夕暮れ時々恋晴れ

ゼパ

第1話

ふと、あの夕暮れに切なさと懐かしさを感じた。

どうしてこんな気持ちになってしまったのだろうか。

レモン味のジュースを飲んだから?それともあんなに雨が降っていたのにやんでしまったから?

いや違う……先輩が女の人と喋っていたからだ。

いつもは私と話している時のような優しい顔で笑っているのに今日に限っては違った。

その笑顔はとても綺麗だったけど、どこか悲しそうにも見えたのだ。

「あーもうっ!」

私は思わず叫んでしまう。

何なんだよ!なんで私がイラついてるわけ!?

そんな自分に腹が立ちながらも、なぜか胸の奥はモヤモヤしていた。

「どうした?」

私の叫び声に反応してか、先輩がこちらを見つめてくる。

その顔を見ると余計にイラついてしまい、私はそっぽを向いて言った。

「なんでもないです」

すると先輩は何も言わずに立ち上がって私の隣まで歩いてきた。

そしてそのまま隣に座ってくる。

「えっと……」

私は戸惑いながら言うも、先輩はそのまま何も言わずに座っているだけだった。

それからしばらく無言のまま時間だけが過ぎていく。

その間ずっと先輩の横顔を見ていたけれど、やっぱりカッコイイと思うしドキドキする。でもそれと同時に不安にもなってきてしまうのだ。

もしこのままこの関係を続けていって、いつか先輩に彼女ができたら……。

そう考えるだけで心が痛くなってきた。今の関係が崩れることよりも、先輩が自分の知らない人になってしまうことが嫌だと思ったのだ。

だから私は勇気を出して聞いてみることにした。今まで聞けなかったことを。

先輩が他の女の子と話していた時のことを思い出して、少しだけ怖くなったけどそれでも聞かずにはいられなかった。

「ねぇ、先輩。私のことどう思ってますか?」

私は意を決して口を開く。しかし言葉を発した瞬間、心臓が激しく動き始めた。

バクバクという音が耳元にまで聞こえてきそうなほどうるさい。

私は緊張しながら先輩の顔を見る。

すると彼は真剣な表情をしてこう答えた。

「俺にとってお前は大切な存在だよ」

それはどういう意味なのかよく分からなかったけど、きっと悪い意味ではないはずだと思いたい。だって先輩の声音からは優しさを感じることができたから。

だけど同時に寂しさのようなものを感じてしまったのもまた事実なのだ。

まるで今の私たちの関係は仮初めのものであって、本当のものではないと言われているような気がした。それがなんだか悔しくて仕方がない。

もっと早く自分の気持ちに気づいていれば良かったのか?それともこの恋心に気づかなければよかったのか? 分からない。ただ一つ言えることは、もう後戻りはできないということだけだ。

私の気持ちを察したのか、先輩が急に立ち上がった。

「ちょっとトイレ行ってくるわ」それだけ言い残して去っていく。

……なんだかなぁ。もっとこうなんかあるんじゃないのかよぉ。

せっかく2人きりなのに全然進展しないじゃないか。

というよりむしろ後退しているような気がするぞ。

「はぁ……」ため息が出てしまった。

結局その後先輩はすぐに戻ってきたものの、特に何か話すこともなく時間が過ぎた。

気付けば空には星が見え始めている。

辺りの街灯のおかげで真っ暗ではないのだが、それでも少し薄暗く感じた。

先輩の方を見る。相変わらず何を考えているのか分からない表情をしている。

きっと今ここで勇気を出して告白したら成功するかもしれない。

だけど断られた時のことを考えると怖くて言えない。

だからといってこのままの関係を続けるのもつらい。

どうすればいいのかわかんなくなってきた。

いっそこのままでもいいんじゃないかと思ってしまいそうになるくらいだ。

「じゃあそろそろ帰るか」

先輩の言葉を聞いて、この気持ちがかき消されてしまう。

まだ帰りたくないな。もう少しだけここにいたいな。

……なんてわがまま言えるはずもなく、「はい」と答えることしかできなかった。

2人で並んで歩き始める。

しかし会話はない。お互いに何を話せば良いかわからないまま歩いているだけだ。

それでも私は先輩と一緒にいるだけで幸せを感じることができた。たとえそれが沈黙であっても、そこに存在しているという事実があるだけで嬉しかった。

だけどそれも長く続かない。あっという間に別れ道へと辿り着いてしまった。

いつもならここでさよならなのだが、今日はまだ一緒に居たいと思っている自分がいる。だから私は立ち止まってしまった。

それにつられてなのか、先輩も足を止めてくれる。

心臓が激しく動いている。緊張で頭がおかしくなりそうだ。

今まで何度も経験してきたことだが、やはり慣れないものである。

私は意を決して口を開いた。

「・・・先輩って好きな人いるんですか?」自分でも驚くほど小さな声だった。聞こえているかどうかすら怪しいレベルの声量だ。

それでもちゃんと届いていたようで、先輩は答えてくれた。

「あぁ、いるよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥から痛みを感じた。まるでナイフを突き刺されたかのように鋭い痛みだ。涙が出てくる。視界がぼやけてきた。やばい、このままじゃ泣いてしまいそう。必死に堪えようとするも上手くいかない。目元に力を入れてみるが全く効果がないのだ。

そしてついに我慢できず、私の頬を一筋の雫が流れ落ちる。

それを合図にしたように次々と溢れ出してくるのだ。

ダメだとわかっていても止められない。きっと彼女のことなんだろう。

そう思うだけで心が痛くなる。

どうせ叶わない恋ならば最初からしなければよかったんだ。

どうしてこんなにも辛い思いをしなければならないんだろうか?やっぱりこの恋心を捨てるべきなのか? でも今更捨てることはできない。だって好きになってしまったのだから。

私は先輩のことが好き。大好き。愛していると言っても過言ではないほどだ。

だからこそ先輩に彼女ができると考えただけで悲しくなったのだ。

悔しかったのだ。私は泣きながら先輩を見つめた。

すると彼は困ったような表情をしてこちらを見ている。

そしてゆっくりと口を開いて言った。

「ごめん」

その言葉が聞こえた瞬間、私は走り出した。「お幸せに」という言葉を残して。

これ以上先輩の顔を見ていられなかったからだ。


後ろで先輩が何かを言っているけどよく聞き取れないし、振り返る余裕もない。

ひたすら前を向いて走った。先輩は追いかけてこなかった。ただ黙って見送ってくれていた。

私はそんな先輩の姿を見たら余計辛くなった。

だから私は逃げた。何もかも忘れるために。

どれくらいの時間走っていたのだろうか。

家に着いた時にはもう完全に泣き崩れていた。

部屋に入ってベッドに飛び込むと同時に枕を抱き締める。そして声を押し殺して泣いた。

……どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

私はただ先輩のことが好きになっただけなのに。

いつの間にか私の中で大きな存在になっていたのだ。……先輩も私のことを好きになってくれればいいのに。

そんな叶わない願いを抱いてしまったせいで余計に辛くなる。

そして私は声を上げて泣く。もう自分の感情を抑えることができなかった。

しばらくして私はようやく落ち着きを取り戻した。

「先輩にひどい事しちゃったなぁ」冷静になるとさっきの行動が恥ずかしく思えてくる。

あんな風に逃げる必要はなかったはずだ。普通に声をかければ良かったじゃないか。

だけどあの時はどうしても耐えられなくて、気付いた時にはすでに逃げ出してしまっていた。……明日謝らないと。

そして、告白しよう。この思いを。

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