支える兄


「で、では、第一回HRを開催するね。ク、クラス委員長の東郷玲香がお送りします」


「玲香、硬いぞ。もっとリラックスしろや。どうせ生徒は俺たちしかいねえし」


「う、うん、頑張るねお兄ちゃん」


 教壇に立つ俺と玲香。その横では百田先生が椅子に座ってふんぞり返っている。


「なにこの兄妹……。いちゃいちゃしすぎじゃないです?」


「あーっ、先生が話すと進まねえから黙っててくれや」


「……ま、まああなたが言うならいいです。……ね、ねえ、あなた、わっちの事覚えてないです? あの日の夜、ヤクザに追われたわっちを――」


「先生は黙ってて下さい!! 今お兄ちゃんが喋ってるの!」


「むきっーー!! 大人の会話に口出さないです!!」


「先生、頼むわ。……あの日の事はまた今度ゆっくり話そうぜ」


 先生は俺がそう言うと、上機嫌になり席に座って鼻歌を歌いだす。……これ先生として大丈夫か? まあいいか。


 俺と玲香は先生に手渡された連絡事項を目に通して、HRを進める。


「え、えっと、長らくFクラスには先生がいなかったから、やらかした百田先生がCクラスからやってきた。……お、お兄ちゃん、これでいい?」


「おう、大丈夫! その調子で続けてくれ」


 玲香はたどたどしくもHRを続ける。


 と言ってもそんなに大層な連絡事項はない。

 生徒と担任の先生から無能の烙印を押された百田先生が問題児クラスへ追放されただけだ。

 しかも、マッドサイエンティストである妹の実験に付き合い、身体が小学生並になってしまった。


 ……この学園は才能がある奴が集まる。その中でも扱いづらかったり、頭がおかしい問題児はFクラスへ送られる。

 優秀な者はSクラスへと配属される。例えば、あのエロ山田。あいつはエロ写真の収集家であるが、家柄は裏稼業の名門だ。神社の境内で出会った山田はあいつの身内だろう。顔が似ていたしな。

 山田自身の身体能力も恐ろしく高い上に頭脳も明晰だ。エロいことしか興味ないけどな。

 あいつは将来、エロ関係のカメラマンになりたいとほざいていた。……そっちの才能もありそうだ。


 花京院だってそうだ。あいつは多言語を簡単にマスターしてて、どんな学問でも精通している天才児だ。運動は苦手そうだけど、襲われても返り討ちにできる程度の武力もある。


 Sクラスの中でも鬼瓦は別格だ。多才な上に天性の戦略家だ。なんでも鬼瓦家の仕事の一部も任されて半端ない金を稼いでいるらしい。その上、武力も一流だ。流石、鬼瓦臥榻の妹だ。

 フリージアじゃなかったら抑えられない相手であった。

 性格悪いけどな。


「えっと、これからはFクラスの問題児である生徒を更生させて、学園に貢献できるように努力する方針で……。うーん、話すのめんどいよ……」


「しゃーねーな。じゃあ今日は折角担任も来てくれた事だし、懇親会にしようぜ」


「じゅ、授業はいいの?」


「あとで勉強は教えてやるよ」


「うぅ……、や、やさしくしてね……」


 天童から罵声が飛んでくる。


「あんたらいちゃついてんじゃないわよ!! ちょっと龍ケ崎!! あんたは玲香の写真ばっか撮ってんじゃないわよ! この変態ヤンキー!!」


「はっ? ポンコツには玲香ちゃんの可愛さがわかんねえのかよ? これだからポンコツは……」


「ぽ、ポンコツ言うんじゃないわよ!! わ、私だってね……、好きでポンコツになったわけじゃないのよ……、記憶が……飛ぶのよ……」


「にしし、久しぶりに来て見たら随分と賑やかなクラスになったね。じゃあみんなで自己紹介しようよ!」


 白衣の少女、百田杏が席から立ち上がる。

 百田先生に似ているけど、メガネが似合う研究少女って感じだ。


「私は百田杏。元々Aクラスだったけど、教室を何度も爆破したらFクラスになっちゃった、てへ。みんなよろしくね!!」


 隣にいる百田先生がぶつぶつと愚痴を言う。


「……わっちの色気でも、もみ消しきれなかったです。なんで惚れ薬を作ったら爆発なの……」


「はいはいっ! 次私ね!!」


 天童が元気よく手をあげる。


「えっと、みんな知ってると思うけど、私は超絶スーパーアイドルのNATSUよ!! ……さ、最近は仕事が少なくなってきたけど、まだまだ現役だからね! ……Sクラスにいたけど、嫌な仕事を断ったら干されて……、それで勉強も出来ないからSクラスに居づらくて……」


 そういえば、Sクラスの担任は天童をFクラスにしたいって言った時は、泣くほど喜んでいたからな。こいつはこいつで超問題児だったんだろうな。記憶に問題があるのも関係してるんだろうな……。あの時俺にもっと力があったら……。


「じゃあ次は龍ちゃんよろしくね!」


 意外にも龍ケ崎は大人しく席を立ち上がった。流石玲香だ。よくやった。


「面倒くせえな。ったく、俺は龍ケ崎組の筆頭若頭である龍ケ崎司。好きなものは男らしものだ。……俺はCクラスだったぜ、ちょい他の生徒に喧嘩を売られてな……。で、こっちにいるちっこいのは戸隠日向だ。ほれ、日向――」


 戸隠がクルンと前方宙返りをして机の上に立つ。

 中々小器用な身のこなしだ。

 キラリ、と光るものが俺に向かって飛んできた――

 俺はそれをキャッチする。


「むっ、トーゴー才能ある。うちに婿養子に来る?」


「いや、遠慮しておくわ。ったく、こんなのなげんじゃねえぞ?」


 俺は手裏剣を教壇の机の上に置く。


「お兄ちゃんは駄目!! あっ、そ、その、戸隠さん、学生だから結婚は早いからね!」


 戸隠が玲香に向かってペコリと頭を下げた。


「日向は日向って呼んで欲しい。……今後ともよろ」


「あーっ、日向も俺と同じCクラスだったわ。担任とクラスメイトの首を物理的に刎ねようとして……、その、色々あってこのクラスに来た。あとは今日来ていない1人はBクラスからだな。そのうち来るだろ」


 龍ケ崎が補足を付け加える。なんだかみんな色々あるんだな。

 確かに問題児揃いだ。

 俺が霞んで見える……。


「お兄ちゃん? あのね、私的にはお兄ちゃんが一番問題児だからね? いっつも勝手にどっか行っちゃうし、エッチな女の人に弱いし、ナンパしちゃうし……。……もういなくならないでね」


「そうだな、大事な妹を二年間もほっぽらかした俺が一番の問題児だな……。よし、こんなものか、玲香、連絡事項はそれで終わりか?」


「う、うん、これで終わりかな? 百田先生、他になんかある?」


 こっくりこっくりを頭を揺らしていた百田先生が目を開ける。寝てんじゃねえよ。


「……あーー、大事なお知らせがあるです。わっちの担任であるFクラスは……、今学期に結果を残せないと無くなっちゃう可能性があるです。……あんたら頑張って。連帯責任でわっちも首になるです。はぁ……あんたら落ちこぼれじゃ無理ですね……、どうせなら退職してニートになりたいです」



 それは……困る。Fクラスは玲香の居場所になりそうなんだ。ぶっちゃけ先生の言葉を受けても玲香以外の生徒は衝撃を受けていない。

 元々いつ無くなってもおかしくないクラスなんだ。


 玲香は口をモゴモゴさせて目を潤ませていた。

 多分、このクラスが気に入ったんだろう。天童っていうポンコツな友達も出来て、他のクラスから隔離されていて、クラスメイトとも仲良く慣れそうな雰囲気で……。


 玲香はもじもじしているけど、何も言えない。

 多分、自分の意見を言うのが怖いんだ。あのSクラスでいじめられたトラウマがある。


 俺はこっそり玲香の手を握ってあげた。

 玲香は深呼吸を繰り返して言葉を発する――


「ね、ねえ、私ね、このクラスになってまだ二日目だけど……、きっとみんなと仲良くできそうなの。……わたし、普通の学園生活を送りたい。だから――、退学したくないっ!!」


 玲香は感情が高まってしまったのか、泣きべそをかいていた。

 俺は玲香の背中を擦る。――頑張ったな。


 俺は教壇の机をバーンッと叩き、百田先生に顔を近づける――


「桃ねえさん、俺と二人で過ごしたあの夜の事覚えているだろ? この世界に不可能なんてないんだよ。初めっから諦めるんじゃねえよ。お前らは俺たちF組の担任だろ。退学になっても家のおかげで仕事は困らねえ、どいつもこいつもそれで安心してんじゃねえよ!! いいか、理不尽に流されるな。お前ら……、抗え、諦めるな――」


 俺はクラスメイトを見渡す。なんとも言えない顔をしていた。この学園の面倒さを理解しているからだ。

 それでも、俺の言葉が少しでも響いたんだろう。考えている顔をしている。


 泣きべそをかいている玲香が俺の制服の裾を強くつかむ。

 そして、明るい声でみんなに告げた――




「みんな、あと二年とちょっとしかないけど、私と一緒に学園生活を送ろうね!! これからもよろしくね」



 退学される未来を考えてもいない玲香の言葉はとても力強かった。


 ――なら、お兄ちゃんである俺が支えなきゃな。


 こうして、俺たち新しいFクラスが始まるのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る