隠れていた野生動物が一斉に逃げ出すのを見て、人間に襲いかかるような獰猛な獣やミュータントが一切いない訳ではないだろうが現状いないだろう事は分かった。

 アイゴの話を聞く限り、侵入するまではそこまで危険はないらしい。問題は中に入ってからということか。




 車をゆっくり動かし、辺りを見ていたが直ぐに学校らしき建物が見えた。

 公園の外側に沿って車を動かす。五、六階建てのビル程の高さにまで異常成長している公園の木々に阻まれ、近くに寄るまではそこにある事すら分からなかった。

 此処の場所をわざわざアイゴが言っていたのは公園の場所の目印として言ったというわけではない筈。

 つまり此処こそ、弾薬庫への道が隠されている場所……。

 正門らしき横に長い鉄柵のような門は半開きで、そしてその向こうには一つの人影があった。見た瞬間に私と理緒は同時に武器を構える。

 人影は忘れたくても忘れられないシルエットだった。

 ボロボロのマントにツバの切れたテンガロンハットに拍車付きのブーツ。

 ビャクライだ。


「車の音がしてお前達だと確信したぞ」


 そう大声で私達に声をかけてくるビャクライ。

 コンクリ打ちっぱなしに見える壁の校舎が左右にあり、門から真っ直ぐ伸びる道は舗装されてはいるものの亀裂が走っている。

 その道は広く、学校が運営されていた頃には大勢の生徒や教職員が行き来していたのだろう。

 しかし今はそのだだっ広い道は決闘の場所として使われようとしている。

 校舎と校舎を繋ぐ空中廊下の支柱に背を預け、口角をゆっくりと上げると私達の方へ顔を向けた。

 片足で支柱を押すようにして柱から離れるとマントを軽く揺らし、腰の銃をチラつかせる。


「ビャクライ……何故此処に。クロカゼから聞いたのかしら」

「ああそうだ。何処で仕入れたかは言わなかったが、お前達が来るというのならばこの機を逃すわけにはいかん。此処へ来たということは、もう銃を扱いのに支障は無いということだろう?」


 ビャクライは私の腹部を見ながら言うとねっとりとした手つきで腰の銃を抜いた。

 理緒はそれを見て手にしたクロスボウでビャクライを狙うが私はそれをただ眺めていた。

 私の様子を見てビャクライは鼻で笑うと抜いた銃をそのままくるくると回しだす。ゆっくりと、まるで呼吸するかのように。


「クロカゼはどうしたの? また不意打ちでもするつもり?」


 ビャクライはその言葉に片眉を上げるとガンプレイをやめてしまった。しかしグリップを握ったその手はトリガーから指を放している。


「心外だな。俺様がそんな事を命令すると思うか?」


 それを言うとビャクライは突然銃をしまうと足を揃え、深々と頭を下げ始めた。

 突然のビャクライの行動に私も理緒も目を見開いて驚く。

 私達の間に風が吹き抜けるとビャクライはテンガロンハットを片手で押さえてゆっくりと頭を上げた。

 その瞳は嘘偽りのない懺悔の意思が宿っていた。


「申し訳なかった。俺様の相棒でいる限り、あのような所業は許さないとキツく叱っておいた。許して欲しい」

「お前、そんな事でアイツが反省すると思ってるのか?」


 理緒だ。理緒はクロカゼの事をビャクライよりも理解している。

 だからこそ、一度叱れば反省するだろうと思っているビャクライに腹を立てているのだ。


「アイツはお前の見てない所で横浜の住人からこの場所の情報を仕入れた後、情報料として渡した酒に毒を仕込んで殺していたぞ」

「なんだと……?」

「僕達に情報を渡さず、大方お前にも黙って弾薬庫の場所を突き止めて独り占めするつもりだったんだろうよ!」


 寝耳に水といった様子で体が固まっているビャクライ。どうやら本気で言って聞くような奴だと思っていたらしい。

 吐き捨てるように言う理緒はビャクライに対しいい加減にしろとでも言いたげだ。

 だが剥き出しの怒りは抑えて欲しい。そういうのがプラスに働く人はあまりいない。大体悪い方にいってしまうものだからだ。

 理緒の肩にそっと肩を乗せる。

 手が肩に触れた途端、理緒は少し驚いた様子で私の方を見た。そして私の気持ちを理解したのか呼吸を整える。

 ビャクライの方はというとこっちは驚きの表情から今度は悔しさや怒りといった表情に曇らせ、わなわなと手を震わせていた。

 私達にではなく、此処にはいないクロカゼに対してだろう。


「……戦う意思の無い者を傷つけるなとあれほど言い聞かせてやったというのに、奴は、奴は、そこまでに悪に染まっていたのか!」


 ビャクライが叫んだ。その時だった。

 私も理緒も、ビャクライも遠くから近づいてくる音に気付いた。

 背後から近づくそれは偶然こっちにやって来ているという感じではない。

 真っ直ぐにこっちへ来る意思のようなものを感じさせた。

 タイヤがアスファルトを削る音。それが近づいてくると音の主は直ぐに姿を表した。


「理緒!」


 言葉より先に体が動いていた。

 私は理緒を抱きかかえるようにしてそのまま通路中央にある植木の周りにある茂みに飛び込んだ。

 それと同時に急ブレーキの音と銃声が響く。

 銃を握って茂みから飛び出してみればそこにはビャクライの姿は無く、見慣れた連中が門の前にいた。

 スーツの上に武装した亜光の部下達だ。五人いる内三人は体から血を流し、コンクリートの上に倒れている。

 今の一瞬でビャクライが殺ったのか……? そう思っていると車の中から一人だけ遅れて降りてくる音がして見てみればそこには意外な姿があった。


「どうやら間に合ったみたいだな? しかし狙いは雑だけどやっぱその早撃ちは怖いなあ……」

「クロカゼ……!?」


 亜光の部下を引き連れやって来たのはクロカゼだった。

 昨日やってきた亜音の言葉を思い出す。そうだ、クロカゼは一人でビャクライに黙って亜光の仕事を請けたと言った。

 それにしても、亜光の部下は私なんて気にもせず、ビャクライだけを狙っている。部下達の銃口の向きを見るにビャクライは校舎の空中廊下の支柱の影にでも潜んでいるのだろう。

 私の声にビャクライも声を上げた。


「クロカゼ、どういうつもりだ!」


 ビャクライの問いかけにクロカゼは歪んだ笑みを浮かべながら肩を震わせた。


「いい加減さぁ、正義だなんだとうるせえ奴とは別れたくってさ」

「なんだと……」

「この世は権力と暴力、チカラが全てなんだよ! 横浜を出て、それなりに腕の立つ奴に着いていれば食うには困らねえかと思って利用させてもらったが、ビャクライ! お前との正義の味方ごっこは終わりだ!」


 クロカゼはポケットから何かを取り出して空中廊下の柱に向かってぶん投げる。

 宙を舞うそれを見て、私は思わずビャクライに向けて声を上げていた。


「ビャクライ! グレネード!」

「くたばっちまえよ! ビャクラァァァァイ!!」

「チィッ!」


 私の声を信じたのか、柱の影からビャクライが離れている足音が聞こえた。

 そして柱の側に落ちた手榴弾は激しい爆音を立て、経年劣化により脆くなっていた支柱はあっという間にひび割れて崩壊。

 支柱を失った空中廊下も衝撃を受けてバラバラになりながらコンクリートの通路に落下し煙を上げた。

 爆発の後の静寂の中で、ビャクライの気配は遠く消えてしまった。


「クロカゼ、一体どういうつも……」

「百地てめぇ!」


 私が言い切る前に理緒は茂みから飛び出し、クロカゼの胸倉を掴み上げる。

 意外にもクロカゼはそんな理緒に対し抵抗はしないようでされるがまま。

 後ろ姿で見えないが理緒はきっと怒りの表情で血管を浮かばせている事だろう。

 しかしクロカゼの方はというと力強く胸倉を捕まれ、体を揺さぶられているにも関わらず涼し気な表情を浮かべている。


「どういうつもりだ! アイツはてめぇの相棒じゃねえのかよ!?」

「言っただろ。利用していたに過ぎねえって。それに感謝して欲しいね。こんな所で決闘なんてしてタダで済むと思ってるのか? 怪我人抱えたまま弾薬庫に行くつもりなのか?」

「それも気に食わねえんだよ! 僕達の邪魔しといて今更仲間面か!? この野郎!」

「理緒、落ち着いて!」

「っ……! でも……!」


 私の制止でようやく大人しくなった理緒の隙を見て、クロカゼは理緒の拘束から逃れるとまるで汚物でも服についたかのように服を手で叩く。その嫌味な行動に私も一発殴ってやりたくなったがグッと堪えた。

 こうして亜光の部下を連れてきているという事はつまり、クロカゼも亜光の部下として依頼を受けた私達の援護に来たという事なのだろう。

 色々気に食わないことがあるのは私だって同じだ。でもここで変に関係を拗らせる訳にもいかない。


「クロカゼ、それに貴方達もなんで此処に?」

「亜光さんから君たちの銃後を守るようにって言われてね。本当は、仕事だからさぁ」


 あからさまな挑発行為に理緒が心配になったが、理緒は真顔のままクロカゼの方を見ている。

 きっと心の中は怒りで煮えたぎっているに違いない。だが体が強張っているものの、表情に出さないようにしている所を見るに大分成長したように思える。

 クロガゼはそんな理緒が面白くないのか地面に向かって唾を吐くと胸の前で腕を組み、私の方を見上げた。


「必要な弾とかあれば一通り揃えているし、もし中に入って欲しい武器とかあれば戻ってくれば渡してあげれる。勿論無料タダじゃないけど」

「横浜にいた傭兵を毒で殺したわね。あれは私達の邪魔をする為じゃなかったの? なぜ今になって味方をする気になったのかしら」

「あの時はオレが弾薬庫を独り占めする気でいたからな。でもよくよく考えたらオレが独り占めするって事は噂に聞くおっかない警備システムとやらを死ぬ気で抜けなきゃならないだろ? オレは死にたくないし、儲けは減るだろうけどだったら亜光さんの下に就いていれば楽できるなって事。危険な所に行くのはお姉さん達の仕事、そうだろ?」


 折角の整っている顔を歪めニタリと薄気味悪い笑みを向けてくるクロカゼ。

 この子はある意味この世界では正しい生き方をしている。

 自分が生き残るために他人を利用し、危険なことは避け、上手いこと立ち回って利益を得る。

 ヴィレッジの中だろうが外だろうが常に暴力や死と隣合わせのこの世界で、きっとこの子は生を渇望するあまり歪んでしまったのだ。

 子供の頃からここまでの心になってしまうのは地下で生きてきた私にとって当たり前なのかは分からない。

 傍から見れば残酷で卑怯で生意気な子供に見えてしまうこのクロカゼという少年を、私は今の言葉で急に可哀想な少年に見えてしまった。

 私を見上げる凶暴性を秘めた瞳が一瞬鋭い眼光を放ったかと思うとそれまで笑みを浮かべていたのが一変、眉間に深々と皺を作ったかと思うと大きな舌打ちを鳴らした。


「なに人を哀れむような目で見てやがるんだ?」

「……」


 勘が良いのか、私の顔に思いっきり出ていたのか、クロカゼは私の態度がとにかく気に食わないようだ。

 理緒と一緒にいるというのもあるのだろうけど。

 もしかしたら自分以外の人間を誰一人信用してないことから来る余裕の無さからきているのかもしれない。


「昨日今日始めたばかりの傭兵風情が上から目線で人を見てんじゃねぇぞ。お前らは金と引き換えに死地を行く使い捨てだ!」


 私と理緒の前で怒鳴り散らすクロカゼ。その姿は更に小さく見えた。

 言っていることは正しくはある。傭兵は何処にも所属しない。だから任務内容は明かされず、人知れず使われる存在だ。

 そうなるとクロカゼのこの態度といい周りの亜光の部下の何も言ってこない辺り、こいつは傭兵を辞めて亜光の正式な部下になったということなのだろうか。

 でなければ私達を指して傭兵呼ばわりはしない筈だ。

 となると、やはり本当にビャクライを裏切ってしまったのか。

 けれどその言葉がただただ虚しく暗雲の空に溶けていく。

 握りこぶしを振り上げ、次の瞬間には校舎の入り口を指差してクロカゼは怒号を上げる。


「校舎の中のどっかに弾薬庫へ向かう地下通路がある筈だ! さっさと弾薬庫を見つけて警備システムを無効化して来い!」


 クロカゼがまくし立てている間に、周りの亜光の部下はビャクライに撃たれてまだ息のある兵士を車へと運んでいる。

 医療品でもあるのだろう。そうならばクロカゼの言う銃後を守るというのは嘘ではないようだ。


「……分かったわ。行くわよ理緒」

「うん。行こう」


 理緒も今はクロカゼとの因縁よりもしっかり任務を優先する姿勢でいる。

 ひび割れた道を歩き、校舎の中へと進む。

 汚染物質等の気配は無い。やはり軍の出入りがあった場所だからか、そういう物からは切り離されているのだろうか。

 一歩中に入れば埃と草の臭いが鼻孔を突いた。

 何処かに異常成長した植物が校舎内にまで侵入しているのだろう。

 理緒が前に出ようとした時にそっと肩を叩いて止める。


「理緒、下」

「え……? あっ」


 理緒も気付いたらしい。


「これは、血……」

「アイゴの物でしょうね。足を失いながら、這って逃げたんでしょ」


 真っ暗な校舎の中に、おびただしい血痕が残っていたのだ。

 これなら簡単に地下への道が見つかるだろう。

 外で血痕を見なかったのは落ち葉で見えなかったからか。

 乾いた血の跡を辿って進む。まさかこんな形で場所自体がバレるとはかつてここを管理していた人は思いもしなかっただろう。

 暗い廊下に差し込む弱々しい外の光はあまりにも頼りなく、手動充電ライトを片手に進んでいく。

 クロカゼが後から来る気配もない。ならば、先へ進むだけ。


 私と理緒、二人の足音が廊下の中を反射するだけの静かな空間、本当は緊張している筈なのに、静寂の中で私の胸は高鳴っていた。

 一歩一歩進みながら、この先に待つものに僅かな不安、そして噂に聞く旧文明の遺物に期待してしまっている私がいた。


「ステアー、笑ってる……?」

「え?」

「弾丸財宝、本当にあったら良いなって思ってるんでしょ」

「それは、ね……。その内のどのくらいを手に入れられるかは別にして、本当にあるなら、やっぱり見てみたいわ」

「実は、僕も……」


 理緒は微笑んだ。

 二人して、こんな状況で笑ってしまうなんてきっと感覚がおかしくなってしまったに違いない。

 顔を合わせて笑みを交わして暗がりを歩く足取りは、いつの間にか軽くなっていった。

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