マックナルド


 Fクラスの生徒たちは帰りのHRが終わってもすぐに帰らなかった。

 今は下校時刻真っ只中だ。多分、普通の生徒が大勢下校しているからだろう。


 わざわざ奇異の目にさらされる必要もない。玲香の気持ちも落ち込んでしまうだろう。

 生徒の集団は面倒だからな。


「お兄ちゃん、帰らないの?」


「今帰ると人が多いだろ? 今度のテストの勉強でもしようや」


「うぅ、勉強やだ」


「私はスーパーアイドルだから勉強なんてしないよ! テストなんていつも白紙だからね!」


「いや、それは人としてやべえだろ? 天童、お前も勉強しろや。ほら、こっちこい、教えてやる。お前台本覚えられるんだから暗記だってできるだろ」


「そ、そこまで言うなら仕方ないね……。や、やさしく教えてよね」


「ずるい! 私も教えてお兄ちゃん! あっ、でもお兄ちゃん頭悪いわよね? ……本当に教えられるの?」


「まあ、玲香よりも馬鹿だけど、勉強の仕方はガキの頃親父に叩きこまれたぞ。玲香は逃げ回ってたからな」


 実際、親父の教育はひどかった。小学生なのに高校の勉強をやらせていたからな……。


「うぅ……、お兄ちゃんの意地悪!」


 勉強を始める俺たち。他のFクラスの生徒たちはスマホをイジったり本を読んでたり様々だ。

 龍ケ崎だけはHRが終わると真っ先に帰ってしまった。あいつは見た目だけはいかつい。


 残っている生徒は一見真面目そうに見えて、普通の教室にいたら地味で影が薄い生徒が多い。

 俺の前と後ろの席は玲香と天童が座っている。右隣の席はおかっぱの女の子だ。無表情で参考者を見ながらノートにカキカキしている……。勉強してるんだな――


「って、おい!? なんで落書きしてんだよ。勉強じゃねえのかよ」


 俺は思わずおかっぱ女子生徒に突っ込んでしまった。

 おかっぱ女子生徒は首をかしげながら俺を見た。

 無言だ。何も言わない。表情も変えない。


「いや、勝手にノートを見て悪かったな。てっきり勉強してるかと思ったら猫ちゃんの絵を描いてんだもん」


「…………猫ちゃん、かわいい」


 不思議なテンポの女の子だ。

 ずっと俺を見つめている。流石に少し恥ずかしい気持ちになってくる。


「ええっと、俺は今日からFクラスに編入した東郷武志――」


「うん、知ってる」


 おかっぱちゃんは俺の言葉を遮る。小さな声なのに意思の力が強い。

 俺だけじゃなく、玲香と天童にも視線を移動する。


「――ムチムチ龍ケ崎から聞いた。ポンコツと天使と悪魔イケメンが入ってきたって。……日向ひなた戸隠日向とがくしひなたって言う。今後ともよろ」


 龍ケ崎め、からかったのを根に持っているな。

 戸隠はペコリと頭を下げる。その拍子にポッケから何か落ちた。


 ガランッという音が教室に鳴り響く。

 落としたものは分銅であった……。あのよく忍者漫画で出てくるあれだ。


「あっ、これは違う。……あっ――」


 慌てる様子もなく、分銅を拾おうとする戸隠。身をかがめると、今度は懐から棒手裏剣がポロっと落ちた。

 俺は床にそれが落ちる前にキャッチする。


「ないすきゃっち」


「おう、あぶねえから気をつけろ。これ、なんか使い込んであるな。ん? 結構珍しい鉄使ってね? 重さの重心もちょうどいいな」


 戸隠が目を大きく見開いてまばたきを繰り返す。それはどんな感情なんだよ!?


「トーゴーすごい。これの良さをわかるのは親方様くらいしかいない。……ん」


 戸隠は俺が手渡した手裏剣を再び俺に押し付ける。

 くれるっていうのか?


「ん、あげる。編入記念。今後ともよろ」

「おう、ありがとな! じゃあ勉強一緒にしようぜ!」

「……戦略的撤退。私は龍ケ崎のおうちでゲームする。バイバイ」


 戸隠はリュックを背負って教室を出ていった。

 その身のこなしは尋常じゃない。まるで猫のようであった……。



「お兄ちゃんのバカッ! 教室でナンパなんてしないの!! うぅ、ううぅ〜〜」


 玲香が俺の頭をパコンと叩く。

 真っ赤な顔で口元をモゴモゴさせていた。


「ナンパじゃねえよ!? 俺はお前に友達ができるように話しかけたんだっての」


「あっ、そ、そうなの? な、なら早くそう言ってよ」


「いや、言う前に戸隠はいなくなったけどな。というか、いつの間にか誰もいなくなってんな……」


「うぅ、やっぱりお兄ちゃんは女子としか話さないよ」


「はっ? 龍ケ崎は一応違うだろ?」


「龍ちゃんはフェロモンむんむんだよ! ……わ、私にはない大人の魅力が一杯だもん」


「あー、たしかに隠しきれてねえな、色々。……安心しろ、俺が一番大切なのは――」


 その時、天童が俺の足を踏んできた。


「いてえよ!? 俺が何したんだ?」


 今までおとなしかった天童がゆらりと立ち上がる。


「……ねえ武志。一番大切なのはもちろんこの私よね? あの夏の日にした約束は忘れてないよね? 玲香みたいなちんちくりんはタイプじゃないでしょ!」


 玲香が天童の頭をノートで引っ叩いた。

 たたきグセをやめさせなければ……。


「あっ、言ったな! 私はちんちくりんじゃないもん! 菜月だってペチャパイでポンコツだもん。お兄ちゃんは私を、ま、守ってくれるっていったもん」


「この引きこもりの小娘がぁっ!! 社会の恐ろしさを教えてやるわよ!!」


 じゃれ合っている天童と玲香は放置して、俺はこのクラスについて分析をする。

 事前情報よりも尖った能力の持ち主の生徒が多い。

 ほとんどの生徒は社会不適合者だ。普通がわからなくてうまく社会に溶け込めない人間だ。


 玲香も……天童もそうだ。

 普通そうに見えて闇を抱えている。

 天童がFクラスになりたい、って学園側に伝えた時は、学園側は泣いて大喜びだった。

 ……あいつ何したんだ。。


 さっきの戸隠も俺に気配を察知させない能力を持っていた。あの身のこなしも尋常じゃない。無表情で覆われているのも戸隠家特有の「あれ」だろう。


 一つにまとまっていないFクラス。


 この先、他のクラスに対抗するためには俺たちがまとまる必要がある。

 なぜならこの学園のテストはクラス単位で成績が関わる。


 きっと大丈夫だ。玲香が中心となってこのクラスは変わっていく。俺はそう信じていた。

 玲香は自分の事を無能だと思っているが、カリスマ性と俺を凌ぐ能力がある。……一緒に住んでいたから俺だけが知っているからな。


 きっと玲香はこのクラスでうまくやっていけるさ。


「お兄ちゃん!! どっちの味方なの!?」

「武志! あんた私の裸見たことあるでしょ! 私の方がいいでしょ!!」


 キャットファイトはまだ続いていた。……お友だちをぶっちゃ駄目って教えないとな。

 俺は質問には答えず席を立つ。


「もう帰ろうぜ。マックナルドでも寄ろうぜ」


「あ、まってよ!!」

「まちなさいよ!!」


 俺たちはFクラスのプレハブ小屋を出るのであった。





 *********





 プレハブを出るとすでに夕方になっていた。今日は夕焼けが綺麗だ。

 他の生徒は誰もいな……くなかった。


 大量の男子生徒が倒れていた……。みんな苦しそうに呻いていたけど、何故か嬉しそうにも見える……。なんだこいつらは? 変態か?


 夕焼けに照らされながら一人の生徒だけがその場に仁王立ちしていた。


「――東郷……」


 地雷系ファッションに身を包んだ返り血だらけの花京院がそこにいた。

 カツラも被っていて化粧もしている。おれにとって田中ヒカリ、そのものの姿であった。

 夕日に照らされた花京院のなんだか吹っ切れた顔をしていた。


「おう、田中、元気いいな? どうしたんだこれ?」


「君はまったく……」


 そう言いながらも花京院は目を潤ませ嬉しそうな顔になる。


「僕は僕のままで生きる事に決めたんだ。もう隠さない。それを君が教えてくれた。……お礼だけ言いたかっただ。またいつのにかあの場所で……」


 花京院はそんなセリフとともにこの場を去っていった。


 そして俺はまた女の子と話したせいで玲香と天童に責められるのであった……。






 *************





「な、なぜ君たちがここにいるんだ!? き、君はもうここにはこないはずじゃなかったのか!!」


 というわけで、放課後の醍醐味として俺は玲香と一緒にマックナルドへとやってきた。

 天童は仕事があるらしく、次は一緒に寄り道をする約束をして途中で別れた。

 マックナルドに着くと、泣きべそ掻きながらマックナシェイクを飲んでいる花京院がちょこんと座っていた。


「おお、田中じゃねえかよ。……ちょいまち、俺は田中って呼べばいいのか? それとも花京院か?」


「で、できればヒカリと呼んでくれたら嬉しい……。まて、違う、そんな事じゃない。こ、こんなに簡単に再会したら僕の決意は……」


「玲香、ここ座ろうぜ。マックナルドのポテチは美味しいぞ」


「お兄ちゃん……、私を太らせる気? 美味しいならいいけどさ」


「話を聞きたまえ!」


「うん? 別にどうでもいいんじゃね? お前の性格が歪んでいるのは知ってるし、俺の事をいじめたのはムカつくけど、中等部の頃より大した事なかったしな」


「だ、だが」


「うっせーな。おっ、面白そうな本読んでるじゃねえかよ。今日は古典小説か」


「そ、そうなんだ。翻訳は読んだ事はあるが原文はまだで、表現がかなり違っていて考察のやり甲斐があるんだ」


「お兄ちゃん、またその娘? ダレナノ?」


 玲香はポテチを食べながらつまらなそうに俺の肩を叩く。


「こいつか? お前同じクラスだろ? ほら、S組の中心人物だった花京院ヒカリだ」


「えっ……」


 玲香はポテチをポロッと落とした。

 そして、身体を震わせる。


「……わ、私、帰るね。ちょっと気分が……」


 俺は玲香を後ろから抱きしめて持ちあげる。そして俺の膝の上に乗せた。

 後ろからやさしく包み込む。こうしたら身体の震えも止まるだろ?


「ほ、ほわぁ!? お、お兄ちゃん……」


 俺は玲香の髪をさすりながら落ち着いた口調で話す。


「……玲香、ヒカリからはいじめを受けていたわけじゃねえよな? ……助けなかったこいつも同罪だけどよ。性格わりいんだよ、こいつは」


 花京院は花京院で嫌そうな顔をしていた。


「東郷、僕は間接的に彼女の事をいじめていたようなものだ。あやめを止めなかったし、女子の事はどうでも良かった。……東郷の言う通り僕は性格が悪い。彼女がどうなろうとも僕には関係なかった」


「まあそうだろうな。……お互い話したこともなかったんだろ? あのな、人は会話をすることによってその人の印象が変わるんだよ。お前、玲香の事バカだと思ってんだろ?」


「お兄ちゃんっ! 玲香は馬鹿だけどムカつくよ!」


 俺は玲香の頭を撫でる。玲香は「むふぅ」と変な声を出す。


「そうだな、Sクラスのお荷物だと思っていた。その印象は今も変わらない」


「ちょいまち、玲香、このページを見てくれ」


「えーー、勉強は嫌いだよ。死んじゃえばいいのに」


「こら! 死ねって言っちゃ駄目だ。……読んでくれたら、この前玲香にお願いされたツイスターゲームしてやる」


「うん、いいよ。このページ?」


 玲香は餌に釣られてあっさりと了承する。

 ヒカリは怪訝な顔をしている。

 時間にして数秒。俺は本を閉じた。


「じゃあこのノートにさっきのページを書き写してくれ」


「えー、めんどいよ……。しかもよくわからない言葉だし……」

「ツイスターゲーム」

「……むふぅ、ちょっと待っててね」


 玲香は淀みなくノートに先程のページの文章を書き写す。汚い字だけど、ちゃんとフランス語で書いている。

 怪訝な顔をしていたヒカリの表情が変わった。


「東郷……、これは、一体……?」


 驚いているんだろうな。玲香はたしかに馬鹿だ。それは勉強をしてこなかっただけだ。あいつの勉強嫌いは驚愕に値する。全ての能力を勉強と親父とフリージアから逃れるために使っていた。


「お兄ちゃん、面倒だからもうやめていい?」


「ああ、もう十分だろ。……ヒカリ、これでも玲香の事を無能だというのか?」


「……言えるわけない。僕でさえあの一瞬では数行しか覚えられない。……そうか、僕はまた見誤ったのか……。……無能は僕の方だな」


 ヒカリが席から立ち上がる。

 そして玲香の前にひざまずいた。


「……君を無能だと思っていてすまなかった。あやめのいじめを止めなくて申し訳なかった。……僕の事は許さなくてもいい、二度と君たちの前には姿を見せない」


「ん? 別にいいんじゃね? 玲香に暴力を振るっていたらヒカリはどこかで死んでいたけど、そうじゃねえんだろ? 俺たちはガキなんだからそういうこともあるだろ」


 俺の膝の上で眠そうな顔の玲香もうなずく。


「Sクラスの人たちは怖いけど……、私にはお兄ちゃんがいるから大丈夫だもん! ……えっと、ヒカリさんは怖かったけど、あやめさんの事抑えてくれていたし、男子が私をいじめないようにしてくれたんだもんね。私も助かったよ!」


「い、いや、僕は……、君を放置して……」


「ううん、もういいよ。これからよろしくね! あっ、メイクのやり方教えてほしいな。うちのメイドさんは怖くて聞けなくて……えへへ」


「……東郷……僕は……間違っていた……。心が痛い。こんなにも心が痛くなるなんて……」


 ヒカリは自分の性格の悪さを呪っているんだろう。そもそもこいつは人とまともに付き合った事がない。だから人の痛みがわからない。玲香が置かれていた状況の辛さを理解したんだな。ならまだ救いはある。


 玲香は泣いているヒカリの頭をナデナデする。

 玲香が撫でるとヒカリは更に泣きじゃくってしまった……。



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