第16話 客室の案内人
ジョセ達は焼き鳥屋の露店で紹介された東通り広場の大釜亭を訪れたが、むろんそこに私の姿はない。
「アサのやついないな、どこほっつり歩いてんだか。せっかく奢ってやろうと思ったのに」
ジョセは席につくなり、がっかりした様子でカリーヌさんに愚痴をこぼした。
テーブルに両肘をつけ顔を手で覆うと、指の隙間から片目でカトリーヌさん見つめジョセが言った。
「なぁ姉貴、アサのやつあたし達を疎ましく思って逃げ出したってことないかな?」
「うーん、アサちゃんが挨拶もなしに?そんな礼儀のなってない子には見えなかったけど。私はもどり道が分からなくなって迷子になってるんじゃないかと思うけど」
「迷子ね、アサが迷子になる年かね」
ジョセが呆れるようにまた顔を手で覆った。
「あの子人見知りな所あるじゃない?」
ジョセがテーブルをパンと鳴らし立ち上がって言った。
「却下だね。幼稚園児じゃあるまいし、道に分からなくなったって道を尋ねるくらいできるさ」
「じゃージョセちゃんが言った事が正しいことになるの?」
「わかんねーけど、あたしは去る者は追わねーよ主義だよ」
ジョセは立ち上がったと思えば今度は勢いよく座りこみ、最後の言葉を口にしてから批判が集まると思ったのか、口をコップで塞いで水を飲む訳でもなく、みっともなく水をブクブクとさせた。
「ぽぽぽーん」
ポルンさんが珍しく立ち上がりジョセに食って掛かった。
「なんだよポルンやんのかよ」
ジョセは驚いた様子だったがすぐに立ち上がり、肘をまげ拳を握ぎって構えて見せたが声のトーンから明らかにポルンさんに物怖じしていた。
「絶対そんなことないですって。私もポルンちゃんに賛成ね」
カトリーヌさんは上品にコップ入った水をストローで飲み干しジョセに言った。
「分かったよ」
ジョセはやれやれと渋々折れ、カトリーヌさんとポルンさんは嬉しそうにハイタッチ交わした。
「前々から気になってたけど、姉貴の通訳って本当にあたってるの?」
「ポルンちゃんが否定しないってことは合ってるじゃないかしら?」
「まったく面倒かけるぜ、ポルンまず聞き込みだ」
「ポポーン」
ポルンさんが張り切った声でえいえいおーの要領で拳を天に伸ばした。
……
しばしの沈黙の後、ジョセとカトリーヌさんがお互いの顔を見合わせ苦笑いした。
そしてジョセがポルンの肩をポンと叩くと。
「いや今のは忘れてくれ。ポルンはここでお留守番だ。アサがここに来るかもしれないしな。姉貴二手に分かれて探そう」
「ええ」
ジョセの指示により私の捜索活動がはじまった。ポルンさんは少ししょんぼりした様子で席についた。
「お客さんご注文は?」
そして1人では何一つ注文できないのであった。
その頃私は、宿屋の店主に案内され、客室の紹介を受けていた。
彼の後をついて行き階段を上がり、まずはじめに案内されたのは2階の一角にある、六畳ひとまの洋室だった。
「さぁさぁどうぞ」
店主は丁寧にも扉を開き、私を客室へと招いた。
私は申し訳なさげに背中を縮こませ、のそのそと中へ入って行く。
右手から端へとゆっくり視線を動かすと店主は感想を求めるように「この部屋どうです?」と尋ねた。
「いい部屋ですね」
私は部屋を眺め、店主に背を向けまま返答した。
「それはよかった」
店主は満足そうに笑みを浮かべた。
本音でいえばこの部屋は、特段なにか特別なものがあるわけではない。至ってシンプルで落ち着いた雰囲気のある部屋だ。シングルベッドに青いカーペット、冷蔵庫、洗濯機が完備され日常生活に困る事はないだろう。
「お一人様でしたら全然不便はないかと思いますよ」
店主はそういうと思い出したかのように言った。
「そう言えばお連れの方がいるとおっしゃってましたね」
「はい」
「あーそれならいい部屋があるんだ、そちらも是非ともお見せしたい」
店主は少し興奮気味に言った。
私は泊まるつもりはないのだけれど、この人はそのことをちゃん分かっているんだろうか?
実をいうと私は少しこの人に不信感を抱いている。さっきからこの人の言葉には敬語とため口が混同しているからだ。
仕事ぶりに関しては手慣れたものを感じさせるが、プロフェッショナルとしてそれはどうなのか。ましては彼はこの宿を代表する店主だ。
私は疑問に感じながらも、自分の意思をハッキリと伝えるべく口を開いた。
「あのすみません、私先程も言いましたが宿泊の予定はありませんので」
私は眉を潜め少し強めの口調で言った。狭い廊下に私の声が反響した後、その場は静まりかえり、なんとも気まずい雰囲気になってしまった。
店主はというと驚いた様子で目を見開き、少々の間をおいてから、落ち着いた口調で話始めた。
「勿論存じております。今日は部屋のご案内のみでございますので、何も心配なく」
「私はお客様が、次回カルーモにお越し頂く機会があれば、是非本館をご利用頂けたらと思い、紹介してる次第であります」
「そうですか」
私の勘違いか、思い過ごしだろう。こんな言葉いう人が悪い人には思えない。
「そうですね、また来ることもあると思います。案内してもらっていいですか?」
「ありがとうございます。ではこちらへ」
店主の軽快な営業トークは聞きながら、私は次の部屋へと案内された。どうもその部屋には自信があるようだ。
「こちらが四人部屋でございます」
部屋に入るなり私をは大きく目を見開いた。そこには先程とはうってかわって大変豪華な装飾の施された空間が広がっていた。天井を照らすライトはシャンデリア、冷蔵庫もどでかいもので、ワイングラスナーまでついてる。
そしてなにより驚いたのはベッドだ。サイズは規格外のものが4つ並んでおり、大きさもさることながらカーテンの目隠しまでついている。
なんだか大人な雰囲気。私は頬赤らめ目元に掌をのせた。
「どうです?おきに召されましたか」
呆然に呆ける私に店主が言った。
「凄くいい部屋だと思います」
「でも庶民の私にはあまり縁のない部屋かもしれません」
「いえいえそんなことありませんよ」
店主は私の立場を立ててくれたようだが、私はまだ自分自身でお金稼いだこともない子供だ。私には贅沢過ぎる。
「4人部屋だと全部このクラスなんですか?」
「まさか、先程のような普通の部屋も用意していますよ。」
「この部屋だと一泊でどれくらいかかるんですか?」
「相場だと20万位するところを、うちでは15万だよ」
「15万ミラ!?」
高いでも四人で割ったらいくらだ?頭がくらくらする。
これでもサービス価格なんだろうけど、私には聞いてるだけで頭が痛くなる。
「やっぱり私には少し遠い世界です」
「まぁ今回は見学するだけですから」
少しいいものをみれたかもしれない。ジョセ達に見せたらきっとびっくりするだろうな。
「あの他の三人もきたら、この部屋を見せたいのですが?」
「勿論よろしいですよ、ならここでお待ちしててもいいですよ」
「ありがとうございます。じゃ荷物だけもってきますね」
「ええ」
私は一階に置いてきたリュックを取り、そしてすぐに二階の客室へと戻った。
「すみませんお待たせしました」
「いえいえ、待ってる間好きに使っていただいて結構ですので」
「ありがとうございます」
「それでは」
私は扉に手をかけ扉を閉めた。その時小さく「カチャリ」と音がなった。
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