第4話 ニカブを着たモデル
「どこまで続いてるんだ?」
俺は飛行場にあるターンテーブルの荷物を見つめた。
スーツケースが永遠に出てくる。
「まだ半分ですよ」
空港の荷物係は、大きな運搬用の台車に次々と乗せながら笑った。
飛行機のタラップから、乗客が順番に下りてくるのが見えた。
「くそ」
荷物を積み込むのを見届けてから、客人を迎えに行きたかったが、そうもいかないらしい。
しょうがないので、信頼できる部下を置いて、俺はタラップに向かって走った。
モデルらしき女達の笑い声が、乾燥した飛行場に響いている。
タラップから一番最初に下りてきた、帽子をかぶった初老の男が、ジョン・マークレーだろう。
隣の金髪の男がパウル・ド・メーヌ。フランス貴族のぼっちゃんだが、政財界に幅広い人脈を持ち、ビジネスは、ドライにして的確。ブランド ジョワを立ち上げたのはジョン・マークレーだが、世界的ブランドまでに押し上げたのはこの男だと言われている。
続けて降りてきたのは、世界的に有名な写真家だ。どんなに金を積んでも自分の気に入った被写体しか撮らないという男だ。
やれやれ。国の威信をかけた砂漠旅行ということか。
「アフマド王子」
初老の男が、両手を広げて俺を抱きしめた。
「ようこそミスター マークレー。フライトはいかがでしたか?」
俺は笑顔を貼り付けて言った。
「大変快適でした。王子、自らお出迎えいただけるとは光栄です」
「まずはホテルにお送りしましょう。夕飯は宮殿で。父が歓迎の宴を用意しております」
後ろのモデル達から黄色い歓声が上がった。
王子と聞いたとたん、モデルの三人が、あからさまに色目を使ってくる。
反吐がでる。
「さあ、みんな車に乗るんだ」
パウル・ド・メーヌが、女達の背中を押した。
「ちょっと。何これ。ステキ」
迎えのリムジンは全て白に統一し、車の端には国旗付だ。
女達の、俺を見る目の色が、さらに濃厚なものに変わる。
「不愉快だ。先に車に乗せて宮殿に送れ。俺は荷物と一緒にバンで行く」
俺は、側近のカリムに囁いた。
「王子。我慢しろよ。女達は別な車に乗せるから。お前は、リムジンに乗れ」
「女を別な車に乗せるのは、当たり前だ」
カリムは乳兄弟だ。俺のことは、だいたいわかっている。
「女性達はこちらへ。ミスター達はこちらの車で王子と」
カリムがてきぱきと指示をし、一番大きな車には、ジョン・マークレーと写真家のスティーブン・メイヤード、パウル・ド・メーヌが乗り込んだ。
「朔はこちらに乗りなさい」
ジョン・マークレーが、車の中から手招きをしている。
誰だ?女達はもう全て乗っている。
見渡してもアバヤとニカブで全身を隠しているムスリマしかいない。
背の高い黒のニカブを着た女性が、俺の脇を通った。
モデルなのか? ムスリマの?まさか。
女性は、ジョン・マークレーに何事かを囁くと、彼らが乗る車から離れ、そのままモデル達の叫び声がする車に乗り込んだ。
女性たちの車の中では、もうシャンパンの開く音がしている。
「おい。早く乗れよ」
カリムが俺の背を押した。
「あ、ああ」
俺は、車に乗り込みながらマークレーに聞いた。
「ミスター。今の女性はムスリマのようですが、あなたのところのモデルですか?」
「ああ。朔のことですね。彼女はムスリマではないのですが、この国に入る前に着替えていましたね。彼女は、モデル達があなたの国のしきたりに反していないか、大層心配していました。王子が笑顔で迎えてくださって、本当に嬉しい」
笑顔で出迎えざるえなかったのだが。
俺は苦虫をつぶしたような顔を、思わずしてしまった。
何を勘違いしたのか、パウル・ド・メーヌが慌てたように言った。
「彼女に気を悪くしないでいただきたい。朔はこの国では男性と未婚の女性が同じ車には乗らないだろうと言い、後ろの車に乗ったのです」
ああ。そう言うことか。
「とんでもない。我々の文化を尊重してくださり、ありがとうございます。あのまま彼女が乗ってきたら大層、気まずいことになったかと思います」
「そう。尊重。朔は何よりも、そのことを気にしていました。歴史のあるこの国に、大変興味を示していて、訪れるのを、とても楽しみにしていました」
「あなたのお身内ですか?」
朔と呼ばれた女性への口調が妙に親しいので、思わず、込み入ったことを聞いてしまった。
「いいえ。彼女は、私の特別なモデルです。血はつながっていませんが、家族でもある」
隣でパウルが深く頷いた。
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