第26話 ターニングポイント

 一足先に店に着き、扉を開きカランカランとベルを鳴らしたルヴィーさん。


 「おールヴィー、久々じゃねーか。その感じだとジェイドの奴に追い出されたな」

 老人の店主が言った。


 「よくわかってるじゃん」


 「お前さんがうちに来る時は決まってそうだからな。いつまでもツケで飲むのはやめておけよ」


 ルヴィーさんが子供のように反論する。   

 「今日はしっかり払ったさ」


 「今までの分は?」


 「今日は持ち合わせがなかっただけさ。別に返そうと思えば、あんな額いつでも返せるよ」

 ルヴィーさんは痛い所をつかれ苦しまぎれに強がってみせた。


 「今のお前さんにバルセルラ軍に、居場所があるとは思えんがね」


 「なかなかきついこというね……」

 店主はルヴィーさんの事はなんでもお見通しのようだ。


 「ちなみにうちではツケはいっさい受け付けないからな」


 「マスター安心してよ--」

 ルヴィーさんが喋ってる途中でカランと扉がなった「支払いはこの子が持つからさ」

 ルヴィーさんが私を捕まえ言った。


 「君はさっきの?」

 そうこのお店、さっき私が訪れたプレコットだったのだ。


 「あーまた来ちゃいました」


 「あれ知り合いなの?」

 ルヴィーさんがキョトンしながら私とおじさんを交互に見た。


 「ブレアに来る前に立ち寄って」


 「ルヴィーお前さん恥ずかしくないのか?こんな子供にご馳走になって」

 おじさんが呆れたように言う。


 「だってさー」


 「いいんです。ルヴィーさんに助けてもらって私から声をかけたんです」


 「人助けはするもんだね。マスター早く席に案内しておくれよ」

 勝ち誇ったように調子付いたルヴィーさんはご機嫌だ。


 「まったく情けない声だしおってまっとれ」

 こちらはご機嫌斜めな様子。挟まれた私は複雑な気持ちだ。どちらに味方するわけでもなく苦笑いをするだけ。


 テーブル席に案介され、注文はルヴィーさんがしてくれて、商品はほどなくして届いた。私が頼んだのは先程と同じミルクセーキでルヴィーさんはカクテルを飲んでいる。


 「先程はありがとうございました」


 「いいのいいの、別にたいしたことじゃないよ。所で君ルドワンははじめて?」


 「はい、わかりますか?」


 「そんな顔してるもん。ルドワンに住み着くとどうしても眉間にしわが寄ってね」

 確かにルドワンにきてイライラしてる人を多く見かけたような気がする。ジェイドさんなんてその典型だ。


 「君は一人なの?」


 「いいえ家族ときてまして」

 ルドワンに一人じゃ流石に怪しまれる。


 「ふーん」

 ルヴィーさんは半目を開きじーと見てくる。私そっさく怪しまれてます。


 「私の顔にゴミでもついてます?」

 冷や汗を足らし、笑顔つくりながらこたえた。


 「アサって嘘つくの下手でしょ?」


 「え?」

 ドキっとした。


 「だってあからさまに目そらしたもん」

 この人中々に人をみてる。


 「わかります?」


 「分かる」

 ルヴィーさんがグラスをテーブル叩きつけ大きな声でいった。

 今度はドキっからビクっとなった。この人大分酔ってるのかも。


 「長年生きてると色々気付けちゃうもんよ。ねっマスター?」

 突然そんなこというもんだから私は席から立ち上がり手をばたつかせた。

 「ちょちょっ、おじさんには黙ってて下さいよ」


 「いいの、いいの。あの人耳ぼけちゃってるから」


 「えっ何かいったかルヴィー」

 おじさんが厨房から返事を返した。


 「こっちのはなし」

 ルヴィーさんがおじさんに聞こえるように言った。


 「ほらね」

 私に顔を近づき小声でいうと、ルヴィーさんは最後にウインクをした。 


 私は落ち着きを取り戻し椅子に座るとルヴィーさんが話を続けた。

 「こんな街に女の子一人歩いてると誘拐されちゃうぞ」


 「そんな事件起きるんですか?」

 ルドワンとはいえそんなこともおきちゃうんだ。黒い噂ってこういう事!?


 「冗談」

 この人といると心臓に悪い。真に受けちゃ駄目だ。

 私が下を向いてげっそりしてるとルヴィーさんは真面目な顔で言った。


 「でも本当に早く立ち去ったほうがいいよ。龍の話は知ってるだろ?」

 龍と言われ私の聞く姿勢が変わった。


 「はい、山にでたって話ですよね」


 「そうそう。軍は山を囲って包囲したつもりでいるんだろうけど、奴等には翼があるんだ、ここだっていつまで安全か分かったもんじゃない」

 ルヴィーさんは何も考えてなさそうな人だと思ったけど、意外にも冷静に物事をちゃんと見極めている。


 「軍の人はここは安全っていってましたが」


 「あんなライフルで太刀打ちできる相手じゃないよ」

 ルヴィーさんのその眼差しは、本当の龍をその目で見たかのような、そう私に訴えかけてきた。


 「ルヴィーさんは龍に会ったことあるんですか?」


 「ずっーと昔にね」

 ルヴィーさんが私から視線をそらし遠い記憶のような物言いをした。

 でもちょっと待てよ、1つ腑に落ちない。


 「でもルヴィさんってまだお若いですよね」


 「私?まぁそうだな」

 ルヴィーさんが視線を私に向けずいった。これはルヴィーさんひょっとして嘘をついてる?


 私が指摘しようとした時「ルヴィー嘘つくなよ。ワシとは長い付き合いだが中々の年のはずじゃぞ」

 つまみの品を持ってきたおじさんが言った。


 「マスター!?」

 おじさんの登場にあわてふためくルヴィーさん。だがおじさんの話は止まらない。


 「昔は軍人で、その時からまるで変わっちゃいない。ちまたじゃ魔女って呼ばれとる」


 「マスターそこまで、次ビール持ってきて」

 ルヴィーさんがおじさんの背中を押して片手には空になったグラスを手渡した。


 「でも本当にお若くて綺麗ですよ。肌の艶もきめ細かいですし、目の色だってキレイで特徴的ですし」

 ルヴィーさんの目は濁りのない澄んだ青色で本当に綺麗だ。


 「そう?そんなに言われると照れるな。でもあまり目立ちたくないんだけどね」

 ルヴィーさんは少し照れ臭そうにいった。


 「目立つのは仕方ないですよ。でもポジティブなことなんで、もっと自信もっていいと思いますよ」


 「紛れて生きていたいのかも」

 ルヴィーさんがそう言い、耳に掛かった髪を掻き分けると、そこには青く輝くものが。


 「あれそのイヤリング?」

 目に写ったものは、私が身に付けているイヤリングと似たイヤリング。


 「これかい?形見なようなものでね」

 ルヴィーさんが片方を外し、掌にのせて私にみせてくれた。やっぱり私のものと同じだ。ルヴィーさんの物は青く色味こそ違うが、製造元は一緒のようだ。


 「ルヴィーさんそれはどこの国のものですか?」


 「欲しいのかい?でもどこにもないと思うけど」


 「違うんです。私も似たイヤリング持ってるんです」

 イヤリングをはずし手にさしだす。


 テーブルにルヴィーさんのイヤリングが二つ、私の物を1つ並べて、両者を見比べてみる。


 「確かに同じ物のようだ。アサそれのもう片方のイヤリングはどうした?」


 「もうひとつは政府の人が持ってると思います、税金のかわりにお供え物に渡しました」


 ルヴィーさんがイヤリングをじーっと見つめ、神妙な面持ちで口に手をやる。


 「それがどうかしたんですか?」


 「いやなんでも……なんでもないよ。私もこのイヤリングがどこからきたのかわからないんだ」


 「そうですか」


 窓に目を向け空を見上げるとまた雨が降りそそいでいた。


 私とルヴィーさんは締めの一杯にコーヒーを頼み、その香りを楽しんだ。こどもの私には少し苦く感じたが雨の音も相まって雰囲気は完璧だ。後は気持ちの問題か。


 「雨せっかく止んだのにまた降ってきましたね」


 「雨は嫌い?」

 ルヴィーさんが顔色を変えず言った。


 「嫌いじゃないですけど、外にでれないのが。晴れの日のほうが気持ちが明るくなりますし」


 「雨の香り……私は好きだよ」


 「え?」

 ルヴィーさんの返しに少し違和感を覚えた。


 「雨に濡れる草木の香りも、大地の香りも、コーヒーの香りも、君からも香りを感じる、そしてそのリュックからもね……」

 私は床においていたリュックを持ち上げ、強く抱き締めた。


 「私は香りに敏感なんだ。その中に何がはいってるのかも大体察しがつく。軍からは相当離れていたが、復帰するにはいい土産物になりそうだ」


 バレた人がまずかったか、ルヴィーさんはお金に困っていそうだし。でも根っからの悪人でもない。心に訴えかければ分かってくれるかも。


 「どうしても山に用があるんです。見逃してもらえませんか?」


 「龍に会うつもりか?」

 ルヴィーさんが笑いながら言った。


 「私ならこの事件を解決できます」

 ルヴィーさんが私がどれだけ本気なのか見定めるために、こちらの目を見つめる。本気と伝わったのか、ルヴィーさん笑う顔も真剣な眼差しへと変わった。


 「いい目をしてる、君が誰なのかようやく分かったような気がする」

 ルヴィーさんが目をつむり緊張の糸が切れたように息を吐き出した。


 「協力しよう。雨がおさまったら店を出るぞ」

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