天童回


 放課後、玲香はクラス委員の仕事で百田先生と球技大会の打ち合わせがあった。球技大会はすぐ迫っている。俺は玲香たちのサポートをすればいい。


 そう思って俺も付き添おうとしたら――


「べ、別について来なくていいよ。お兄ちゃんは教室で待っててちょうだい。……むふぅ、百田先生、お話の続き聞かせてよ」


「なら歩きながら話すです。うふふ、あの時東郷君はね……」


 二人はきゃっきゃ言いながら教室から出ていった。

 い、いつの間にか仲良くなってんだ?

 ていうか、百田先生減給されたんだろ……。


 俺と過ごしたあの夜のせいですでに減給されてるからほとんど給料出ねえだろ……。

 しかも今だに子供の姿のままだし。


 二人を背中を見送る。先生はあの時夜の街に売られなくて良かったな……。もう外国人と抗争するのは嫌だぜ……。


 先生たちがいなくなると、他の生徒たちも教室から出ていこうとした。

 杏が俺に手を振る。


「にしし、東郷また明日ね! 私運動は出来ないから球技大会は任せるのさ! あっ、ドーピング薬いる?」


「いらねえよ!? むしろ自分で飲めや」


「うーん、補助アームズでもつけようかな……。とりあえず実験するのさ。でも、今日は疲れたからみんなでパフェ食べに行くのさ。……実はね、カバンにハムキチとハムスケがいるのさ。にしし、東郷、今朝はあいがとうなのさ!」


 龍ケ崎もそっぽを向いて言葉を発する。


「ふ、ふん、お前のおかげで助かったじゃねえか……。か、か、感謝してるぜ……。おい、もう行こうぜ、ったく、超恥ずかしいぜ」


「トーゴー、ありがと。今度私の大事なものあげる」


「おう、気にすんなって。またあしたな! あんまりはめ外すなよ!」


 三人は柔らかい笑顔を俺にくれて、教室を出ていった。今朝の事を突っ込まないでくれて助かる。

 正直、あそこまで表立って動きたくなかった。

 他のクラスにはまだまだやばい連中がいるみたいだから、俺の力はほどほどに隠して置きたい。


 ……まあムカついたから無理だったけどな。



 そういえば、狭間が三人の背中を見つめていた。

 小綺麗な格好になった狭間は他のクラスの女子から王子なんて言われている。

 それを嬉しがるでもなく、淡々とした感情で受け止めている。こいつの精神状態がよくわからん。

 妙に達観しているというか……。こいつ人生何周目だよ?


「……うん、やっぱり女子だけは危険だ。僕がついていかなきゃ。中間テストの後、(ループ)では戸隠ちゃんが攫われて、龍ケ崎ちゃんが……」


 ブツブツと独り言を言いながら三人の後をついていったのであった。


 そして、天童だけが教室に残る。

 天童は椅子に座って足をぶらぶらさせていた。

 俺は天童の隣の席に座る。


「あれ? お前はあいつらと帰んねえの?」


「はっ? べ、別にいいでしょ! わ、私は玲香を待ってるだけだから。あ、あんたと一緒にいたいわけじゃないわよ!!」


 天童は真っ赤な顔をしなら、俺の肩をポカポカと叩く。

 なんでそんなに恥じらっているんだ? ……こいつ、こんなにかわいかったか? 


「おい、どうした? 熱でもあんのか?」


 俺は天童の額に手を当てる。天童は「あわわ……」と言いながら慌てふためく。

 乱暴に俺の手を振り払った。


「熱なんて無いわよ! ……よくわかんないけど、あんたを見てるとムラ……ちが、イライラするのよ!」


「よくわからんが、体調が悪くねえなら良かった。ほら、これでも飲んで落ち着けや」


 俺はカバンに入れてあったマックスコーヒーを天童に渡す。

 天童は嫌そうな顔をしていた。


「あんたね……、こんな糖分たっぷりなコーヒーを女子に渡すなんて……」


「天童は痩せすぎだ。もう少し太ってもいいんじゃね?」


「う、うるさいわね!! …………東郷は、ふ、ふくよかな女子が好きなの?」


 俺は自分のマックスコーヒーを開けて飲む。

 甘ったるさが身体の疲れを癒やす。これは特別な飲み物だ。疲れた時はこれが一番だ。


 上目遣いで見つめる天童をあまり見ないようにする。

 ……今日は妙に可愛く見えるんだよな。なんだってんだよ、くそ。


「別に体型なんて気にしねえよ。天童が太っていても健康的で似合ってたらいいんじゃね?」


「そ、そう。……っていうか甘っ!? なんで普通に飲んでいられるのよ!」


 天童は口では文句を言いながらもマックスコーヒーをちびちびと飲んでいる。

 俺をチラチラを見ている。


 放課後のFクラスは静かであった。こんな風に穏やかな学園生活は非常に喜ばしい事だ。

 天童の顔はまだ赤いが、穏やかな表情をしている。

 人生を悟った婆さんのようだ。



「……あんたとは長い付き合いになったわね」


「そっか? 中学の時からだから――」


「はっ? 違うわよ。あんたは私と同じ小学校にいたでしょ! ……四年生まで小学校だったでしょ」


「ちょ、お前ガキの頃の記憶がわかるのか?」


「なんか思い出したのよ! 悪い?」


 天童の記憶は曖昧であった。子供の頃の記憶はほとんど覚えてなく、中学の時の記憶は所々抜けている。

 中学の時は天童の中にいたもうひとりの天童、ナツキが表面に出ていたからだ。

 子供の頃の記憶が無いのはよくわからん。てっきりナツキのせいかと思ったが、違うのか? そこんところはナツキは説明してくれなかった。



「……全部じゃないけど、子供の頃の記憶は大体思い出したわ」


「マジで同じ小学校だったのか? だって庶民が通う小学校だぜ?」


「……辻村菜月。男子みたいに髪が短くて、というか教室で男子だと思われていたわ」


「あっ!!! 辻村!! 俺のマブダチじゃねえかよ!? はっ? 嘘だろ? 幼なじみだぞ? 俺はずっと男子だと思っていたわ」


 辻村菜月は俺の悪友であった。一緒に田んぼで遊んだり、公園で駆け回ったりした仲だ。ずっと男子だと思っていた……。ほぼ毎日遊んでいた。好きな女子を語りあった事もあった。

 裸で一緒に風呂に入ったこともある。

 だからあいつは妙に恥ずかしがっていたのか……。


 小4のときに親が離婚して引っ越した……。

 超悲しかったんだよな。……まあその後俺もあの小学校からいなくなるんだけどな。


 はぁ全然わからなかった……。というか、今の天童とは違いすぎるだろ!?


 天童はアイドルというだけあって非常に美少女である。出るところは出ていて、スタイル抜群だ。

 あの頃のクソガキ辻村と結びつかない……。


 こんなに驚いたのは久方ぶりであった。

 天童がもじもじしながら俺に告げる。


「あんた、私が引っ越す時に言った『約束』覚えている?」


「はっ? や、約束……。ちょ、まて。今思い出す」


 約束ってなんだ? 全然覚えてねえぞ!?

 天童はむすっとした顔で俺の肩をパチパチと叩く。


「バカ……。私たち幼なじみだったでしょ……。ていうか、私もついこの間まで忘れていたけどさ……。なんかムカつくっ!」


「おい、俺たちなんの約束したんだっての! 教えてくれよ!?」


 天童は意地悪そうな顔で俺に言った。


「ふふ、あんたが焦ってるの見るの久しぶりね! いい気味だわ! 絶対教えてあげないから」


 天童は立ち上がって誇らしげに胸を反らす。

 なんだろう、天童が俺が忘れているのを気にしていないように見えた。すごく澄んだ瞳をしている。


「少しはあんたもヤキモキすればいいのよ! なんで私だけドキドキ、するのよ……」


 最後の言葉が小さすぎて聞こえづらい。


「なんだって? おい、天童。いや辻村! 教えてくれよ!」


「名字で呼ぶから嫌よ。菜月って呼んでよ。……ナツキじゃないからね」


 天童は意地悪な顔を一転、花が咲いたような笑顔で俺に答えた。

 不意打ちを食らった俺は思わず――ドキッ――としてしまった。

 こんな風な感情は久しぶりすぎて覚えていない。

 ナツキとの思い出が蘇る――が、天童がそれを遮った。



「ばーか、あんたは私を見てないでしょ? いい? 私はもっと魅力的になってあんたを困らせてやるんだから!! 覚悟してなさいよ……武志」



 俺は少し恥ずかしそうに言葉を伝える。



「ああ、困らせてくれや……菜月」



 本当の意味で俺は初めて天童菜月と向き合った瞬間であった。

 このやり取りは俺の心の奥に、小さな何かを生み出したような気がした――





 ************

 あとがき

 次は玲香です。







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