第8話 砂嵐
駱駝の世話と言っても特にやることもなく、俺の目は、祈りの門にいる朔に目が戻ってしまう。
昼寝をしていたスティーブン・メイヤードが起き上がって朔に何かを話している。あの二人どんな関係なんだ?世界のモデルとかいってもまだ子どもじゃないか。
そんなことを思っていたら、駱駝が動いた。
次の瞬間、強い風が起こった。
気がつくと、黒い雲が地平線の向こうに迫ってきていた。
しまった。朔に気をとられて、風を読むのを忘れていた。
「おい!祈りの宮殿まで移動するぞ」
暢気に昼寝をしていた部下達を揺り起こす。
「しかし王子。あそこは王の許可が必要ですが」
「そんなことを言ってる場合か! その王が絶対無事に送り届けろと言ったんだ。俺が責を負う。急げ」
朔とスティーブン・メイヤードが、素早く車に乗り込んだ。人数が少ないのが幸いした。あのモタモタした連中が一緒だったら命なかっただろう。
人間だけ車に乗せて駱駝は置いておくことにする。彼らは砂嵐に極端に強い。祈りの門が砂に埋もれることはないので、ここにいれば、まあ大丈夫だろう。
門から北に五分ほど車を走らせると、祈りの宮に着いた。
空気を揺るがす音と同時に、ほほに砂つぶがあたった。
「急げ」
車を置いて、部下が我先にと、建物の中に入る。
白い大理石で作られた宮殿は、強い日差しや砂嵐を防ぐための入り組んだ回廊が迷路のようになっている。
何とか奥へと進んでいる途中でごうごうという風の音が一段と大きくなった。これ以上は進めない。
「ここに入れ」
地面に埋まっている木の扉を開けると強い風が扉をさらっていった。
かなり大きい砂嵐だ。
朔の顔を隠していた布が風ではぎ取られた。
「早く」
俺は細い手首をつかんで地下に押し込めた。次にスティーブン・メイヤード、部下達が走り込んでくる。
「右奥へ歩け」
上から砂がバラバラと降ってくる。
俺は腰に下げていた布を落ちていた木に巻き付けた。布にライターのオイルをしみこませ火をつける。
入口は狭かったが、しばらく進むと大きな階段に続いていた。
さらに地下に下りるとかなり広い石畳の広場になっている。
中央にある炉には、いつでも使えるように薪が組み立てられていた。火を入れるとぼうっと周囲が明るくなった。
歴代の王が砂嵐対策に作った避難所だろう。一段高くなっている場所には豪華な絨毯が敷き詰められている。
俺は交代で見張りをたてることにして、砂嵐がやむのを待つことにした。
一年の内で最も砂嵐が少ない気候を選んだが、自然相手では文句もいえまい。
スティーブン・メイヤードがカメラを取り出すがそれを部下が制した。
「ああ。撮影は禁止だ。ここは王の許可が必要な建物で、我らは無断で入っているのでね」
俺はそれだけ言って、ごろりと横になった。
朔は怯えるでもなく、部屋の隅に座っていた。白い顔が火の光に照らされて、オレンジ色に輝いている。
人に見られていることに慣れているのか、俺が見ていても、表情ひとつ変えない。
スティーブン・メイヤードは、あたりを物珍しそうにうろついている。座っていればいいものを。
すぐやむと思っていた砂嵐は、夜になってもやまなかった。
この宮に入るのが一瞬でも遅れたら。今更だが、背筋が寒くなった。
夕食は、宮殿の地下にあった砂糖の塊と、コップいっぱいの水だった。
気温がみるみるうちに落ちていく。元気そうに立ち歩いていたスティーブン・メイヤードも言葉少なに座っている。
残りの薪は少なかった。これからさらに気温が落ちるだろう。
俺たちはそこら中にある絨毯にくるまり、固まって暖をとることにした。
「ほら」
俺は朔に一番毛が長い絨毯を放った。
「それをかぶって少し眠れ」
朔は一瞬、捨てられた動物のような目をしてこちらを見た。それかから素直に、絨毯を受け取り体に巻き付けた。
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