切ない恋なんてもうごめんだ


 俺はSEGAが好きだ――


 今の親父に初めて買ってもらったゲームはMD(メガドライブ)であった。

 お願いしたのはPS4だったような気がしたけど、ゲームをよく知らない俺は気にしないようにした。


 東郷の親父は誕生日のたびに、俺にSEGAのゲーム機本体とソフトを定期的に買い与えた。他のおもちゃは一切与えてくれない。マークⅡなんて3台ある。

 世間がPS5の話題でも持ち切りの時、俺はセガサターンに夢中だった。なにせエッチなゲームも出来たんだ。PSではできないだろ? 

 思えば、俺は親父に洗脳されていたのかも知れないな。





 そんな俺は玲香の部屋でゲームをしている。

 大きなテレビ画面でプレイするファイティングバイパーズは最高だ。


 スラムにいた時は、どこへ行ってもSEGAのゲーム機で溢れていた。あれがガラパゴス化というんだろう。携帯ゲームはゲームギアだ。最新ゲーム機はドリキャスだ。


 セガラリーを真似て、スラムの住民が街を壊してコースを作ったこともあった。

 バーチャファイターを真似た技を使う強者も増えた。

 ソニックに憧れて、髪型をソニック風にするチンピラもいた。

 スラムにプレステとスイッチが流れた時が一番荒れた時代だ。


 ……正直スラムの住人は頭がおかしいと思う。ゲーム論争で抗争が起きるほどだ。

 二年間で慣れ親しんでしまった俺もおれだが……。


 そんなSEGAのゲーム機で俺と玲香、天童は遊んでいた。

 勝者が敗者に絶対的な命令をできる『王様ゲーム』。


「しゃっ!! 俺の勝ちだぜ! これで『王様のお願い』10個目だ!」


「むむぅ、お兄ちゃん強すぎるよ……。行方不明だったのになんでこんなに強いの……」


「玲香だって中々の強さじゃねえかよ。まだまだだけどな!」


 玲香はかなりの腕前であった。これなら区域内の大会なら優勝できるだろう。だが、スラムは修羅の国だ。玲香の腕前ならノービスってとこだ。


「ちょ……、あんたらおかしいって……。ねえ、スイッチにしようよ。スマブラでいいじゃん。あれすごく面白いよ!!」


「却下だ」「却下よ」


「ひ、卑怯よ!?!? はっ……!?。わ、わかった。東郷は自分だけ勝ちまくって私にエロい事したいんだ……。だ、だって王様ゲームだもんね……」


 ゲームのコントローラーを放り投げて身悶えしている天童。こら、区内でSEGAのコントローラーを手に入れるは超大変なんだぞ。


「もう一戦! もう一戦! 次は絶対勝つよお兄ちゃん!! ふう、ふう、ふう……」


 玲香は玲香で俺に負け越して興奮している。妙な呼吸をして次の対戦に向けて心を整えている。玲香の対戦前のルーティーンだ。


「わりい、玲香。そろそろゲームの時間は終了だ。メシにして風呂入って寝ようぜ」


「え〜〜〜〜!! 勝ち逃げはずるいよ!!」


「寝る前にメシ食うと太るぞ」


「うぅ……、わ、わかったよ。ね、ねえ、明日も一緒にゲームしてくれる?」


「もちろんだ。天童もいるしな。明日は大人しくガーディアンヒーローズにするか」


「うんっ!!」


 良い返事だ。それでこそ東郷家だ。


「天童、飯食いに行こうぜ。今日は親父がお前に挨拶したいらしいから、食堂へ行くぜ」


「へっ? マジ? と、東郷のお父さん!? あの超怖いって有名な?」


「まあ心配すんな。俺も横に付いてやるから」


「あ、う、うん……、わ、わたし何て挨拶すればいいんだろ……」


 緊張してカチコチになった天童を玲香が茶化しながら食堂へと向かうのであった――

 思いの外、親父は柔かな口調で天童に接していた。事前にSEGAのゲームをやっていたから親父との会話がスムースだ。

 昔なら信じられないような光景が食堂に広がる。

 ……あの頃は親父からも玲香からも嫌われていると思っていたからな。


 なんてことはない。俺は周りを見えていなかっただけだ。

 行方不明になって初めて、大切な事がわかったんだよな。


 妙な感傷に浸りながら俺はパンにかじりついた。





 *********





 玲香の記憶能力は異常だ。だが、本人は勉強そのものに忌避感を抱いている。

 頭の中には高校の教科書はすべて入っているはずだ。

 それを引き出して使う能力がない。ただ丸暗記しているだけだ。

 人なんてきっかけがあれば変わる。玲香はもう少しで殻を破ろうとしている。


 焦る必要はない。今の玲香なら大丈夫だ。

 駄目だった時はまた違う方法を考えればいい。

 俺が玲香の道筋を作る。切り開くのは玲香自身の力だ。


 天童に関してはどうしたものだろうか……。





 深夜のテラス席で夜風に当たる。

 二人はもう眠っているだろう。


 そんなことを考えていたら、タコのぬいぐるみを抱えた天堂がテラスへとやってきた。

 手には教科書が抱えられていた。


 俺は知っている。早朝、俺よりも早起きをして二人は勉強している事を。


「おう、どうした? 眠れないのか?」


「と、東郷? あ、あんたなんでここにいるのよ!?」


「あん? ここはおれんちだろ? どこにいてもいいだろ」


「そ、そうね、と、となりいい?」


 天童は俺の横に座る。


「ねえ、あんたなんで勉強しろって言わないの? ……私と玲香がテストでいい点取らなきゃ退学しちゃうのよ……」


 天童は後ろめたい気持ちがあるのだろうか。俺から顔をそらしていた。


「別に構わねえよ。無理して嫌なことさせたくねえ」


「ば、ばか! わ、私は退学したくないのよ!! あ、あんたが勉強みてくれなきゃ成績あがらないでしょ! ……教科書見ても全然わかんないし。玲香はどんどん勉強できるようになるし……」


「相変わらず我儘だな。ほんと変わってねえな」


「う、うるさいわね。……わたしだって自分が大嫌いなのよ」


「そうか? 俺は我儘な天童は意外と好きだぞ」


「ちょ!? あ、あんた好きって……、や、やめてよ!? 恥ずかしいでしょ……」


 天童はそれっきり無口になってしまった。

 二人の間に沈黙が続く。それはイヤな沈黙ではない。ごく自然な感覚だ。

 懐かしいな。こんな風に暑い夜に天童と語り合ったあの夏の日のこと……。


 天童がポツリと呟いた。


「ねえ、私さ、なんで記憶が途切れ途切れなんだろう? 子供の頃の記憶は殆ど無いし、中学の頃はいつの間にか授業が終わってる時があったし、知らない間にアイドルのオーディションに受かってたしさ……。わたしキモいよね」


「色々あったんだろ」


「あんたなんか知ってるんでしょ? 教えなさいよ……」


 菜月はナツキを認識していない。ナツキは天童菜月のすべてを認識していた。

 ……どちらが本当に人格かなんて、俺には興味ない。どちらも俺にとって大切な天童菜月だ。


「……ごめん、東郷。わたし、あんたにこんな風に言える立場じゃないよね。……だって、ずっとあんたに嫌なことしてたもん」


 俺はさっきまで読んでいたノートを天童に見せる。

 それは喫茶店で天童が書いていたものであった。


「あっ――、そ、それは」


「本当は俺と友達になりたかっただけだろ? うじうじしている俺をどうにかしたかったんだろ? ……お前の気持ちは全部ここに書いてあるんだろ? なら昔のことはいいじゃねえか。お前はお前らしくしてればいいぜ」


 ノートには贖罪と後悔が書かれてあった。嘘偽りのない言葉。

 そして、一番最後には――


「……流石に『武志、大好きだよ、いつまでも忘れないからね』は恥ずかしいだろ」


 天童が目を見開く。

 あわあわしながら俺の肩を叩く。


「ちょ、な、なによそれ!? そ、そんなこと書いてないわよ!? え、ほ、本当だ、書いてある……。嘘、無意識で書いたの? 東郷のことは友達として好きだけど……、これじゃあ告白みたいじゃん!!」


 確かに天童からの好意は感じている。が、それは友達のそれに近い。恋愛的な感情を感じたことはなかった。


「はっ? お前なに言ってるんだ――あっ」


 天童がノートを奪い取ると、雰囲気が変わった――

 目がほんのりと赤く輝いていた。







 あの夏の日を最後に、姿を消した天童ナツキ。

 俺の前に現れた天使みたいな存在。


「……武志、久しぶり。ふふっ、驚いた?」


 ナツキは儚い笑顔で俺にそう言った。天童菜月じゃない、これは天童ナツキだ。

 別れも言えずに消えてしまったはずのナツキ。


「ったく……、勝手に消えるんじゃねえよ。残された俺の身にもなれよ」


 確かに二人の間には淡い恋心があった。それは初恋といっていいだろう。

 泣いて泣いて泣いて泣きはらしたあの夜。

 俺は二度と出会えるとは思わなかった。


「安心してね。もうこの子には私は必要ないわ。だってあなたが帰ってきたもの」


「なんだよ、やっぱり消えてなかったんじゃねえか」


「ほとんど消えたわよ……でもね、この子あなたが行方不明になってから心がおかしくなっていたもの。私が表に出なかったら中卒でセクシーアイドルになっていたわよ」


「そっか、ありがとな」


「どういたしまして。やっとあなたに会えたわ。あのときはお別れもちゃんと言えなかったものね」


 二人だけがわかる会話。これは天童ナツキと俺のあの夏の物語だ。それの幕が終えようとしている。

 どんなことがあっても俺は動じない心を手に入れたと思っていた。


 だけど、なんでこんなに胸が苦しいんだよ。


「もう会えないのか?」


「バカ、菜月がいるでしょ? 私はもういいの。十分楽しんだわ。今の私は残滓みたいなものよ……」


 走馬灯のようにあの夏の日の思い出が蘇る。

 菜月とナツキの相手をしながら過ごした日々。切なくて苦しくて、想いを伝えられなくて、でも楽しくて……。

 初恋は実らない。誰かにそう聞いたことがある。


 身を持って実感した――


 天童が立ち上がって俺に近寄る。座っている俺を優しく抱きしめる。


「……ふふ、あなたは変わらないんだから。弱いくせに強がって、私を守ろうとして……、わたしは、そんなあなたが――大好きだったわ……。武志、いままでありがとう――」


 身体が震えていた。鈍感であろうとした俺の心が震えていた。

 涙なんてとうに枯れ果てていると思っていた。

 なのに涙が止まらなかった。


「切ない恋なんてもうしなくていいのよ。……あなたは幸せになってね」


「待ってくれ!! ナツキだって幸せに――」


 ナツキは強く抱きしめて俺の言葉を遮る。

 俺は何もできなかった。


「お別れを言えただけで幸せだからもういいの。――菜月に全部返すだけだから」


 いつか再び出会えると信じていた。そんな奇跡が叶っただけの話。

 一瞬でも一秒でもナツキを感じたかった。


 最後に、あのとき伝えられなかった俺の想いが勝手に口に出ていた。



「俺は、ナツキの事が……大好き『だった』」



 ナツキは言葉を発さずに、俺を更に強く抱きしめて答えてくれた。

 それが引き金となり、二人の物語に幕が閉じる――


 天童菜月の意識がなくなり、昏睡するように眠りにつく。

 俺は肩に重みを感じながら、返事が返ってこないってわかっているのに、言葉を発した。



「さよなら」







 これは、俺が夏の日に少女に出会い、冒険して、消えゆく運命の少女に恋をして、傷だらけになりながら守り、想いを伝えられずに別れてしまい、実らない切ない初恋が終わった過去の物語。








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