第22話 お絵かきを描き

青い空。

広大に広がる草原。

その中心には二人の男女。

近くには木製の椅子が置かれていた。

一つはすでに宮古ハルメンが座っており、残るもう一つの木製の椅子は久島五十五のために用意されたものだった。


「今日は、一緒に絵を書きましょう、被写体は…私たちで、お互いに」


宮古ハルメンは久島五十五を描き、久島五十五は宮古ハルメンを描く。

二人一緒に描く様に、椅子をお互いの方に向けて、前を向きながら絵に取り組んでいく。

座り、久島五十五はスケッチブックを構える、しかし、唸り声を漏らした。


「…大丈夫ですかね?俺はあまり、絵心というものがないですし…それに」


久島五十五は言い淀んだ。

発しようとした言葉はまるで口説いているようで、きざな台詞だからか、その先を口にしたくはなかった。


「…?何を、言おうとしたの?」


当然ながら久島五十五の言いかけたことに対して気になっていた宮古ハルメンは聞いてくる。


「いや…その、俺は…ふはあ…」


一度言い出した以上は、最後まで言わねばならないと観念して。


「絵心がないから、ハル姉さんの魅力を十全に引き出せるかどうか心配していただけだよ」


少し気恥ずかしそうに言いながら手で口を覆い隠す。

どうやら照れ隠しの様子らしい。


久島五十五の口説き文句のような言葉に宮古ハルメンは嬉しそうに微笑んだ。


「嬉しい…とっても嬉しい、そんなセリフが…あなたから聞けるなんて」


ペンを持つ。

久島五十五の顔を見て、彼女は心配する事は無いと告げる。


「下手でも良いの…絵に重要なのは、完成度の高いものじゃなくて…完成されたものだから…こほッ…中途半端でも、きちんと描いてある絵の方が、描いている人の重みを感じるから」


宮古ハルメンは、指を動かして、久島五十五を描き出す。

久島五十五も、椅子に座り直すと、彼女の顔を見て、黙々と絵を描いていく。


彼女の顔を見る。

茶色の髪の毛、髪質は緩く、乾燥した空気によって浮遊感を得た様なパーマがかかっている。

病弱で、体は細い、しかし、手足は健康的な色をしている。

痩せた体でも、女性らしい肉付きをしている。少し汗で、パジャマが体に張り付いているから輪郭が良く分かる。

瞳は琥珀の色、憔悴している事が多いのか、少し瞼が重ためだ。


久島五十五を描く、彼女の表情は、ともかく真剣で、その表情を見ながら、久島五十五もまた真剣に絵を描く事に取り組んでいる。


時間すら忘れてしまう程に、二人はただ描き続けた。

まるで、その絵に魂を封じ込める程の勢いでだ。


黙々と絵を描き続けて、久島五十五が一息吐く。

完成度は八割と言った所だろう、自らの絵をじっと見つめて、左右のバランスが少しおかしいかもと思い始めて来ると、そうなると別の部分も終生すべきかも知れないと考えて来てしまう。

そうなると折角描いた絵が駄作の様に思えて、それが自分が作ったものだとは信じられず、もう一度書き直したい衝動と、もう一度書いても同じだから、無駄な時間を過ごしてしまったと言う軽い後悔の様なものを覚える。


「…ふぅ」


溜息の様な息を漏らすと、絵を描いていた宮古ハルメンがその声に反応して久島五十五の方に視線を移す。


「出来たの?」


にこりと笑いながら立ち上がる宮古ハルメン。体重を前に移動させると、勢いがあり過ぎて、前のめりで倒れそうになる。


「危なッ」


久島五十五が椅子から立ち上がると共に、宮古ハルメンの体を抱き留めた。

彼女の体は、久島五十五にとってはとても軽いものだった。

彼女の体は病弱だから、と言うわけではない。


「大丈夫ですか?少し、無理をしたかも知れませんね…もう、今日は」


ここで終わりにしようと、宮古ハルメンに言おうとしたが、彼女の指先が久島五十五の口元を塞いだ。


「…今日は私の時間、貴方の時間は、私のもの…私が、どうするかを決めるの…まだ、もう少しだけ、絵を描きましょう?…それが終わるまでは、絶対に、止めないから」


なんと、頑固な人である。

一度決めた以上は絶対に揺らがないし、曲げる事はない。

その性格だからか、久島五十五の言葉でも、止まる事は無いのだろう。


「…分かりました、じゃあ、早く、描きましょうか」


そう言って、久島五十五は宮古ハルメンを椅子に座らせると、自分もスケッチブックを持って彼女に向き合う。

どれ程、下手な絵であろうとも、描き終わらなければならない。

でなければ、宮古ハルメンは意地になってでもこの空間を解く真似はしないだろう。

そうなれば、久島五十五は、絵のクオリティは二の次だった。

早く彼女の絵を完成させて、宮古ハルメンを安静にしたいと言う願い。


出来る事ならば、この絵も、綺麗に描き切って欲しいと、修整を行いかながら描き進めて、数時間を掛けて絵を完成させる。

丁度、宮古ハルメンも完成したらしく、久島五十五に自らの描いた絵を見せた。


「これが、スズくんの」


絵を見る。

久島五十五も、自らの絵を彼女に渡す。


彼女の絵は、お世辞にも上手いとは言えない。

輪郭はグチャグチャで、目の大きさも違う。

それでも、久島五十五は、一目見てその絵が好きになれた。

全力だ。その絵は全力で、描かれている。

宮古ハルメンが真剣になって、何時間もかけて描いた絵は、素直に嬉しいと思える。

たった一つの自分だけの作品が、あるのだ。


「(スズくんの絵…うん、数時間、ずっと、ずっと…私を見て、思って描いてくれた絵…嬉しいなぁ…)」


宮古ハルメンも、満足と言った表情で頷いていた。

絵を描く事に夢中になっていたらしく、宮古ハルメンはベッドの上に座っていた。

彼女の体は、ダンジョンによる瘴気に当てられた事で、肉体の毒素を完全に排出する事が出来ずに蓄積してしまう。


「ごほっ…ごほっ」

宮古ハルメンが咳き込んだ。

そろそろ起きていられるのにも限界が近づいてきたらしい。


「ハル姉さん、そろそろ休んだ方がいいかもしれない」


久島五十五は彼女の体を大切に思いそのように言った。


「…まだ、もう少しだけ、あなたと話していたいの」


体は重く、深く咳き込むようになった宮古ハルメン。

両手を開いて自らの口元に手を添える。

暖かい感触、滑るとした粘液が彼女の手のひらに付着する。


赤色の血液。

彼女の体はともかく脆い。

毒素を排出しようしても、体内に毒素が残り続ける。

すると体の細胞は毒素を破壊しようと攻撃する。

そして細胞は次第に毒素ではなくて自らの細胞を外敵と判断して攻撃し続けるのだ。

ダンジョンアイテムを使用したりすれば、肉体は治る可能性もある。

だかが宮古ハルメンは使用する事を拒否していた。

彼女にも色々理由があるのだ仕方のないことだとは思う。

いずれにせよ彼女はこのままであればあと数年のうちで死んでしまうだろう。

そうなってもいいように彼女は孤独に死ぬことよりも大切な人とそばにいて抱きしめられながら死にたいとそう思っていた。


「…だからもうちょっとだけ、おしゃべりを…大丈夫だから」


手に付着した血液をティッシュで拭きながら彼女は何でもないと心配させないように笑みを浮かべた。


彼女の健気さに久島五十五はゆっくりと首を促すと彼女の手を握りしめる。


「分かりました…今は俺は貴方のものだ、ハル姉さんに従うよ」


久島五十五の権利の時間はまだ残っている。

その時間、すべては彼女のために用意されたものだ。

今日一日という限定時間。

それが終わるまでは久島五十五の権利は彼女にあるのだから。

しばらく二人はたわいもない話をした。

ベッドに座る宮古ハルメンは久島五十五との時間を満喫する。

次第に時間は過ぎてゆき宮古ハルメンは体を休めるために眠っていた。


「ん、ふっ、んんんっ…」


あえぎ声のような吐息が盛れている。

体が熱くて仕方がないのだろう。

久島五十五は眠りに落ちた宮古ハルメンの側にいてずっと彼女の顔を見ている。

そして零時を迎えて、彼の権利の期限が過ぎてしまった。

久島五十五は時計を確認してそして立ち上がると彼女の手を離そうとする。


「時間です…俺は戻ります」

そう言って久島五十五は宮古ハルメンから離れようとするが。

最後に宮古ハルメンは強く久島五十五の手を握り締めた。

行かないでほしいと懇願するのだろうか。

彼女はゆっくりと目を開き久島五十五の顔を見ると。


「…お疲れ様でしたスズくん…これ」


そう言って久島五十五にスケッチブックを渡す。

宮古ハルメンが久島五十五のために描いた一枚をイラストだった。


「大切に持っててくれる…?捨てないで、くれる…?」


そう願うように彼女は言った久島五十五はゆっくりと頷く。


「捨てませんよ…絶対に」


そう言って久島五十五の一日は終わった。

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