第29話 娘を想う気持ち

 がむしゃらに走り続け、ふと我にかえり振り返るとルドワンの街並みが展望できるところまできていた。


 「はぁはぁ。ここまでくればもう大丈夫かな。リップもうでてきていいわよ」


 「プカァー」

 リップが隙間の空いたファスナーから顔を飛び出した。リップはいつも水泳の息継ぎのように豪快に顔をだす。


 「ほーら出てきてちょうだい。私もちょっと疲れちゃったから」

 リップが羽ばたきリュックから飛び出したものの、私の肩にぽつりと乗った。


 「リップそれじゃー何にも変わらないでしょ」

 リップは肩に乗っただけのつもりなんだろうが、その体が大きくなりはじめ、私が首を傾げてようやく乗れるような状態だった。


 「ぶーぶー」

 リップが不満を言った。成長につれリップの鳴きかたもバリエーションが増えたきたように思う。それだけ自我が芽生えてきたのだろう。


 「なに私とそんなに離れたくないの」

 でも甘え上手な所は相変わらずだ。


 「仕方ないな。ならリュックに戻りなさい」

 上機嫌にリップは翼を小さく畳むとリュックにすっぽりと体を納め、顔だけを外に出した。


 「でもリップも偉いわね、ちゃんとここまでじっと黙ってて。よしよし」

 リップが子犬のように私の頬っぺをぺろりと舐めた。


 「くすぐったいよ。きゃはは」

 リップとじゃれて目をつむり笑う私、目を開きルドワンの街並みが視界に写ると、ふとルヴィーさんのことが気掛かりになった。


 「ルヴィーさん大丈夫かな?」


 「プカァー」


 「そうだよね、元々軍人さんだったみたいだし大丈夫だよね。この一件が終わったらお礼しに行こう。ルヴィーさんならあの酒屋にいけばまた会えそうだし」

 ルヴィーさんならきっと大丈夫だ。いつものように涼しい表情で事を納めてるはずだ。


 「よし行こっかリップ。もう少しでお母さんに会えるわよ」


 「くー」

 リップが目を輝やかせ喜ぶ。お母さんに会えるとなったらそりゃ嬉しいよね。私もお母さんが少し恋しくなってきた所だ。お母さん今頃何を考えて過ごしてるんだろ。

 電話の1つでも入れてあげればいいのかな?エルザさんの言葉を思い出した「私はただ待つだけ……」

 

 連絡をとれるのは私だけだけど、お母さんの声をきいたら、お母さんを頼って私はそのまま前に進めないような気がする。

 電話をするならリップを届けたあとにしよう。大丈夫あと一難過ぎればいつもの生活に戻れる。


 「くあ?」

 考え立ち止まっていた私にリップが話しかけた。


 「なんでもないよ」

 リップに変に心配かけたらダメだ。リップみてたらリップの耳に掛ったイヤリングが目にはいった。


 「そうだリップその石でお母さんのことよんでみたら?」


 「くーくー」


 「使い方わからないの?」


 「じゃー私を呼んだ時は偶然使えたわけ?」


 「なーんだ、じゃーお母さんの方から呼んでもらわないと居場所がわからないじゃない」


 それから上流を目指していると弱まっていた雨がまた強さを増してきた。


 「また雨だなんて、酷い土砂降りね」

 リップが傘のように翼をひろげ雨をしのいでくれた。

 「ありがと。でもリップは濡れたままで平気?」

 僕には毛がないから、シャワーに入ってる気分だよといってくれた


 歩く足を早めながら進んでいくと突き当たりに左右の分岐道にでた。右手は山の螺旋状に上に道が続いており、左手は下っていきおそらくバルセルラに続く道だろう。

 地面には戦車のキャタピラーであろう軌跡が山の上にむかって残されていた。

跡がくっきりしてることからまだあたらしい。バルセルラ軍が龍を追ってきたのならこの上に竜がいるのは間違いないなさそうだ。


 私達も右手の道に向かって進みはじめた。

 雨がさらに強さを増してきたので大きな大木をみつけそこで一休みすることにした。


 「急いで急いでリップ」

 いくらリップが上から雨風を凌いでくれるといっても、これだけ強いと雨は風向きによって色んな方向から飛んできて防ぎきれない。


 「リップこっちおいで」

 リップを抱きかかえ、リュックからタオルをとりだしリップの体を拭いてあげた。お母さんに会う前に風邪でもひいたら大変。

 リップは万全な状態でお母様に送り届けなきゃ。イメージだけど龍ってやっぱり荒々しくて狂暴なイメージがある。

 衰弱してるリップを見たらそのままぱくりと一飲みされそう。想像したら体が身震いしてしまった。


 リュックから残り少ない携帯食(缶詰め)をとりだしリップに食べさせた。私はプレコットで食べたのでそれで十分だった。


 雨が弱まるのを待ったが、弱まる様子はなく、私は腕時計のタイマーを入れ少し休息することにし、目を閉じた。


 夜8時頃お父さんを乗せた馬車が家に到着し、運転手が自宅のドアをノックする。

 トントン。


 「どちら様でしょうか?」

 こんな夜中なのでお母さんも警戒し、チョーン越しに扉を開いた。


 「ルドワンから参りました馬車の運転手の者です。お一人様こちらに届けるように頼まれまして、確認してもらいたいのです」


 「届けた?お名前を頂戴してよろしいですか」


 「アルバトラ様です」

 その名を聞きお母さんがチョーンを外し運転手に馬車に案内される。


 お母さんが馬車に案内され、窓から中を覗くと負傷したお父さんがいたので驚きの声を上げた。


 「あなた一体どうしたの?」


 「母さんすまない、アサを連れ戻せなかった」

 お父さんは言葉を返すが傷が痛むらしく表情を苦痛に歪ませた。


 「お父さん手伝って貰える?」

 自宅には心細い母のために祖父が家に訪れており、お爺ちゃんとお母さんでお父さんを担ぎ、リビングのソファーの上にお父さんをおろした。


 お父さんが凄い量の汗をかいていたのでお母さんは水とタオルを大急ぎで用意した。

 父の背中をおこし水をゆっくり飲ませ、汗をふきとる母。額に手をたてると熱があるようだった。

 お父さんが少し体が楽になったのか、少し言葉を発した。

 「ルヴィーだ。今回の件に奴が絡んでいる」

 ルヴィー、お母さんもそれが誰なのか、どんな人物なのか父から聞いている。

 お母さんの表情が固まった。


 「アサは無事なんですか?」

 数秒間をあけお父さんが呼吸を整え「まだ間に合うかもしれん」その一声を残し床に伏せた。


 「はぁはぁはぁ」

 息が荒くなっていたので、お母さんもそれ以上は問い詰めなかった。濡れタオルをお父さんの額にのせお母さんが看病をしていると玄関先から声が聞こえてきた。


 「あのすみません?」

 馬車の運転手だ。


 「はい」

 お母さん立ち上がり、玄関に向かう。


 「取り込み中のところすみませんが、こちらにサインだけもらえますか。これがないと私も帰れないもんで」

 お母さんが伝票をわたされ、サインを書き、運転手に差し出そうとしたが途中でその手を引っ込めた。


 「回送の馬車はこのままルドワンに戻るのでしょうか?」


 「はいそうですがそれがなにか?」


 「私をルドワンまで乗せて頂けないでしょうか、行きだけでいいのです」

 お母さんが必死に訴えかける。


 「そんなことをいわれましても」

 運転手が困った様子たじろする。


 「お願いします。娘の命が掛かってるかもしれないんです」

 お母さんが膝に頭つくほど深く頭を下げた。


 「そこまで言われるなら、わかりました。でも準備は今すぐに済ませて下さい。私達もビジネスでやってますので」


 「ありがとうございます」

 そういうとお母さんはすぐバッグをとりに家に戻った。

 大体の物はバッグに入っているので、今思い付く最低限の物だけバッグに積めていく。


 「荷物をもとめて何をしとるんじゃ」     

 お爺ちゃんが突然荷支度をはじめるお母さんに言った。


 「私今からバルセルラに向かいます」

 お母さんはお爺ちゃんに目合わさず手を動かしながら言った。


 「何をいっとるんじゃアルバトラがこんなときに」


 「娘のアサがそんな危険なところにさらされているんです。母親の私がいかなくて誰が娘を守ってやれるんです」


 「……」

 お爺ちゃんは何も言えず。


 お母さんは颯爽に支度を終わらせ、お爺ちゃんの前にたち言った。

 「お父さん、夫をお願いします」


 「ああ、分かった。本当なら男手のワシが行きたい所だがこんな老いぼれじゃ足でまといにしかならんじゃろ。気をつけるんだぞ」


 「はい、行ってきます」

 お母さんが不安な面持ちのまま馬車に乗り込んだ。


 「では出発します、よろしいですな?」

 これが運転手の最終確認だった。



 「はい」

 お母さんに迷いはなかった。愛する娘のためなら命も投げ出す覚悟だ。

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