球技大会


「はわわぁ!? お、お兄ちゃん、勝手にお部屋に入らないでよ! ノ、ノックくらいしてよ!」


 テストが明けてから玲香の様子が少し変だ……。

 前は恥じらいも何もあったもんじゃない。


 ごろごろと俺に甘えてきながら映画を見るのが日課だったのに、今日は妙に距離感が遠い。


「ん? 兄妹だから別にいいだろ? 今日は玲香が観たかった平成仮面ライダーにしようぜ」


「あっ、きょ、今日は違うのが観たいの。……こ、これがいい」


 そう言って画面に映し出されたのは、一昔前に絶大な人気を誇ったラノベ原作のアニメ『俺の妹は可愛いわけないだろ』であった。

 アニメを観たいっていうのは珍しい。


「別に構わねえよ。ほら、玲香」


 俺は自分の膝をポンポンと叩く。玲香はいつも猫みたいに近寄って膝の上で寝転がるのに今日は違った。


「むふぅ」と言いながら身悶える玲香。目を閉じて考えている。……そして、カチコチな動きで俺の横に並んで座る。


「わ、私は大人な女の子だもん……、も、もっとこっちに近づいてよ!」


 なんだか今日は随分と不安定だ。

 俺は言われたとおりに玲香に近づく。


「ふえ!? や、やっぱ恥ずかしい……。その……、お、御手柔らかに……」


 何だかよく分かんねえが、思春期の女の子みたいな玲香もかわいいからいいか。


 結局、映画を観ていたらいつの間にか玲香は俺の膝の上で「すぴー」と寝ていたのであった……。







「お、おはよう、今日は遅れなかったわね。良い心がけよ! ん?」


 今日も天童と待ち合わせで三人で登校する。

 正直、天童を見ると気恥ずかしい。

 そんな天童が眉をひそめる。


「……あんたたちなんかあったの? 妙な距離感になってるわね」


「そ、そんな事ないもん! 菜月だってメスの顔をなってるもん!」


「こら、玲香。変な言葉を使わない」


 玲香は俺の後ろに隠れてしまった。引っ付いたり離れたり忙しい奴だ。

 天童は天童で、さも当然のように俺に腕を絡める。


「はっ? お、お前何してんだよ!?」


「べ、別にいいでしょ! 減るもんじゃないわ」


「むふぅ……菜月がエロい事してる」


「エッチな事じゃないわよ!? あんたなんていつも武志に抱っこさてるじゃん!」


「あ、あれは、その……頼まれてないもん!」


 なんだか今日は特に賑やかだ。こういう日もあっていいな。

 世界は平和だ。こんな世界がずっと続けばいい。


 結局二人は俺の腕を引っ張りながら登校するのであった。







 校門に着くと、Sクラスの女子二番手である鳳凰院時雨がジャージ姿で柱の後ろに隠れていた。

 口元はわなわなと震えている。自慢のドリル巻髪がしおれている。


 玲香の動きが一瞬だけ止まった。

 だけど、大丈夫そうだ。身体は震えていない。呼吸は安定している。


 視線は俺たちを見ていなかった。その視線の先には……狭間がいた? 



 狭間は龍ケ崎と戸隠と三人で登校していた。

 ちょっと待てや? 狭間は足に包帯を巻いて、松葉杖を使って歩いていた。龍ケ崎がほんのりと頬を赤く染めながら狭間の肩を支える。


 鳳凰院時雨は狭間をじっと見つめていた。

 なんだこれ? 俺がスーツケースから開放してから何があったんだ……。


 鳳凰院は何度も狭間に駆け寄ろうと動き出そうとしていたが、足を動いていない。


 よくわからんが、鳳凰院の顔からは絶望と後悔の念がはっきりと感じ取れる。俺が与えたそれと何か違う……。


「ねえ、東郷、これ見てよ」


 鳳凰院を観察していた俺に天童はスマホを見せてきた。

 そこには、鳳凰院家の会社が鬼瓦家に買収された、というニュースが速報で流れていた……。


 いや、俺は『まだ』なにもしてねえぞ。





 俺がデレデレした顔の狭間を見ていると、あいつは俺の視線に気がついて無駄に爽やかな笑顔を送り、俺たちの方に歩み寄ってきた。


「やあ、おはよう、清々しい朝だね!」


「はっ? お前キャラ違くね? ……足どうしたんだ」


「あ、こ、これは……、俺は大丈夫……」


 隣で支えている龍ケ崎が苦いになった。


「……俺のせいなんだ。わりい、狭間を責めないでくれや。……今日の球技大会は俺が狭間の分まで頑張るから」


「いや、龍ケ崎ちゃん、本当に大丈夫なんだよ」


「う、うるせえよ! 足の骨折れてんだろ! お、俺が治るまで支えてやるから……」


「い、いや、だから、本当に大丈夫だって……」


 顔を更に赤める龍ケ崎……。全く、本当に何があったんだ……。鳳凰院はなんで涙目になってんだよ……。


 柱から隠れている鳳凰院は今だに狭間の事を見ている。

 放っておこう……。

 俺は狭間の松葉杖を軽くけった。


「あいった!? 何するんだよ!」


「なんだ、本当に大丈夫じゃねえかよ」


 狭間は松葉杖がなくても普通に立っていた。


「だから大丈夫だって言ってるでしょ! ぼ、僕は(ループのせいで不死身)なんだから! 龍ケ崎ちゃんが聞いてくれなくて」


「は、狭間? お、お前は俺を騙していたのか! な、なんてハレンチな……」


「ちょ、龍ヶ崎ちゃんが勝手に勘違いしたんでしょ!? そりゃ、龍ヶ崎ちゃんの柔らかい感触をもっと楽しみたかったけど……、あっ」


 龍ケ崎はプルプルと怒りに震えている。


「は、狭間ーー!!」


 狭間はすたこら逃げ出した。龍ケ崎は狭間を追いかけていった。

 あんだけ走れれば大丈夫だろ。

 ……というか、骨折したのは本当みたいだが、そんなにすぐ治るもんか? 特殊体質なのか? 


 朝からどっと疲れた……。


 戸隠がトコトコと俺に近づいてくる。


「おは。……眠い」


 そして、猫のように俺の懐に入り込んで寝ようとしていた。ちょ、まてよ!?


「戸隠ちゃん!? お、お兄ちゃんはロリコンだから駄目!! 教室行ってからお昼寝しよ?」


「あんた立ったまま寝てんじゃないわよ!? 玲香、連行するわよ」


「うん!」


 こうして、俺たちはFクラスへと向かうのであった。







 教室に着くと、狭間の顔は赤く腫れていた。

 龍ケ崎は少しプンプンしていたけど、本当に怒っているわけじゃない。

 狭間が話しかけると嬉しそうに答えていたからだ。


 アイツラは放っておこう。

 関わると面倒だから何があったか聞かなくていいや。


 俺は背中で寝ている戸隠をそっと椅子に移動させる。

 そして、自分の席に着く。


 隣の席の玲香がパンを食べ始める。玲香の日課の行動だ。天童は俺の脇腹をつついてきたり、妙に絡んでくる。

 玲香がパンを食べながらそれを阻止する。

 微笑ましいからそのままにしておこう。


 そうこうしていると百田先生がやってきた。


「……なに、この甘い空気? ……先生はむかつくです。早く自分の席に着くです! 戸隠さんは起きてくださいです!」


 百田先生は俺を見てキッと睨みつけた。


「また東郷君ですか? はぁ、女の子とばっかり絡んでます……もう知りません……。さっさとHRを始めます。今日は球技大会ですから気合入れてくらさいです!」


 先生のその言葉に俺たちは真面目に話を聞き始めた。


 そう、今日は球技大会。

 種目はサッカー。トーナメント戦である。

 もしも一回戦で負けたら俺たちは退学。


 そりゃ真面目にもなる。


「わっちはみんなが中間テストで一位になるとは思わなかったです。……まずはみんなに謝りたいです。……わっちはみんなの事を信じていなかったです。わっちと同じで落ちこぼれだとおもっていました」


 いつになく真面目な口調の百田先生。


「わっちはFクラスを無事に卒業させたいです。 わっちが力になることがあれば全力で助けるです! だから、今日はわっちもストライカーとして頑張るです! キャプテン翼を見て勉強したんでしゅ!」


「百田先生も出るのかよ!?」


「人数が足らない特別措置でしゅ。……先生、意外と動けます」


 いやさ、先生の運動神経がいいのは俺が知っている。あの夜、ヤクザから逃げ回っていたからな。それにしたって、あの時は大人の姿だった。


 百田先生は鼻息が荒い。


「どんな事があっても先生が責任取ります! 今日はみんなのチカラを発揮してほしいです!!」


 今日のサッカーは通常と違う。

 この学園で暴力を振るうと重たい処罰になる。

 ボールを使いさえすれば何でもありのサッカーだ。

 俺が学園長にルールを提案したからな。


 俺たちは先生の言葉に答えるように静かに立ち上がり、球技大会の準備を始める。


 落ち着いた興奮がクラスを包み込んでいた。




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