第3話 悪女

一先ず、オークションは置いておく事にした。

オークションシステムを起動したが、結果は二週間後だ。

それまで、一々気に掛かって、その他を疎かにする訳には行かなかった。

久島五十五は今後のカリキュラムを確認する。


「次は訓練か」


基本的に、この学園に入学する男子生徒は厳密に言えば生徒という役割ではない。


彼らは無価値な存在だ。

その無価値を覆すために、男子生徒たちは自らの価値を得る為に人権を学園に捧げた。


この学園施設へと足を踏み入れた彼らは学園に入ると同時に、ダンジョンアイテムを支給をされる。

その支給されたアイテムを肉体に取り込むことでダンジョンへの進入を可能にする事が出来るようになる。


が、基本的にはダンジョンアイテムを適合した適合者は学園の所有物として扱われる。

彼ら適合者がダンジョンを攻略し、ダンジョンアイテムを入手しても、競売にかけられた後に得られる報酬はわずか1/10程度になる。


ダンジョンアイテムが1000万で売却された場合は、たったの100万しか借金が返されない事になるのだ。


だから基本的には適合者は借金を返す事が難しいとされる。

それはあくまでもダンジョン攻略による方法だけであり、ばやはり手っ取り早く迅速に借金を返すとすればそれは他の女子生徒に自らの権利を買ってもらうことだろう。

既に適合者の人権は学園のものとなっているので、学園が競売に出した適合者を女子生徒が購入すると言う順通りになっている。


その為、もしも女性に権利を購入されると、学園側は自らの商品を女性に売却したと言う事になり、その時点で借金が消える。


なので、適合者は自らの身分を先に売り出して後から鍛練などを行い、適合率を高める方法が良いとされる。


無論、大器晩成と言う商品は中々に売れづらいものだ。

よほど適合者の能力や才能、容姿などが良くなければオークションに出ても安値で買い叩かれてしまうだろう。

例え安値で買われたとしても後で女子生徒が借金を返済してくれる例もあるが、この方法もやはり自らの能力が優秀でなければあり得ないことだ。


適合者と言うのは、なんとも辛い道ではあるが、自らの価値を証明したい以上は、適合者としての道を進む他ない。


それ以外の道はほとんど残されていないから。

希望者たちはある意味自らの人生を変えるために適合者になったとも言えるだろう。

そんなわけで適合者たちは自らの能力を高めるために肉体を鍛え、ダンジョンアイテムとの適合率を上昇させる。


久島五十五は外へと出る。

学園のグラウンドはとても広く端から端までが見えないほどにただ広かった。

壮大な大空が地面に溶け込み、地平線が見える。

流石、ダンジョン攻略者を育てる学園だ。

儲けているのか、土地を政府から提供されているのか、どちらにしてもこの広大なグラウンドで鍛錬するのが、久島五十五がやるべきことであった。


「きゃああ!」


外から出ると同時に声が聞こえてくる。

叫び声だった。

その声に反応して久島五十五は声のする方へと駆け出す。


そこには一人の女性とその周囲にはオークションで買われたであろう男性が5人いた。


その男性たちは二人が悠然と立つ女性を守り、残る3人がひとりの少女の前に立っていた。


「何してるんですか?」


そういいながら少女の前に立つ久島五十五。


「またいじめてるんですか、レインドールさん」


うんざりするような口ぶりで喋る。

黒髪で首元で切り取られたショートカットヘア。

瞳は鋭く赤色を帯びている。

首には、黒紐で蝶々結びにしてあった。


「あら誰かと思えば久島五十五じゃない」


彼女、宮古レインドールは優雅な佇まいで久島五十五と顔を合わせた。


涼やかな目線を久島五十五に向けながら、宮古レインドールは囁く様に口にする。


「私はただ、身に掛かる火の粉を振り払っているだけよ?」


怯えている素振りをする、水に濡れた少女を見ながら、久島五十五は前に立つ。

立ち向かう様に、立ちはだかる様に、立ちふさがる様に、少女を庇う。


「分かりますよ、けど、限度があるでしょう」


共感するが、その行いはやり過ぎだと久島五十五は思った。

彼の言葉に、彼女は人差し指を自らの頬に添えて首を傾げる。


「…あら、あらあら、もしかして、私、悪役にされてるのかしら?」


肝を冷やす、背筋が凍る、脂汗が流れる。

それ程までに、彼女の表情は凍える様な恐怖を覚えさせる。

彼女を恐れぬものなど存在しないだろう。

宮古一族だけで畏怖の対象であるのに、その名を振り翳しては好き勝手、理不尽に残虐に、人を轢殺する様に歩く、そんな性格が彼女なのだ。

宮古一族の中で一番の悪女とも噂されている悪性。


「困ったわ、私、悪い宮古じゃないのに…でも、貴方がそう望んじゃうのなら、悪役にでもなってあげましょうか?」


「いや、穏便に済ませるのならそれで…」


久島五十五が手を挙げて制止する様な素振りを見せると共に。

宮古レインドールが手を叩くと、その音と共に彼女が競り落とした適合者たちが久島五十五の前に立つ。


「最近買ったの、新しい玩具。試運転でもしましょうか?その為に、悪役になるのも悪く無いわ?」


「…本気で言ってるんですか?」


首に手を添える久島五十五、溜息を吐いて五人の適合者に目を向ける。


「んふふ…、流石の最多功績を叩き出した『英雄様』でも、怖いものがあるのね?いいわ、もっとイジメて、その顔を困らせたくなっちゃう」


それとも、そう言って、細い指を久島五十五に向ける。


「今すぐ此処で、私に忠誠を誓って、私に尽くすのなら、止めて上げてもよくてよ?」


手の甲にキスをして、忠誠を誓えと、宮古レインドールが告げる。

久島五十五は首から手を離すと共に、パーカーコートを脱いで服を破かれた少女に懸けると、自らのネクタイを緩める。


「勘違いしないで下さいよ…五人程度で相手になるなんて、本気で言ってるんですか?」


「っ!…ふふ、調子に乗っちゃ駄目よ?一応は、全員、5000万程の価値を持つ適合者なのだから」


興奮しているのか、宮古レインドールが頬を赤らめて、呼吸が荒くなっていた。

シャツを腕まくりして、久島五十五は、戦闘は避けられないからと、戦闘準備を始める。

周囲に立つ五人の適合者を見て、五指を猛禽類の爪が如く曲げた。


「この程度の人数じゃ、俺の意志ギアは歪まない」


「あはっ!」


適合者同士の戦闘。

それはある種、適合率を高める為に最適な行動とも言えよう。

久島五十五は、適合率を高める為に歌う。



     「【時の鳴動】」

「【遥か遠く】」      

        「【そして何よりも近く】」


歌。

ダンジョンアイテムを植え込まれた適合者は、あらゆる手段を通して適合率を上げる。

適合率が上昇すればするほど、ダンジョンアイテムの能力を十全に引き出す事が出来る。


第一節の詠唱。

久島五十五は適合率を上げる為に歌うのだ。


「『―時刻律の歯車―ハイ・アンド・ロウ・フロム・ギア・ヴィンテージ』」


腕まくりをした両腕から生え出すは、古ぼけた錆色の歯車。

ダンジョンアイテム『時刻律の歯車』。

適合者である久島五十五。

その能力は、自らの肉体から歯車を出す能力である。

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