第3話:大人気(おとなげ)なき戦い・コリウス通り死闘篇①
あの夏から二ヶ月が過ぎた。緑が濃かった魔法の国の街並も徐々に赤黄の色調を帯び、幼すぎた季節を反省するかのように彩度も落ち着いた時期に移ろいつつある。
その間、Cafeにちようびではちょっとした
店は翌週の
「ひまだなぁ〜〜」
エリスが対面キッチンにぺたーーーっと身を崩してもたれかかっている。まるで牧場の柵にあごをのっけた牛か馬のようだ。俺は読んでいる新聞の紙面から目を離さずに、「シャンとしなさい、だらしない」と
「だってぇ、ちょーっと前まで、も〜〜のすごい忙しかったのにさあ〜〜」
景気の悪い声を出すエリス。俺が読んでる新聞には、プルメリアの外交大使が不仲の隣国、ケンメンドルフ公国の武官と国際的な会談の場で正面切ってメンチの切り合い、などという頭の痛くなるような記事が踊っていた。
「カバン君だって〜〜、ぼけってしてんじゃんか〜〜」
「まったく」
俺は四つ折りのまま読んでいた新聞を脇に置いた。女物の革カバンに細っこい手足がついただけというこの
フィーバータイムはきっちり4
だが上昇体験の根幹を成すアイテム、中継水晶はいまや幻術科の最重要開発アイテムである。譲ってもらうことはもちろん、権利関係がまだまだ未整理なので商用目的では借りることすらままならない。開発中の
お客さんが列を作るその度に事情を説明し、断り続けること一ヶ月、ようやくウチでは体験できないという事実が市内に伝わり、それにともなって客足も津波の引き波みたいな勢いで遠のいていったのである。
「も〜〜〜〜、なんだったんだ今まで〜〜〜〜!」
エリスがうなり声をあげると、
「今度は水晶玉に頼らない、ちゃんとしたウリを作ったらいいじゃないの」
カウンターの端の席から声がかかった。
そこにはかつての指定席を取り戻したお隣住みの常連さん・レティが、紅茶片手に雑誌をめくる姿があった。いつの季節も日曜の午後2時、カウンター席の一番奥が彼女の居場所だ。
「また、絵の動くグラスみたいなのを、ね?」
「それはそーなんですけどー」
持ち込みのティーカップを機嫌良さげに傾けるレティに、エリスは拗ねた声で甘える。
「うちじゃ無理ってことをやっとみんなわかってくれたって思ったら、も、ほんっと〜に誰も来なくなっちゃうんだもん。あれだけ大忙しで働いたのに、全部ムダだったみたいで悲しすぎですよ!」
「ふふ。だから、今度はちゃんと実力でハートを掴み取りなさいってコトなのよ」
「え〜! でも〜〜!」
レティが屈託なく笑い、エリスは再び唸った。
そんな二人の様子を目の端に捉えつつ、俺はあらためて店内を見回した。レティの他には、窓際の席にミダス老夫妻、テーブル席で今日もヒゲ紳士ぶりを崩さないコーエン氏、といつもの顔ぶれ。それだけ。客も来なけりゃ注文もない。カラになった水のグラスもないんじゃ給水にも回れない。つまり俺とエリスには何もすることがなかった。静かなものである。
「ご新規さんが定着してくれなかったのは仕方ないわ、みんな誤解してたんだから。毎週は来られないような、遠くから来た人もいただろうしね。さあ、いじけてないでアイディア出すの。人間にとって時間はお金よりも大切、ムダに過ごしたらバチが当たるわよ」
「うぅ……、わかりました! 前向きに考えます」
拳を握るエリスに、レティが「その意気だ、がんばれ〜」とハッパをかけた。前に進まなくちゃいけないのは確かなのだが、コイツの前向きは一般で言うところの暴走にしかならないので無責任に煽るのは控えていただきたい。
「よっしカバン君、じゃあ……、あ、そうだ。秋の新スイーツを作ろう! それもわたし達らしく何か魔法を使った素敵っぽいもの!」
ホラ来た。いらんコト言うからも〜。
「魔法スイーツもいいけど、まず基本を大切にしたいよ俺は。騒動の緊急対応でコーヒーも紅茶もメニュー減らした簡易版にしたろ? まずそれを元に戻そうぜ」
「あ」
「え?」
「魔法スイーツ少女・マジカル☆モンブラン」
「は? なにそれ?」
「知らない。今ふっと頭の中に浮かんできた」
「人の話は真面目に聞きなさい!!」
ジャンプして突っ込み一発。エリスの頭からぽこーんと中身がカラな音がして「いたっ! ごめんって!」と悲鳴が上がる。
「でも茶葉やコーヒー豆は
あたらしいこと、ねえ……。なにかを新しく始めようとすると、必ずなにか事件を起こすからなあ、ウチの大将は。
……とはいえ、時には新規性もないことには常連さんも飽きちゃうかな?
そこで俺はレティに視線を送ってみる。
「どう、それまでにない新しいものがメニューに載ってたら、注文する気になる?」
「私? そうねぇ、時にはいつもと違うものを試してみたい日もあるかもね。……と口では言いながら、なんだかんだで注文しない内にいつの間にかメニューから消えていったりすることが多いのよねえ、私って」
「なんだそれ」
俺が抗議するとレティは「乙女心よ」と軽く笑った。アテにならねえなぁ。
しかし、やはり『代わり映え』というのは軽視できないものだ。たとえその商品に大きな需要がないにしても、いつ来ても同じモノしかない店というのも魅力的とはいえないだろう。
「紅茶にせよコーヒーにせよ、何か新鮮な雰囲気を提供するのもカフェの務めなのかもな。常識から外れないレベルで」
「雰囲気、ねぇ。ん〜……」
唇に人差し指をあてて、エリスが何やら考え始める。
「えーとね、うーんとね、紅茶を緑色にして緑茶にするとか、青くして蒼茶にするとか? それか紅茶をもっともっと赤くして、いっそのこと赤黒い紅黒茶にするとか!」
ほらやっぱりダメだった。
「そりゃ新規性通り越して猟奇性だよ。なんだ、紅黒茶って。見た目の話をしてんじゃねえ、質の話だ、質の変化」
「質……、ってつまり味のことだよね。変な味ってことでいいのかな」
「いいわけないだろ! 珍しいフレーバーを加えて風味を変えてみるだとか、何か浮かべて見た目にも楽しめるだとか!」
「浮かべる? 涙とか、微笑みとか……」
「なに急に!? きみ詩人!? ちげえよ、口に入れるものだよ!」
「わかんない……。たとえば?」
「たとえば? んー、そうだなあ……、そう、たとえば生クリームとか」
「あ、あー。……え、紅茶に生クリームいれちゃうの?」
「紅茶じゃない。クリーム入れるのはコーヒーのほう」
「ん? 砂糖じゃなくて……?」
混乱をきたしだしたエリスの代わりに、レティが右手を上げて反応する。
「それ知ってる。西メルキアのでしょ。コーヒーの上に生クリームのせるっていう」
「せいかい」
新聞の紀行モノの連載に紹介されてた、ちょっとシャレたコーヒーのアレンジである。やり方は簡単で、ほどよく泡立てたエスプレッソにこちらもよく泡立てたホイップクリームをのっける。それだけだ。まず口溶けのよい生クリームの感触を楽しみ、次にエスプレッソの濃厚な苦味を味わう。最後に、カップの底に潜ませておいたザラメ砂糖が舌に残ったエスプレッソの後味を洗ってくれる。さらに上に乗ったクリームが蓋となって、コーヒーはしばらく冷めにくなるという効果までついている……、らしい。
俺もまだ試したことはないが、情報だけでもそのセンスの良さが伝わってくる。
「一度メニューに入れても面白そうだなって思ってて。エリス、ホイップクリームくらいすぐ作れるんだろ?」
「あれ、シャカシャカやるのけっこう疲れるんだけどね……。でもまあ、できなくはないよ」
そこにレティが言う。
「逆に、アイスクリームに熱いコーヒーを掛けるのもあるらしいね」
「ああ、聞いた聞いた。ええと、アレはなんて名前だったかな? ド忘れして……」
俺は瞬間的に横を向き、
「あそうそう、アホガート、アホガート」
「ちょっと。なんでこっち見て思い出すの?」
「いやいや、別に他意はない」
アホと聞いて自然とエリスさんに目が向いただけです。
エリスは俺を睨みつけたまま、しかしレティに向けて質問を口にする。
「でもそれじゃアイス溶けちゃうんじゃないですか? コーヒーだって
「そこが面白いのよ。冷たくて甘いアイスに熱くて苦いコーヒー、楽しいじゃない?」
「そうですかぁ?」
「あれってコーヒーは濃い目?」と今度は俺。
「そうじゃないかしら? それなりに濃くしないとアイスに混ざってコーヒーの風味が消えちゃうでしょうし」
「だよなあ。あ、アイスの上にココアやシナモンのパウダーを振って香りにアクセントつけると反応良さそう」
「いいわね。なにか工夫あると女の子受けは絶対いいから」
「じゃ、あとはお
「アイスで口が冷えてるし、小麦ブランのクッキーなんてどう?」
「いいね。それなら変に甘みをつけないで、純粋に小麦の味わいだけにしたいな」
「あー、口の中の甘さと苦さをリセットするわけね。いいわね」
センスを響かせ合う俺とレティの横で、エリスがひとり両頬を膨らませていた。
「なんかレティさんとカバン君ばっかり盛り上がってて面白くなーいー」
「あらら、そんなつもりは無かったんだけど」
「お前がマトモなことを一つも考えてないからだろ。何か無いのか、この不況を乗り切るアイディアは。もちろん常識の範囲内で」
エリスはぷー、と両頬をパンパンに膨らませてから、
「あるし!」
と空気を吐き出しながら言った。
「あ?」
「わたしにいい考えがあるっていうの! いい? 冷たくて甘いのと、熱くて苦いのの組み合わせが来てる訳でしょ!?」
「んん? アイスとコーヒーだから……、まぁそうなるのかな?」
「じゃあ次にくるのはヌルくてしょっぱいのと、ヌメっとしててすっぱいのでしょう?」
……早くも何言ってるのかわからねえ。
「ぬるくてしょっぱいのと……、ぬめって……何だって? それ、具体的に何を指すの?」
問うレティに、エリスはにこりと笑って、
「のびた塩ラーメンともずく」
「お前はいったい何屋だ!?」
バカじゃないのかコイツ!! ていうかバカすぎるわ!!
「でもさ、塩ラーメンともずくの組み合わせって意外とムチャでもなくない?」
「喫茶店にラーメンがムチャなんだよ!」
「ほらも〜、ああいえばこういう〜! いっつもそう!」
「カフェの秋スイーツに塩ラーメンともずくなんて聞かされて黙ってられるか!!」
……と、ここで離れた席から
ミダス老公だ。こちらのご老公はいつもレティが来るちょっと前に夫婦でこられて、静かな時間をひっそりと過ごされる。
「はーい、ただいまー。紅茶のおかわりで良かったですか?」
ほとんど反射的にエリスが営業モードの声をあげると、
「やー、違う違う。こちらのお兄さんが困っとるんだよ」
はっ、として顔を向けると、夫妻の一つ隣のテーブルに、いかにも気の弱そうなスーツ姿の壮年男性が居心地悪そうに肩をすぼめて座っていた。全く気付いていなかった。注文の聞き取りはおろか水のグラスも置いていない。たぶん3分や5分の放置でないだろうと俺の直感が告げていた。
エリスと俺はその場でズバッと直立し、
『誠に申し訳ございません!!』
と腰を90度に折り曲げて謝罪する。こういう時にだけ、俺たちは精神で繋がった魔法使いと使い魔らしい関係性を発揮するのだった。
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