Fクラスの始まり
朝早く起きた玲香は二度寝をしてしまった……。
まあ学園に行くまでまだ時間はかなりある。
俺は空いた時間でフリージアと田崎と一緒にお茶の時間を楽しむ。
「武志様、大変申し訳ございません……。鬼瓦家の件ですが、思ったよりもダメージを与えられませんでした。相当な手練が向こうの陣営についています……」
田崎は優秀な執事である。その能力は驚愕に値するものだ。その田崎が駄目だったと言っているなら不可能な事なんだろう。
「しゃーねー。無理して鬼瓦家をどうこうするつもりはねえよ」
フリージアは優雅にお茶を飲む。メイドのはずなのにそこいらの令嬢よりも令嬢らしい振る舞いだ。
「あら、田崎? あなたでも無理な事があるのでしてね。……報復の可能性はありますこと?」
フリージアは目上の人間がいる時は父親でも呼び捨てにする。
フリージアにとって俺が絶対的な存在、いつもそう言ってんもんな。
「いや、それはありえません。鬼瓦あやめは今回の件で父親に厳重注意をされたようです。当面は大人しくしているかと――」
「ならいいさ、どうせ九条綾鷹が裏で何かしたんだろうな。学園が平和ならその間にFクラスをまとめるぜ。……俺じゃなくて玲香が、だけどな」
「九条綾鷹……」
田崎に頼んで九条綾鷹の調査をしたが、全くと行っていいほど地味な人間という結果しか出なかった。だが、あれは違う、俺の勘が告げてる。
「武志様、気を付けて下さいませ。あの学園には隠れている実力者が大勢いらっしゃいますわ。……ふふっ、少し遊んであげようと思ったら逃げられてしまいましたわ。……Cクラスにお気をつけて下さい」
田崎は微笑を浮かべながらフリージアをたしなめる。
「フリージア……、武志様よりも優れている人間が学園にいるはずない。私達だけが知っているだろう。武志様が過ごしたあの日々を――」
「あら、失礼しましたわ。……そうね、武志様を超える人間は旦那様しか思い当たりませんわ」
そんな親父は俺が帰ってきて以来会っていない。
仕事が忙しいからだと思う。ほとんど家にも帰っていない。
「親父か……。てか、あいつは今どこにいるんだ?」
フリージアと田崎がいたずらめいた顔で扉を見つめていた。
扉の向こうからはかすかに足音が聞こえる。なにやら行ったり来たりする足音だ。
俺は気配を消して扉に近づき、耳を澄ます。
『……親として威厳のある、いや、ここは少し甘い言葉を、ん、ごほん、よくぞあの試練から帰ってきた……、いや違う、玲香を守ってくれた事を感謝する……、これも駄目だ。甘い顔をしたら付け上げる、そして堕落してしまう、武志が駄目人間になってあいつらに会わす顔がない……、アスナ、ハヤト……陰キャで不器用な俺にはリア充だったお前らの息子を育てるのは難しいぞ……』
俺は扉を開け放った。
そこには親父が立っていた……。親父は一瞬だけ目をまんまるに見開いたが、すぐにいつものいかつい顔に戻った。
「……武志、ご苦労だった」
俺は笑いそうになる顔の表情筋を必死で固める。
「親父、久しぶりだな、元気にしてたか?」
「ふん、貴様にはあとを継いでもらわなければならん。……今度わたし自ら鍛錬を施してやる」
「おっけー、楽しみにしておくぜ」
「……田崎、あとは頼んだぞ」
親父は足早に去ってしまった……。
田崎が俺の耳打ちをする。
「旦那様は武志様が帰って来なかったら、夏休み明けのあの日、学園に乗り込んで全てを破壊しようとしていました……。玲香様には試練と言って静観していましたが、内心気が気じゃなかったようです。武志様が帰ってこられて玲香様と仲睦まじい姿を見て、全て武志様に任せるおつもりです」
「なんだ、あの糞親父はポンコツと一緒でツンデレなのか?」
「旦那様は照れ屋でございます」
田崎が俺から離れると、廊下でパタパタと足音が聞こえてきた。
「むぅ……、起きたらお兄ちゃんがいない……、どこ? にゃんにゃんと探すの……」
パジャマ姿の玲香が廊下を徘徊していた……。大きな猫のぬいぐるみを抱えてよだれを垂らして半分寝ている。
「おい!? ガチ寝じゃねえかよ!? 玲香、起きろ! 後で『もふもふ』してやるから学園に行く準備をしろって!! ローズマリーが見ていたんじゃねえのか!!」
フリージアが俺の隣でため息を吐く。
「あの子、玲香様には甘々ですわ。きっと寝顔でも見ていたのね」
「ローズマリー!? くそっ!? これじゃあ遅刻しちまう」
俺は寝ぼけた玲香を抱え上げ、玲香の部屋に戻り登校の準備をさせるのであった……。
「はぁはぁ……、マジでなんであんたら毎回遅刻しそうになるわけよ!? 待ってるわたしの身にもなってよ!!」
「わりいな、先行ってくれてもよかったのにな」
「べ、別にあんたのために待ってたわけじゃないから!」
息を切らしながらFクラスのプレハブ教室で文句を言う天童。
急いで屋敷を出た俺と玲香は途中で天童と合流して、そのまま学園まで走りぬいた。
玲香は朝から走って疲れたのか、自席でぐったりしていた。
「ていうか、知ってる? 今日からFクラスもちゃんと担任が着くらしいよ」
「へぇー、自習しかしないクラスなのにか?」
「うん、なんでもCクラスの副担任でやらかして追放されたみたいで」
この学園でSクラスは特別だ。Sクラスに編入するためにみんな必死で努力している。学期ごとにクラス編入試験があって、みんな結果に阿鼻叫喚するらしい。俺はしらんけど。
ちなみにSクラス以外はA、B、Cクラスがあって、学園の成績や貢献度、家柄によってクラスが決まる。底辺はFクラスとなる。
クラスによって設備や待遇がものすごく違う。はっきりとした差別化がされている。
そんな朝のFクラスには生徒が数人いるだけだ。
俺たち三人、むっちりヤンキー龍ケ崎と忍者娘戸隠の二人。
あと、何故か白衣を来ている少女がいた……。
見るからにヤバそうな雰囲気が漂っている。
これで六人、あと一人いるはずだが出席していない。
もうすでに朝のHRのチャイムは鳴っている。それなのにまだ担任が来る気配はない。
そんなことを思っていたら、小さな女の子が教室へ入ってきた。
暗い顔をして俯いている。
面倒見が良い天童が見かねて声をかけた。
「あらまー、初等部の生徒が迷い込んじゃったのかな? ねえ、ここは高等部よ? よかったら初等部までこの私天童が案内してあげるわ」
謎の上から目線の天童。女の子は身体をプルプル震わせていた。
「ま、迷ってないです! なんて失礼な生徒だこと。わ、わっちは大人なレディです!」
甲高い声で天童を罵る女の子。
「はっ? 冗談はよしてよ。どう見ても初等部低学年じゃない!? お姉さんをからかわないでよね」
「むきーーっ! 天童さん、減点です! わっちはこのクラスの新しい担任の
自分の事を担任と言い張る少女、百田桃子が白衣を着ている生徒をにらみつける。
「はっ? 百田先生ってもっとナイスバディだったでしょ? 巨乳バカだけど男子から人気があって……」
「バカって何です!! 駄目生徒の分際でメスガキがうるさいです! あんたなんてグラビアアイドル撮影って騙されて悪い大人に裸にされていじめられちゃえばいいでしゅ!!」
「本物の百田先生みたいに口悪……。ちょ、これ本物?」
天童は百田先生の頭をポンポンと叩く。
それを嫌そうに振り払う百田先生。
百田先生は激昂しながら白衣姿の少女を指さした。
「あんたのせいでこんな姿になったです!? 早くどうにかしなさいです!!」
俺はわけもわからず呆然としていた。玲香は俺の目を盗んでこっそりと菓子パンを食べている……。
龍ケ崎たちは興味なさそうに窓の外を見ていた。
白衣の少女から笑い声が漏れる。
「にしししっ、お姉ちゃんその姿超可愛いのさ。実験大成功だね!」
「バカ
「それはお姉ちゃんがヘマしたからなのさ? にしし、小さくなったのと関係ないもんね」
「むきーーっ!! ぶっ殺しゅ。絶対ぶっ殺しゅ!!」
あの白衣の少女の姉なのか? 確かに顔は似ている……。
ていうか子供だから舌が回ってねえぞ……。
百田先生? が白衣の少女に向かって走り出す。
あっ、バカ、足が短いのに……。
俺は席を立ち上がる。
案の定、百田先生は何も無いところで足を絡ませて転びそうになった。
「ったく、あぶねえだろ? 百田先生でいいのか? 俺は昨日からFクラスへ編入した東郷武志だ。よく分かんねえけどよろしくな」
俺に首根っこを掴まれた百田先生。
俺を見ると顔を真っ赤にして手足をバタバタさせる。
「……よ、よろしく、東郷君。えっと、君には花丸あげるです……」
「へっ? 花丸?」
パンのカスを口の周りに付けている玲香が口を挟む。
「あっ、お兄ちゃん!! 私よりも小さな女の子にまで手を出そうとするの!? 駄目だよ、それじゃあロリコンだよ!!! ……むぅぅぅ」
「にゃ、にゃんだよ!! わ、わっちは先生ですよ! しゃーー!!」
玲香が百田先生を威嚇する。百田先生も玲香を威嚇する。動物大戦争みたいな図柄に勃発した。
俺は先生を教壇に持ち運びながら玲香にお願いする。
「玲香、話が進まねえからお前が先生の横に付いてHRを進行しろよ」
「えー、めんどいよ……」
「あとで一緒ににゃんにゃんストレッチしてやるから」
俺がそう言うと玲香は渋々席を立ち上がって俺の後ろに付いてきた。
「というわけで、このクラスにクラス委員いねえだろ? 玲香、お願いするわ」
「はっ?」
玲香は心底嫌そうな返事をするのであった……。
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