ありがとうが聞こえる
あの日以来、天童に変化が起きた。
時折ものすごい集中力で考え事をする。その時の天童に話しかけても聞いちゃくれない。
ブツブツと小声でつぶやく。俺でさえ聞き取れない呟き。
俺たちFクラスの連中は、その時の天童の状態を「ゾーン」と呼ぶことにした。というか、命名は狭間がしやがったけどな。
あの日あの後、天童は俺の背中の上で気を失った。俺との会話は全く覚えていなかった。
途中で眠ってしまったと本人は思っているが、自分の変化を感じている。
時折、俺をチラチラを見る回数が増えた。ツンデレ具合が更に進行したような気がするが気にしないようにしよう。
天童はナツキと一緒になった事によって、ナツキに大半を取られていた『知能』というものを手に入れた。
今の天童は波があるが、以前よりも確実に勉強ができるようになった。
「べ、別にお兄ちゃんのご褒美のために勉強したわけじゃないからね! その、あとで……」
「にしし? えっ? それって僕が意地悪で大学入試の問題を出したやつなのさ……」
玲香も玲香でいい感じでおかしくなってきた。
元々、俺が行方不明から帰ってきて、夜な夜な映画やゲーム、本なんかを一緒にみていた。
まあ遊びながら勉強していた感じだな。
というわけで、この調子なら中間テスト最下位は免れそうだ。
……
…………
………………
中間テストが無事終了し、自己採点の結果、好成績の平均点を取れると確信した俺たちFクラス。
みんなが雄叫びを上げて喜んでいる姿がとても学生らしくて俺は嬉しかった。
こんな風にみんなと共有する喜びなんて今まで感じた事がなかった。
勉強の楽しみを知らなかった天童も玲香も嬉し涙を流していた。
それを見るだけで俺の心は充足できた。
球技大会はすぐ迫ってはいるが、運動系ならどうにでもなる。
――だから面倒事はごめんなんだ。
朝のHRの時間、百田先生はCクラスの担任である鳳凰院を連れてやってきた。
俺たちを見下す視線は既視感がある。
「わ、わっちはたしかに金庫にいれたです……。なのに、うちのクラスのテスト用紙だけ行方不明で……」
俺たちが記入した解答用紙がなくなってしまった。
「答案用紙が紛失したのも大問題ですが、それ以上の問題が起こりました。あなた達が事前にテスト問題を百田先生から受け取っていた、という噂が流れています」
クラスが騒然とした。
百田先生が怒りに満ちた声を張り上げる。
「そ、そんな事するわけないです! この学園でそんな事したらどえらい事になりますです!」
「無能な百田先生は黙っててください。これは情報提供者から聞いた確かな情報です」
「で、でも、いま噂っていったでしゅ!」
「てめえ、このクズ野郎……、今度こそ息の根止めてやるぞ」
龍ケ崎が静かに声を荒げる。
元Cクラスの龍ケ崎は思うところがあるのだろう。
鳳凰院は涼しい顔をして答える。
「私は甘んじてCクラスの担任をしていますが、学年主任です。カンニングを見逃すほど甘くありません」
「ま、まってくださいです! この子たちは本当に頑張って勉強して、テストも真面目に受けてくれたでしゅ! こんなのひどすぎです……。証拠なんてないのに……」
鳳凰院が面倒そうな顔で机をトントン叩く。
非常に苛つく仕草だ。
「証拠ならあります。うちのCクラスの生徒がテスト用紙を受け渡した場面を動画で撮影しています。Sクラスの副委員長である我が妹も、Fクラスの不正を告発しています」
百田先生の顔に衝撃が走った。あるはずのない証拠が存在すると言い張る鳳凰院。
……百田先生は庶民の出だ。姉妹揃って優秀な人材である二人は特別待遇でこの学園に入った。
それをよく思わない生徒、先生が多いと聞いた事がある。
龍ケ崎と戸隠が席を立ち上がった。
やばい雰囲気だ。明らかに暴力の気配が濃密になった。
玲香はそんな教室の空気を感じ取って素早く立ち上がる。
「じゃ、じゃあさ、もう一度違うテストを受けれないの? いくらでもテストなんて受けるから、こんな退学はやだよ……」
鳳凰院先生は玲香の訴えかけを鼻で笑った。
「はっ、なぜそんな面倒な事をする必要がありますか? あなた達はカンニングをした。あまつさえ、百田先生は解答用紙を紛失した。どうあがいても退学は免れません。話は以上です。退学の日程に関しては球技大会後の職員会議で決まります。それまで学生生活を楽しんでください」
「てめえ!!! ――おい、狭間っ! 止めるんじゃねえよ!? こんなのおかしだろ!!」
狭間は龍ケ崎と戸隠の手をつかんで止めていた。
「龍ケ崎ちゃんは感情で動いちゃ駄目だ。絶対後悔しちゃうから……。戸隠ちゃんも抑えて……、ほら、ラムネあげるから」
意外なほどに落ち着いている狭間。二人を抑えている時点で明らかに通常の人間じゃねえ。
狭間って一体ナニモンなんだ? ……今は狭間の事はどうでもいい。それよりも――
「菜月……、私、頑張ったのに……」
「玲香、泣かないで、ひっく、私も、悔しいよ。せっかく勉強頑張ったのに……」
玲香と天童がお互いを慰めあっていた。
俺は今まで感じた事のない怒りが心を支配していた。
身体が熱くなる。頭は冷静だ。
俺は心の中で深呼吸をする。
そろそろ来る頃だ。
騒然とした教室に俺の待ち人がやってきた。
俺は立ち上がり、自分の席の横に置いていたスーツケース2つのうち、1つに手をかける。
「ふぉふぉ、Fクラスはここでいいのじゃな。どれ……」
「が、学園長……、い、今は出張中のはずでは……」
「ひえ!?」
この学園の学園長が護衛を伴いFクラスへとやってきた。
百田先生は更に青ざめた顔になる。
鳳凰院先生は予想外の事態に戸惑っている。
「おう、爺さん、遅いぞ」
俺はそう言いながらスーツケース一つを護衛に渡した。
「すまんのう。色々あったんじゃ。どれ、これがカンニング動画の偽造を証明する証拠じゃな」
「ああそうだ。後で『そいつ』に聞いてくれや。動画を偽造したって事がわかるぜ」
スーツケースからは微かに動いている音が聞こえる。
「ふむ、じゃが答案用紙紛失はどうするのじゃ?」
「ああ、あれは百田先生が落としちまったんだよ。俺が今朝拾って保管しておいたぜ。……ちゃんと封筒は封印してあったから開けてねえぞ」
俺は机の中から答案用紙が入っている封筒を取り出した。
封筒の施されている封印は解かれていない。
だから、これは有効な答案用紙だ。
鳳凰院はそれを見て目を見開いた。
「な、なぜそれがここに……。ありえない。あの短時間であの警備を? 全てが早すぎる……」
「あん? 俺は校舎裏で『拾った』だけだぜ?」
「い、いや、だが、紛失したことには変わりない。し、然るべき罰を……」
学園長が鳳凰院を制止する。
「鳳凰院君。別に構わないのじゃ。紛失したのは問題じゃが、生徒に罪はないのじゃ。百田先生は減給処分とするのじゃ」
百田先生は涙ぐみならが安堵の吐息を漏らす。
「……そ、そんなゆるい処分で。な、なら、カンニングは……」
俺は護衛が持っているスーツケースを蹴り飛ばした。ガツンッという音が教室に響く。スーツケースが衝撃で開いてしまった。
スーツケースの中から男子生徒が飛び出した。
鳳凰院がその男子生徒を見て苦い顔になったのを俺は見逃さない。
「全部吐いてくれたよ。誰かにお願いされて動画を偽造したって事をな」
男子生徒は朦朧としながら周りを見渡す。
俺と目があった瞬間、発狂したように学園長に縋り付いた。
「お、俺がやりました!! Fクラスに冤罪を被せるために俺がやりました!! だから、助けてください!! お願いします……、あいつを近づけないでください……」
鳳凰院は拳を握りしめて唇を噛み締めていた。それでも余計な事を言わない。
男子生徒は爺の護衛に廊下へと連れて行かれた。
「おい、爺さん、面倒だからここで鳳凰院と百田先生に採点をやってもらおうぜ」
学園長は鳳凰院に視線を送る。
この学園で学園長は絶対的な存在だ。
公平な試験で一生懸命頑張って最下位になったとしたら、仕方ないと思う。
だが、不正が働いて最下位になることは俺が許さない。
「ふぉふぉ、別に構わんのじゃ。どれ、儂も久しぶりに採点しようかのう」
「やっ、わ、私はCクラスの授業が……、くっ……」
鳳凰院はものすごく嫌そうな顔をしながら採点を始めるのであった――
採点の結果、俺たちの中間試験はかなりの高得点であることがわかった。まだ他のクラスの平均点は出ていないが、確実に最下位ではない。むしろトップをとってもおかしくない点数だ。
爺さんは採点の結果を確認してから教室を退室した。これで学園長公認の結果となる。
鳳凰院は鬼のような形相で俺を睨みつけている。
「東郷家の落ちこぼれが……。これで終わったと思うなよ。私は必ずお前らを退学させてやる」
安心しろ、鳳凰院家は真綿を首に絞めつけるように没落させてやる。
「仮にも学園の先生がそんな事言っていいのかよ? てか、お前は家族の心配でもするんだな」
「貴様何を……」
その時、鳳凰院のスマホが鳴り響いた。怪訝な顔で電話にでる鳳凰院。
「な、なんだと!? ゆ、行方不明だと!? 貴様ら護衛は何をやっていた!! はっ? 株価が暴落だと? 親父もいない? 兄貴はどうした!!」
鳳凰院は青ざめた顔で教室を飛び出ていった。
俺が持っているもう一つのスーツケースがガタゴトと物音を立てる。
残されたのは俺たちFクラスの面々のみ。
玲香がポカンをした顔で俺に近づいてきた。
「お、お兄ちゃん……」
「玲香は心配するな。テスト良かったな。これで退学免れたぞ。あとは球技大会頑張ろうぜ!」
さっきまで泣いていた玲香はもう笑顔になっていた。
俺はむくれている笑顔の玲香が好きだ。玲香には笑っていてほしい。
「べ、別に心配なんてしてないよ! そ、その、よくわからないけど、ありがとう……」
前は聞き取れなかった『ありがとう』という言葉。
今ははっきりと聞き取る事ができる。
その後、俺たちFクラス全員で喜びを分かち合うのであった。
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