いなくならない
俺の人生はいつも女性がそばにいた。
なぜだか俺にはわからん。
必ずといっていいほど、俺は女性と共にトラブルに巻き込まれた。
花京院との出会いだって偶然だ。
フリージアには「あら? たらしこんで絶望を与えたのではなくて?」と言われたが、俺は全然そんな気がなかった。
思えば、俺の近くにいる女の子たちは不幸な生い立ちだったり、不幸な状況な子が多かった。
……今だにミユキの病気の原因はわからない。
天童の多重人格の原因もわからない。
玲香の記憶能力の理由もわからない。
先天的なもの、と言ってしまえばそれまでだが、何か違うような気がする。
俺たちの球技大会は終わったが、今だに競技は続いている。結果には興味がない。
俺たちFクラスは教室で自習をしているのであった。
……俺は少し考えたい事があって学園を一人で歩いていた。フリージアと玲香は付いてこようとしたが、俺が遠慮しておいた。
中等部は小さな校舎だったけど、高等部の校舎はバカでかい。
最新の設備と最高の先生たちの教育を受けられるジョナサン学園。
区域内では、セントバーナード女学院と並んで名門校として知られている。
この学園から多くの指導者を輩出された。
今の学園長もこの学園卒業生でその後、深く政治に関わっていた存在。天下り先としてこの学園を選んだ。
廊下を歩いていると視線を感じる。
中等部の時の視線と似ている。見下している視線だ。
男女関係ない。Fクラスにいるって事はこういうことだ。
この世界を表している。スラムを見下す区域内の住人……。
嫌な世界だ。
廊下の生徒たちはまばらだ。球技大会を見に行っている生徒もいれば、教室で遊んでいる生徒もいる。
みんないいところの家柄だ。スラムなんて興味もない。
……ミユキもこんな風な学園生活を送りたかったんだろうな。
――あの時、雨に打たれた俺は、心境に変化が起きた。
どんな手を使っても排除する。敵対する者には容赦をするな。
親父の教えを忠実に守っていた。
親父がなんで冷酷になれ、と言った理由がスラムに行ってからわかった。
この世界は優しい奴から死んでいく。
そんな厳しい世界なんだ。
……でも違えんだよ。
人が人らしく生きるって事が重要なんだ。
俺の両親みたいに。
東郷の親父だって本当は優しい奴なんだよ。
優しくてもいいじゃねえか。
自分の手を見つめる。
鬼瓦の頭を潰すのに躊躇した。
スラムにいた時なら躊躇なく潰していた。九条も武力で排除していたはずだ。
ミユキが止めなくてもそれが出来なかった。
……玲香が悲しむと思ったからだ。
自分の変化を客観的に知る必要がある。
俺は学生の視線を気にせず廊下を歩いた。
俺はとある教室の扉を開け放った。
教室には生徒たちが大勢いた。このクラスは昨日試合に負けたからだ。
「えっ? ちょ、なんで東郷がいるのよ!? く、九条、ど、どうすれば……」
「あやめ、落ち着け。昨日のあれは、俺たちのミスだ。……東郷」
一年Sクラスの生徒たちが不安と好奇心の目で俺を見る。人によって俺に対する印象が違うはずだ。
バカで間抜けな生徒と思っている奴らが多いハズだ。
いち早く隠れた山田は俺の本性を知っているんだろう。まあ、こいつの親戚をぶちのめしたしな。
鳳凰院はいない。あいつはCクラスへと降格になった。それだけで済んだのは鬼瓦のおかげだろう。
九条は緊張しながら思案している。
俺がここに来た理由を探しているんだろう。
……ぶっちゃけ、理由なんてねえんだよ。ただ来てみたかっただけだ。
鬼瓦が九条を制して席を立つ。
まあ、教室ならそうなるわな。一応Sクラスの女子リーダーだからな。教室での九条はただのパシリだ。
「き、昨日の事なら謝るわよ。……悪手だったわ。……あーしは事実を知らない。情報を勝手に推測してあんたを恨んだだけよ」
「妹の事知りたいのか?」
「あ、当たり前よ!! ちっさい頃に離れ離れになったけど……、大事な妹だったのよ……」
「もう死んでるんだぜ?」
「――っ、そんな事知ってるわよ……。それでも……」
九条は警戒を解かない。
俺がここで暴れてSクラスを壊滅させるとでも思っているんだろう。
俺はとんだ化け物だと思われているんだな。……どこへ行ってもそうだ。身近な人以外は誰も俺の事を人間扱いしない。
スラムでさえそうだ。ガトーとミユキ、その二人以外は俺を化け物呼ばわりした。
俺は九条の机の上に座った。
九条は嫌な顔をするがピクリとも動かない。
「……ミユキは学生なら学生らしく勝負しろって言ってな」
「はっ? い、生きてるの」
「いや、死んでいる。それだけは断言できる。俺が看取った」
「そ、う……」
どんな奴からでも悲しそうな声を聞くのはいい気分じゃねえ。
「でもな、たまに声が聞こえんだよ。……お前もいつか声が聞けるかもな」
「あんた、あーしの事バカにしてんの?」
バカになんてしていない。実際、今もミユキが俺の背後にいる気配を感じる。多分、本当にいるんだよ。見えていないだけで。いつかこいつにもわかるんじゃねえか?
「次の期末試験でFクラスに勝ったら、ミユキがスラムでどんな生活をしてたか、お前の事をどんな風に話していたか……、最後はどんな風に逝ったか教えてやるよ」
鬼瓦は自分の拳を机に叩きつける――
ビリビリとした空気が教室を包む。
ケバケバの化粧で派手な格好の鬼瓦はミユキと全然似ていない。……それでもミユキの面影が見えてしまう。
「はっ? あんたやっぱ馬鹿にしてんでしょ!! ここでぶち殺してやるわ!」
鬼瓦の俺へのヘイトは非常に強い。
憎しみが憎しみを生んで、更に悪循環へと陥る。
……俺が九条を排除したら、こいつは死ぬまで俺を恨むんだろうな。
もうそういう考えはおしまいだ。
「あいつはさ、ガキの頃、お前と一緒に観た『アナと氷の女王』を死ぬ前にもう一度観たかったんだよ」
「あっ……」
「余命か……、意味分かんねえよな。あいつの病気をどうにかしようと駆け回ったけど、結局は……」
俺は最後まで言葉が出なかった。
教室の生徒たちはオレたちの会話を聞いて不思議そうにしている。
鬼瓦だけが理解できる会話だ。
「まあ、そんなわけで俺は帰るわ。……Cクラスにでも行くか」
鬼瓦が小さくつぶやく。
「……いいわよ。その勝負受けて立つわ。……ばっかじゃないの。FクラスがSクラスに勝てるわけないのに……」
俺は鬼瓦のほっぺたを両手で挟んだ。
ガトーに教わった妹のあやし方だ。
「ばーか。お前の兄貴が師匠だった俺に勝てると思ってんのかよ」
「へっ……。お、おにいちゃん……」
鬼瓦は子供みたいな顔をして俺を見つめる。なんだか本当に兄貴になった気分だ。ガトーがよく言ってたな、鬼瓦あやめは素直じゃないって。
「あ、あやめ?」
九条の焦った声で鬼瓦は正気に返った。
「ふえ!? べ、べつにあんたはガトーお兄ちゃんじゃないんだから!! ふ、ふんっ、絶対負けないわよ!!」
「おう、その意気だ。っていうか、花京院ってどこだ? 挨拶しようと思ったけど……」
教室には花京院の姿が見えなかった。
あいつはあいつなりにSクラスで地盤を固めていると聞いていた。
鬼瓦と派閥ができてしまったけど、比較的良好な関係と聞いている。
「へっ、し、知らないわよ。あんな男女の事――」
「こら、同級生をそんな風に言うんじゃねえよ」
「う、ご、ごめん……って、あんたはあーしのおにちゃんじゃないもん!」
「まあいいや、あとでよろしく言っておいてくれ」
「はっ? し、知らないわよ!!」
顔を真っ赤にしてる鬼瓦の頭をくしゃくしゃにして俺は教室を出ていった。
九条の刺し殺すような視線を背中に感じる……。
まあ気にしないでおこう。
俺はその足でCクラスへと向かおうとした。
Sクラスを出ると、廊下の柱の陰に隠れている玲香を見つけた。
「玲香? こんなところで何しているんだ?」
青い顔をして震えている玲香。
玲香は深呼吸を繰り返しながら心を落ち着けている。
「え、えっとね、お、お兄ちゃんがSクラスの生徒にいじめられていたら守ろうと思って……」
玲香はトコトコと俺に駆け寄る。
俺は玲香の少し後ろに隠れている花京院に手を振った。
玲香の事を見守ってくれていたんだな。ありがとな。
花京院は何も言わずにどこかへと去っていった。
……お前は教室に入らねえのかよ。
玲香は上目遣いで俺の見つめる。
「だ、大丈夫? そ、その、べ、別に私がお兄ちゃんを心配してるわけじゃないけど、あの、みんなが心配しちゃうから……」
珍しくフリージアの気配がない。……メイドとしてではなく、普通の学生として過ごす事に決めたんだな。
「ははっ、安心しろ。もう大丈夫だ」
「う、うん……。ね、ねえお兄ちゃん……、わたしね、実は……」
玲香は俺に何かを伝えようとしていた。
俺は玲香が喋るまでじっと待つ。
「……私、このクラスでいじめられていたんだ。……嫌な事がたくさんあったの。痛い事もたくさんあったの。……暴力を振るってたのは鳳凰院さんだけだったけど、みんな大嫌いだった」
玲香が直接、俺にいじめの事を語った事はない。
これが初めてだ。
鳳凰院は俺がスラム行きのバスにスーツケースごと乗せた。何故か生きて帰って来れたが、あいつの家は俺が潰した。現在、鳳凰院家は鬼瓦家に吸収されている。大半の鳳凰院家の人間はスラム堕ちになっている。もう生きてねえだろうな。
俺はいつの間にか玲香を優しく抱きしめていた。
玲香が何を思って、今いじめられていた過去を話してくれたかわからない。
きっと俺に心を開いてくれた、と思っていいんだろう。
「何度も復讐しようと思った。全部壊そうと思った……。でもね、なんかお兄ちゃんと過ごすうちにそんなつまらない事忘れちゃったよ……えへへ……」
玲香は俺の胸に顔を埋めいている。本当に小さい女の子だ。この頭の中に東郷家最高の頭脳と能力が隠されているが、俺と親父以外誰も知らない。
もしかしたら玲香がこの世界を救う鍵になるかもしれない。
親父はガキの頃俺に言った。
『命にかえても玲香を守れ』
言われなくても守るっての。
だって、玲香は俺にとって大事な妹なんだから。
俺は玲香の背中をポンポンと軽く叩く。
「……期末テストに運動会、文化祭や修学旅行、海外研修だってあるんだ。俺はもう二度とどこにもいかねえ。一緒にすごそうな」
玲香はトラウマを抱えている。
いじめられていた事じゃない。玲香に俺が『いなくなて』と言って、俺が本当にいなくなった事だ。
全て親父が仕組んだ事だとしても……。
親父の優しさと冷酷さを理解していたとしても。
「お兄ちゃん、『いなくなれ』って言ってごめんなさい……。もうどこにも、いかない、で……。玲香、お兄ちゃんがいてくれたら……」
俺は玲香の脇の下に手を入れて、ひょいっと持ち上げた。
玲香はあわあわと焦った表情になる。
「お兄ちゃん?」
「ああ、俺はお前のお兄ちゃんだ」
たとえ血がつながっていなかったとしても、玲香は俺の妹だ。
「俺はもう『どこにもいかない』」
言葉は意志を告げる。
玲香は俺の言葉を、気持ちを受け止めてくれた。
ぐずぐずと泣き始める玲香。
俺はそんな玲香を背中におぶって、Fクラスへと戻るのであった。
玲香の重みを背中に感じながら、俺は妙な気持ちが生まれてきた。
なんだかよくわからない。
……俺はもう恋なんてしないはずだ。
だから、俺はその気持ちを押し込む
悪い気分じゃなかった。俺は生まれて初めて心に平穏というものを得られたみたいだ――
これはツンデレ義妹が俺に『いなくなれ』と言ってから始まる恋の話。
************
ここで一旦完結です。
短編形式でさらさら書ける物語でしたが、色々滞ってしまうので……。
コミカライズのSSの締め切りがあって……。
声が多かったら続きを執筆します。
異世界恋愛にも挑戦してみたいです。新作も書きたいです。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
またよろしくおねがいします!
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