第13話 休戦する二人、傍に座る人

オークションサイトを確認しながら、宮古レインドールはドレスを着込む。

衣服の着替えに手伝う女性は彼女のデバイスを傍目から見ながら言う。


「やっぱり気になりますか?」


デバイスの中身をみられていると察したレインドールは胸にデバイスを置いて振り向く。

赤い瞳が、女従士を睨みつけた。


「そんな訳ないでしょう?私はただ…」


久島五十五がどれほどの値段に上がっているか、気になってみているとは言えまい。

言葉を詰まらせる宮古レインドールに、女従士は溜息を吐く。


「何ともなかったらオークションサイトなんて見ませんよ」


そう言って、いい加減認めたらどうか、と、彼女のドレスのチャックを上にあげた。

肩甲骨あたりで詰まり、ふぅ、とレインドールが息を吐くと、それに合わせて思い切り上げる。


「…私はただ、彼のファンであり続けるだけ、彼が、自らを売却すると言う選択を、彼が決めたのなら、私はそれを尊重するだけよお?」


「一昨日は解釈違いとか言っていませんでしたっけ?」


久島五十五はこんな事言わない、と憤り部屋の内装を襤褸部屋にするまで破壊したが、今の彼女は悠然とした佇まいで咳き込む。


「ファンなら、推しの心変わりにも対応すべきだとは思わないのかしら?」


それこそがファンの鏡だろうと言いたげに。

彼女は首元の、黒い紐を巻いてリボンを作る。


「ファンではないので分からないです」


女従士は、正直な台詞を口にする。

久島五十五のファンである事など、他には公言出来ない事だ。

まだ、1億以上の値打ちが付いた人間ならば、価値のある人間を応援すると言っても良いだろうが、無価値の久島五十五では、それを公言すれば馬鹿にされる他ないだろう。


「さて準備も完了したところだし、そろそろ行ってくるわあ」


メイクアップを果たした宮古レインドールに、女従士は首を傾げた。


「そういえば本日はどちらへ行かれる用事でしたっけ?」


「決まっているでしょ?」


そう告げて、彼女はドアノブに手を伸ばすと。


「今日は妹の開催するオークションに参加するのよ」


その言葉に、女従士は頷いた。

本日は、宮古リティが開催するオークションの日であったのだ。


「家族思いですね」


あの悪女たるレインドールにも、それなりの心があると言う事に、女従士は少しだけ脱帽する。


「当然でしょう?私たちは『造られた』という事実だけが、家族としての繋がりであるのだから」


それだけ告げて、宮古レインドールは外へ出る。

向かう先は、オークション会場だった。


オークション会場、『ロックナンバー』。

最大1000人の人間が収容出来る大会場。

受付口には、ダンジョンアイテム管理会社の会員となっている『ナンバーネーム』たちが、読み取り式の認識機械に、カードを差し出して会場へと入っていく。

その殆どが女性であり、現在では130名程の会員たちが会場へと入っていく。


会場の席は自由に座る事が出来る。会場のシートは上層と下層、左上層、右上層の四つに分けられている。

宮古レインドールは、なるべく目立たない場所を選択。

左上層に座る、空調が効いているのか、少し肌寒いと思いながら時間を待つ。

宮古レインドールの隣には、帽子を被った男が座っていた。

会場の中は暗くてよく分からないが、ここに男性が居るとはなんとも珍しい事だと思っていた。


「ようこそ皆様、本日も良い掘り出し物を探しに来て頂き、誠にありがとうございます。さて、早速ですが今回の出品者、その紹介を行い、そこから『DI』のオークションを開催したいと思います、では先ずは、出品者のご紹介からです」


司会者が取り仕切り、奥から宮古リティが出て来る。

銀髪の彼女に会わせた薄いワンピースの様な格好をした宮古リティが出ると、マイクを握って軽くお辞儀をする。


「こんにちは、皆さま。今回はお集まり頂き、本当にありがとうございます。わたしの紹介よりも、ダンジョンアイテムの方が気になっていそうなので、まどろっこしい話は抜きにして、早速始めたいと思います」


数十秒程で紹介を終えて、宮古リティは軽く頭を下げた。

愛いしい笑みを浮かべて、ワンピースを翻させて宮古リティは用意された椅子に座る。


その姿を見て、宮古レインドールは溜息を吐いた。


「全く…あの子ったら、こういう挨拶こと肝心なのに…後で嫌味ったらしく言ってあげなきゃいけないわねえ」


オークション会場では、リピーターが大事だ。

会員の中では、宮古リティを目当てに来る人間も居るかも知れない。

だから、優雅に、かつ、気品が溢れる様に振舞っておかなければならない。

そう思いながら、宮古レインドールは心の中で減点をする。


「本当ですね」


宮古レインドールの独り言を聞いていたのか、隣の帽子を被る男がそう言った。

その同調する言葉は、宮古レインドールに小さな怒りを覚えさせた。

彼女の事をよく知る人間ならば、宮古リティに対して批判をしても良いとは思う。

しかし、彼女の事をよく知らない赤の他人が、ただ人に合わせて共感性を得ようとする真似をする人間が、たまらなく嫌いだった。

それはいわゆる、『彼女を侮辱しても良いのは自分だけ』と言う奴だろう。


「あら?見ず知らずの誰かに相槌なんて言ってほしくはないわ。私の可愛い妹に対してをしているのは私だけの特権なのだ…」


最後まで言う事なく、帽子の男が、つば付き帽子を取る。

見間違えでなければ、いや、見間違える事など出来ない。

その男性は、久島五十五であった。


「く、久島、五十五っ」


自らの推しが傍に居る事に、宮古レインドールは驚き、騒ぎが厳禁である静謐が必須の会場で思わず悶える様な声を荒げようとして、すんでの所で飲み込む。


「どうもレインドールさん」


久島五十五はそう言って、宮古レインドールに挨拶をするのだった。


宮古レインドールは驚きを隠せず、小声で久島五十五に語り掛ける。


「何故、あなたがこんなところにい?」


此処はオークション会場。

会員でなければ、入る事は出来ない筈だ。

久島五十五はその会員としての必須条件を満たしていない為に、入会する事は出来ないし、入場する事も出来ない筈だと、久島五十五のファンである宮古レインドールはそう認知していた。


「俺はリティが心配だったので…」


宮古リティが心配だと、久島五十五はそう言った。

それは、宮古レインドールの様に、家族として心配している、…と言う以外にも、何かしらの理由がある様子だった。


「ここは会員限定なのよぉ?」


しかし、久島五十五が宮古リティが心配であったとしても、この会場に入るには必ず会員でなければならない。

どうやって、久島五十五はこの会場へと入る事が出来たのか、不思議だった。


「俺はオークションの出品物なので、落札した場合の商品受け取り先がこのオークション会場になってるんですよ。それで下見ついでにオークションの流れを生で見てみたいと言ったら通してくれました」


なんとも意外な理由だった。

久島五十五は、オークションによって身分を売買している。

そして、落札された場合は、オークション会場で身分譲渡や様々な手続きの為に、このオークション会場で落札者と邂逅する様にしている。


「百歩譲って、それは理解できたわあ…だけど、どうして私の隣に座っているのかしらあ?」


心臓の高鳴りを隠す様に、少し身を引く。

顔が赤くなっているのがバレていないかだけが不安だったが、この暗さならば、表情が割れるのは無いだろう。


「別に、俺はたまたまそこに座っていただけですよ。むしろレインドールさんの方が俺の隣に座ってきたんじゃないですか?」


そうである。

久島五十五が座っていた隣に、宮古レインドールが座って来たのだ。

記憶を遡らせて、宮古レインドールの失態を思い浮かべた。


「(そう言われればそうだけど私が彼の悪役である以上はここで認めてはいけないわ)」


宮古レインドールはそう思った。

彼女にとって久島五十五との間柄の関係は、敵と敵だ。

そうする事で、久島五十五の人生の中で立ち塞がる存在として、深く彼の心に刻みつけてくれるだろうから。

しかし、久島五十五は目を細めて笑う。


「まあいいじゃないですか。俺はリティのためにオークションへ来たようなものですし…、あなたも大切な妹さんのためにここに来たんでしょう?なら今日だけは俺たちはオフってことで、いいんじゃないですか?」


オフ。

何時もの関係は無かった事にして。

ただ、一人の少女を心配する者同士として関係を共にすれば良いと。

久島五十五の提案は魅力的だった。

宮古レインドールは咳払いをする。


「そう、そこまで言うのなら仕方がないわ…休戦ってことにしてあげましょう(いやああああっ!優しすぎるわぁあ!!あれこれって合法的に久島くんの隣に座れた…?んやああああっ!もっとおめかしすればよかったわあああああっ!!)」


心の内がなんとも激しい人であった。

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