第3話:大人気(おとなげ)なき戦い・コリウス通り死闘篇③



 アルタイプはハァ〜と大げさにため息を吐き出して頭をがしがし掻いた。ワイルドだった髪型がさらに粗野なスタイルに成り果てる。だが取り出した紙巻きは結局吸わず、元のパッケージに差し戻して懐にしまい込んだ。

「なあ〜、面倒くせえからムキになるなってぇ〜。お前も、そっちの女の子店長サンも。冷静に考えてみろよ、俺は単に儲け話もってきてるだけじゃねえか。おたくらが何考えてるかは分かってンよ。アレだろ、地元のつながりだとか客との交流とか、そういう気分的なアレだろォ?

 だからキレんなって、いいから俺の言う通り考えてみろって。金儲けして何が悪い? まず大いに儲けて、そっから実益に無いところを求めていけばいい。違うか? 例の猫カフェだってそうさ。あそこのコーヒー、一回でも飲んだことあるか? 結構旨いんだぜ? なにせ豆が特級品で、おまけに一流のバリスタ引っこ抜いてきたからな。もちろん俺らの手引きでだ。ああ、悪どいテで連れてきたんじゃない。そのバリスタ、元は一ツ星ホテルのカフェで仕事してたんだが、そこがちょっとした事件で不渡り出してよォ……。んで、昔そこに取材入ったことのある俺が手助けついでに仕事を斡旋あっせんしたってだけ。バリスタは路頭に迷わず済んだし、神経病みかけだった倒産ホテルの元支配人も、肩の重荷が一つ降りて万歳。もちろん猫カフェは優秀な人材を格安で手に入れて万々歳。な? 誰も損してないだろ? そして一番恵まれてるのは手頃な値段で猫とジャレ合いながらいいコーヒーが飲めてる客だ。あそこが一過性の流行りで終わらずに繁盛してる理由が正にそれさ」

 アルタイプはそこまで喋ると、なにか間違っているか? とでも言いたげに俺たちを見回した。残念ながら言うべき言葉はすぐには見つからなかった。やっぱりコイツはカミンスキーと同種だ、相手の気持ちがどうであろうと自分の思うがままに振る舞うことができる。かなり手強い。

「よし、いいか? 俺たちには人と人を繋げる力がある。マス・コミュニケーションってやつだな。こいつは扱いに癖があるが、ものすげえ強力な武器だ。そして俺はそいつでお前らをどうにかしたいってんじゃない、協力させてくれって申し入れてるんだ。もちろんタダじゃないぜ? 広告収入がないと俺らも食い上げだからな。あるいは何かの企画取材に協力してもらうこともあるかもしれん。

 が、結局のところパシリの俺らが望むのはそんなおこぼれ程度でいいのさ。他にも同じような店を幾つも抱えてるからな。そしてこちらが与えるのは、優秀な人材や上流界隈かいわいとのコネ、そしてもちろん広告。悪い話じゃないだろ? こちらからの要求を守ってくれさえすれば嫌な思いもさせないし、互いのポリシーを理解するのにも努める。約束しよう」

 言うだけ言って、アルタイプはカウンターの座席に腰を下ろした。勝訴の判決を待つ弁護人のような、自信あふれる顔をしていた。

 俺の頭の片隅では、さっきからこの男に対する警報がガンガン鳴り響いている。話を聞くな、信用するな、頭から否定しろ、と。耳を傾ければその瞬間からこちらの負け戦だ。

 だが、鳴っているのは結局のところ片隅でしかなく、今の話にあらがいきれない魅力を感じてもいた。このアルタイプという男の言うことは大部分納得できるし、店も客も喜ぶというのが事実であればそれが一番だ。『おこぼれ程度でいい』なんて口振りをどれほど信頼できるか判ったものではないが、どこに転がるにしてもウチの経営に打撃を与えるようなものでもないだろう。その徴候が見えてきたなら、契約を解除して元の経営方針に戻ればいい。

 コイツの提案は言わば共犯者のささやきだ。悪巧わるだくみをやるという点に限って言えば、共犯者は親友と同じくらい信じられて、その何倍も相談しやすい。

 というようなことを俺がエリスに口走ろうとした寸前、エリスが先に口を開いた。

「あの、アルタイプさん」

「おう、なんだ」

「夏の学園祭のことって、記事にしました?」

 学園祭? もちろん学校でやったアレのことだろう。女性誌だろうが男性誌だろうがプルメリアの雑誌がアレを記事にしないはずは無い。アルタイプも予想通りの言葉を返す。

「したよ。その時の号は特集ページもレギュラー連載も片っ端からプルメリア学園祭に統一させた。レディソーだけでなく、全社が学園祭一色だった。もちろん俺も仕事したよ」

「そのとき、ウチの……、あ、わたしは幻術科の所属なんですけど、幻術科の記事もアルタイプさんの担当?」

 ——ああ、そうか。

 それを聞いて、俺はエリスが何を聞き出そうとしているのか気づく。いや、今頃になって気づいたというべきだろう。それは恥ずべきことだった。

「あの日は俺はレースの方の担当でな。君らのとこの取材は同期がやってたんだが、あの野郎が滅多に見ないくらい興奮しててよ。スゲぇもの見れた、つって。ソイツだけじゃない、文化部も魔術部も、その時たまたま幻術科の近くで張ってた奴らは誰も彼も大騒ぎしてた。帰社してからもみんなえらく気合いれて記事書いてたよ。実は今日俺がここに来たのもその熱に当てられたってのが半分なんだよな。その時の、いまあるから見せてやる」

 そういってアルタイプは持っていたセカンドバッグから丸めた雑誌を一本引き抜いて広げて見せた。だが俺とエリスは説明されてなくともその内容を大体把握していた。

 今年もプルメリアの夏の風物詩、魔法学校学園祭が開催された——。そんな当たり障りの無い書き出しで始まった記事は、いかにも女性週刊誌らしく、まずは学園祭を訪れた俳優や各界著名人といった上層階級セレブリティの動向を報じ、ついで祭りの中のアトラクションを紹介していた。その中で、今回最高のイベントであったと報告されていたのが『幻術科のバードアイ体験』だった。

 幻術科としてはそうした名称をつけていた事実はなく、あくまで『最先端魔法道具マジックアイテムの発表と体験会』というていで発表していたに過ぎなかった。なにより記事に言うバードアイ体験とやらを主体にされては、システィーナの件が全く埋もれてしまう。

 アルタイプが開いた記事に、俺は改めて目を向けた。


 ——今年の幻術科は新アイテムの実験イベントを用意した。離れたところに置いた水晶球の周囲の景色を、まるで自分の目で見ているかのように感じられる不思議な遠隔視アイテムである。さらに実験では水晶球を魔法で天高く昇らせ、観客にその視点から見下ろす大地の景色を体験させるイベントも行った。

 程なく、満員の観客は一人残らず声を失うこととなった。遥かな天空から一望するプルメリアの姿はまさに神秘的絶景と呼ぶほかなく、学園祭で見聞きしたその他の記憶がすっかり薄れてしまうほどに感動的だったのだ。コラール大陸の雄大で荘厳な美しさを直接目の当たりにした記者は、自分という人間の小ささと、その美の一員であるという誇りに同時に気づかされ、涙すら浮かべたほどである。いままぶたを閉じて思い出してみても、あの時の感動の名残は消えない。

 ただ一つだけ残念なのは、そのイメージは体験者の意識に直接投影されるモノであることだ。この機能の効果で新アイテムは過去に例が無いほどにリアルな視覚体験を可能にしたが、反面、念写などの方法で画像にすることが不可能になってしまった。現状では体験会に直接参加して共有する他に無く、読者の皆様にあのときの感動をお届けすることができないのは誠に残念の至りである——


 ……アルタイプの同僚というこの記者は、全くの好意でこんな感情じみた記事にしたのだろう。だからその落ち度に全く気づかなかった。それを管理しなければならない編集責任者も同じような祭りの興奮状態にあり、チェック機能が働かなかったのではないかと俺は推測する。

 ちょっと冷静に考えたら分かったはずだ。いくら学園祭がこの国で最大級の催事であるとはいえ、この雑誌の読者で実際に来場していたのは十人に一人かそこら程度。なにより来場していたとしても、そのほとんどは幻術科の実験に参加していなかった人々だ。そんな人たちがこうも煽り立てた記事を読んだら、どんな想いを抱くだろう。

 未知の視覚体験、涙するほどの感動。想像を絶する美しい世界。なのに念写の一枚も無い。しかも次の体験機会を期待できるような情報は何もないのだ。

 そして、各週刊誌が発売された週の営業日にちようびには、ウチには本当にたくさんのお客さんが殺到した。あのイベントのさなか、Cafeにちようびは明確に名前を出して広告された喫茶店だ。そこでなら、中継水晶による遠視体験が僅かでもできるものではないか——、そう思い込んでしまった人々が唯一の手がかりとなったウチに集まったのだ。

「……もう、帰ってください」

 エリスが、俺でも初めて耳にしたかもしれないような固い声で言う。

 一方、アルタイプは自分の説得工作に手応えを感じていたのだろう。いきなり態度を硬化させたエリスに「お、おい」と額に汗を浮かべてたじろいだ。

「急になんだよ? 断るなら断るでちょっとは理由を教えてくれてもいいじゃねえか。勝手に来たとはいえ、俺だってそれなりに手間かけて来てるんだからよ、せめて例の水晶玉の映像を拝ませてもらうくらいは……」

「アレはウチには置いてないんですよ!」

 声を荒げたエリスに、アルタイプは「は?」と間の抜けた顔をする。どうやらろくな下調べもしないでここまで来てしまったらしい。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。水晶玉が無い? マジでか?」

 驚くアルタイプにエリスは不機嫌な目で頷いた。

「なんでだ、よくある水晶球なんだろ? 最高級品を買ったとしても百万越える訳じゃねえし、そうでなくたって借りることくらい……」

 エリスが口を開きかけたが、俺がそれを制した。ちょっとだけ経済の話だ、俺が代わりに話した方がいいだろう。エリスも幾らか表情を和らげて、うん、と頷く。

「一千億するんだ、あの水晶」

「はあ!?」

「商業価値で一千億クイン。すでにシンジケートができあがってる」

「なんだぁ……、一千億ゥ?」

 全てはメガデブゲことカミンスキー上級研究員のしわざ……いや、功績である。あの大成功した実験結果を手土産に、メガデブゲは大枚たいまいはたきそうな大企業各社に売り込みをかけまくった。幻術業界はもちろんのこと、広告、イベント、通信企業に施工会社に医療業界に、とにかく金を持ってそうなところだ。そしてプレゼンは連戦連勝、向かうところ負けなしの大儲け。十数社で組み上げたシンジケートは既に一千億クイン規模となり、いまだ成長中である。魔術師というよりは錬金術師の手管てくだだ。しかもシンジケートの中には大手の外食チェーンも噛んでいて、彼らの権益をおかす恐れがある以上、ウチのようなの個人経営であっても中継水晶を商売向けに貸してもらう事はできなかった。

 実のところ、最初の騒動の翌日にウチも貸し出し願いは出したのだ。だが、くだんの外食チェーンは大マケにマケて、ウチがその加盟店に加わるのなら許可する、などという文書を寄越してき腐った。そりゃそうだ、金の卵と目をつけたオモチャの持ち主の中に、仕込むまでもなく飲食屋がいるんだから。向こうからしたら羽毛をむしった鴨がネギと鍋と薬味を背負しょって、自ら現れたと映ったに違いない。

 もちろん俺もエリスもCafeにちようびの看板をおろすなど考えられないので即刻却下してやったが、そうなると水晶球は当然借りられず、加えてそれから毎週のようにグループ傘下に入らないかと誘いを受けるハメになり、交渉は全くの薮蛇やぶへびとなったのである。おっと、そういえばもう少ししたら奴らの交渉人が来る時間帯だ。

 そういったことを俺が説明してやると、アルタイプは苦虫を噛み潰したような顔をして「そんな流れだったか……」とうめいた。

「なにがフランチャイズよ、調子のいいこと言って! 水晶球を扱うノウハウは欲しいし店は増やせるしで、要は自分の都合しか考えてないのよ!」

 我が事のように腹を立ててくれるレティに「そんな大層なもんじゃないよ。こっちはただの個人経営なんだから」と応じ、それからアルタイプに向き直る。

「どのみち拒否するつもりだけど、進行中の商談だから記事とかにしないでくれ。妙な格好で話が世間に明らかになったら、ウチがさらに立場を悪くしそうだから」

 すると突然アルタイプはカウンターテーブルにばん! と両手をつき、そして深々と頭を下げた。

「申し訳ない、そんな迷惑をかけていたなんて想像もしていなかった」

 そして一層頭を押し下げる。その肩は震えてさえいた。

 いきなりの謝罪に俺もエリスも一瞬、毒気を抜かれる。記者とか編集者とか、そういうのはもっと言い訳がましい人種かと勝手に想像してたが、少なくともこの男に関してはそういうのではないようだった。

「あの、ええと、もういいんです。もう大丈夫」

 カウンター越しに、エリスがアルタイプの両肩を押し戻すようにして頭をあげさせる。

「健康な人の方はたぶん、そのうち飽きると思いますから」

 頭を引き起こされたアルタイプは、編集者らしい鋭敏さでエリスの言葉の切れ端に反応する。

「健康な人?」

「あ……、いえ」

 今度はエリスが顔をうつむかせる番だった。





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