九条
――東郷武志め、あやめを傷つけた罪はいつか償ってもらう。
俺はあやめの手を引きながら帰路を急ぐ。
名字は違うが、俺たちは家族みたいなものだ。鬼瓦家に拾われた俺は家に貢献する事で生きる意味を見出していた。
あやめのボディーガード兼お目付け役。精神年齢が低いあやめは問題を起こしがちだ。
そのトラブル処理は毎度の事。俺が表立って動くことはない。
学生など所詮ガキのお遊び。
そう思っていた。
あやめの足が突然止まった――
手を引っ張っても付いてこない。
「どうした? 怪我でもしたのか?」
「う、ううん、違う。あ、あーしの足が動かないの……。あのね、震えてるの……、綾鷹……なに、これ?」
あやめの顔は顔面蒼白であった。足は子鹿のように震えて動かない。
自分の身体を抱きしめるように手を合わせる。
……恐怖による無意識の防御反応か。
さっきまでは麻痺していたんだろう。理解不能な出来事に身体と頭が追いつかなかったんだろう。
あやめは今まで区域内のチンピラと何度も喧嘩した事がある。時にはナイフを使われた事だってある。あやめはスリルを楽しみながら戦っていた。だが所詮それは子供の遊びだ。
あの東郷の一撃は遊びじゃなかった。あいつは俺が必ず動くと思っていた。
俺が止めなければ、タフなあやめでも重症を負っていただろう。
武力と判断力に長けているあやめでもピクリとも反応できなかった。
「東郷兄妹に関わるのはやめだ」
本物の殺意というものを当てられたあやめは今頃になって恐怖を感じているんだろう。
「い、今は思い出したくもないじゃん、ねえ、綾鷹、離れないでね……」
「ほら、背負ってやる。……俺はあやめの味方だ。たとえどんな奴が敵でも――」
「へへ、綾鷹の背中大きくて温かい……」
調査ではあいつは無能で過ごした初等部、中等部、そして行方不明から帰ってきた。
行方不明の期間の情報はない。
あんな奴が無能であるわけない。あれは化け物だ。
俺がスラムにいたときの記憶が蘇る。
化け物揃いの傑物たちが争う暗黒地帯。
東郷武志のケリを止めた足が今更になって痛む。
あの一撃は狂人にしか放てない。
それでも俺は実力を隠してあやめとともに学園生活を送る。
平穏な日々が俺にとって一番大切だ。あのスラムの特殊な小学校から俺を拾い上げてくれたあやめ……。
東郷はもしかしてあの小学校出身の異能者か? いや、それはないか。あいつは普通の小学校から学園の初等部へ転入したはずだ。
「……帰ったら二人でたまにはゆっくりしよ」
あやめは性格が悪来て、不器用な女だ。そこが可愛い。
最初は無能な東郷玲香に手を差し伸べたくて近づいた。だけど、想像以上に二人は不器用であった。いつしか、東郷玲香は教室でいじめられる役へと変わる。実際は、いじめを率先して行う女子二番手の
花京院が男子を抑えていたように、あやめは女子たちを抑えていた。
東郷兄妹――
あいつらは今ごろ俺たちS組に対抗するための作戦でも立てているのだろうか?
このままだとあいつらは退学になる。
あいつらが退学になれば、俺はあやめと平穏な学園生活を遅れる。
……異能は見せていないが、東郷は俺の敵と認識している。
――俺は感情の勢いが余って、あやめのお尻を『もみ』っとしてしまった。
背負っているから必然的に手が当たってしまう。仕方ない。
「あんっ!? え、えっち!! さわさわしないでよ!!」
「……悪くない感触だ」
「ちょ、むっつりすぎるでしょ!!」
「……言うこと聞かなかったお仕置きだ」
「そ、そう、な、なら仕方ないわね……って、そんなわけないでしょ! あーしのお尻はパパにペンペンされたから腫れちゃって大きくなってるし!」
「ちょうどよい大きさだ」
「あんたたまに頭おかしくなるよね……」
「ふっ……」
いつしか、あやめの足の震えが無くなっていた。俺は微笑を浮かべる。
そして、あやめの胸部と臀部の感触を確認し楽しみながら歩き続けるのであった―
************
「それ私のタコ焼き!! 菜月はボインボインだから草でも食べてればいいよ!!」
「あんたちっこい身体のクセにどれだけ食べんのよ!?」
「おい、天童、これでもやるよ」
俺たちのタコパは佳境に入っていた。すでに龍ケ崎、戸隠、杏は食べすぎて苦しそうに芝生に寝転んでいる。
……人んちの庭で寝るんじゃねえよ。
俺たちがいるのは内庭のテラスだ。
親父は在宅ワークなのか、さっきから廊下を何度もうろちょろしていた。
もしかして、俺や玲香が家に人を呼んだのって初めてじゃねえか?
天童が俺から渡されたたこ焼きを頬張る。
こいつのたこ焼きにかける情熱はハンパねえ。メイドが作った生地にまで口出して、超うまいたこ焼きを作りやがった。
そういや、こいつがたこ焼きを初めて食べたのって、あの夏の日だったな。
天童の子供の頃に何があったか俺は知らない。
俺が初めて出会った天童はナツキの方であった。
明るくておっちょこちょいだけど気が弱い菜月と、おしとやかで天然で、理性的で気が強いナツキ。
二人は記憶を共有していない。だから記憶が歯抜けなんだ。
「あれ? たこ焼き食べ過ぎたら、私、なんか、思い出しそうな気が……、えっ、涙が……」
天童は鼻水垂らして泣きながらもたこ焼きを頬張り続ける。
……ナツキはあの夏の日以来会っていない。
もう二度と戻らない夏の日。
たこ焼きはナツキにとって特別な食べ物だったんだよ……。
「天童、こっちに座って少し休めや。ローズマリー、天童にお茶でも入れてくれ」
懐かしい感覚だ。いつもよりもほんの少しだけ俺の口調が柔らかくなる……。
「うぅ……、お兄ちゃんが菜月に優しい……。でもそんなに嫌な気持ちじゃない……。なんでだろ?」
「お前と天童が友達になれたからだろ」
「……そっか、友達か。私にも友達できるんだね……、えへへ」
玲香は嬉しそうに口をモゴモゴさせていた。
少し恥ずかしそうに立ち上がった。
「ちょっとトイレ行ってくるね。あっ、帰りにお兄ちゃんの子供の頃の写真を見せてあげるね!」
天童がサムズアップをして答える。
まあそれで喜ぶならいいか。玲香はトコトコとこの場を去っていった。
「ていうかさ、ぶっちゃけ東郷はさ、本当に退学にならないと思ってるの?」
龍ケ崎たちは今だに寝転んでいる。俺と天童は二人っきりでテーブルに着いてる。
天童は少し真剣な顔で話し始める。
「二学期中の公式試験の全てで最下位になってはいけない、だよな。正直いまのままだったら難しいかもな」
試験と言っても中間期末テストだけではない。例えばマラソン大会、例えば球技大会、例えば百人一首大会。学園側が決めた行事が試験に変わるのだ。
学期最後にはクラス対抗の一番大きな試験が行われる。確か今回は攻城戦だ。
正直、全ての試験から最下位を免れるのは非常に難しいと思う。
Sクラスはバケモン揃いだ。Cクラスでさえ隠れた実力者が潜んでいる可能性がある。
だけど――
「……平和だよな。ぶっちゃけ死人が出ねえしな」
「東郷? あんた何言ってのよ!? 死人が出たらやばいでしょ!」
人が死ぬのが普通の世界だった。裏切られるのが普通の世界だった。
こんな平和的な争いなんて……本当に嬉しくなる。
「大丈夫だろ」
「ちょ、楽観的すぎじゃない!? 直近の試験って中間テストよ! ……ぶっちゃけ私、バカだし……、運動もできなし、勉強できないし……、みんなの足引っ張るんじゃないか心配なのよ。Sクラス入学当初はアイドルって事で貢献出来たけど、今は干されちゃったし……」
試験の個人結果以外に、学園への貢献度というものもクラス評価として影響される。
一学期までは絶大な人気を誇っていたアイドルの天童菜月。夏休みを境に人気が急降下したらしい。
中間試験まであと三週間ってところだ。
今頃みんな必死になって勉強している。
「大丈夫だ。Fクラスの奴らは能力が尖ってるだけで無能なんかじゃない。……天童ナツキ、俺はお前を信じてる」
天童は一瞬だけ訝しんだ顔をして首をかしげる。
明るい雰囲気だった天童の空気感が変わる。
重く、暗く、そして儚い雰囲気。
目の色が一瞬だけ赤く光ったような気がした。
「お兄ちゃんーー!! 写真持ってきたよーー!!!」
玲香の声がテラスに響き渡る。
天童の雰囲気が元に戻った。
「はっ? 東郷何言ってんのよ!! 私を信じてるって……、あははっ、笑えないわよ。……わたし、あんたに嫌な事ばかりして……」
「天童、お前は笑っている方が可愛いぞ。……だから、笑っていてくれ」
天童は少し困った顔をしながらうなずく。そして、泣いているような笑顔を俺にくれた。
「あははっ、よくわかんないけどもう少しまってね! きっと東郷の期待に答えるから……、私頑張るね」
玲香と天童が笑い合いながら二人で俺の写真を見ている。
こんな光景を見られると思わなかった。
俺は二人を見守りながらたこ焼きを頬張るのであった。
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