第1話: 魔法使いの喫茶店③
「うーん……。半端になじみある動物だからいけないのかもね」
仕方なく、といった様子で再び腰を下ろしたレティが言った。ヴィッキーも、ぶーっと唇を尖らせながら渋々着席してくれる。
「あのねエリスちゃん。たぶんね、フサフサしてて、まるっちくて、こちょこちょって動く動物は絶対やめた方がいいと思うよ! だってすっごい触りたくなるもん!」
怒ってるんだぞ! と言わんばかりの勢いだったが、確かにその助言には一理あった。『思わず触りたくなる』は、実はマイナスなのだ。だって幻術には触れないから。しかし、そうだとすると……、
「考えなきゃいけないのは、幻と知っててもわざわざお店にきてまで見たいと思えるほどで、しかも触りたいとは思わない動物……、ってことか?」
なんだそりゃ。そんな動物この世にいるか? ああ、やっぱり幻術カフェって不可能なのかなあ……。
「奇麗な見た目の、変な動物?」
エリスが短い言葉にまとめてくれたが、それで問題が解決する訳ではない。
「わたし、心当たりが一匹いるんだけど」
マジかよ。
「この際なんでもいいや、ちょっとそれ出してみてくれ!」
「はいはい。ただ、ソレってわたしも生で見たことないんだけどね……。でもまあいいか、想像で。う〜〜〜〜ん……、う〜〜〜〜ん。んっ! えいっ! えいっ! え〜〜〜〜〜〜いっ!」
幻術魔法も、本日3回目ともなれば適当なもんである。
そして三度、光芒が店内を満たした。みんなが注目する中、洪水のような光の中心で立ち上がる中型動物、それは……、ケバケバしいほどの飾り羽を全身にまとった鳥類、極彩色の代名詞、孔雀であった。うんうん唸った末の便秘みたいな幻術だったが、なかなかどうして、羽の
「「おー!」」
出来のよい孔雀の幻術に、みんながいっせいに称賛の声を上げた。それから孔雀が閉じていた尾羽をすわわわー、と開いてさっそく例のポーズをとると、三人はさらに「「おおー!」」と追加でどよめいた。幻術ではあるが、話にしか聞いた事のない有名な動物が目の前にいる、これはなかなか悪くないお膳立てだ。しかも取り立てて触りたいとは思わない。エリスも「んっふふー」と満足げな笑みを浮かべる。
ところが、
「かわいくなーい」
一声でヴィッキーが切り捨ててしまった。
「うええ……」
一転、涙目のエリス。まあ確かに、美しくはあっても可愛くはなかった。
「そうねぇ……。感心はしたけど、特別嬉しくはないかなあ」とレティ。
うーん……、『思わず触りたくなってしまうほど』かわいい動物はNGだが、全くかわいくないというのもやはり問題なのか。それに孔雀ばかり何羽もいても子供は寄り付かないし、大人だってすぐに飽きるだろう。なんだよ孔雀カフェって……、ってなるに決まっていた。怖いもの見たさで
つーんと澄ました顔で羽根をパタパタ開閉している孔雀の背後にレティが回り、その飾り羽をまじまじと観察していた。
「でもほんと、良く出来てる。もう少しがんばってみようよ。私やヴィッキーが喜びそうなものを見せてみて」
要望ともフォローともとれるレティの言葉に、エリスは「ふぁい……」と力なく返事をしつつも、次の幻影を用意した。
「ん〜〜と、ん〜〜〜と、それじゃあこんなの
エリスの呪文と共に、ふわふわと頼りない光の中から現れたのは、なぜか鳩だった。鳥類に執着でもあるのか、それとも鳩のパテがどうこういっていた会話の記憶を引きずったのか。いずれにせよ店内を鳩が飛び交うカフェにさほどの集客能力はあるまい。うんこ落とされそうだし。採用は却下された。
続けて「あーらよっ」と、いよいよいい加減さを増したエリスのかけ声とともに現れたのは、氷雪世界の生き物、ペンギンの幻影。特異種とはいえこれもやはり鳥の関連である。
でも、ヴィッキーから「かわいー!」の声が飛び出し、レティからも「わーっ!」と歓声が上がった。
おや、これはなかなか良好な反応? 確かにペンギンがてちてち歩く様はかわいらしく、さりとて鋭く伸びたクチバシが見るからに攻撃的で、あんまり手を出したくないらしい。これは来たか? と思ったのだが、意外なところで落とし穴があった。
「じゃあオマケでこんなのどーだ!」
と、気を良くしたエリスが追加したのが仔ペンギンだった。全身をふわふわ、もこもこの羽毛で包まれた仔ペンギンは、それはそれは『思わず触りたくなる』ぬいぐるみのような愛らしさを全身から炸裂させてしまっていた。
「うあ〜〜〜〜!! さわりた〜い〜〜! さわりたぁ〜〜いぃい〜〜〜〜!!」
その愛くるしい姿はヴィッキーをいよいよダダっ子にしてしまい、しばらく彼女の心を落ち着かせるのに一苦労した。こうなってしまっては仔ペンギンはアウトだ。
「じゃあ子供は出さない、大人ペンギンカフェでいいかな?」
と俺から妥協案を出してはみたが、「一度あの子を見ちゃったらもう戻れないし!」とヴィッキーも引かない。結局、かなり惜しまれたものの、協議の末にペンギンカフェは却下された。ペンギン家族の幻術は、そのままトコトコと部屋の隅っこに歩み去ってゆく。
「うおおお!
次にエリスが出現させたのは、なぜかシロクマだった。さっきペンギンを出したので、そのイメージにつられたまま魔法を使ったらシロクマが出てきてしまったらしい。
しかしこのシロクマ、可愛げもそれなりにありつつ、奥に秘めた凶暴性が直接触れるのを躊躇わせる……。
と思ったが毛皮持ちなのでこれもやっぱり「もふもふできない!」と熊の怖さを知らないヴィッキーに却下された。失格の烙印を押されたシロクマは、のっしのっしと孔雀やペンギンたちが待つ部屋の隅っこへ歩いていってのっしり座り込む。その姿もなかなか愛らしい。
エリスの発想に変化が無くなってきていた。だがそれも無理からぬこと……、そこそこの大技幻術を休みなく連発しているのだ、集中力と妄想力が疲弊して当然である。それでもエリスはどうにか気持ちを入れ直し、「よっ! はっ!」などと、幻術にまったく縁のなさそうな気合いで次の魔法を放った。
「「おおお〜〜〜」」
だが、その魔法にみんなの歓声があがった。店のド真ん中に、見上げるほどに大きな光の柱が立ち現れたのだ! 大きい、とても大きい! そして眩いばかりの光が収まると、そこにはなんと黄色い肌に茶色のスポット模様を持つ地上最大の哺乳類……、
そう、キリンが現れたのだった。
「すっごぉーい‼︎」
ヴィッキーが大声で喜んだ。キリンは首を器用に折り畳み、窮屈そうにしながらもどうにか店の天井すれすれに体を納めている。これには大人からも子供からも「おーっ!」と何度も声が上がり、しかも女性陣から「あんまり触りたくない! ちょっと怖い!」と企画に沿った感想をゲットした。キリンからしてみれば非常に失礼な言い分だが。
「これ正解!? これやっと正解!?」
「あー、あたま見えなくなっちゃった」
「首がもうちょっとお店の中に入ったらよかったのにねえ」
と、ヴィッキーやレティが他ではちょっと聞いたことがないセリフを残念そうにこぼす。
「え……、まさか、これもダメ……、ですか……?」
恐る恐る問い直すエリスに、二人はしかめっ面で腕を組んで首を振った。
ようやく正解に辿り着いたかと思われたキリンだが、ちょくちょく首の先が見えなくなるのではお客さんも落ち着かないだろうし、この光景はシュールすぎて却下なのだった。なにせ喫茶店の中央に頭部のないキリンが立ち尽くしているのである。なんだこれ、となる。
じゃあもう少し小ぶりのキリンを出し直してみるかと思っても、結局この店にキリンは窮屈で動く余地がないし、そんなだったら幻術でなくてもキリンの木彫りでも立たせておけ、という話になってしまう。
さすがのエリスもいい加減集中が途切れたようだった。でーんとテーブルに突っ伏すと、
「あああもう疲れたあ! も———やだぁ!」と喚く。
「こらえろこらえろ。文句を垂れても始まらんぞ」
何を出しても却下されるエリスの苛立ちもわからんではないのだが、なんとか気を取り直してもらわなければならない。これを乗り越えないと我らが喫茶店、Cafeにちようびに
すると、それまで事態を静観していた親方が、頭上遥かに伸び上がったキリンの首を見上げながら、腕を組んで「ううむ」と唸った。親方はそれこそ小型のシロクマかというずんぐりむっくりの大工親父だが、キリンの横に立たれると普通のおっさん程度にしか見えない。
「俺ぁガキの頃にいっぺんだけ見たライオンが忘れられなくてなあ。こっちの動物園にゃいねえんだよなあ、ライオン」
「え?」
親方は右手でキリンのぶっとい後ろ足をポンポンと……いや、スカスカと貫きながら、
「お前らあれダメこれダメと余計な事を考えすぎなんだよ。猫だなんだって絞らずに、動物園そのまんま持ってきたらいいじゃねえか。良いも悪いも
親方の提案にレティも頷く。
「そうね。親方さんの言う通り、コンセプトは単純な方がお客さんに伝わりやすいはず。触れる触れないとかは後で考えて、とにかく動物の幻術たくさん出しましょうよ」
確かに企画の段階で
「エリス、ライオン出せるか?」
いったいこれで何度目の魔法になるのか。エリスは明らかに疲れて
「おっけ、多分わかる。やってみる」
エリスがメモロブを取り上げて魔法に集中しかけたそのとき、
「エリスちゃん、あたしヤギがみたい」
とヴィッキーが声をあげた。
「ヤギ? あのメェ〜って鳴く?」と聞き返したエリスはどうせヒツジと勘違いしてるんだと思うが、ヴィッキーは
「前にね、お父さんと動物園行ったとき、ヤギって紙じゃなくて草や野菜ばっかり食べてたんだ。だからヤギが紙を食べるとこ見てみたい」
あー、そういう。でもヤギってよほど必要に迫られなきゃあえて紙なんて喰わねえし、ましてや好物でも何でもないよなあ……。絵本や童話の影響でそういうものと信じてるのだろう。
「あー、わかったわかった。ヤギね、手紙とか食べちゃう。おっけおっけ」
コイツもヤギは紙が好物だと信じ込んでるな……。まあ、そういう迷信じみた思い込みを、事実を無視して思い込んだ通りに表現できるのは幻術が現実に勝っている一面だ。
「……必ずしも可愛いばかりにこだわる必要は無いわよね」
妙な事を言い出したのはレティだった。
「爬虫類みたいなのも入れたらどうかしら? たとえば……、蛇とか?」
その想定外の発言に、レティ以外の全員から一斉に「「ええええ————!?」」と抗議の声があがる。
「あたし、ヘビなんて見たくない!」
「そういうのがいいって人もいるのよ、ヴィッキー。大人はけっこう不思議なんだから」
「いや……、俺だって蛇を見ながら昼飯を食いたいとは思わねえけどなァ」
「女は謎の多い生き物なんですよ、親方さん」
そんな雑な
「ていうかもー、みんなちょっと待って! 頭がごっちゃになるからいっぺんにたくさん言わないで!」
エリスが頭を抱えて叫んだ。客人たちの好き勝手な注文に、疲れた頭がパンクしかけているようだ。
「えーと、なんだっけ? 最初がライオンで、次がヒツジ……じゃない、ヤギ? それから」
「ヘビヘビヘビ」
三連呼するレティ。あんた一体どんだけ爬虫類好きだったんですか。
「ライオン、ヤギ、ヘビ……。ライオン、ヤギ、ヘビ……。ライオン、ヘギ、じゃないヤビ。違うっ、ヤビ、ヘ、ええっと! もうっ!
思考も舌ももつれさせて、それでもエリスは魔法で妄想をカタチにする。転がしたメモロブからしゅわしゅわしゅわーと白い煙がたち、その煙幕の向こうで早速なにか大きな影が浮かび上がった。四足獣の
すると白い煙幕をのそっと割って、猫科特有の、ヒゲが生えた
「ってキメラやないかい!」
白い靄の向こうから俺たちの前に現れたのはキメラであった。
ライオンの頭にヤギの胴体、尻尾にはうねうね生きている蛇。まごうかたなき神話の合成獣、キメラであった。
「すごくないこれ!? 教科書に載せても恥ずかしくないくらいのこのキメラ感! 血統書でもついてきそうな由緒正しいキメラ!」
「こんな究極の混血動物に血統書なんかあるか! 全部一緒くたにしてどうする!?」
「……だってみんながわぁわぁ言うんだもん。もう何考えたらいいかわかんないよ!」
だからって、なぜ混ぜる……。
いよいよ本格的に不貞腐れたエリスは、再びばったんとテーブルに突っ伏して「もーやだー!」と塞ぎ込んだ。子供が見てる前で、どうしてここまで躊躇なくグズれるのか。
「エリスちゃんがんばって。問題が難しくて先に進めなくなったら、問題を見直して、出来ることからひとつずつ解決すればいいって、初等部の先生いってたよ?」
しかも子供に機嫌を取ってもらってるんだから始末に負えない。
「……そもそも、最初の問題って何だったかしら?」
そしてレティが
「長雨のせいでウチにお客さんが来てくれなくて困った、って話。おまけに猫カフェに客とられてんじゃないかって、そういう話」
俺の説明を聞いたレティは「ああ、そうそう」なんて言っている。
「暗い雨雲の気分じゃ喫茶店まで出かけてちょっとお茶、なんてのも
「まあなあ。シケた空気はコーヒーも不味くするよな」
レティの一言に親方がのっかる。
確かに、雨とコーヒーは基本的に仲が悪い。雨の独特の匂いがコーヒーの生命線、香気を妨げてしまうからだ。それに飲むものがコーヒーであろうと紅茶であろうと、太陽と青空が出ている日に飲んだ方が美味いに決まってる。
それまで、だらーんと腐っていたエリスが、首だけころりと親方に向けて、
「それじゃあ空、青くしましょーかー」と言った。
「あん?」
だらしない姿勢のままメモロブに魔力を込めると、天井を淡い光が一瞬だけ覆った。するともうそこに天井は存在しなかった。突然あらわれた吹き抜けから見えるのは、抜けるような青い空と、柔らかな日差しを注ぐ太陽。あちこちに
「これは気持ちいいね」
「ピクニックみたい!」
レティとヴィッキーが素直に喜ぶ。
「右を向かなきゃだけどよ」
親方の言う方を見てみれば、青空の途中で頭だけ吸い込まれている例のキリンがそこにいた。店の天井は青空に変わったが、キリンの首は天井を突き抜けてしまっているのだから仕方ない。今にも怒涛の
エリスが「キリンとかもう消しちゃいますね」と、床に大量に転がしていたメモロブを拾い上げ、さっと振った。その一振りでキリンも孔雀もキメラも、みんな消えてしまった。変な奴らばかりだったが、一斉にいなくなるとそれはそれで物足りなさを覚える。
少し寂しくなった青空を見上げていたレティが「あ、」と何かを思いついた。
「これよ! 景色よ! 雨の日に青空、夏に氷河、冬に常夏の島! そんな景色をお店の壁や天井いっぱいに広げたらいいんじゃないかしら? それなら実際に触れるかどうかなんてことも気にしなくていいし……。ね!」
そう言ってエリスに笑顔を向けるレティだったが、残念ながらそうはいかない。エリスは少し困ったような顔をした。
「実を言うと、これくらい大きなサイズの幻術はあんまり長い時間つづけられないかも、です。ちょっと、魔力的にきついかも……」
「そう……、それじゃ仕方ないわね。ごめんね、適当なこと言っちゃって」
早くも吐息を落としながら、申し訳なさそうに肩をちぢこめたエリスに、レティもまた済まなそうな顔を向けた。
幻術は、鮮明さ、サイズ、動きなどといった要素が大きく、複雑になるにつれ、消費魔力量も足並みを揃えて肥大する。もちろん10分や20分そこそこならエリスだって耐えるだろう。しかし喫茶店に来るお客さんが求めるのは、もっとゆったりとした
ならば時間を決めてイベント的に……、という手もあるかもしれないが、その十数分の間に消耗する魔力だってかなりのものだ。一日に大型幻術を何度も扱うだけの魔力量は、見習いのエリスにはまだなかった。
また、メモロブにはそういう時のために魔法保存能力が備わっている。使う魔力を事前に貯めておいて、必要なときに使用するのだ。しかし天井一面を覆う幻術ともなれば、小玉のメモロブではものの数十秒で容量すべてを使い尽くす。事前に封入した幻術を丸一日保たせるとなれば、連続再生できる幻術サイズはせいぜい手の中に収まる程度だ。
と、そこに気づいた時、今度は俺が「あ、」と声にしていた。同時にエリスもパッと顔を上げた。俺たちは使い魔とその主人、なにかインパクトの強い閃きが生まれると、それが相手にそのまま以心伝心することがある。
「どうしたの、二人とも?」
エリスと俺は顔を見合わせて頷きあい、それから
「レティさん、ちょっとお願いしたいことがあるんです」
「いいわよ。なに?」
内容を聞く前からOKを与えるレティに、エリスが珍しく真面目な顔で言った。
「調達して欲しいものがあるんです」
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