第8話 女帝の憤怒


久島五十五は宮古エナの使用人が持ってきた衣服を手渡されたのでそれを受け取る。


「ありがとうございます」


感謝の言葉を口にしてその衣服をハルメン

の元へと持って行こうとするが使用人が衣服を掴んだまま離さない。


どういうことなのか彼女の顔を見る。


「別に貴様が持って行かなくてもいいだろう」


宮古エナが振り向くと同時に金髪のツインテールをが左右に揺れた。


「久島五十五貴様は今どれほどの入札額になってるか知ってるか?」


「自分の入札額ですか?…そういえば見てなかったな」


久島五十五はデバイスを取ろうとした時彼の手よりも先に彼女のデバイスが久島五十五の前に差し出される。


「貴様はすでに1億4000万の価値が付いている…私が貴様を買ったのだ」


宮古エナの言葉とともに久島五十五はデバイスを確認する。


「貴様は利用価値がある。だから私が貴様を買ってやるのだ、私の元へ来たとすれば分相応の働きをしてもらうぞ」


威風堂々とした立ち振る舞いで傲岸不遜な物言いをする宮古エナ。

すぐに久島五十五の身分を買ったも同然と言った具合で鼻高々としていた。

久島五十五は呆然とデバイスを見ていた。


「現在の入札額は1億7000万?」


久島五十五の言葉に最初は意気揚々と頷いていた彼女だったが明らかに久島五十五が額を間違えていると思いデバイスの方を確認する。


「何を言ってるのか…、貴様は私は1億4000万で貴様を買おうとしているの…」


そこまで言いかけたところで目を見張る。

エナが渾身の入札額で手を打つ、これによって終止符が打たれるのだと、エナは思ったが。

久島五十五は宮古エナが買おうとした金額以上の入札額が希望されていたのだ。

これには宮古エナも驚きを隠せない様子だった。


「(入金額の上昇!?まずい、これ以上の金額は出せない1億4000万が私の資産だというのに)」


このままでは久島五十五が別の人間に買われてしまう。

彼が自分以外のものになってしまうのならばいっそここで壊してしまおうか宮古エナは胸に苦しめられるような痛みを覚えながら手を肥大化した胸において目尻から熱い涙を流して久島五十五の方に顔を向ける。


「(誰かに取られるくらいならば…このまま私が、終わらせてやる)」


宮古エナが久島五十五に慈愛を以て手を出そうとしていた。

だがその時だった。


「はぁ…はぁ…」


圧が入る。


「ッ」


宮古エナは一瞬、全てを忘れてその圧に目を向ける。

体中から冷や汗が溢れて来る。


「…スズ、くん…スズくん」


栗色の髪をした、顔を赤く、沸騰させた様な女性の登場。

宮古ハルメンが、壁伝いで久島五十五の元へと向かって来た。


宮古一族に置いて尤も危険な相手、宮古ハルメン。

毒素を排出する機能が低下していると言うデメリット。其処から生じる病弱性、それらを抜きにしても彼女は恐ろしい存在だ。

最多数のダンジョン攻略を行っている化け物にして、宮古一族に置いてその戦闘力は無類。

宮古一族の何れかが単体で挑んだとしても彼女に適う事は無い。

誰かと手を汲めば、接戦くらいは出来るだろうが、彼女と相対した事があれば、逃走の選択肢しかない。


宮古エナは宮古ハルメンを見て脂汗を掻く。

彼女から滴る臭いが、デザインベイビーとして作られた彼女たちの特殊な五感を敏感に詰らせた。


ダンジョンに生息するモンスターと戦闘をする際に、宮古一族はそのモンスターの察知感覚を強化している。

主に宮古一族の人間は、五感の何れから、モンスターを知覚する。

その内、宮古エナは嗅覚に優れている。

モンスターから発生する独自の臭い。下手物をより臭く刺激臭として臭い感じる事が出来る不快感。

宮古エナの優れた嗅覚はしかし、宮古ハルメンの前ではデメリットでしかない。

一体、どれ程のモンスターを倒したのか、殺したのか、鏖を繰り返したのか。

嗚咽すら過る、宮古ハルメンの体に付着した死臭。モンスターを狩り続けた者が至る極悪の臭い。

だからか、宮古エナは宮古ハルメンが苦手だった。


「っ」


「エナ…貴方は今、何を…、スズくんに、なにをしようと…」


荒い息を漏らしながら、宮古ハルメンは宮古エナへと寄ろうとする。

壁から手を離して、エナの元へとにじり寄り、宮古エナは後退する。


「私たちは、姉妹、だから…エナ、貴方の事は、分かるわ…どうせ、ゴホッ…、手に入らないと分かると、癇癪を起して、何もかも、壊そうとする…悪い癖、それを、スズくんに…ッ」


涙目を浮かべながら宮古ハルメンがエナへと近寄ろうとして、宮古ハルメンは、久島五十五を通り過ぎた瞬間、力が抜けて前のめりで倒れようとする。


「っ」


彼女が地面に向けて倒れるかと思えば…しかし、地面が彼女を迎え入れる事は無い。

久島五十五が、宮古ハルメンの体を抱き留めていた。


「大丈夫ですか?ハル姉さん」


そう言って、彼女の体を支える久島五十五。

宮古ハルメンは、彼の腕に抱き締められて、笑みを浮かべた。

久島五十五が知らない、歓喜の表情。

それは、宮古エナの方に向けられて、まるで、勝利を確信するかの様に写る。


「(なんだ、ハルメン、その表情は、何を勝っているつもりだ…貴様は…)」


腐臭が鼻孔を突く。

だがそんな事はどうでもいい。

宮古エナは一歩踏み出す。


「(私のものに何を触れているッ!!)」


傲慢を司る宮古エナが、血族に対して殺意を過らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る