第52話 目覚めの時

 私は宙を落ち行く中で既に気を失っていた。それでも掴んだ手にはリップがしっかりしがみついており、私と離れ離れにならないようリップは最後の力を振り絞り、私の腕をはってリュックの中へと入り込んだ。


 私達の落ち行く下には十字運河が流れており、大きなしぶきをあげ着水した。

 川に落ちた者は私たちだけじゃない、依然空をとんでいた竜が衝撃から身を守るために次々と川へと飛び込んできた。


 体が沈みこむ中、リップがリュックから出て必死に私を水面へと運ぼうとする。サイレンの音も水の中ではいくらか軽減され、リップは体を自由に動かせた。


 しかし他の竜たちが落ちるたびに川は荒波をつくり、小さなリップの体は流れに逆らえず、とうとう私たちは離ればなれになってしまった。


 私は他の竜たちと共に、どこまでも深く沈んでいった、どこかにいざなわれるかのように。


 そして川の底につくと、暗闇の意識の中で、私の名を呼ぶ声が聞こえてくる。それは女性の声でとても温かい。


 「アサ、アサ」


 何度も体を揺さぶられているようで、私が目を開くと、そこは部屋の一室で壁一面は真っ白で、私はベッドに横たわっていた。

 体を起こし部屋を見渡すも誰もいる様子はない。

 私の知らない場所、でも私は不思議と自分がそこにいることに疑問を持たなかった。まるで毎朝そこで目覚めているかのように。私の知らない記憶の断片なのか?


 私は扉を開き部屋の外にでて廊下をはさみ広いロビーにでると、そこには大勢の竜達が私にひれ伏していた。


 「なんで私に?」

 すると背後から私の肩に手がかかり声が聞こえてきた。


 「アサこれがあなたの本来目にする姿なのです」

 私はすぐに後ろを振り返ったが、そこには誰もいない。私がもう一度竜達をみるとそこは青い世界、十字運河の底だった。


 底に流れついた竜たちは体を縮こませ、まるで私にひれ伏しているようにみえた。


 「これが私の本当の世界……」

 その言葉を口した直後に、沢山の記憶が私の中に一斉に流れこんできた。物凄い量を駆け巡る記憶に頭がはちきれんばかりに痛む。しかしそれも一瞬の出来事で私はここ(記憶の白い世界)がどこなのかを思い出した。


 「アサ全てを思い出したようね」

 また女性の声がきこえてきたが依然姿はみえない。


 「モニカおいでなさい。あなたのイヤリングをアサに」

 モニカと呼ばれそこに現れたのはリップだった。

 リップはイヤリングを外し、私の腕の中に飛び込んだ。


 「そのイヤリングと共にモニカをこの世界に送ったのはこの私なのです。あなたを迎えいれるために」


 「なら、あなたが私の本当の母親なのですか?それなら姿を見せてくだい」


 「今のままではそれは叶いません。竜王様に認めてもらわなければ、約束の時間まであとわずかです。アサ急ぎなさい。そのイヤリングを身に付ければ本来のあなたの力を取り戻せるはずです」

 

 私はイヤリングを見つめはしばし考えこんだ。するとお母さんが言った。


 「大丈夫、まだ選択の時ではありません、今はあなたのためにその力を使いなさい」


 その言葉を受け、私はリップからイヤリング受け取ろうしたがリップは私にイヤリングを渡すのを拒んだ。

 そして寂しい顔をして私の名前を言った。

 「アサ」


 「リップ心配しないで、私が私じゃなくなる訳じゃない。リップにはまた会えるから」


 「うん、待ってる」

 リップが母から託されたイヤリングを私に手渡した。


 「ありがとうリップ」

 私はリップを抱きしめ感謝を述べ、受け取ったイヤリングを左耳に取り付けた。


 そのイヤリングはどこまでも赤く、川の中にいても決して色あせることなく、赤く輝き続けた。




 そして十字運河を切り裂き、バルセルラ上空に大きな赤い竜が降り立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る