第6話 流星群
朝早く、ホテルに着くと、撮影の機材やら何やらがどっさりフロントに置かれていた。
薄着をしたモデル達が、ホテルの豪華なソファに眠そうに座っている。
「王子」
パウルが気づいて片手を挙げた。
「出発前に王宮に寄っていただけますか?ジョンとモデルが一人、王宮に泊まらせていただいているので」
「ああ。もちろんです」
めずらしい。ジョン・マークレーは王宮に泊まるのもわかるが、モデルまでも?兄達の誰かがモデルを何番目かの花嫁にするという話にでもなったか。
ゾロゾロと迎えに行くのも時間のロスなので、カリムと二人で王宮に向かった。
「王が、自分の宮に泊まらせるなんて珍しいな」
「ああ。ジョン・マークレーは、特別親しいご友人らしいな。親切にしていて、損はないぞ」
「確かに」
王宮に着くと、俺たちの到着について連絡がしてあったらしく、ジョン・マークレーと、ひときわ背の高いニカブを身につけた女性がホールで待っていた。王や王妃、母上までもが見送りにでてきている。
「兄様」
同腹の妹、今のところ、ファラヤーン家の末姫 マリヤムが俺を見つけて走ってきた。
いつもは王宮奥深くにいる、人見知りの妹が珍しいこともあるもんだ。
「兄様が朔をご案内するんでしょう? 帰ってきたら真っ先にマリヤムのところに連れてきてね」
「朔?」
「そう。まさか知らないの兄さん? ジョワの専属モデルの朔よ。有名なのよ。昨日うちの王宮に泊まってくださったの。というか、母様達と話が弾んで、王妃様がホテルにお帰しにならなかったのよ。本当に楽しかったのよ。この世のものとは思えないくらいお綺麗で。優しくて。ああ。兄様。撮影をご一緒になさるんでしょう? うらやましいわ」
背の高いニカブ姿の女性が会釈した。黒曜石のような瞳が布の奥で笑っている。
ざわざわした胸の高鳴りを押さえながら、俺は二人を乗せた。
ジョン・マークレーは、俺やカリムにも、しきりに話しかけてきたが、そのモデルは相づちを打つだけで車の中でうるさいおしゃべりをすることもなく、外の景色を興味深げに眺めている。
ホテルで一行と合流すると、すぐに出発した。
砂漠に入ってすぐ、モデル達はその暑さに悲鳴をあげた。
当たり前だ。この国の民族衣装は戒律で身につけているわけではない。厳しい自然環境への適応の中で工夫されたものに過ぎないのだ。
持参した貴重な水が、次々と減っていく。
モデル達は雀の涙くらいの食事しか採らなかったが、水は浴びるように飲んでいた。
俺は舌打ちをした。この調子ならオアシスでかなりの補給をしなければならない。
朔というモデルは砂漠に入ってからも他のモデルと話すこともなく、静かに座っているだけだった。水分補給はしているのだろうが、飲んでいる所をほとんどみていなかった。
俺は、この女の声を、ほとんど聞いたことがないことに気がついた。礼儀にかなっていると言えばかなっているが、西洋の異教徒がそこまでするのは何となく釈然としなかった。
何とか水も間に合って、一番最初のオアシスに着いた。
カマルというオアシスで一泊し、明日はまだ日が昇らないうちに移動する予定だ。
小さな砂嵐にも遭わず、至極順調な旅だが、モデル達は車酔いでぐったりしている。
いい気味だ。
俺は、一行を早々にホテルに詰め込んだ。
カマルにあるホテルは観光客向けに王室が開発したものだ。豊富な水源を持つため、プールもあるが、砂漠の美しさを知る作りにはなっていない。
俺はそっと建物を出た。ホテルの庭を横切ると、満天の星空に黒い影が浮かび上がった。
庭の奥で、ニカブを着た背の高い女性が空を見ながら佇んでいた。
水島朔と言ったか。
一人で出歩くなんてなんて不用心なんだ。
俺は舌打ちした。
「ホテルの庭といえど、夜に一人は危ない」
「王子」
黒い目がまっすぐこちらを見据えた。
「失礼いたしました。あまりに美しい星でしたので」
高くもなく低くもなく、不思議な落ち着きのある声だった。
次の瞬間、星が何個も同時に落ちてきた。まるで彼女の存在を歓迎するかのように。
流星群の日だったか。
しばらく二人でじっと空を見つめていた。
「では」
余計なことを一切話すこともなく、一礼をして水島朔は俺の横を通り過ぎた。
俺は、彼女がこの国の言葉を話していたことに、はじめて気が付いた。
辺りには、嗅いだことのない花の香りが残っていた。
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