第17話 店主の真意

一瞬店主が施錠してくれたのだと思った。でも扉をよくみると内鍵をあけるレバーがついていない。

 恐る恐る扉のノブを捻ろうと試みたが、ノブは途中でひかっかりそれ以上動こうとしない。


 「え、ひらかない」

 私の動揺をよそに、店主のその場から立ち去ろうとするコツコツと足音が聞こえたので、すかさず呼び止めた。


 「あのすみません」


 「どうしました?」


 「どうやら鍵が締まってしまったようなんですが?」


 「そうでしたか……ではご利用ということでよろしいでしょうか?」

 店主は感情をなくしたようにただ淡々とそうのべた。


 「え?」

 私は店主の言ってる事が理解できなかった。


 「この部屋に関してましては扉がしまった時点でオートロック機能がかかり、ご利用という形となっております」


 「ちょっと待ってください私は泊まるなんて一言も」


 「えーもちろん存じております。しかし扉を自ら御閉めたなったのはお客様自身ではないですか。

 私もできればお力添えしたいのですが、なにゆえその部屋は実の所をいうと借り物でして、私にもどうすることもできません。唯一の解錠方法はドア脇にあります精算機体でのお支払いと聞いております」


 「そんな」


 「それでは私は夕食の準備をさせていただきますのでこれで」


 「ちょっと待ってよ」

 私は扉を何度も叩いたが店主が足を止めることはなかった。


 「どうしよう、これって私騙されたってことだよね?そうだリップ」

 私は部屋中央に移動しテーブルのイスにリュックを下ろした。

 

 「リップ出てきなさい」

 私はリュックのファスナーを開き、リップに呼び掛けた。ひとつ幸いだった事はリップと離れ離れにならなかったことだ。


 「プハー」

 リップは水面から顔を出したかのように息を吐き出した。

 その口元はもぐもぐとハムスターが頬に餌を溜め込むかのように膨らんでいた。


 「リップあなた何食べてるの」

 リップは私が怒ってることに気が付くと慌てふためきリュックから飛び出し、テーブルの上に乗ると、小さな歩幅で小刻みに後退りした。小さな手を両方後ろに回して何かを隠しているようだ。

 その手の中の物をみればリップが何を食べてたか分かるだろう。


 「リップ隠してる物をだしなさい」

 リップは自分が悪いことをした事に気付いたようだが、私に怒られるのが怖くて隠した物を出せずにいた。

 無理矢理取り返す事も出来るけど、リップの躾のためにも私はリップが過ちに気付いた自分で返す事が大切だと思った。


 「正直に出せばこれ以上怒らないから」 

 私がそういうとうつむけた視線を一瞬だけ私に向け手を前にひょいと出した。そこには幅10センチ程の丸いパンが出てきた。


 「お腹が減ってたのは仕方ないことだけど、人様の物を勝手に取ってはいけないのよ。これは私が預かるから後で一緒に謝って返しましょ」

 私はテーブルにあったナプキンを一枚取るとそのパンを包み、潰れないようにリュックの中の1番上に優しく置いた。

 リップを見るとまだくよくよしていた。

 

 「リップいつまでもくよくよしない。私にごめんなさいしてスッキリしよ」

 

 「ぷがー」

 リップが深々と頭を下げた。


 「よくできました。お利口さん」

 リップの頭を撫でリップもようやく元気になってくれた。

 これでリップも少し大人になったね。

 

 「リップが食べた分はお金を払うとして、ここのお部屋の分は私が払える額じゃないし。私は再三宿に泊まるつもりはないと店主に言ったんだ。一銭だって払うもんか」

 私がぶつぶつ言ってるとリップが不思議そうな声で聞いた。


「私達さっきの店主に閉じ込められちゃったみたいなの。どうしよう」


 「ぶーぶー」

 リップが事態を飲み込み怒っている。


 「お金を払えば開くみたいなんだけど」


 「ぷぷくー」料金は?とリップが尋ねた。


 「15万ミラ。私そんな大金もってないよ。どうにかして脱出する手立てを考えないと」


 「ぷーぷー」

 私はリップの言ったことになるほどと思った。


 「そうね、確かに私の他に宿泊してる人がいるかもしれない。その人に助けをもとめてみよう」

 1度深呼吸をしてから息をめい一杯吸い込み、壁に向かって大きな声でさけんだ。


 「誰かー、いませんかー」

 反応がかえってこないかすかさず壁に耳をあてたが、周りからの応答はない。私はもう一度叫ぼうとしたその時だ、備え付けの電話機が音を鳴らした。


 疑心になりながら震える手で受話器を手にとると、受話器の向こう側は無言で何も聞こえてこない。私は勇気をだして声を出した。


 「もしもし」


 「残念だが助けを求めたって誰も来やしねぇよ。この建物には俺達二人しかいないのだからね」

 声の主は店主だった。さっきとはうってかわって妙に慣れ慣れしい。どうやらこれが彼の本性なのだろう。

 「あなたいったいどういうつもりなんですか」


 「種明かしだ。本当のことを教えてやる。実のことをいうとこの宿はまだ開業されていないんだよ」


 「なんですって」


 「物件費だけで相当予算をくってしまってね。他の部屋は家具はおろかすべてもぬけの殻なんだよ。

 だからまだ営業できるだけの資金が足りてないんだ。

 でも安心してくれ、その部屋だけは特別だ。他の宿に比べても決してひけをとらないものになっているさ。

 例えば君がいくら大きな声で叫ぼうが、部屋の壁に防音加工を施してるから外部に音が漏れることもない。私の自信作だよ」


 「あなたさっきあの部屋は借りものだって」


 「種明かしと言っただろ。どこまでも馬鹿正直なやつだ。あの部屋はな、君のような頭の足りない観光客にカモなってもらって開業資金を手に入れるために私が設計したスペシャルな部屋だ。」


 「お願いだして、私はこんな所でくつろいでる時間はないの。早くこの街から出ないと」


 「こんな夜更けに町の外にでようっていうのか、本当にどうかしてるよ。夜の街道は危険がいっぱい潜んでるんだ。女なら尚更だ」


 「このことは誰にも言わないから」


 「金をいれん限りは解錠しようがない。そんなに出たいなら代金を支払ってさっさと出ていくんだな」


 ガチャ。

 説得するも失敗に終わり電話を切られてしまった。


 むー完全にはめられた。カトリーヌさんに言われたことを鵜呑みして、信用しきってしまった。

 知らない人についていっちゃだめだってそのくらいのこと子供だって分かる。私のバカ、お人好しもいいところよ。

 

「リップ私から離れて」

 私はテーブルのイスを持ち上げた。


 「こんなの全然女の子らしくないし、私らしくないけど、そっちがその気なら少し手荒にいくわよ」

 私はイスを頭上に振り上げ、助走をつけ窓に叩きつけた。

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