確認


「うぅ〜〜、玲香頑張ったから疲れちゃった、お、お昼寝したいな……。お兄ちゃん、ひ、膝を貸してくれてもいいんだよ? ねえ私に貸したいでしょ?」


「しゃーねーな。流石に教室だと寝転がれねえから膝は貸せなねえけど、肩なら貸してやんよ」


「そ、それで満足してあげるよ。すぴーーーー」


 玲香に肩を貸してあげたらすぐに寝てしまった。

 昼休みになり、ご飯を一杯食べたから眠くなったんだろう。今日は許してやろう。

 天童がジト目で俺たちを見る。


「……あんたらすごいわね。羞恥心ってものがないの? ……はぁ、私も眠たくなってきたわ」


「おう、時間になったら起こしてやるぞ」


「ち、違うでしょ!! 反対の肩あいてるでしょ! 私にも貸してくれなきゃずるいでしょ!」


「なんだ、貸してほしいなら素直に言ってくれればいいのにな。ちょいまて、位置のセッティングを……」


 天童がもじもじと俺にすり寄る。

 頭を肩に乗せようとした瞬間、「きゃひぃ!?」という悲鳴をあげた。


「にしし、こんちわっ! ちゃんと挨拶できてなかったからね。東郷君だっけ? 君、この薬飲んでみない?」


 百田杏が天童の脇腹を後ろからくすぐっていた。


「あ、ちょ、だ、駄目!? きゃひひっ!? ふがっ!?」


「天童、うるさいぞ、玲香が起きちゃうだろ。杏もやめてくれ。その変な薬は天童に飲ませてくれや」


「残念、惚れ薬の新作が出来たのに」


「え、ちょ、マジ? それ欲しいんだけど」


「副作用でムキムキになっちゃうならいいけど」


 なんてマッドな薬を飲ませようとしやがるんだ。ていうか、こいつは何がしたいんだ?

 俺が言うのもなんだけど、自由すぎんだろ?


「にしし、東郷君はさ、本当にこのクラスが存続できると思う? 正直さ、僕は研究ができれば学園なんて通う必要なんてないのさ」


 製薬会社の百田コーポレーションの令嬢であり主任研究者の百田杏。マッドな事は置いておいて、優秀な人材である事は変わりない。

 十二歳で海外の大学を卒業し、何故かこの学園に編入してきた変わり者。


「お前、友達いねえだろ?」


「なっ!? ぼ、僕はそんな事ないもん! と、友達なら……、ハムスケたちがいるから大丈夫だもん……」


「……分かんねえけど、多分それ、人じゃねえだろ」


「ちゃ、ちゃんと喋れるようにしたもん! それに、人間の友達なんていらないさ。僕にとって、人間が研究対象だからさ」


 天童がため息を吐いた。


「あのね、友達いないでマウント取ってんじゃないわよ!! 私なんて、裏で陰口叩いてる取り巻きしかいなかったのよ! 大事な時はいつも一人、裏切られて、見捨てられて……、一度は絶望したけど、それでもちゃんと人と接してるのよ!」


 思いの外、天童は強い口調で杏を揶揄す。

 そこにはあいつの心情が込められていた。


「……で、でも、僕は教室爆破しちゃうし、変な薬しか作れないし……」


「はっ? 爆破なんてどうでもいいでしょ! あんたは人と関わるのが怖いだけでしょ! コミュ障よ!! ……本当はかまって欲しくていたずらしてるんでしょ? ……なんかね、昔のわたしみたいなのよ。友達作りたくてダンスやお歌を始めたけど……」


 ああ、こいつはやっぱり変わってないな。

 あの夏の日、天童はいわれのない誹謗中傷で心が死んでいた。全てを諦めた目をした天童は廃墟で自殺しようとしていた。『嫌な事があるなら俺に八つ当たりしていいぞ』俺のその言葉から始まったあの夏の日。

 色々あって、天童はあの夏の日の記憶を欠損している。全てを覚えているわけじゃねえ。


 ……天童菜月と天童ナツキ。


 そんなわけで、天童その後の学園生活で、俺にきつい事を平気で言い放っていた。


 俺はなんだか天童の頭を撫でたくなった。


「ちょ、あんたなんで頭撫でんのよ!? ……ま、まあべつに構わないけどさ」


「相変わらず暑っ苦しい女だな」


「うっさい」


「そんな天童は俺にとって大切な友達だ」


 天童が何か言ってくると思ったが、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いていた。

 俺は天童を茶化さずにそっとしておく。


「というわけで杏、お前には人とのコミュニケーションの勉強が必要だ。ていうか、こんな風に話している時点で友達みたいなもんだろ?」


「そ、そういうものなの? 研究しかして来なかった僕にはわからないさ……」


「ま、難しく考えるな。天童に本気で怒られて嫌な気持ちじゃなかっただろ? こいつはポンコツに見えてポンコツだが、ちゃんと相手の事を考えて心からの言葉を言ってるんだ」


 天童が俺の言葉を聞いてキョトンとした顔をする。


「え、私そうだったんだ……」


 俺と杏はジト目で天童を見た……。

 杏は杏で天童を見て笑い出す。


「にしし、そっか、僕もまだまだ勉強しなきゃいけない事があるんだね。うん、こんな僕だけどこれからよろしくさ」


 こうして俺たちは和やかな昼休みを過ごすのであった――





 ********




 というわけで今日はクラス全員(欠席者除く)で俺んちでタコパをする事になった。

 なんでも天童が「仲良くなるには絶対タコパなのよ!! 同級生が打ち上げでやっててね、私だけ仕事でタコパ行けなかったんだもん……」とのことだ。


 龍ケ崎は一応今日休みのクラスメイトに連絡を入れている。

 こいつはこいつで意外と面倒見が良い。ヤンキーぶってるのに。




 俺たち六人はプレハブ小屋を出て、校門へと向かう。

 普通の校舎の昇降口のところで、鬼瓦と九条綾鷹とばったりであってしまった。


「東郷武志……、あの化け物メイドはいないわよね……。あんたのせいであーしはパパにおしりペンペンされたのよ!! ここであの時の恨み……」


 とんだ逆恨みを甚だしい。

 鬼瓦は拳を握りしめていた。血が滴り落ちるほどの強さで、だ。

 フリージアとまともに戦って骨一つ折れてねえ。手加減していたとはいえ、こいつは尋常じゃなくタフだ。


「あやめ……、例のメイドは近くにいるぞ。気配でわかる。それに親父に怒られたばかりだろ。ここは引け」


「九条がそう言うなら……。東郷武志! 覚えておきなさい!! 今度ギッタンギッタンにしてあげるんだから!!」


 俺は鬼瓦を無視して九条綾鷹を射抜く。


「うちの田崎と遊んでくれたんだな? 楽しかったか?」


「俺は……知らん」


「そうか……、でもなそこの鬼瓦は『俺の妹』をボコろうとしたんだぜ?」


 身体が疼く。一見こいつは地味で普通の生徒にしか見えない。存在感も消している。

 調べても何も出てこない。


 俺は笑顔を消して、一つの感情だけを発する。

 それは殺意。


「え?――」


 身体を回転させて浴びせ蹴りを鬼瓦あやめの脳天めがけて放つ。

 誰も反応できない。人間の虚をついた一撃――


 大きな打撃音が広場に響いた。




「……貴様、なんのつもりだ」


「はっ? ああ、花京院にしかいってなかったな。玲香に手を出したら死ぬって、な。まあそういう事だ」


 九条綾鷹だけは俺の攻撃に反応できた。俺のダダ漏れの本物の殺気を瞬時に察知して、鬼瓦の身体を引っぱって、俺のケリに負けない威力の回し蹴りを放った。

 蹴りの威力でお互い床に倒れてしまい、そのままにらみ合う。


 九条は立ち上がってホコリを払い、無言で鬼瓦あやめの手を取る。


「く、九条、怪我はない。あんたあーしを守るために……」

「……いまのは不可抗力だ」

「……あんたから手を握ってくれるの初めてじゃん!! えへへ」

「こ、これは……その、た、たまには……」


 ……おい、シリアスだったのにラブコメの雰囲気だしてんじゃねえよ、こんちくしょうが!?


 なんだか毒気を抜かれてどうでもよくなった。

 九条は鬼瓦の手を引いたまま、歩き去っていった。





 ……九条綾鷹、予想以上に厄介な奴かも知れない。反応するとは思っていたが、あそこまで完璧にブロックされるとは思わなかった。屋敷に帰ったら田崎の報告書であいつが何をしたか読み取ろう。多分匂いでわかる。


「お、お兄ちゃん!! いきなり転ばないでよ! もうドジなんだから……」


 一瞬の出来事だから、他の人から見たら俺たちが転んだだけに見えるだろう。


「ははっ、わりいな。気を取り直してタコパしに行こうぜ!」


 玲香と天童が俺の制服を汚れを払いながらブツブツと鬼瓦たちの文句を言う。

 ん? 他の奴らは? 

 そう思って周囲を見渡すと、龍ケ崎が知らない生徒といさかいを起こしていた……。


 いや、龍ケ崎は無言で耐えているだけだ。

 知らない生徒が一方的に龍ケ崎を責めている。


「おいおい、ここは普通の学生が使う通路だぜ? Fクラスの落ちこぼれは端っこでも歩けや」

「くくっ、マジできもい男だぜ。無能なお前がFクラスに行ってせいせいしたぜ」

「きゃははっ、相変わらずダッサイ格好ね。ていうか、あんたら今度の試験で最下位だったら全員退学でしょ?」

「俺たちCクラスがお前らを退学に追い詰めてやるよ」

「忍者娘もいるぜ。マジで小学生かよ」

「やめろって、そいつバカだからまともに喋れねえんだよ。ははっ」


 龍ケ崎は身体をプルプル震わせながら耐えている。

 そうだ、俺たちは学生だ。遊び半分の奴ら相手に暴力に支配されちゃ駄目だ。


 龍ケ崎の制服の裾を掴んでいる戸隠が涙ぐんでいた。

 杏はどうしていいかわからずうろたえている。コミュ障だからだ。

 ガキの戯言なんて放っておけば飽きて勝手に帰る。だから少しの辛抱だ……。




「あなたたち私の友達に何してるの!! 龍ちゃんをいじめないでよ!! 私、東郷玲香が許さないんだから!!」




 いつもの玲香と違った。弱々しくて儚い玲香の声ではなかった。

 毅然とした態度、超上流階級である東郷家の令嬢としての玲香の立ち振舞い。

 聞くものを萎縮させる親父そっくりな威圧が伴う声。


 俺は思わず見惚れてしまった。

 それは龍ケ崎を責めていたCクラスの連中も同じだ。

 今、この場を制しているのは東郷玲香である。




「――帰りなさい」



 玲香の短い一言によって、Cクラスの連中は気圧される。

 東郷家とか変わったらやばい、という言葉をひそひそと交わしている。

 そして、Cクラスの連中は逃げるように去っていった。



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