第12話 電話越しでの病み懇願

電話を終える。

久島五十五は、宮古リティが少しだけ精神的に疲弊しているな、とそう思った。

彼女は、基本的に愛想を振りまくのがうまい人間だ。

人間関係も良好であり、彼女を嫌う人間は少数しかいない程。

それでも、彼女にも限界のキャパシティは存在する。

一定以上の限界を迎えてしまえば、精神的に異変を齎してしまう事がままある。

久島五十五がデバイスを閉ざして数分後、再び通話音が流れ出す。

電話を取って、久島五十五は連絡を取った。


「どうしたリティ?何かあったか?」


久島五十五は、彼女の限界が噴き出したのだと察した。


『ひっ…ぅ、ううっ』


すすりなく声だ。

その声を聞いて、確信する。


「大丈夫か?何かあったか」


『ごめんなさっ、ごめんなさい、先輩』


電話越しから、彼女の泣きじゃくる声が聞こえて来る。

何度も何度も、久島五十五に対して謝罪の言葉を口にする。


「何を謝っているんだ?」


『私、先輩に、ひどいことを言ってぇ…』


先程の電話で久島五十五に対して言った言葉だろう。

それが彼女にとって悔やんでいるらしく、その言葉を吐いた後になって、自分が久島五十五を傷つけたのだと反省したらしい。


「ひどいこと?別に俺は何も、傷ついてはないよ」


優しい言葉を言って、久島五十五は笑う。

軽快な口調であるが、その言葉はまるで、久島五十五に届いていないかの様に、宮古リティは自らの弁明を続ける。


『ごめんなさい、私、疲れてて…、気の回らないことを言って、それで思ってない思ってもないことを』


完全に、我を失っている様な、そんな譫言だ。

彼女は、精神的に限界を迎えて、とにかく、そのストレスを軽減させる為に、喋っている様にも見える。


「大丈夫、大丈夫だから…わかってるよ、本心じゃなかったんだろう?」


自らが毒の様な存在で、誰かを傷つけた時。そんな時に、久島五十五の優しい言葉、柔らかな口調が、彼女の荒んだ心にすっと効いて来る。


『でも、私、先輩にひどいことをっ』


「わかってるよ。俺のことが好きで、そんなことを言っただけなんだろ?大丈夫だよ。これくらいで嫌ったりはしないさ」


ずず、と鼻を啜る音が聞こえる。

濡れた声で、彼女はそろりと声を漏らす。


『…本当ですか?』


「本当だ。嫌いになったらもうこうして電話なんて出ないだろ?」


それでも、信じられないのか。


『本当に本当ですか?』


再三彼女が聞いてくる。

鬱陶しいくらいだが、それでも久島五十五はそう思わずそうだと言う。


「だから泣かないでくれ。俺には一番それが応えるんだ」


どうか、自分の為に、泣かないで欲しいと懇願する久島五十五。


『…でも先輩は私のものになってくれないんですよね?』


先程の話をぶりかえす。

此処で、久島五十五は自らを曲げる事無く言う。


「そんなことないさ。お前がちゃんと俺を勝ち取ってくれたら、俺はお前だけを愛するよ、約束だ」


そう言った所で、ようやく宮古リティは落ち着きを取り戻して。


『…それでも心配なんです。私…、先輩に愛されたいんです…だから先輩、今日もお願いします…』


そういって、彼女は、久島五十五に頼む。

そこで久島五十五は、初めて優しさ以外の感情を漏らした。


「…分かったよ、リティ…、でもこれ、恥ずかしいから…誰にも言わないでくれよな?」


勿論。

これから久島五十五がする事は、宮古リティだけのもの。

それだけは、宮古リティが独占する行為であった。


咳払いをする。

久島五十五はゆっくりと、優しい口調で、宮古リティに語り掛ける。

「今日もお疲れ様、いろんな事があったね」


宮古リティは、ベッドの上で、横になって。

イヤホンを耳に挿入した状態で、目を瞑る。


「今だけは、全てを曝け出してもいいから、リティ」


彼の声が、ダイレクトに聞こえて来る。

まるで、すぐそばに、久島五十五が居るかの様な錯覚。


『先輩、せんぱい…好き…』


か細く声を漏らす。

しかし、久島五十五は彼女の言葉に疑問を抱き。


「…先輩じゃないだろ?」


そう言った。

いつも通りの呼び方である筈だが、久島五十五はそれを許さない。


『あ、ごめんなさい…ごめんなさい…おにいちゃん』


しかし、訂正する宮古リティ。

先輩から、お兄ちゃんと、呼び方が変わる。

それが、彼女の中のスイッチになったのか。


『あのね、リティ、今日、すごく頑張ったの』


甘える様な声色で、宮古リティが、久島五十五に言う。

猫を被る様に、いや、それこそ、猫であるかの様に。


『だから、甘えさせて欲しいな、って…』


甘えさせる。

これが、彼女なりの甘え方。

久島五十五を使った、彼女のストレス解消法。


「うん。リティは、努力家だからね…俺が、いっぱい、甘えさせてあげるから」


ただ、彼女にとって都合の良い言葉を語り掛けるだけ。


『お兄ちゃん…うん…』


褒められて嬉しいのか、甘い声を漏らす宮古リティ。


「リティは、出来る子だから、俺はそう信じてる」


ただ、優しい言葉で、宮古リティを夢の中へと誘わせる。


「もしも辛いときがあっても、俺が傍に居るよ」


そして、久島五十五は、決め台詞の様に。


「大好きだよ、俺の、大切な妹、リティ」


そう言った。

…実際には、久島五十五と宮古リティは兄妹ではない。

だが、宮古リティが、そう望んでいる。

望んでいる以上は、それが真実であるかの様に、久島五十五は振舞う。


『…うん、好き、好きぃ…お兄ちゃん、お兄ちゃん…』


布擦れが聞こえて来る。

段々と、彼女の声が消失的になってくる。

もうじき、終わりが近かった。


「どうした?もう、眠たくなったかい?」


『ううん…でも』


まだ起きていたい。

この現実を味わっていたい。夢を抱き続けたい。

宮古リティの思想とは裏腹に、体は休眠状態を整える。


「眠いのは、仕方が無いさ…羊を数えよう、リティが眠れる様に、俺が数えてやるから」


仕上げに入る。

久島五十五は、羊を数えだす。


「羊が一匹、羊が二匹…」


三匹、四匹と、二十五匹目を数えた所で。


『…すぅ…すぅ』


寝息が聞こえて来る。

これで、宮古リティは、完全に眠りに落ちた。

最後に久島五十五は。


「リティ?…眠ったか…じゃあ、おやすみ、リティ…」


その言葉と共に、通話を切った。

デバイスを片手に持つ久島五十五は、重苦しい息を漏らす。


「…ふぅ(…何をしてるんだ俺は)」


全てを終えた時、久島五十五は冷静になって、そう思っていた。

何時もの事である。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る