第19話 興奮して止まない

宮古レインドールは自らの部屋に戻る際に、必ず深呼吸をする。


「(平常心よお、平常心…)」


そんな事を考えながら部屋の中に入る。

部屋の中は、通常、女子生徒の部屋は男子生徒の部屋とは違い、一人一部屋分け与えられる。

男性の場合は、四人一部屋であり、女子生徒よりも狭く、二段ベッドが二つ、その間に二人用の円卓と、少量の荷物を置くスペースしかない。

宮古レインドールの部屋は、女子生徒が扱う部屋を四つ分、壁をブチ抜いて造られており、一人で住むには贅沢過ぎる内装となっている。


彼女にとっては、この特別な部屋は当り障りの無い空間であり、到底見飽きる程に無感動な部屋であった。

しかし、今は違う。

今では、彼女が購入した高級品が部屋に在る。


「ん、んん…ッ」


咳払いをする。

自らの部屋に入る事なんて、そんなに緊張はしないものだ。

しかし、今では…久島五十五が、宮古レインドールの部屋に居るのだ。

久島五十五を購入した事により、取り合えずは宮古レインドールの部屋で過ごす事になった。

そして、宮古レインドールは自らの部屋を、女従士に命令して、全てのグッズを宮古邸へと輸送する様に命じた。

決して、久島五十五に、自分が久島五十五のファンである事など、バレてはならない。

それは、宮古一族の冷酷な面を受け持つとされる悪女、宮古レインドールにとっての矜持であり、それを破るような真似は絶対にしないと心に誓っているからである。


「さあ、帰ったわあ」


そう言って部屋の中に入ると共に。


「あ、…お帰りなさい、レインドールさん」


部屋の中には、久島五十五が居た。

それも、ボロの衣服ではない、彼の服装は、宮古一族の従士が着込む執事服となっていた。

どうにも、彼にはこの衣服は小恥ずかしいようで、宮古レインドールに頭を下げた時、少しばかり視線を斜め下に向ける。


その行動に、宮古レインドールは無表情ながら部屋を歩いて、そのままトイレの方へと入る。

扉と閉じて息を吐く。

それと共に近くにあるトイレットペーパーの端を摘まむと、思い切り引っ張ってペーパーを引き出した。


「(推しの服チェンンンンッ!!なんであんなに似合うのかしらああっ!わた、私を萌え殺す気いいい!?好きいいいいいいっ!!)」


ガラガラと、興奮のあまりトイレットペーパーを引き出して、カラカラと、芯だけがペーパーホルダーに残された。

興奮した心を落ち着けようと息を吐いて、トイレから出ると宮古レインドールは何時もの余裕そうな笑みを浮かべて。


「トイレ、片づけておいてちょうだいなあ」


と、ペーパーの山になったトイレを指して、宮古レインドールはそう言うのだった。


推しが部屋に居る。

それだけで、宮古レインドールの心ははしゃぎ、同時に息苦しく感じる。

椅子に座り、貪る様に書物を読む宮古レインドール。

これは決して、宮古レインドールの趣向ではない。

久島五十五が部屋にいる事で、大抵の行動は制限される。

日課である久島五十五グッズとの戯れは、今彼の目の前では禁止なのだ。

そういう状況下である為に、宮古レインドールは多大なストレスを感じつつあった。


「(推しが傍にいるのに何も出来ないもどかしさ…これならば部屋に居るよりかは別の場所に居て欲しいと思うもどかしさ…それを通り越して書物を読み漁る私…一体なにをしているのかしらあ…)」


考え過ぎて、最早自分が何をすれば良いのか分からない。

頭の中では、久島五十五の事でいっぱいで、久島五十五本人が居るから何も出来ないと言うジレンマにかられていた。


一方、久島五十五はモップを持って水掃除をしていた。

そして、書物を読み漁る宮古レインドールを見ている。


「(なんだか懐かしいなぁ…昔もこんな感じだったかぁ…)」


久島五十五は思い出す。

あの時は、久島五十五が無価値の存在だった頃だ。

書物を読み漁る宮古レインドールに見向きもされなかった。

正しい憎悪と殺意を持って、無造作に対応されたのを、昨日の様に覚えている。


「…」


宮古レインドールがテーブルに置いてあったデバイスに触れる。

そのデバイスには、丁度連絡が入った様子で、デバイスが振動していた。

宮古レインドールにとってはその連絡は有難いものだろう。

久島五十五と共にするこの空間、心臓が破裂しそうで体に悪かったからだ。


「なにかしらあ?」


宮古レインドールはデバイスを耳に添えて話を伺う。

電話先からは、男性の声が響いていた。

宮古レインドールは、二度、三度ほど頷いた辺りで声を漏らす。


「不届きものねえ…成敗しないといけないわあ…うん、ちょっと待ちなさいなあ」


デバイスを通話状態にしながらデバイスを操作する。

そしてふと、背後を向いた。モップ掛けをする久島五十五の姿を見て丁度良いと言った具合に声を高めた。


「新しいのがいるわあ…それを向かわせるからあ」


それだけ言って通話を切る。

久島五十五は、明らかに自分が何かしらに絡まれそうだと思い宮古レインドールに聞く。


「あの、俺に何かしろって言う話です?何をしましょうか?」


久島五十五の対応はなんとも話が早い。

宮古レインドールは彼の顔を見ながら言う。


「私の管轄下のダンジョンを荒らしている連中が居るのお…それを退治して来てちょうだいなあ」


迷宮荒らし。

つまりは、ダンジョンアイテムを無許可で回収するものを指していた。

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