第7話 廃世のガンマン

 朝日が昇り、また生き延びたと朝一番に吹き抜ける空気を肺一杯に吸い込む。

 夏の朝の生ぬるい空気は好きではない。けれど、そんな空気でも私が今生きていることを確かめさせてくれる。

 明るくなってから昨晩の戦いの跡を見に行けば朝日に照らされたブリガンドの死体がいくつも転がっていた。


「これは……」


 あの晩は五、六人程度の地元で悪さしてる程度の連中かと思いきや、死体は十あった。

 一人は私がやったが、これ全てを理緒が一人でやったというのが信じられない。本人にはそんな事言えないけど。


「ステアー、そっちはどう?」


 背後でブリガンドの死体を漁る理緒が不満げに聞いてくる。

 私も目の前の死体を漁っているが、どうやら理緒の方もアレが無かったらしい。


「ダメね。全部抜かれてるわ」

「僕達が寝てる間に、全部持って行った奴がいるのか……うぅ~!」


 露骨に悔しがる理緒。どうやら少し調子を取り戻したようでホッとする。

 いや、無理しているのだろう。

 ちらりと振り返ってみれば理緒は口では元気そうにしているがその顔は悲しみで満ちている。

 死体を漁った後、血が乾いて赤茶色に染まったアスファルトを見下ろしたまま伏し目がち。

 私は私でこの妙な状況に溜息をつきそうになった。

 どの死体も銃を持っていたが何故か全てマガジンが抜かれていた。

 予備弾倉も無く、貨幣代わりの弾も持っていない。

 何者かが持ち去ったのだ。理緒の戦いを見ていた者がいたのだろうか。それとも私達が就寝中に通りがかった人間がいたか。

 真夜中にキャラバン隊の通り道でもなければ狭く見通しの悪い場所で銃声鳴り響く場所を好き好んで通り過ぎる奴などいないだろう。

 それとも銃声を聞いて敢えて近づこうと思ったハイエナがいたか……。

 仮にハイエナがいたとしても、あの時私と理緒以外にと思う。


「理緒の矢までは持っていかれなかったようだから、使えそうなやつだけ回収して行きましょ」


 りょーかい。とだけ言って理緒は慎重に死体から矢を引き抜いて回収していく。

 矢を抜く時の返しに引っかかった肉を裂いていく触感が気持ち悪い。

 理緒も同じことを思っていたようで、数本使えそうなのを持って理緒の元へ行ったら口を歪ませながら矢を引き抜いているところだった。


「……訓練して慣れてたんじゃないの?」

「うっ……うん。まぁ、そうなんだけどさ……」

「そろそろ本当のこと話してくれても良いんじゃない?」


 昨晩の戦いがどのようなものか全てを見ていないから分からないが、最後のアレを見て分かる。

 理緒は明らかに戦い慣れしていない。

 我を忘れて戦って生き残った事が信じられないくらいだけれど、むしろその方が強かったのかとも思ってしまう。

 どちらにせよあの状態で戦うのは危険極まりない。次またあの状態で戦うことがあれば無事では済まされないだろう。


「訓練は受けたよ。銃の扱い、弓の扱い、刃物の扱い、話術とか、その……人を釣る方法とか」

「……あの教会は美人局育成所かなにかなの?」


 理緒の纏う防弾法衣は教会の支給品だが、そんな防御面の事を考えている割にはズボンは一分丈でホットパンツと呼んでいいくらいの際どいものだ。

 生足を晒すような姿で教会から出た後もそのままなのは何故かと思っていたが、なるほどそういう事かと納得した。

 ろくな服も調達しにくい時代とはいえ、あんな短いズボン履いている人なんてそれこそ色を売るような連中くらいのもの。……この場合娼年とでも言うべきか?


「娯楽の少ない時代だから幼いだけで価値があるとかなんとかで、それを利用しない手はないとかそんな事言ってたかな」

「教会の人間が言うにはゲスすぎないかしら……」

「そう言ってた人、結局ブリガンドと裏取引してて、従順な子は兵隊としてブリガンドの手先にしてたんだけどね」

「……なるほど」


 一見立派な組織に見えるものでも、一枚岩な組織なんてものは存在しないということか。


「理緒はその人にとって従順ではなかったのね」

「強制的に汚い仕事させられてて信用してなかったから、身辺調べたらそんな奴だって分かってさ。その後つるんでたブリガンド引き連れてヴィレッジを襲撃してきたけど僕は教会側で戦ったんだよ」

「……偉いわね」


 理緒が少しだけ自信を持った口調で語る事から本当に教会の為に戦ったのだろう。

 しかしそれで昨晩のアレを思うに、タツが傷ついたことで気が動転していたということなのだろうか。どちらにせよ実戦経験が足りないと見えた。

 手にしていた矢を理緒に渡すと理緒は少しはにかんで受け取る。


「何が良いのか分からないけど、実際にこのかっこでいると口が緩くなるというか滑らす人とかいるし、買い物でもちょっとおまけしてくれる店主がいたりするから今でもこのかっこしてるんだけど――」


 そう言いながら片手で法衣の裾を摘みながらくるりと回る。ふわりと舞った法衣の裾の下から肉感のある白い二本の足。

 片足だけ少し膝を曲げ、片足だけで回ってから足が交差するような立ち方で正面を向くその姿は私でも少し色気を感じてしまうもので思わず視線を泳がせてしまった。


「――はしたないなら、もうやめるよ」

「理緒の好きにしなさい。人の服装にとやかく言う気はないわ。無理してやってるなら、止めていいと私は思う」

「そっか」


 なにか考えるような様子で視線を宙に向ける理緒は背を向けて車の方へ歩き出す。

 そして不意に振り向く。朝日に照らされて栗色に煌めく髪が揺らめいて、後から現れる少女のような整った顔と私より長いまつげは妙に艶っぽい。

 しかしそんな顔から飛び出すのはカラッとしたやんちゃな笑顔だった。


「食材買ったりする時とか安くしてくれる事があったりで便利だからこのままで良いかな! へへへっ」


 自分がなんでそんな風に扱ってくれているか正直良く分かっていないんだろうなと、邪気のない笑みを見て察して安心する私がいた。

 多分理緒からしたらこの服着てたらみんな優しくしてくれるからラッキー、みたいな。その程度の考えなんだろう。

 変に色を知らずに育ってくれて安心してしまった私がなんだか急に老いた気がした。弟を見る目じゃなく、一瞬子を見るような感覚に陥ってしまったから。

 傍に行って頭を少し乱暴に撫で回してやると理緒は急にわしわしとやられて頭を下げる。


「なんだよぉ」

「それで家計が楽になってるなら悪く言えないけど、味をしめて変なことやらないようにね」

「なんだよ変なことって」

「なんでもない。ほら、行くわよ」


 私の手をどけようとするも本気でどかさない辺りにまだ甘えたがりな所が見えて、より可愛く見えてしまう。

 甘やかしすぎないようにしなきゃと思いつつ、無理だろうなぁと思いながら私は車のエンジンを掛けに向かった。


 車に乗りエンジンをかけると理緒が乗ってこないので周囲を見渡す。

 タツの墓前に立つ理緒の背中を見て私は声をかけずにただ待つことにした。

 もしずっと動かないようなら声をかけようと思ったが、そう思った矢先に理緒は墓に向かって手を合わせ、深く頭を下げると駆け足で車に駆け寄り、飛び乗るようにして助手席に着く。


「よし……行こう!」


 頑張って元気そうに振る舞う理緒に胸が苦しくなる。けれど私がそんなんじゃダメだというのも分かっている。

 理緒が行く気になっている内にさっさと行こう。

 車を走らせ、すぐ近くの弾丸財宝の手がかりがあるかもしれない輸送車へ向けてアクセルを踏んだ。



******



 情報通りの場所にその輸送車はあった。

 軍の施設沿いの道路。道路を周囲は一般家屋や雑居ビルが朽ちており広くはない。高台だと言うのに見晴らしも悪い。

 亜光から話を聞いた時、私は勝手に輸送車を所謂バスのような見た目の物だと思っていた。窓に金網が付いた大型車という具合の。

 前側二輪、後ろ側四輪の六輪車で二メートルありそうな高さ、三メートル程の長さの車体は巨大な西洋の棺に見えた。

 ツヤのない真っ黒な外見は輸送車ともいえるが、どちらかというと装甲車と言いたくなるような威圧感があった。

 私達が乗ってきたジープ型の車も軍用の物で大型な筈なのだが、比べようがない程に圧倒的だ。

 近づいて触れてみればその威圧感の正体が垣間見える。

 金属製の車体は冷たく、薄っすらと迷彩のような模様が走るそれは経年劣化を感じさせない。

 文明崩壊から三〇〇年以上。ずっと路肩で野ざらしになっていただろうに。

 オーパーツとでも呼ぶべきか。旧文明の技術に触れると驚かされてばかりだ。


「おっきいね……」


 少し離れて輸送車全体を見渡す理緒は目を輝かせている。

 旧文明の技術なんかよりも、その形、存在感に感性が揺さぶられ驚いているように見えた。

 渋谷ヴィレッジを発つ時も乗る車を見て興奮気味に鼻を鳴らしていたし、車が好きなのだろうか。

 私の視線にも気付かずに輸送車を眺めている理緒。男の子なんだな……。

 輸送車の正面、横と見て回り、背面に回る。


「うわっ……」

「派手にやったものね」


 理緒が思わず声を上げる程装甲車の背面はひどい有様だった。

 観音開きのドアは開いたまま、分厚い側面をこちらに向けている。

 アスファルトは黒く焦げ、抉れている。

 亜光が中身の物を持ち出すために強力な爆薬かなにかでドアを破壊したのだろう。


「あ、理緒!」


 壊されたドアの見ていたら理緒が輸送車の中へ飛び乗ってしまった。


「へへっ。一番乗りー!」


 別に危険はないと思うが、少し迂闊だと思って注意しようとしたが言葉が出てこなかった。

 折角元気そうな様子の理緒を今叱る気になれなかったからだ。


「まったく……」

「ステアーも早く来なよ」

「あまりベタベタ触っちゃダメよ」


 理緒の後に続いて私も車の荷台に足を掛けた。

 荷台部分には窓はなく真っ暗で、運転席側とは壁一枚隔てて行き来できなくなっている。

 相当分厚い装甲なのだろう。中は外見より狭かった。

 量を運ぶよりも確実に大事な物を運ぶための物だったのだろう。しかしその積荷は全て無くなっている。

 中はクッションや椅子のような物は無く、壁際に棚があるばかり。棚も床に打ち付けてありびくともしない。


「全て持ち出されたみたいね……。何も残ってない」

「前の方はどうかな。カーナビみたいなのがついてるんじゃ」

「あったとしても、電力が無いだろうし起動させるのは無理でしょうね」

「そっかぁ……」


 落胆し、床に座り込む理緒を見下ろす。

 無駄骨だったかと思うと私も膝から崩れ落ちたい気分になるが、物探しとなればこういう事もままある。

 切り替えが肝心だ。

 座り込む理緒の頭を撫でながら次の事を考える。振り出しに戻ったようなものだ。


「ねぇ」


 突然何か思ったのか理緒が口を開いた。


「そういえばその弾丸財宝の噂ってさ。昔からあったんだよね」

「みたいね」

「でもさ。僕達が川崎ヴィレッジに住んでた時も、地上に出た後も、そんな話全然聞かなかったよね」

「そうね」


 理緒は暗い車内を見渡しながら、一息吐くとゆっくりと立ち上がり、外から差す明かりを見る。


「なんで〝急にまた広まりだしたんだろう〟って思って。みんな信じなくなった噂なのに今更また囁かれだすって変じゃない?」

「それは信じてる人間、亜光がヴィレッジのトップで、探すように動いてたからじゃないかしら」


 私の言葉にどうも理緒は納得していないようで、首をひねる。


「その亜光は誰から聞いて今更信じる程になったのかな。〝誰もが信じていない噂を信じる事になった何か〟があって、それで探していく内にこの車を見つけたんじゃって……」


 言われてみれば確かにそうだ。

 理緒の言葉に感心し目を見開く。

 しかし、確か亜光の話ではこの輸送車を見つけてから実在することを確信したような事を言っていたはず。

 亜光の言葉を思い出す。確か亜光はこう言っていた……。〝たまたま入植地を探している途中で見つけた輸送車の中を漁ったら新品同様の弾薬が出てきた〟と。それに〝輸送車と弾薬の存在が根拠〟だと。

 ……ん? おかしい。

 私はそのおかしい事に気づいた瞬間、全身に冷たいものが走りぞくりと体が震えた。


「なんで……」

「え?」

「なんで、こんな所に亜光は来たのかしら」


 理緒は私の言葉が理解できないようで不思議そうに私を見つめる。

 それはそうだ。理緒は多分、亜光は先に噂を追っていて輸送車を見つけたと思っている。先にその疑問が浮かんだからこの事に気づいていない。


「なんでって、噂を追って……」

「違うわ。亜光は入植地を探している間にたまたま見つけたと言ったのよ。そして亜光は関西から、つまり西からやって来たのよ。そして川崎ヴィレッジの跡地を見つけて拠点にした。ここは川崎ヴィレッジよりも〝東〟にあるのよ」

「えっ……あ……」


 理緒も気づいたようだ。亜光の嘘に。

 何故依頼人に変な嘘をついたのだろうか。亜光は川崎ヴィレッジに拠点を構え、そこから輸送車を探していた。輸送車じゃなく何らかしらの手がかりかもしれない。

 どっちにせよ、理緒の言う通り最初から存在を確信していたのだ。

 人が殆ど行き来しない中で関西に居て関東に噂の弾薬庫があるという確信に至る事は考えにくい。噂自体に関東に弾薬庫があるという内容は無いからだ。

 つまり、関東こっちに来てから信用に足る情報を手にしたという事になる。なぜその情報を私に寄越さなかったのか……。


「一旦、帰って亜光と会う必要があるわね。私に仕事を依頼した以上、まだ渋谷ヴィレッジに滞在しているはず」

「分かった。じゃあ行こうか」


 そう言い理緒が輸送車を降りようとした。その時だった。


「待って……!」


 私は囁くようにそう理緒に言うと、即座に察したのか理緒は頷いて返事をして足を引っ込めた。

 足音だ。数は三人。

 輸送車の近く、三〇メートル位の所に停めてあるが奴らは私達に気付かず私の車の方を漁ろうとしているようだ。

 運転席は鍵をしているが、荷台にドアは無い。そして荷台には何日か過ごせるだけの物資がある。

 理緒にも足音が聞こえたらしく、ひそひそ声でどうするのと聞いてくる。

 その手には既にクロスボウが握られていた。


 様子を伺うために理緒と場所を入れ替わって耳を澄ます。

 三人とも車に夢中のようだ。

 銃を抜き……飛び出す!


「ブリガンド、死ね!」


 私が敢えて大声で叫ぶと車の荷台に乗り込もうとしていた三人のブリガンドが一斉にこちらに振り向く。

 そして動きが止まる。その一瞬の時間があれば十分。

 既に銃を向けていた私はそのまま撃とうと引き金を――。


 ――ボンッ!


 私の銃の音ではなかった。

 重く篭もった音だ。

 一発の銃声……にしては何か違和感のある音だった。やたら響くような。

 銃声は屋内屋外、気候によって変化する。

 一々どの音がどの銃とか覚えてはいないが、逆になんとなく今まで聞いた音を覚えていただけに初めて聞いたようなそうでないような音に気持ち悪さを覚えた。

 音がした瞬間、私は開きっぱなしの輸送車の扉の影に隠れ、周囲を見渡す。

 日がまだ昇って間もなく、廃墟群の影は伸び、民家にもビルにも人影はない。

 風の音の中に聞こえるものは痛みに苦しむブリガンドの声。


「……!?」


 注意しながら車の方を見る。そこにはブリガンドが三人ともアスファルトに転がり、痛みに呻き声を上げながら足や腹を押さえて這いずっている。

 一発で三人を撃ち抜いたというのか。私の意識の外から……。

 廃屋の影から金属音が混じった足音が近づいてくる。身構えて待つも、敵意は感じられない。


「はじめましてと言わせてもらおうか。ストレンジ・サバイバー!」


 現れたのはなんとも奇妙な身なりの男だった。

 ブラウンのコートに腰には革のガンベルト、黒いベストに切れ目の入った黒いテンガロンハット。

 顎髭を蓄え、歩く度に鳴る拍車の音、銀色に輝くリボルバーを手にしたその姿はまるで西部劇のガンマンだ。

 ガンマンはリボルバーを人差し指だけでくるくると回し、宙に放ると器用にそれをキャッチする。

 そしてブリガンドの側に行くと一人一人にトドメの一発を撃ち込んでいく。

 低く重い銃声が一発、二発、三発……。

 私に対しての殺意を感じられない。ゆっくり男の前に姿を見せるを男は爽やかな声を上げたと思えば私に向かってウインクを投げてくる。

 ブリガンドの死体になんの興味もないように足元のソレに手を付けず、慣れた手つきで弾込めをしていくガンマンは相当の腕のものなのだろう。


「……助けてくれたってわけ?」

「どうだろうな。助けは不要だったか?」


 私の身なりや車を見てそう思ったのだろう。

 そう言いながらも手元を見ずに滑らかにリロードを済ませると再びくるりとガンプレイを始める。

 まるでリボルバーを自分の手足のように扱う姿はそれだけ見れば曲芸や見世物のように見えたが鮮やかな殺し方から戦い慣れもしているようだ。

 ガンマンとの会話を聞いて理緒も表に出てくるとガンマンを見てその容姿とガンプレイに「わっ」と声を漏らした。


「え、なに、保安官かなにか?」


 理緒の驚きと戸惑いの声にガンマンは堪えきれずといった笑い声を上げた。


「フハハハハ! ……俺を知らないか。さては新参者の傭兵とはいえ勉強不足だな。俺様の名は〝ビャクライ白雷〟これでも名の知れた傭兵のつもりだったんだがな」


 ビャクライを名乗るガンマンは指先で回転させたリボルバーをまるでお手玉のように宙に投げてはキャッチすると、ホルスターに滑り込ませた。

 それを見て私も抜いていたTMPをショルダーホルスターに収めると、それを見たビャクライがフッと鼻で笑う。

 自分が銃を収めたのを見て私が銃を収めたことが滑稽だったらしい。

 嫌な風が、私達の間を抜けていく。

 横殴りの風はビャクライの開けっ放しのコートを打つと腰の左にも一丁のリボルバーが露わになる。二丁拳銃


「本当に俺を知らないと見える。噂のサバイバー様は余程情報に疎いようだな。それとも先人の傭兵の事など興味がないのか」

「どういうこと?」

「俺はこの愛銃と共に正義の戦いをしてきた。そして誰にも真似できぬ早撃ちの技術を身に着けた。雷のように、一瞬で敵を撃ち抜く。故に白雷と異名で呼ばれるようになったのだ」


 突然正義がどうのとか言い出したこの男……奇抜な服装といい、いきなり自分語りをしたり、何者なんだ?


「サバイバーよ。今やっている仕事から手を引く気はあるか?」

「突然なにかしら?」

「質問に答えるがいい。そこの小僧もだ。その防弾法衣、教会の保護下で散々人を殺してきたのだろう。罪悪感は無いのか?」


 理緒にも問いかけをするガンマンの口調はまるで容疑者に尋問する警察のようだ。

 昨日の戦いから察するに理緒は戦闘自体には慣れてこそすれ、殺し慣れているとは到底思えない。


「オッサンいきなりなんなんだよ」

「オッサンではない!」

「いい歳こいたオッサンが保安官気取りとか恥ずかしくないのかよ」

「これは正装だ。そんな事より貴様ら、二人共質問に答えてないが?」


 リボルバーをホルスターに収めながらも、その手は今すぐ抜けるようにグリップの近くにやったままのビャクライは冗談で問いかけているようではないようだ。

 ならば私も真面目に答えるのが礼儀。


「私はどんな依頼でもやり遂げる。何処の誰かもわからない部外者に手を引けと言われて引くように見えるかしら?」

「僕は両親を殺された。その仇を討つための力を得ただけで、罪悪感なんてないね」


 私達の回答にビャクライは私達を見下すように肩で笑うと私を見据えた。


「責任感と正義感か。どちらも未熟者が持てば自身の目を曇らせるものだ」

「なんだとぉ……!?」


 食って掛かりそうに前に出た理緒を私より前に出ないように手で制する。

 目の前に出された手に理緒はたじろぐも、足を引きずるように一歩引き下がった。


「挑発にすらなってないものに一々食いつくとは、どうやら教会殺しの先生にしごかれずに可愛がられていたらしい。俺の連れとは大違いだな」

「連れ……?」


 私がそう言った瞬間だった。

 僅かに、真横の廃屋の屋根の上から殺気を感じ、体が勝手にそっちへ向き銃を抜いた。

 何か投擲物か、銃弾ではない何かが理緒目掛けて真っ直ぐ向かって飛ぶのを捉えるとそれを撃ち落とす。


「不意打ちはやめろと言ったぞ!」


 その声は意外にもビャクライだった。

 例の連れという奴がどうやらビャクライの意思に反して奇襲をしたらしい。失敗したようだが。

 私の放った弾に弾かれ、路上に落ちた物を見る。

 黒く、小ぶりの短刀……いや、その特徴的な菱形の刃は小苦無しょうくないだった。

 簡単な金属加工だけで作れて比較的安価な苦無だが粗悪なものが多く、突き刺す性能は高いが他のサバイバルナイフやコンバットナイフといった物の方が扱いやすく、汎用性で勝るために使う者は少ないと聞く。

 しかし、今の投擲技術は明らかに素人ではない。

 私が防いでなければ理緒の腕か脇腹に突き刺さっていただろう。


「なんなの!?」


 苦無の持ち主は廃屋の上にて立つ。

 しかし朝日を背にした逆光でその姿を正確に見ることが出来ない。

 だがその姿の輪郭を見ればそれが理緒の着ている物と同じものだと分かった。


「無礼を許して頂こう。出会った頃から素行の悪さが目立ったので教育中でな」

「潜ませていたのは事実でしょ。なんなのよ」


 屋根の上にいた人影はいつの間にかその姿を消してた。


「理緒」

「うん」


 私の声にクロスボウを構える理緒。

 消えた人影は少ししてビャクライの側に現れた。

 理緒より少し背の低い、防弾法衣を纏った少年だった。亜麻色の長髪を後ろで括り赤いロングマフラーを巻いた少年は、先程の奇襲に悪びれもなく涼し気な表情で私を見つめている。

 ……いや、その視線は私の隣、理緒の方に向いているようだ。

 さっきの奇襲も理緒を狙っていた所を見るに、知り合いなのだろうか。


「紹介しよう。コイツは〝クロカゼ黒風〟そこの小僧と同じ横浜の教会を出た、忍者だ」

「に、忍者……?」


 西部劇のガンマンの次は忍者ときた。

 この二人、傭兵ではなく劇団の役者かなんかじゃないのか? 等と思ってしまったがビャクライの銃の扱いも黒雲の気配を消したり奇襲を仕掛ける能力も本物だ。

 ただの芸人には出来るはずがない。


「百地……こんな所でなにやってるんだ」


 理緒だった。

 クロカゼと呼ばれた少年を睨みつけるそれは久しぶりに会った同僚を見るようなものではない。

 明らかに敵を見据える目だ。


「久しぶりだなぁ理緒。今のオレはクロカゼ。教会でのダッセェ名前は捨てたのさ」

「そんな事はどうでもいい!!」


 大声で怒りを露わにする理緒に私は戸惑う。

 バヨネットに挑発された時はまだムキになった子供といった様子だったが、今のはあまりにも感情的な声でヒステリーにも感じられるような、叫びだ。

 あまりの迫力にビャクライも気圧されたらしく、ぽりぽりと頬を掻くと咳払い。

 張り詰めた空気が一瞬にして私達を包み込み正に一触即発といった雰囲気が漂い出す。

 私達とビャクライ達との距離は三〇メートルそこら。

 仕事の邪魔をする気なら容赦する気はないがコイツらの目的がわからない。わざわざ私の仕事を邪魔するためだけにやって来た暇人というわけではないだろう。

 そしてなぜコイツらは私達の仕事内容を知っているのか……。


「ふむ、何やらサバイバー、貴様の連れと俺様の連れ、ただならぬ因縁がある様子。ここは正々堂々、俺様とサバイバー、クロカゼと小僧で一対一で勝負するのはいかがかな?」

「私とお前は戦う理由がないわ」

「俺には正義を行使する使命があるのだよ!」


 芝居がかった言葉と私に向かって指差しながらニヤリと笑う。


「さっきから正義正義と、お前の正義ってなによ」

「貴様が仕事を諦めたら教えてやらんこともない。生活の為が厳しいというのなら俺様の依頼料から半分くれてやってもいい」

「……誰かに雇われて邪魔しに来たのね?」


 うっかり喋ってしまったのだろうが、ビャクライは口が滑ったことに関して特に問題を思っていないのか表情に焦りの色が一切見えない。

 それどころか「俺様は正しいと思った事をするまで!」ときたもんだからやっぱりこの男、今まで出会った連中と全然違う。

 腹の中が読めなさすぎる。


「場所を変えよう。こんな傾斜では我々の勝負にはこんな道端は似合わない」

「……どうしても付き合わなければならないのね」



******



 なぜ、付き合ってしまったのだろう。

 すぐ近くの陸上競技場に入ると広いグラウンドのど真ん中にまで連れ込まれた。

 本来この場所が使われていたことには定期的に整備されて様々なスポーツに使われていたのだろう場所は今やただの広大な空き地だ。

 風が強く、舞い上がる土煙が視界を悪くする。

 夏の暑さが出てくると肌にまとわりつく熱気が気持ち悪い。

 正義だなんだと言っているだけあり、罠の類は一切無いようだ。


「フフッ」

「なによいきなり」


 私を見て笑うビャクライ。だがすぐにすまないと誤りの言葉を述べた。


「いやなに、正直についてきてくれるとはな」

「……真っ向勝負を挑んだ相手を無視したり、案内する相手の背中を撃つような真似はしないわ」

「ほう。やはり貴様の中にも正義の魂があるらしい」


 なんか、真面目に相手にしていたらいけない気がしてきた。

 かといって実力は本物だろう。そこがまた面倒くさい。

 隣にいる理緒はまだビャクライの隣に立つクロカゼを殺気の篭もった瞳で睨みつけている。

 私がいなければ速攻でその手のクロスボウを撃ち込んでいただろう。


「さあ小僧共、お前らはお前らの決着をつけてこい!」


 白雷が声を上げると黒雲は腕を組みながら理緒に舐め腐った視線をぶつける。


「大人は大人の戦いがあるんだってさ。向こう行こうか。理緒くん?」

「ああ、お前との決着は僕一人でつけないといけないって思っていたんだ」


 戦う気満々の理緒に私は少し心配になるも、ここで止めても無駄だろう。


「所でサバイバー、貴様の銃はそれだけか? 拳銃は無いのか」

「ええ、TMPティー・エム・ピー二丁だけよ」

「ふむ……その銃に余程の愛着があるのだな。俺様のSAAシングル・アクション・アーミーと同じように……だが、これから行う勝負に、その銃は不利だ」


 そう言いながら白雷は左の腰のホルスターから二丁目のリボルバーを抜き、また器用に片手でグリップからバレルへと持ち替え、私の方にグリップを向けて差し出す。


「使うが良い。……安心しろ、弾は入っている」

「……理緒、銃持ってたわね。借りれる?」


 理緒は言われて躊躇うことなく法衣の裾を捲りレッグホルスターに収めた銃を抜き、私の前に差し出す。

 それを受け取ると自分のベルトにそれをねじ込む。

 リボルバーを差し出されビャクライのやりたいことを察したが、私は敵の銃を使うほど警戒心の無い間抜けではない。

 私が銃の準備をするのを見て白雷は口元を緩ませ微笑を湛えながら、手にしたリボルバーを自分のホルスターに収めた。


TCPティー・シー・ピー.三八〇の復刻版か。中々レアな物を持っているじゃないか」

「理緒の父の形見よ。大事な銃だけど借りさせてもらったわ」

「ひとつの銃にも歴史ありか。良い得物、良い戦士との久々の勝負が出来て嬉しく思うぞサバイバー」


 私達の準備が整ったのを見届け、理緒とクロカゼがその場を離れていく。

 砂煙の中へ二人が消えると、私とビャクライは一〇メートル程距離を開けて向かい合う。


「ここにひとつだけ破裂する爆竹が一つある。コイツに火を点け、投げる。破裂したら、合図だ。分かるな?」

「分かったわ。……お前はいつもこんなやり方で敵と勝負してるのかしら? さっきはブリガンドを隠れて撃ち殺したように見えたけど?」

「ブリガンドを一人殺そうが二人殺そうが、俺様の名に箔が付くわけでもない。傭兵の看板に傷もつかん。貴様はブリガンドを殺すのに一々殺し方について考えるのか?」


 確かにそうだ。いちいち考えはしない。つまりはこの白雷という男は強い者を選んで勝負を挑み、そして首級を上げて名を揚げようとしているわけか。

 そして今回私が選ばれたと。

 魔都に入って生還してからストレンジ・サバイバーなんて名前をつけられ噂になってまだそんなに経っていないが、魔都からの生還者というだけでやはりそれだけの人物という扱いをされる。

 お陰で新人傭兵にしては仕事に困らず済んでいるが、そうか、こういう弊害があるのか。


「バヨネットのように一人で何十人ものブリガンドを刃物だけで全滅させるみたいな、余程頭おかしい事でもやらない限りブリガンドを殺した所で話題にはならん。貴様に恨みはないが、貴様が悪に加担するならば正義の名において罰せなければならんのだ」

「私がいつ悪に加担したのよ。依頼の内容を仔細までは話せないけど潔白のために言わせてもらうわ。私は単なる噂話の真偽を探っているだけよ。詐欺を働けとか罪のない人間を殺せみたいな仕事をしている訳じゃない」


 何を根拠に悪だと決めつけているのか知らないが、何かの間違いか誤解だと説こうとするも、このミスター・ジャスティスは聞く耳を持つ気は無いようで、問答無用と私の言葉を遮った。

 ザラザラした気迫のようなものを全身に感じ、やはり戦わなければ切り抜けられないのか。

 そんな事を考えているとビャクライは真っ直ぐな視線を私に向ける。

 その顔は真剣そのもので、それまでどこか芝居がかっており仮面を被っていた男が初めて素を見せたと感じた。


「手加減して、急所を外そうなどと思うなよサバイバー。これは決闘だ。お互い殺すつもりでいかなければ侮辱だ」

「……良いわよ。じゃあ――」


 真っ直ぐ白雷に向かって立ち、ベルトにねじ込んだ理緒の拳銃をいつでも抜けるように構える。

 お望みならやってやるわ。私もここで負けるわけにはいかない。


「――お前が死んだら、その銃を貰うわ」

「上等。ならば俺様が勝ったら貴様のタクティカル・マシン・ピストル、貰い受ける!」


 白雷はそう言いすぐさま爆竹をコートから取り出すと、くすんだ銀色のオイルライターも取り出し、導火線に火を点ける。

 そして私達の間に放ると導火線を燃やして火が爆竹に向かって進んでいく。

 チリチリという火の音が砂を巻き上げる風の音に混じって聞こえる。

 こうなってしまっては言葉は不要。

 白雷も口を閉じ、右腰のリボルバーに手を伸ばす。


 ……。


 ……。


 ……。


 導火線が短くなり、火が爆竹に届かんとした、その時だった。

 びゅうっと、温い風が拳銃に伸びる手の甲を撫でた。

 なんと形容していいか分からない。とてつもなく嫌な予感がその時全身を駆け巡った。

 ドクンと心臓が跳ね、一瞬息が詰まる。

 ビャクライに恐怖したわけではない。何かが、誰かが警鐘を鳴らしているような気がして――。


 ――爆竹が、弾けた。

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