第5話 夜の宴



 陽が落ちた宮殿の宴では、王とジョン・マークレーが隣同士に座り、熱心に話し込んでいた。


 親しい友人というのは本当らしい。あの厳格な王が声をあげて絶え間なく笑っている。


 宴に合わせ、ジョン・マークレーが仕立てたであろう、ゆったりとした夜会服と、きらめくアクセサリーに身を包んだモデル達は、昼とは打って変わって貞淑な女性に見えた。


 ごく私的な宴と言うことで、今回は城の女達も出席している。


 ニカブを来たモデルはどの娘だったのか。


 ちらちらと探したが、男性と女性の席はかなり離れており、ニカブの一角は王宮の女性達で占められているようだった。


「王子。今日はお出迎え頂き光栄でした」


 末席の自分のところまで、パウル・ド・メーヌが、わざわざ挨拶に来た。


「パウル・ド・メーヌ」


 差し出された手を握り返した。


 男のものとは思えない白い細い指だった。この男は一生力仕事とは無縁なんだろう。


「パウルで結構です。聞けば、あなたに砂漠までご案内して頂くとか。ありがとうございます」


「砂漠は初めてですか?」


「はい。ジョーが、ジョン・マークレーが大学時代に、父君の王から聖なる海の話を聞いていて、いつの日か自分の作品をもって訪れたいと願っていました。今回叶えられてとてもラッキーです」


 作品?


 あの壮大な自然の中では、どんな作品だって見劣りするだろう。


 俺は、ジョン・マークレーの尊大さを笑った。


 だが、世界的な写真家、スティーブン・メイヤードが撮る「アヤバハル 聖なる海」は楽しみだった。


 うまくいけば、この国の美しい自然に、世界中が注目するだろう。


「聖なる海、アヤバハルと言いましたっけ? ここから、だいぶ遠いのですか?」


「たいしたことはありません。王の行幸のように駱駝で行くならともかく、ランドクルーザーなら朝日が昇る時間に出発して、日没までには、近くの街まで戻れます。ただ、今回は朝日と夕日の中で撮影したいと伺いましたので、途中のオアシスで泊まることになるでしょう」


「朝と夕闇がすばらしいと聞きました。はじめまして王子。スティーブン・メイヤードと言います。スティーブと呼んでください」


 ひげをたくわえた穏やかな目をした男が厚い手を差し出した。


「スティーブン・メイヤード。お会いできるのを楽しみにしていました」


 俺はお世辞ではなく、言った。


「光栄です。王子。ところでランドクルーザーで砂漠を横断すると聞いたのですが、撮影で駱駝も持って行きたいと思っていたところなんです。今から調達することはできますか?」


 今からだって!? 出発は明日だぞ。


 俺は天を仰ぎたくなるのを、必死でこらえた。


「何とかしましょう」


 俺は笑顔を崩さないようにしながら、早々に席を立った。


 ドア近くに座っていたカリムを呼ぶ。


「何だよ。せっかく王宮の飯が食えるってのに」


 カリムは渋々席を立ってきた。


「うるさい。その飯の出所が明日まで、撮影場所に駱駝を用意しろとの仰せだ」


「まじかよ。無理だぜ。ここからなら三日はかかる」


「だから。アマズィーグの親父のとこに、お前の鷹を飛ばすんだ。一族の誰かが近くを回ってるだろうから、明日、一番近くのオアシスで落ち合うことにしよう」


「これだから砂漠を知らない奴らは」


 久しぶりにカリムと意見があい、俺は久しぶりに笑った。

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