第9話 女帝の激昂

女帝の激昂。

それを瞬時に察した久島五十五。

彼女の覇気が廊下に亀裂を作り、窓硝子が割れる。

後光が彼女の背中から溢れると共に、鋭く、長く、分厚く、鉄板の如き剣の切っ先が見えた。


「(私の、わたしの、思い通りにならないのなら、このまま、全て、全てェ!)」


宮古エナが、建物を崩壊しようとダンジョンアイテムを取り出そうとした時。

よろめきながらも、宮古ハルメンが歯を食い縛って立ち上がる。


「(エナ、を…止め、ないと…私の、力、で)」


宮古ハルメンが力を発揮しようとしたが、しかし、彼女の体は毒素に蝕まれている。

力を発揮する準備段階すら得る事無く、彼女は膝を突いた。

止める手段は、もうどこにもない。

宮古エナが、崩壊の神器を繰り出そうとした瞬間、


「こら、駄目だろ」


その言葉と共に、久島五十五が彼女の前に立ち、片手で手刀を作り、彼女の頭を軽くチョップした。


「うっ」


頭を叩かれた宮古エナ。

本来ならば、常人程度の力を持つ久島五十五の攻撃など痛くともなんともない。

だが、宮古エナは久島五十五を、蒼い瞳で睨みながら、両手で自らの頭に触れる。

その触れた部分は、先程、久島五十五が叩いた場所であり。


「…いた」


彼女は顔を伏せる。

そして体を震わせる、小刻みに動いている。

怒りを久島五十五に向けるかと思われた。

しかし、それに反して、彼女は剥き出しにしていたダンジョンアイテムを収納する。


「…叩いた」


顔を上げる。

久島五十五を睨んでいる。そしてその目は潤んで、今にでも、泣き出しそうだった。


「叩いたぁっ!!」


そして泣いた。

彼女は顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流して地面を踏む。

地団駄だった。


「なんで、なんでなんでぇ!!なんで私の思い通りにならないっ!私が欲しいのにぃ!私が一番、いちっばんッ!!欲しいのにぃいい!!うわぁああああんッ!!」


子供の様に泣き出す。

最早、女帝としての威厳は其処には無い。

彼女は、過度のストレスを受けると、形振り構わず、自らの身分すら捨てて、幼児退行を引き起こす。


「そんな大声上げて…よしよし、大丈夫、落ち着いて…」


優しい口調で、久島五十五は幼女と化した宮古エナの頭を撫でる。


「うぅううう!うるさいぃ!!私の事すきじゃない癖に、そんな優しいこと言うなぁあ!!あたまもっ!なでるなあぁあああっ!」


体育座りをして顔を膝に伏せる宮古エナ。

大分ストレスが溜まっていたらしいが、それもそうだろう。


オークションでは全財産を賭けたのにそれを上回れた。

目の前で好いた男が別の女と仲良くしていた。

ストレスが溜まりまくって、ついに暴発するのも仕方が無い事であった。


泣き出す宮古エナに対して、久島五十五は困ったように笑う。


「嫌うわけないだろ?俺がお前の事を嫌いだったら、こうして慰めたりもしないし」


蒼い瞳から涙を流す宮古エナの頭を撫で続ける久島五十五。

しゃくりあげる宮古エナは、久島五十五の言葉を信じたのか、顔を上げる。

女帝の顔とは言い難い、幼女の如き顔だ。

目は丸く、涙で濡れていて、顔は鼻先まで赤くなっている。

不貞腐れる様に口を尖らせた宮古エナは、座ったまま両手を広げる。


「信じない、証拠」


証拠、何か、証を見せてみろ、と言う事か。

どうすればよいのか、久島五十五は宮古エナを見ていると。


「ぎゅっ、ってして」


甘えた口調で、宮古エナが言う。

彼女の言葉に、久島五十五は頷くと共に彼女の体を抱き締める。


「もっと、つよく…」


「はいはい」


久島五十五は二つ返事で、彼女の体を強く抱き締めた。

大きな胸を潰す程に、二人は強く抱き締めて密着して、久島五十五は、抱き締める事以外にも、宮古エナの後頭部を撫でる。


「む、ぅぅ…」


ずびび、と鼻を鳴らす宮古エナ。

抱擁によるおかげか、段々と冷静さを取り戻していく。


「ゴホッ…ごほっ…」


二人の抱擁に対して、宮古ハルメンは膝を突きながら宮古エナを見ている。

病弱な彼女ではあるが、表情をより蒼く、暗く、今にでも死にそうな顔になっている。

それは、久島五十五の同情を引こうとしているのだろうか。


しかし、彼女の行動は、久島五十五は、顔を向ける事は無い。

あくまでも、今、久島五十五が相手をしているのは、宮古エナである。

彼女の相手をしている以上、他の人間に顔を向けている暇などは無かった。


「(見て…)」


それでも、宮古ハルメンは、久島五十五を求める。

自らの武器は、久島五十五を引き込む事が出来るのは、自らの病弱性からの同情でしかない。

だが、それだけだ。

宮古ハルメンには、到底理解している。

久島五十五が自分を過保護にする様に相手をしているのは、自分が病弱だから。

本当は、そんな事はない。

久島五十五は、そんな事がなくても、優しい所はある。

けれど、宮古ハルメンが病弱であれば、久島五十五は彼女に、より優しく、親身となって接してくれる。


「(私、を…スズ、くん)」


心の内で、久島五十五を求める宮古ハルメン。

しかし、それでも、久島五十五は、宮古エナを相手にしている。


「(…私を、スズくん。…スズ、くん)」


咳き込んで、廊下に伏せる。

宮古ハルメンの体は熱くなっていた。

熱によって、宮古ハルメンはついに限界を迎えてしまったのだった。

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