第11話夜中の電話


夜中頃。

久島五十五は自らのデバイスを見詰めていた。

彼のデバイスには、オークションの内容が書かれている。

その内容を確認して久島五十五。現在の入札金額は『1億7000万』で停滞していた。

時計を確認する。

既に深夜の一時頃だ。

久島五十五は、こんな夜中の時間になっても起きていた。

それは、日課と言っても良い程に、ある人物からの連絡があるからだ。

そして、その時は訪れる。

携帯電話が振動する。目を瞑り、それを待ちわびていた久島五十五は、その振動によって目を開き、携帯電話に耳を添えた。


「リティかい?」


宮古リティだ。

最近では、彼女のアプローチとして、夜中に電話をかけて来る事が多かった。


「今日は電話してくるの遅かったじゃないか」


『…はい。今日はダンジョンに潜っていたので先輩に連絡できませんでした』


電話越しから聞こえて来るのは、リティの疲れ切った声だ。


「ダンジョン攻略したのか、何か欲しいものでもあったのか?」


『私が欲しいのは先輩ですよ』


久島五十五が欲しい。

これは元から、宮古リティが言っている事だ。

しかし、今回は違う。彼女の冗談交じりな言葉には、言い終えた後には『冗談です』と茶化すが、それが無いと言う事は、心境の変化でもあったのだろう。


『私は先輩が欲しいのに…、頑張って今日中に攻略したんですよ?』


疲労の混じる彼女の声に、久島五十五は労いの言葉を掛ける。


「それは凄いじゃないか」


『けど、ダンジョン攻略をして、貰った報酬金じゃ、先輩を入札出来ないんですよ。それで今、ダンジョンアイテムをオークションで売ろうとしてるんです』


明日になれば、オークション会場で本日手に入れたダンジョンアイテムを売却する予定だ。

久島五十五はそれを聞いて、軽く頷く。


「俺を専属の荷物持ちにするって、前から言ってたしな…まあ、俺を買うにしては、高い荷物持ちだし、他のに金を回した方が良いと思うけど」


既に、久島五十五の入札額は1億7000万。

ダンジョン攻略による報酬でも届かなければ、もう諦めた方が良いのでは、と久島五十五は思った。

しかし、その言葉に、宮古リティは反感を覚えて、声を荒げる。


『茶化さないで下さいッ…私は先輩が欲しいんです。荷物持ちとかじゃなくて。そんなわけじゃなくて、私は純粋に先輩を所有物にしたいんです』


所有物にしたい。

それは、この世界における、女性からの最上級の求愛ともとれるだろう。

流石に、久島五十五は話を流す事は出来なかった。


「…なんで俺に拘るんだ?」


彼の言葉に、宮古五十五は回答する。


『それは先輩が好きだからです。何度も何度もそう言ってるじゃないですか』


直球に、深い理由もなく、しかし、清々しい程までにまっすぐな言葉だ。


「好きか…感情の問題か?…それなら俺が何か言う事は何もないよ」


電話越しから、聞こえて来る、宮古リティの吐息。

脈は無いと言われているにも等しいと、思ったが、それでも宮古リティは食い下がる。


『…先輩の感情はどうなんですか?』


自分から、相手に伝わらない。

なら、相手から、自分に伝えて欲しいと、宮古リティは質問を変えた。


「私のこと好きですか?」


宮古リティは攻める。

オークションと言う正攻法を攻略出来ないのであれば、それ以外の方法で突き進もうとしていた。

宮古リティの問いかけに、しかし、久島五十五は、優しい言葉を口にする。

彼女を傷つけない様に、最善の言葉であり、最悪の呪文でもあった。


「好きだよ、もちろん。誰にだってそんな感情はあるさ」


誰にだって。

体の良い言葉だ。

誰も好きであって、誰もが同じ、愛を抱く。

その言葉が、宮古リティには嫌に感じる。


『…だったらズルをしてください。私に力を貸してください』


好きだと言うのならば。

愛していると言うのならば。

このまま、宮古リティに力を貸して、そして、その権利を宮古リティに渡して欲しいと。

だが、その様な願いは、久島五十五は叶う事は出来ない。


「…無理だ、無理なんだよ。リティ俺の好意も、お前の恋慕も。この世界じゃ意味がないんだ」


深い溜息と共に語る声。


「この世界はそういう風にできてるんだから」


ダンジョンと言う概念。

迷宮から回収出来るダンジョンアイテム。

女性が優れた世界で、男性はその付属品でしかない世界。


「もしもこの世界にダンジョンがなかったら…普通に人間の男性や女性が自由に愛し合える世界だったら」


久島五十五は夢想する。

それに倣う様に、宮古リティも瞳を閉ざして夢を描く。


「きっと。結ばれる事が出来たかもしれない、けど。この世界は違うんだ、価値観が違うんだよ」


価値観。

女尊男卑の世界。

此処では、平等など存在しない。


「この世界では女性の方が上で、オークションでその権利が決まる」


それが全てだ。

無価値こそが、この世界の男性に与えられるもの。

男性らは、それが嫌だから、女性に愛を求め、価値を求めるのだ。

恋慕など、そこにはなく、道具として、価値を欲しているに過ぎない。


「だからお前が俺のことを好きだというのなら、お前はこの世界のルールに則って勝ちを掴むしかないんだ」


この世界が歪んでいる限り。

宮古リティが久島五十五と結ばれる方法は、宮古リティが久島五十五を落札する他無い。


『…先輩はそればっかりですね…本当は誰でもいいくせに』


どうしようもない言葉に、宮古リティは若干の闇が入る。

精神的に病んでいる彼女は、久島五十五に自らの本音を語り出した。


『誰が先輩の権利を得ても、先輩はその人に従順に従う』


久島五十五は、本来はその様な人間だ。

無価値であった彼は、自らの価値を確信している。

だからこそ、その価値を証明する為にオークションで自分の権利を売っている。


『自分の意思なんてないんです。だって先輩は歯車のような人だから』


宮古リティは久島五十五を見抜いている。

久島五十五は何も言わず、彼女の言葉に耳を傾けた。


『ただルールに則って動くだけの歯車でしかない』


「そんな俺は嫌かい?」


感情を吐露した後に、久島五十五は問い掛ける。


『最低です…けど、それでも好きだから』


宮古リティはそう言った。

だったら、と。久島五十五は言って。


「じゃあ勝つしかないな」


権利を買い取る。それしか、勝ち取る事しか出来ない。

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