第30話 カイト

 螺旋状に上がっていくマリクル山脈の3文の2あたりをバルセルラ軍の戦車1台を筆頭に総勢30名ほどを連れて前進していた。

 雨のぬかるみのせいで戦車が空回りし、うまく進まず、兵隊が懸命に交代で戦車押し進めている。


 「ようし敵は近いぞ、絶対にやつに気付かれるな。素早い奴をとらえるには先手をうつしかない」

 ちょび髭を生やした厳ついおっちゃんが戦車の操縦かんに乗り込み隊の指揮をする。


 操縦席の隣に座るまだ若いであろう青年が睡魔に教われ、うたた寝をしていた所。


 「おいぼけってするな、機関砲のトリガーはお前が握っているのだぞ」


 「はいすみません、いつでもスタンバイ可能です」

 頭を小突かれこんな時ばかり軍人を気取る青年。


 すると戦車の上から双眼鏡をもつ見張り兵が声上げた。


 「龍が上空に現れました」


 「なんだと、全軍一旦停止出来るだけかたまり身を潜めろ」


 龍が山の頂上付近で旋回をして辺りを見渡している。軍が近づいていることを知ってるのか定かではないが何かに気を取られているのは確かだった。


 動きをとめた戦車の砲台部分がゆっくり動き上空の竜狙いを定める。


 「カイト焦るな、狙いは奴が動きを止めた時だ。王が折角与えて下さったチャンスだ無駄にするな」


 「はい」

 カイトと呼ばれる青年の指が震えている。


 隊長の言う通り少し時間が立つと竜は一本の木の枝に止まった。そして光り早さで一本の光の線をとばす。


 その方角は軍隊のほうではなく、私達いえリップの石にむけ放たれたものだった。

 リップはその光に反応して目を覚まし私を起こそうとする。


 軍隊のみな何が起きたのかと茫然としていたが、隊長は冷静沈着でチャンス訪れた事を察していた。


 砲台を狙い定め、カイトに指示をだす。


 「カイト、トリガーを引けー」

 カイトがその声に我に返り、かけ声を発し発射スイッチのトリガーを引いた。


 「イエッサー」


 ドンっ


 大きな砲弾の音で私は目を覚ました。


 「今のはなに!?」

 撃たれた瞬間リップのイヤリングに当てられた光は消えてしまっていた。



 「直撃しました」

 軍隊のほうでは監視役報告をうけ、みな竜を打ち取ったムードになっていた。


 「やったなカイト」

 勝ちどきをあげる兵士のなかで監視役兵隊だけは目を疑っていた。構える双眼鏡を離せず手が震えていた。

 兵士が凝視する先には竜がこちらをとらめて目があっていたからだ。


 「きいてない、直撃したはずなのに」


 「なんだと」

 隊長は愕然とし、隊員の顔色も青ざめ、ざわめきはじめる。


 「隊長指示を」

 カイトが隊長に指示をあおいだが、そんな時間はなく監視兵が第二報を叫んだ。


 「もうスピードでこっちに向かってきてます。こちらの位置がばれてます」


 「もうおしまいだー逃げろ」

 一人の兵士がそう言い逃げ出すと連鎖反応のようにみな、山を下り逃げはじめた。

 だってそうだ、砲弾をうけてびくともせずこちらに攻めてくるなんて。この軍隊にそれ以上の武器は持ち合わせていない、恐れおののくのも無理はないだろう。


 「お前ら恥をしれ、任務はまだ続いておるのだぞ」

 隊長に撤退の2文字はなかったが、今となっては命欲しさに隊長の言葉を聞き入れる物はいなかった。


 「でも隊長さすがにやばいですよ、このままじゃ殺されます」

 カイトは安全ベルトを外し、戦車の天井扉に手をかけた。

 戦車から脱出し隊長に意見を求めたが、隊長意思は頑なだった。


 「ならお前も逃げろ腰抜けめ」といいカイトを押し退け戦車から突き落とした。

 幸い地面は雨で柔らかくなっていた。

 「隊長は?」


 「わしは一人でもやるぞ、命にかえても任を全うするそれが軍人だ」

 隊長はそういい空回りするキャタピラーを全速力で回し、荒ぶる戦車。キャタピラーに弾かれた土がしぶきをあげカイトに襲いかかり、カイトは泥だらけになりながら山を下りていった。しかし一人残った隊長が気になって仕方ない、それでも今は生きることだけを考えて心を圧し殺しとにかく前を走った。


 戦車に残った隊長は向かってくる竜を確認できぬまま、恐怖と動揺する心の乱れから錯乱し、砲弾を乱射させてた。

 


 ダン、ダン、ダンっと大砲が打たれる轟音が森に鳴り響き、その度に木々から鳥が飛び去っていく。



 「いけない、人と龍が争ってるんだ。止めなきゃ」

 私はどしゃ降りの中走り出した。


 走っている最中、今までの砲弾の音とは違う一際大きい音が地面を揺らし鳴り響いた。

 その音に一旦私が足を止めていると、大勢の人が山から下ってきたので私は壁に沿って身を隠した。


 私の姿は見え見えだったが軍人達は目もくれずにそのまま走り去っていった。


 私は軍人達が離れるのを見計らって先に進むと一人の青年と蜂合わせてしまった。身長は私とあまり変わらないが甲冑と鎧に肩牛革のパッドをつけたいること軍人であるのは間違いない。


 「しまった」

 私は小さく溢した。


 「おい、お前こんなところでなにしてる?一般人は立ち入り禁止のはずだぞ」

 青年が近づき私のところに歩み寄る。

 

 「どうやって入ってきた?」


 「大きなもの音がしたものだから」私は怪しまれないように涼しい顔をし

「怪我人はまだ上にいるの?」と自然の流れを装い青年かわし先に進もうとしたが。


 「俺が最後の一人だ」

 その重い言葉に足を止めた。


 「ここは危険だ君も一緒にこい」

 首を横にし中途半端振り返ると青年が手を私に向けていた。

 私はこの手を掴んだら強引に山を下ろされると思い。返事を返さすつき走った。


 「おいお前」

 思いがけない行動に驚く青年。すぐ様私の後を追う


 「一体どういうつもりだ」

 青年の問いにも足を止めることなく私はとにかく走り続けた。


 「ついてこないで」


 「おいそのさきには龍がうろついてるんだぞ」


 「知ってるだからあなたは先に逃げて」

 追うもの、追われる者、龍の危険な存在もあって二人の声も自然と大きくなる。


 「逃げてって見殺しにできるか」

 こういう正義感がある人は諦めが悪いからやっかい。


 「もうしつこいなぁ」

 私が横目にそういい、正面に目を向けるとそこには驚きの光景が広がっていた。


 「道がない……」

 私はギリギリの所で立ち止まりその光景に唖然とした。


 「その先にもう道はない、戦車ごと竜にやられちまった」

 青年が私の背後から言った。


 「戦車は崖の下さ」

 青年が崖を見下ろし無惨な姿な戦車を見つめる。


 先ほど耳にした大きな音の正体は、戦車が落脱したことによる土砂崩れの音だったんだ。


 「ほらもう気は済んだろ」

 青年が私の横に立ち言った。


 「少し離れて」

 私は青年の胸を手で押し距離をとらせる。


 そして崖から数歩離れた。青年は不思議そうに私を見つめるが。


 「リップ出ておいで」

 私は青年の前でリップをリュックから出した。もうここまできたんだ今更リップを隠す必要もない、お母さんは目の前なんだ。こんな所で。

 青年は少し離れた位置から不思議な生き物だなくらいの感覚で見ている。


 「いける?」

 そういうとリップは私の掲げる腕に体を納め、正面の向こう岸をみつめた。

私はリップの答えに納得した。


 「分かった。私もできるだけ遠くに飛ぶから」

 リップの耳元で小さく呟き私は勢いよく助走をつけ崖の狭間に飛び込んだ。


 「おいまじかよ」


 リップが翼を必死に羽ばたかせなんとか向こう岸に渡ることができた。


 私は呆然とする青年に向き返った。

 これで鬼ごっこはおしまい、やっかいな奴だったけど私のことを心配してくれたことには変わりはない。それに関して感謝しなきゃ。


 「心配してくれてありがとう。でもこれでわかったでしょ?私は龍をとめてくる」

 青年は依然呆然としたままだ。私は気にせず青年をおいてゆっくり前進したが、またしても私の足を止めたのは彼の声だった。


 彼の声は一際大きくその言葉には感情が込められていた。


 「ちょっと待った意味が全然わからないぜ。今そっち行くから分かるように説明しろ」


 「嘘!?」

 私が振り返った時には彼は何も躊躇なく崖を飛んでいた。

 私は崖のふちに引き返した。いくら彼が軍人だからといって常人が跳びこえられる距離ではなく、彼は瞬く間に私の視界の外へ消えていった。

 私は目の前の現実から目をそむけ眉を閉じた。

 すると暗闇からリップが凛々しく「キーキー」と鳴いた。

 目をゆっくり開くと、そこにはなんと青年が崖の縁60㎝下にコンバットナイフを突き刺し、なんとかぶら下がっていたのだ。

 私はあわてて腕を差し伸ばして彼の腕を掴んだが、女の私が男の彼の体重を持ち上げられる訳もなく。

 見かねたリップが飛び立ち崖下から青年の足をつかむと下から押しあげ、なんとか持ち上げることに成功した。

 その衝撃で突き刺さったナイフが崖底へと落ちていった。青年は自分がああなっていてもおかしくなかったと思い生唾を飲んだ。


 「助かったのか、ありがとう」

 彼はいまだ心あらずといったところだ。


 「はぁー」

 私は安堵から大きな溜め息をついた、そして。


 「あんたなんて無茶するのよ、ばか、危なく死ぬところだわ。


 「わりー謝るよ。でもこの先に一人いくなんて同じくらい自殺行為だぞ。それにそんな丸腰でどうやって竜を倒すつもりだよ」


 「倒す?そんなこと一言もいってないわよ。この子をみてわからかいの?」

 私の周りを飛び回るリップを指差したがいまいちピンときてない様子。


 「このトカゲと龍が何か関係あるのか?」

 まったくもって的外れな回答に私はそれ以上何も言おうとは思わなかった。


 「呆れた、着いてくるのはいいけど私の邪魔だけはしないでよね」

 もう引きかえそうにも道はないし、彼に残された選択はここで待つか私と一緒に上を目指すかだ。


 「邪魔なんかするかよ、むしろ守ってやるってのに可愛げがないな」

 やっぱりこいつの正義感はやっかいだ。


 「ふん」

 私は彼から顔を背けた。


 それから少し歩き、彼の方から私に喋りかけた。

 「別に俺の事嫌ってくれてもなんでもいいけどさ、名前くらいは教えてくれよ」


 「人に名前を聞くときはまずは自分が名乗るべきじゃない?」

 私は彼に意地悪をしてからかってみた。


 「わーたよ、俺はカイトだ19だ」

 カイトはだるそうには返していたが思いのほか素直な答えがかえってきた。


 私は案外素直じゃないと思い、カイトに名乗った。 

 「アサよ17」

 この時、カイトはよろしくと手を差し出そうとしたが、空気を読んでそれはやめておいた。

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