最後のクラスメイト


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、あの人って誰? 知らない人?」


「ん? 誰だあいつ?」


 朝のHR前の時間、俺は玲香との会話を楽しんでいた。

 そんな時、知らない男がFクラスの教室に入ってきた。もろ私服だ。というか、ボサボサ長髪にズレたメガネ、よれたTシャツ、風呂に入っていないのか清潔感が皆無だ。


 こういう時は龍ケ崎だ。あいつはなんだかんだ言っても面倒見がよくて率先していろんな説明をしてくれる。地頭も良い。お尻も大きくて可愛い。


「龍ケ崎、あいつ誰だ。説明頼む」


「あん? ちょっと待て……もしかして、狭間遊矢はざまゆうやか? 随分と小汚くなってんな」


「最後のクラスメイトか?」


「一応そうだな。……ほとんど学園に来ねえから俺も一回しか見たことねえよ。ていうか、退学したと思ってたぜ」


「おう、説明ありがとな! 後でニャンコと写っている玲香の写真やるよ!!」


「ふ、ふんっ、もらえるものはもらっておく」


 狭間と呼ばれた生徒は妙におどおどしていた。

 しかし、やっとこれで全員揃ったか。玲香も天童も狭間の事を見ている。


 狭間はそんな視線が気になるのか、こちらをチラチラ見ていた。何故か驚いた顔をしてる?


 俺はとりあえず挨拶をしようと思い、狭間に近づく。


「やっと登校したな。俺の名前は東郷武志。新しいFクラスの生徒だ。これから宜しくな!!」


 俯いていた狭間は顔を上げる。

 そして小さくつぶやく。


「……や、や、やっぱり、この(ループ)は違う。……こいつは誰だ? いや、知らない生徒があと二人いる。龍ケ崎と百田が仲良くしてるのも初めてだ。今回は戸隠もいるのか。違う、違う、違う、今までと全然違う!!!!!」


「お、おい、どうした? 落ち着けよ」


「お、落ち着いてなんていられるか!!! 僕は(前回)のエンドで全部諦めたんだ!!  だからもう何もしたくなくて引きこもってて……、なのにこの(百回目)で知らない君たちがいる!! なんなんだよ、これ?」


「おい、落ち着けって!! ったく、何いってんかわかんねえっての。しかもところどころ聞こえねし!? あっ、百田先生が来ちまったよ」


「へっ? うちのクラスに担任が着いただと!? それにロリっ子じゃないか!! くそ、くそ、くそ、僕の超タイプじゃないか!!」


「お、おい、こいつやべえよ……」


「僕は(この世界をループ)しているんだ!!!」


「あん? 聞こえねえよ!!!」


「くそ、やはり世界の強制力のせいで伝えられない……。だが、この世界はきっとSSRだ!! そうだ、君はSSRキャラだ!!」


 俺は容赦なく狭間の頭をぶん殴った。軽くだ軽く。


「人の事ゲームみたいなキャラにしてんじゃねえっての!! このバカチンが! よく分かんねえけど、お前ゲームのやりすぎた!」


「ち、違う、僕は――」


「いいか、俺たちは今、この現実を生きてんだよ。よく分かんねえけどお前も現実見て真剣に生きろや! 退学かかってんだよ!!」


「あっ――――(僕は現実を見ていなかった。この繰り返しの世界で人を人だと思えなくなっていた。失敗したらまたやり直せばいい、そう思っていた。だけど、違うんだ。みんな必死に今を生きているんだ――)」


 百田先生はジト目で俺を見ているが、放置してくれている。こいつの相手を任せるって感じだ。


 狭間は「あっ」という一言を言ってから固まっていた。

 そしてひとすじの涙を流した。


 このクラスにいる全員が狭間に異様な雰囲気を感じていた。

 それが何かわからない。だが、根は悪いやつではないだろう。


 玲香がとことこと俺達に近づく。


「こら、玲香、こいつはロリコンだから気を付けないと――」


「ううん、お兄ちゃん、大丈夫。ロリコンはお兄ちゃんで慣れてるもん。えっと、狭間君だっけ? わ、私ね、このFクラスのクラス委員長になった東郷玲香です……。あのね、このクラスは全員退学の危機なんだよ」


 狭間は玲香をじっと見つめていた。

 俺は眉をひそめる。

 玲香はもじもじと身体をくねらせながら言葉を続ける。


「……試験で最下位になっちゃうと駄目だから、協力してほしいな……。だめ、かな?」


 それは狭間の頭が吹き飛んだイメージだった。

 時の流れがスローモーションになる。狭間はたしかに頭を吹き飛ばされた。玲香の可愛さによって――

 一瞬意識を失った狭間の焦点が合う。




 大きく息を吸い込んで吐いた。

 ボサボサの長髪をかきあげて整える。そこにはえらく美形な青年がいたのであった?

 実年齢にはそぐわない年を重ねた熟年の経験者の雰囲気が漂う。

 死んでいた目に生気が宿る――


 はっ? お前何? どんな漫画のキャラっだっての?


「……東郷玲香……さん。そうか、僕はこの世界のために(ループを繰り返して)いたのか。……君に協力するよ」


 俺はなんだか無性にむかついて狭間の頭を叩いてしまった。


「あいった!? 君はさっきからなんだ!! 人の頭を叩いて!?」


「あん? お前が玲香に色目使ったからだろ!  このクソ野郎が!!」


「なっ!? 野蛮な君が玲香さんの兄だと!?」


「ぶっ殺すぞ!! とりあえず着替えてシャワーでも浴びろ!!」「うるさい、服なんて持ってない!!」


 玲香はなぜか身悶えて嬉しそうにしていた。


「ふふ、お兄ちゃんが妬いてくれた……」




 *************




 狭間は銭湯に行ってから髪を切って制服に着替える。と言って教室を出ていった……。なんだってこうも自由な奴が多いんだ。


 百田先生がHRを始める。

 狭間の以外の生徒はちゃんと席についている。

 百田先生が玲香に質問をしてきた。


「ねえ、玲香ちゃん。退学は嫌ですよね? ……三週間後に中間テストがあります。クラスの平均点が最下位になると駄目です。退学です」


 百田先生は思いの外真面目な口調であった。


「中間テストの二日後には球技大会があります。今回はサッカーです、このクラスでは人数が足りません、先生が入ったとしても八人でしゅ。そこで最下位になったとしても退学です。非常に厳しい戦いですけど、本当にやるんでしゅか?」


 ……おい、担任も入っていいのか? 流石に首は嫌になったのか。やる気が出てきたことはいいことだ。

 というか、テストの直後に球技大会って……、練習してる時間がねえじゃねえかよ。


 玲香は「ぐむむぅ」と唸っていたが目は輝いていた。きっとこの教室が好きになったんだ。

 よくわからねえ生徒ばかりだけど、みんな心根は腐ってない。


「玲香と菜月は頭悪いけど頑張るもん!! 絶対最下位にならないもん!!」


 先生はため息を吐きながら少し冷たい目で玲香を見つめる。


「はぁ、じゃあまずは去年の中間テストの問題をやってみるです……。無駄な時間になるとおもいますが、ひとまず先生も協力しましゅ」


 玲香の顔が一瞬で青ざめる。蕁麻疹がでてんじゃねえかよ!?

 そんだけ勉強が嫌なのか……。

 というわけで、俺たちの午前中の授業はテストを受ける羽目になった――




 午前中の全ての時間を使ってテストを行った。

 先生はその場でテストの採点をしてくれた。


 その結果――

 杏の一番成績が良かった。ほぼ満点に近い。流石飛び級しただけある。

 次に龍ケ崎、戸隠の順番になる。平均点の半分って感じだ……。まだ救いはある。これから必死に勉強したら平均点付近の点数は取れるだろう。きっと勉強する習慣がないだけだ。

 特に龍ケ崎は地頭が良いからきっと期待に答えてくれると信じている。


 狭間の成績は知らんが、元々はBクラス。先生に聞いたら龍ケ崎たちと同じレベルと言っていた。あまりよろしくないが、まだ間に合う。


 中間テストの試験に関しては、俺たちFクラスの方が圧倒的に有利な条件だ。

 なぜならオレたちは人数が少ない。他のクラスは30人近くもいるんだ。全員の平均点をあげるのに苦労する。

 人数が少ない俺達が平均点を上げるのは簡単なはずであった。


 テストが難しいということもあるが、去年の平均点は60点台に収まっている。

 ということは、龍ケ崎の三人を平均点まで底上げして、杏と俺が高得点を取ればほぼ最下位は免れる。


 本当に難しいのは球技大会の方だと思っていた。


 途中までそう考えていたが……。


「ちょ、あんた2点ってなによ!? わ、笑えないわよ!?」


「うぅぅぅ、勉強しようとすると頭が痛くなるの……。な、菜月だって5点だよ!」


 ……Sクラスにいたはずの二人の平均点は壊滅的であった。家柄の力や、貢献度で退学を免れていただけだ。


「はぁ……、やっぱだめです……。先生はご飯食べに行きますです……」


 先生は青ざめた顔でトボトボと教室を出ていった。





「にしし、東郷、私がみんなに勉強教えようか?」


「杏は龍ケ崎たちを見てやってくれ。基礎はかろうじて残っているから丁寧に教えればまだ挽回できる。……あの二人はお前には手が負えない。普通の方法じゃ無理だ。俺が教える」


「そうだね、あそこまで勉強できないと、確かに僕はイライラして教えられないかもさ。にしし、僕も久しぶりに本気で勉強教えるさ。臨時で講師をやってた時が懐かしのさ」


 にしし、と笑いながら龍ケ崎と戸隠を見つめる杏。

 二人はその視線にびくりとしていた。


「じゃあ今日から勉強会だね! ふふ、人と勉強するの久しぶりだから楽しみなのさ!」


 杏は嬉しそうな顔をしながら二人の元へと向かった。……キャラが濃い三人だな。




「さて……玲香、天童、ここに座りなさい」


「お、お兄ちゃん、これは、違うの!!」

「そ、そうよ! こんなに難しいなんて聞いてないわよ!!」


 勉強は無理やりやっても身につかない。退学したくないからやる気はあるはずだ。


「おい、天童、今日から俺んちに泊まり込め。どうせ仕事はないだろ?」


「え、い、いいの? そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」


「お兄ちゃん、ずるいよ! お兄ちゃんと二人っきりじゃなくなっちゃうよ!」


「おいっ、そんな事言ってる場合じゃねえぞ!! 退学は嫌だろ? なら俺と一緒に頑張ろうぜ」


「むふぅ……、わ、わたしどうしよう……」


 しょげてしまった玲香は菓子パンをやけ食いし始めた……。


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