第7話 女帝降臨
衣服の汚れを洗い流そうと男子トイレへと小走りで移動する久島五十五の前に、金髪の女性が現れる。
トイレで用を足していたのだろう。女子トイレから彼女がデバイスを所持しながら顔を出した。
「あ、エナさん」
宮古エナであった。
蒼い瞳が久島五十五の方を見る。
唐突に出会った為に彼女はびくりと体を震わせると、手を真横に振るう。
宮古エナの手刀に対して久島五十五は手から宮古ハルメンの衣服を離すと同時に前腕を構え、その反射的攻撃を防御する。
「ッ、なんだ、貴様か」
そう言って宮古エナは手刀を解いた。
久島五十五は自らが着込むシャツを見る。
…彼女の手刀によって袖が切れていた。
通常の人間とは違い、彼女、宮古一族はダンジョンアイテム回収の為に用意された遺伝子操作と改竄による生体兵器である。
それに加えてダンジョンアイテムによって肉体のカバーや特異なる超常の異能を扱う為に、彼女らに勝る人間が居るとすれば、この学園に滞在する三大一族らしか居ないだろう。
「怪しく動くな、間違えるだろうが」
姉妹と談笑していた時とは違い、彼女は圧政者の如き目と態度をする。
どちらも彼女の素であり、血縁以外にはこの様に傲慢さを見せつけるのだ。
「…服が破れているな」
彼女はツインテールを揺らす。
鋭い眼が彼の衣服を注視する。
自らの攻撃によって服が破れたのだが、それを口にする事は無い。
「替えを用意してやる、待っていろ」
手に握るデバイスを耳に傾ける。
宮古一族に仕える従士でも呼ぼうとしていた。
そんな時だった、久島五十五は丁度良いと思い、彼女に言う。
「すいません、エナさん。ついでに新しい衣服、女性用のものを」
女性用のもの。
そう言われた直後、宮古エナの目は獣の視線から乙女の視線に変わる。
女性用のもの。彼の手に持っているのは、女性用の学生服のシャツだ。
「(女性用の学生服、新しいものを用意しろと言う事は、それはつまりはシャツを渡せる間柄にあると言う事…恋仲、愛する人が、コイツ、には…ッ)」
デバイスから手を離すと共に、宮古エナは久島五十五の手首を掴んで壁に叩き付ける。
「お、お前が…お前が、別の、誰かのものに、なると、なると言うのならば…ここで、此処で私はッ」
涙を流して、彼女の背中から後光が溢れる。すると、光の波が波紋を刻み、一つの剣の柄が伸びていく。
「…」
久島五十五は宮古エナを見ていた。
そして安心感を与える為に笑う。
「あぁ、すいません。これはハル姉さんのです。少し、嘔吐したらしくて…」
宮古エナにそう言った。
「…ハルメンが?…そうか、それは、ハルメンの服か…そうか…」
自らの血縁者のもの、そしてシャツを持っている理由を聞いて、宮古エナは頷くと、後光を抑える。
「ならば先にそう言え、紛らわしい」
涙は枯れて、彼女は女帝らしく振舞う。
久島五十五は目を細めて笑う。申し訳ないと一言添えた。
「(…焦った、かなり、時間を労して篭絡する算段だったが…心が乱れてしまった…、早急に奴の身分を買った方が良いかも知れないな)」
デバイスを確認する。
入札額は『5200万』で止まっている。
「(相手が誰だろうと、私が全てを得る…得られなければ、全てを壊すだけだが…)」
入札額が更新される。
久島五十五のデバイスも振動した。
宮古メメも入札額を確認した。
「…はぁ!?」
入札額が『1億4000万』。
倍以上の値段が、久島五十五に刻み込まれた。
唐突な入札額の値上がり。
宮古メメは思わず声を荒げてしまう。
「何を考えているのですかエナは!」
姉妹に対して彼女はそう叫ぶ。
教室の中では他の女子生徒達が談笑をしていたが彼女の大きな声によって思わず視線をそちらに向けてしまう。
彼女たちの視線を受けてしまう宮古メメは手を口に添えて押し黙った。
「(エナは分かっているのですか?急激な値段の吊り上げはサイトの入札額上昇ランキングに載ってしまうですよ?)」
学園側が運営するオークションシステムのサイトは基本的に生徒の購買意欲を高めるために多額の入札額が入るとその入札額に応じてサイトのトップページにある最多入札額ランキングに掲示される仕組みとなっている。
宮古メメも宮古エナもランキングに久島五十五の情報を乗らせたくはなかったのだろう、競売相手を増やしたくないためにチマチマと入札額を上げて人知れず落札しようと思ったのだ。
だが、最多入札額が希望されてしまい、ランキングに乗っていた。
こうなってしまえばほぼ全ての生徒に久島五十五のことが露見されてしまう。
多額であればあるほどに注目を浴びてしまうだろう。
そして他の生徒に久島五十五の価値を知られてしまう。
現在サイトではランキング1位文句のない落札額だった。
「(まずいです…このままだと他の生徒に久島五十五様が知られてしまう他の生徒が久島様を狙ってくる…確実にッ)」
そう断言する。
「ねえねえ、見て。現在のランキング1位」
女子生徒のグループがデバイスを仲の良い女子に見せている。
デバイスを見せられた女子生徒たちはその内容確認して笑った。
「あ、久島五十五だ」
そう言って彼女たちは笑う
「ランキング1位なんだけど~かわいそ~、こいつ結構いろんな人に恨まれてるからね~」
「憂さ晴らしをしたい奴は沢山いるから金をかけてまでも身分を買いたい奴もいるんじゃないの?」
恨まれている確かに久島五十五は他の適合者とは違い少々来歴が異なっている。
他の適合者にとっては特別扱いされているようで彼のことをよく思う者はいないだろう。
むしろ、恵まれた境遇に対して価値に対して無頓着、誰もが欲しがるものを要らぬと言う暴挙、予定調和の如く久島五十五は疎外されていった。
「あ、ホラ、また上がった」
入札希望額の上昇に、宮古メメは確認した。
「(エナ…では、ありません、これは?)」
新しいアカウントが、久島五十五を購買しようと金額を上げていた。
それは、宮古一族のアカウントではなかった。
「(三大一族…っ)」
今度は、三大一族が久島五十五に目を付けた。
現在の入札額『1億7000万』。
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