第3話:大人気(おとなげ)なき戦い・コリウス通り死闘篇⑤



 レティが漏らした『荒野のガマン』というのは、それはそれはくっだらない内容の幻術である。元は水晶テレビで人気だったお笑い番組の延長企画みたいな幻術で、出たての新人芸人から重要度の小さい古参芸人までを30人ほど掻き集めて撮ったオムニバス形式のお笑い作品だ。

 たとえば、見渡す限りの荒れ地であるデノン大採掘場に、沸騰寸前のお湯を張った巨大な風呂桶が用意されている。で、そこに騒がしく抵抗する芸人どもを容赦なくブチ込み、熱がる芸人の頭上からさらに熱湯のシャワーを浴びせかけ、トドメには彼らの頭上にアツアツのあんかけ焼きそばが大量に流し込まれてしまう。

 そんな風に彼らが「っつ! ぁっつ‼︎」ともがき苦しむ様を見て観客は大いに笑うのだ。しかもそれが冒頭アバンタイトルなのだから、その後の内容も程度が知れるというものだろう。また、トリオ芸人・竜騎兵ドラグーンの鉄板ネタ、『押すなよ! 絶対に押すなよ!』が生まれたのがこのシーンだった。

 その後も芸人を地中に埋めて周囲を連続爆破してみたり、熱湯が超高圧で吹き上がる間欠泉に石鹸まみれの頭を突き出してシャンプーを試みるなどの暴挙がたっぷり2時間続けられる。間欠泉にシャンプーハットを引き千切られながらも、命カラガラ逃げ延びたリアクション芸人・デガローが「頭がもげたかと思った頭がもげたかと思った頭がもげたかと思ったよ〜〜〜〜!!」と3回繰り返すクライマックスはもはや伝説だ。

 一般市民の迷惑にならないよう荒野でロケ撮されたため『荒野のガマン』というそのまんまなタイトルが付けられたが、どう見てもアレはガマンがどうこういう次元ではなかった。

 世間の評価は当前ながら散々だったものの、極一部で超絶的なカルト人気を博し、翌年からシリーズ化もされた。場所を変え、監督を変え、なんと8作まで回を重ねることとなる。しかし真実名作と評価されたのはチリアーニ監督が手がけた初代からパート3までの初期シリーズなのだった。

「あのー……。マジでアレ出てたんですか……? 荒野でのデローザっていったらローションを塗りたくったヌルヌルすべり台の逆走に失敗して3m下に落下したら、そこに全身から粘液を滴らせた迫真の半魚人サハギンが三体ほど待ち構えてて、そいつらに後ろから襲われる、壮絶な役でしたよね……?」

 俺の問いに男性は一層照れまくり、

「君すごく詳しいねえ、その通りだよ。簡単なゲスト出演というから気軽に引き受けたら、大変な目に遭ったんだ。でもあのサハギンは三体中の二体が人間に特殊メイクしたので、一体だけいた本物もえらく気さくなサハギンでねえ。言葉はもちろん通じなかったけど、役者同士の共感というのかな、ジェスチャーだけで色々なことを話したんだよ」

「まじスか……、役者なんスか……」

 人間以外にもさまざまな動物、魔物が同種同士であつまり、小さな社会を形成しているのは今日こんにち広く知られているところである。……が、サハギンに芸能界まで存在していようとはさすがに俺も知らなかった。

「あの、じゃあ」

 エリスが挙手をして乗り出す。

「変人たちの時間は?」

「お前……」

「うわっはぁー! 君もスゴいの知ってるねえ!」

 チリアーニ監督の迷走期を象徴する一作、『変人たちの時間』。その名の通り変人しか出てこない90分の濃厚なオムニバスだ。煙草タバコをケツの穴で連続三十本吸い続ける変態チェーンスモーカーや、クラシックを屁で合奏するフルオーケツトラ、極細ブーメランパンツのみを着用したほぼほぼ全裸な変態中年男性を一輌につき二人繋げた馬車(?)を五輌用意し、鞭でケツを叩いて一斉に走らせる変態ダービーなどなどが出てくる。あまりにストーリー要素を欠く非常識な展開やシモに振りすぎた方向性にさすがのチリアニスト(チリアーニ作品の熱狂的ファン)からも、いくらなんでもこれは……と否定的な意見が出た大問題作だ。だが同時に、他のチリアーニ作品には興味を示さないのに、この作品にのみ熱く熱く反応する極一部の人たちもいるから人間は面白い。

 この幻術のクライマックスは十八人の変態球鬼どもによる真剣勝負、変人ウルトラベースボールだ。変態打者たちがたずええるのは股間のバットただ一振りのみ。投げ込まれる軟球に向かって、命を賭けて己が打棒を振り抜くのである。何人もの変態たちが打席に立ってはスイングとも死球ともつかない結果を残し、泡を吹いて壮絶に打ち倒れてゆく中、三塁線へ見事なセフティバントを転がした変態バント職人がついに一塁を内股で駆け抜けたそのとき、劇場の男性客たちはかつて感じたことのない奇妙な感動と、泣きたくなるほどの解放感を味わうのだった。

 とまあ、変人というよりは明らかに変態の領域なのだが、色んな意味で伝説の『変人たちの時間』であった。

「確かあの作品だとデローザさんって……」

 俺の問いを、本人が引き取る。

「怪しい男達が暮らす村に迷い込んだ平凡な若者、という役だったな」

 怪しい男だなんてとんでもない。そのとき若者を囲い込んだのは、小麦色に焼いた肌の上にたっぷりオイルを塗って、チキンの照り焼きみたいにテッカテカにした、筋肉もりもりマッチョマンの変態集団であった(迫真)。森に迷い込んだ果てにそんな変態村に行き着いたデローザさん扮する名もなき若者は、村の異常に気づいてすぐさま恐怖と戦慄の脱出劇を始めるのだが、その脱出も実は最初から変態たちの手のひらの上で踊っていただけ。森を抜けた先に彼らが十重二十重とえはたえと待ち構えている。密集した照り焼きの沼のなか、無数の真っ白な歯がバッと笑みに開かれたところで画面が暗転、闇の中に悲鳴だけが響き渡るという後味の悪い短編である。ていうかこの人そんなヤラレ役ばっかだな。

「今だと絶対に許可出ないような荒業あらわざばっかですよね……」

「いや、本当にその通りでね……。最近はどこも自主規制ばかりで嫌になるよ。政府から明確に禁止されているのなんての国関連くらいなもんでね、そうじゃなきゃ大概のことは許されるものなんだが」

「あ、そうなんですか? 自主規制ってことは、その気になったらまだ自由はきくってことなんですね!」

 目を輝かせてエリスが言う。法整備されてないってだけで、なにやっても自由ってわけじゃないんだぞ、オイ。

「いやあ、国が規制しなくとも、スポンサーが気にしちゃってねえ。ちょっと茶目っ気を出そうとしただけで大わらわなんだ。大人の中にはいつもビクビクしながら、叱られないように注意深い人生を送っている奴が多くてね」

「はあ〜……、そういうものなんですか」

 ちなみにの国関連というのは、プルメリアとの仲が超悪い隣国、ケンメンドルフ公国に関連するアレコレという意味である。幻術、水晶テレビなどの娯楽メディア界隈にとって、彼らは口に出すのもはばかられるほどアンタッチャブルな存在なのだ。まあ、常に半戦争状態にあるような間柄なのだから当然っちゃあ当然なんだが。

「ていうかよぉ、お前ら……」

 デローザさんのかたわらに立つアルタイプが呆れたような声を出した。

「普通、この人といったらディンケンス監督の『華都物語』とか『母の遺影』が出てくるべきだろ? それがなんでチリアーニのキワモノばっか出てくるんだ! お前らホントに監督の弟子か!?」

「いやあ、だってー」とエリスがへろりとそっぽを向きながら頬を掻く。

「ていうかホントにデローザさんなんですか? だって、見た目がぜんぜん……」

 エリスが言うと、レティが「そう、私もそれが気になって!」と続いた。

「だって、エリちゃんの先生やチリアーニさんの幻術に出てたディアス=デ・ローザっていったら、溶けたワカメみたいな不潔な髪の毛に、まるまると突き出たお腹が特徴的なワルだった訳でしょ? 失礼ですけど、今のあなたからはとてもそんな風には……」

 そう、世の中のデローザ像といえばレティが語ったようにガタイのいい重量級のワル役に始まり、昨今ではコワモテで不器用だがここぞの時には頼りになる仁義のおとこ……が持ち味の俳優だ。いま俺たちの前に座っているこの男性の見た目は全くの対極、細身で没個性な初老のスーツ男性に過ぎない。アルタイプのいうことが真実ならば、出荷直前の黒ブタが一夜にしてダシを絞り尽くした鶏ガラに変貌へんぼうするに等しいほどの変化があったことになる。これはにわかには信じ難い。

 しかしデローザと呼ばれた男性はフフフと笑って、

「まあ、役者っていうのは変わるのが仕事みたいなものだからね」

 なんて事も無げに言ってのけた。いやほんとに、骨格からして変形してるように見えるんだけどなあ……。

「それよりアルタイプ君、いま興味深いことを言ってたね。この方たちがディンケンス監督のお弟子さんだって?」

 エリスがひょこっと手を挙げた。

「あ、それわたしです。わたしエリスって言って、幻術使いの見習いで、ディンキー先生に教わってます。それからこれはわたしの使い魔のカバン君で、こっちはお隣で雑貨屋さんをやられてるレティさんです」

「改めまして、どうも。ディアス=デ・ローザです。役者をしています」

 ぺこりぺこりと三人プラス俺でお辞儀しあう。みんなの頭が上がったのを見計らって、アルタイプが言った。

「まあそれはそれとしてね、デロさん。そろそろ教えちゃくれませんか? あなた、今なんで姿をくらましてんです?」

 するとデローザさんは再び弱り果てた表情で「いやあ……」と頭を掻き掻き、「あんまり情けない話でねえ……」とこぼした。それからデローザさんはウウンと唸り、手元のカップに指を通そうとして、「おっと、」と中身が空だったことに気づく。

 それを見て、エリスがなぜか嬉しそうに言った。

「みなさん! 紅茶とコーヒー、どっちにします?」





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