狭間の自覚
僕の名前は狭間。少し気弱な性格の普通の男子高校生のはずであった。
何故かこの世界をループしている男だ。
はじめの頃のループは正直楽しんでいた。だってみんなが知らない事を知ってる優越感があるだろ?
……ある一定の時期になると、僕は死ぬ。それはいつも決まって期末テストの後であった。
期末テストはいつも『攻城戦』だ。Cクラスにいる時もあれば、Fクラス落ちしている時もあった。
死ぬ理由は様々だ。屋上から落とされたり、流れ弾にあたったり、海に沈められたり、ナイフで刺されたり、車に轢かれたり、毒殺されたり……。
うん、ひどい死に方だよね。
何度も何度も繰り返して、僕はループを乗り越えようとした。だけど、無理だった。何回繰り返したのだろうか? 精神的におかしくなり、自殺をする時もあった。
それでもループは終わらない。
僕は全て諦めていた。一生この地獄のような世界で過ごすと思っていた。
そもそもループの原因ってなんだろう? 全然思い浮かばない。
隣の席の龍ケ崎さんがチラチラを僕を見ている。
……ループが起きる前の僕たちはそんな関係じゃない。いや、ループが起こってからもこんな関係になるのは初めてだ。
龍ヶ崎さんは僕の初恋の――、あれ? 記憶がぼんやりしてよくわからない。
「おい、狭間。ボケっとしてんじゃねえよ! 次のテストの説明してんだろ!」
東郷君が僕の頭を軽く叩く。くそ、ムカつく。この陽キャめ……。
しかし、彼は僕にとって希望の星だ。なぜなら今までのループで存在しなかった人物だ。陰も形もない。噂にも聞いたことがなかった。東郷玲香は学園の有名人だから知っていたが、兄がいるなんて聞いたこともない。
過去のループで東郷家と敵対するルートをたどった時も東郷君の存在はなかった。
……あのルートが一番つらいんだよね。身近な人がどんどん死んでいって。
「うん、聞いてるよ」
「そっか、ならいいけどよ」
そう言って自分の席に戻る東郷君。僕は彼の背中を見つめる。彼は異常だ。僕は何百回、何千回もループして手に入れた知識と経験と強靭な身体を手に入れた。なのに、僕の経験が告げる。彼は僕の能力を軽く超えている。
東郷君が自分の席に戻ると妹の玲香さんといちゃつき始める。と思ったら天童さんやフリージアさんも一緒になっていちゃつく。
……目に毒だ。でも東郷君は意外と初なところがあり、恋愛関係は疎いらしい。
ほんの少し前までは気にもしていなかったのに、心境の変化があったのか、少したじろいている。ざまぁだ。
「みんな聞くでしゅ! 今回の攻城戦はすごく大変でしゅよ!!」
壇上でロリっ子先生が大声で叫ぶ。うん、今日も可愛い。そのままロリっ子のままでいてほしい。
先生も東郷君となにやら関係があるのか、玲香さんへの嫉妬を隠さない。
僕には関係ない事だ。それよりも攻城戦を乗り越える事を考えなきゃいけない。
だって、僕が生きるか死ぬかの境目なんだから。
『攻城戦』
学園の伝統的な試験だ。
ルールは簡単だ。競技が始まると、教室に設置してある旗を奪うだけだ。
奪った旗の本数で順位を決める。
旗を奪われたからと言って、即、敗者になることはない。旗を奪い返せばいいんだ。最終的に残った旗の本数が重要だ。旗を奪いながら旗を守る。生徒たちは攻めと守りに分かれて戦う。
試験は学年単位で行われる。
今までのループの経験だと、ほとんどの場合、Sクラスが全ての旗を奪っていた。……最終的な順位はいつも死んでいるからわからないけど、多分Sクラスがぶっちぎりだろう。
「今回の『攻城戦』はいつものルールが違うでしゅ! クラス委員長を自分のクラスへ連れ込んで拘束したらポイントがもらえましゅ!! 武器を使わなければなんでもありでしゅ!」
「はっ!? (ちょっとおかしいでしょ!? なんでいつものループとルールが違うの!! ていうか、僕が死ぬかも知れない大事な一戦なんだよ!)」
「おい、狭間。なんか言ったか?」
隣の席の龍ケ崎さんが心配そうな声をかけてくる。可愛い。だけど、僕は人を好きになっちゃ駄目なんだ。必ず死ぬ運命だから……。龍ケ崎さんは僕の大好きだった人だ。だけど、今までのループで告白しても振られてばかりであった。
こんな風に好意を持たれて事はない。嬉しいけど、悲しい。
大丈夫、僕の精神力は並大抵じゃない。
好きな人に好きって言えなくても死ぬわけじゃない。
胸が痛いだけだから。それにここは繰り返したループの世界だ。本物の龍ケ崎さんじゃない。
「別になんでもないよ」
やっぱりこの世界は絶対おかしい……。この前の球技大会もそうだ。東郷君が相手選手を全員KOしたのにペナルティは何もなかった。普通だったら失格だったのに。
普通の攻城戦だと、暴力は不正行為となった。知力と戦略と罠を張り巡らせて旗の取り合いを行っていた。
なのに、今回はなんでもあり……。なんて暴力的な世界だ。
龍ヶ崎さんが僕の脇腹を突く。可愛い。
「ふ、ふん、顔が赤いぞ。保健室につれてってやろうか?」
「そうだね……。少し頭が痛くなってきたよ」
「よし、俺の背中に乗れ! すぐに保健室に行くぞ!」
「へっ?」
龍ヶ崎さんに身体を引っ張られる。
気がつくと僕は龍ヶ崎さんの背中に乗っていた!?
すごい速さで教室を出ていくのであった……。
*******
東郷武志――
「お兄ちゃん、狭間君行っちゃったね。私もお手洗い行こ」
「あっ、玲香、私も行くわよ!」
天童と玲香が教室を出ていった。全く自由人な奴らだ。今は授業中だぞ。
「武志様、攻城戦はいかがしますか?」
「とりあえず俺とフリージアがいたらどうにかなるだろ」
狭間の目が死んでいたが気のせいだろう。なんか悪いもんでも食ったのか? あいつはよくわからん。能力があるんだかボケているんだか……。
「とても簡単な試験で良かったですわね。ふふ、人を攫うだけでいいなんて」
「ああ、そうだな」
実際はそんなに簡単じゃないだろう。Sクラスの雰囲気が変わった。鬼瓦派閥と花京院派閥が一つになったのである。
理由はわからんが、廊下で見かけた鬼瓦の顔つきが随分と変わっていた。
ふとした時の横顔がミユキにそっくりだ。
俺たちは先生含め、攻城戦について意見を出し合う。
が、俺は玲香たちが十分経っても戻ってこない事が気になった。
「フリージア」
「はい、かしこまりました」
フリージアが音もなく教室を素早く出る。
俺は玲香に付けているGPSをスマホで確認をする。
トイレ付近にいるが、動きがなさすぎる。
嫌な予感がする。俺は全力でトイレまで走り出した。
*******
「お兄ちゃん大変だよ!! がふっ!?」
「ちょっと武志、この学園の警備はどうなってんのよ!! はうっ!」
俺は二人の姿を見た瞬間、抱きしめてしまった。無事で良かった。
廊下の床も壁も破壊されている。
少し離れたところに倒れている九条と、血だらけの狭間がいた。
「……ごめん、守れなかったよ(今回もだめだった。ここで死ぬんだ……)」
狭間は仁王立ちであった。
全身血だらけだ。
生きているのが不思議なくらいの明らかな致命傷であった。なのに生きている。傷口が徐々にふさがっているようにみえた。
「玲香、一体どうした?」
「う、うん、鬼瓦さんが……」
「攫われちゃったのよ! それに龍ヶ崎も連れてかれちゃった……」
「んだと?」
俺は何も言わずに狭間に近づく。そして、グーパンで狭間の腹を殴りつけた。かなり本気のパンチだ。
狭間の身体は天井まで跳ね上がり地面へと落ちる。
「ちょ、お兄ちゃん!! 更に死んじゃうよ!!」
「大丈夫だ。こいつはこんなんじゃ死なねえ」
「あんたなんでそんな事わかるのよ!?」
床に倒れた狭間の目が死んでいた。身体は生きている。
「僕のせいだ。僕が守れなかったから……(僕はなんでループしているんだろう? なんでこんなに苦しむんだろう。死にたい)」
俺は狭間を無視して九条に鋭い視線を浴びせる。
「……何も出来なかった。俺が付いていながら……」
「知るかよ。相手は誰なんだ?」
九条が苦々しい顔でつぶやく。というか、こいつを出し抜いて鬼瓦を攫うのは至難の技だ。
「鳳凰院家の主力部隊だ」
「は? 鳳凰院家の奴らだと? あいつら鬼瓦家に潰されたんじゃねえのかよ」
「……表向きには。だが、あれは違った。あいつらは鬼瓦家を内側から食い潰そうとしている」
「主要な奴らはスラム行きだろ」
「鳳凰院家の母体はスラムにあったんだ」
「はっ?」
「本家はなんて言ってんだ?」
「……親父は内部の処理で手がいっぱいだ。それにあやめは三女であり、他の娘は生存している」
「ああ、そういうことかよ。ミユキの時と一緒か……。で、お前はどうすんだ?」
鬼瓦家の鬼女たち。あやめだけが後継者ではない。鬼瓦家には七人の娘たちがいた。……ミユキを抜かしたら六人だけどな。
誘拐された場合、時間との勝負だ。
復讐の場合はすぐに殺されてもおかしくない。見せしめに無残な姿にされるかもしれない。
鬼瓦の当主はあやめを見限った。ということは死んでもどうでもいいということだ。
九条はすでに鬼瓦本家に報告をしている。返ってきた答えは『待機』だ。
鬼瓦家の使用人であり義理の息子である九条。
九条は何も言わずに制服に付いている鬼瓦の徽章を剥ぎ取る。
「今から俺は九条の性を名乗るのをやめる。ただの綾鷹だ。俺の主はあやめだけだ。無論助けに行く」
「そんな身体でか? ったくしゃーねーな。龍ケ崎を助けるついでだ」
玲香と天童が俺に近づく。
「うん、お兄ちゃん、行ってくるんだね」
「ちょっとあんたたちなんでそんなに落ち着いてるのよ!? 龍ケ崎が攫われちゃったのよ! き、危険な事しにいくんでしょ」
「日常茶飯事だもん。この世界で」
俺は天童に微笑む。こいつの能天気さはおれにとって日常を感じられる癒やしだ。
「天童、玲香を頼んだぞ」
「う、うん、よくわかんないけど一緒にいてあげるわよ!」
「玲香、『攻城戦』は玲香に任せる。天童たちを使って好きにやってみろ」
「お、お兄ちゃん……。うん、やってみるよ。私、ちゃんと頭使うね」
「あたしも手伝うわよ! 頭使うのは苦手だから指示してね! ていうか、武志も気をつけてね……」
「ああ、心配すんな。すぐ戻る」
さて、後はこいつだ。
床に大の字になって天井を見つめている狭間。
俺は狭間に近づいた。
********
狭間
東郷君に殴られた衝撃は今まで生きてきたどのループでも体験しなかった痛みだ。
どんな拳よりも重かった。
僕はさっきの襲撃で死ぬと思っていた。今回はナイフで切り刻まれるのか、と思っただけだ。恐怖も何もなかった。
今までのループで鬼瓦さんが攫われる確率は5%くらいだ。ほとんど起きないレアイベント。そして、九条君は助けに行って二人とも行方不明になる。
絶対に回避しなきゃいけないイベントだ。
なんで龍ケ崎さんも攫われたんだ……。
たまたま廊下で出会っただけの鬼瓦さんと九条君。
会話を交わす間柄でもない。
大丈夫。このまま死ねばまたイチからやり直しだ。
今回は自殺して、また龍ケ崎さんに会おう。次も仲良くなっているといいな。
「おい、てめえは死んでるのか? 違えだろ、生きる理由があんだろ? なら諦めんじゃねえ。お前は今、この世界で生きてんだろうがよ」
東郷君が僕を見下ろしていた。
その瞳を見ていると吸い込まれそうになる。この人は本当に一体何者なんだ?
僕が東郷君に反論しようとした時、僕の頭の中が真っ白になった。
あ、ああ、あああ……。
何か思い出しそうだ。そうだ、僕はループの前の世界で……。
このループの世界で……。
4783回繰り返したループの中で――
必ず、龍ケ崎さんが、死ぬんだ。
だから、僕は、ループを――、全ての力を使って、このループが終わって、僕の魂がすり減って、誰の記憶から残らない存在になったとしても――
必ず助けると誓ったのに忘れていた。
こみ上げてきた愛情と、後悔と、絶望と、ほんの少しの希望。
自分の存在意義を思い出せ。
自分の胸に手を当てる。心臓の鼓動を感じない。魂の希薄さだけを感じられる。
そうか、そういう事か――
それでも、僕の胸に刻まれている生きる理由が生きる原動力になる。
僕は、龍ケ崎さんを助けるためにループをしていたんだ――
僕はゆっくりと立ち上がる。この世界に降り立って初めて目を開けた気持ちだ。
「おっ、気合入ったな」
「うん、ありがとう。このループはもうループじゃない。なら、僕は龍ヶ崎さんをこれ以上殺させない」
「ん? ループってなんの話しだ。まあいいか」
「うん、気にしないで」
もう僕は自分の殻にこもらない。
僕の存在が消えたとしても、君を必ず、助ける――
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