第10話 ~新しい人のつながり~
大学の合格発表の前日に夕食の最中に母親に改まって確認された。
「和音(おと)と桜花(おか)は、明日、地元の大学に合格していたらそのまま入学するということでいいのよね?」
「自己採点では合格圏内だったし、そのつもりだよ。」
「お義母さん、お腹の子のこともあるので4年で卒業できるかどうか不安ですが、頑張りますので宜しくお願いします。」
「子供のことは、私がいるし、母もいるし、お義母さんもいる。あなた自身も含めて女手が4人もいるのだから心配しなくていいの。でも親族だからこそ感謝は忘れないようにね。」
「どうしたの?」
「私が、働きながら大学に通い直して保育士の資格を取ったのは知っているわね。」
「一度卒業しているから必要な単位だけ先に取得して資格だけ先に取得したから、まだ大学に籍があるんだったよね。」
「その縁で、改めて紹介したい人たちがいるから、よろしく。これから長い付き合いになると思うの。」
「どういう人たちなの?」
「それは、お楽しみ。」
桜花が俺にいたずらを仕掛けてウキウキしている時と同じ表情をしている母に、不安になる。
前日に頼まれていた会合は、午前9時から始まった。桜花を含めて、よく似た同じような顔の女性が7人と俺という顔合わせだった。8人中4人が臨月もしくはそれに近い妊婦という構成も奇妙だ。お客様である3人の妊婦は30代後半で母と同年代に見える。母が紹介を始めた。
「ご存じだと思いますが、改めて紹介します。相田塾の代表の容子(ひろこ)です。こっちが塾の講師で私の母である和子(かずこ)です。もう一方が、同じく塾の講師で夫の母である良子(よしこ)です。アルバイトですが、この子が息子の和音で、その隣が姪で息子の嫁の桜花になります。よろしくお願いします。」
母たちに合わせてお辞儀をすると、相手方からも紹介があった。
「相田貴子(あいだ たかこ)です。夫がこの町の市長をしています。こちらが従妹で株式会社相田システム、教育システム事業部部長の相田恵子(あいだ けいこ)です。夫が相田システムの社長をしています。もう一方が同じく従妹で、地元の大学で教授をしている相田博子(あいだ ひろこ)です。名字からもわかるように遠縁ではあるけれど、親戚になります。私たちは、容子さんや亡くなった洋子さんの高校の同級生だったの。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
塾で使っているシステムの関係で見かけたことがある恵子さんがぼやいた。
「容子や洋子の孫と同じ年の子を産むのかあ。博子さん、子供たちは別のことが気になっているでしょうから教えてあげたら?」
「そうですね。本当は今日の正午に発表なのですが……いいでしょう。私は、あなたたちが受験した教育学部、教科教育学専攻コース、数学教育専修科で主任教授をしております。和音君、桜花さん、おめでとう。4月からはうちの学生ですね。大いに学んでください。」
「先生、本当ですか?」
「本当です。これから忙しくなるし、早めに手続きをしておきなさい。」
桜花と抱き合って喜ぶ俺たちを、大人たちもうれしそうに見守ってくれた。
「容子さん、話を続けたいのだけれど宜しいかしら?」
「保育ママの件って申請が通りましたか?」
「市長である夫を突いて、特例として通してもらいました。」
「母さん、保育ママの件って?」
「市でやっている育児助成事業で、家庭的保育事業……通称で『保育ママ』というのがあるの。あなた達も待機児童の問題って知っているでしょう?」
「保育園の募集に落ちて再就職できないとか?」
「それ、それ。桜花の妊娠が分かったときに、あなたたちが学校の関係で子守を頼ってくるのはわかっていたから、どうせ子守をするなら、経済的にどうにかできないかと思って調べたら、家庭的保育事業というのがあったというわけ。」
母の説明によると、家庭的保育事業というのは、保育士などの有資格者が自宅を改造した施設で3-5人の児童を1日最大8時間預かる事業を公的に支援することで保育施設の定員不足による待機児童を解消しようというものだそうだ。本当は前年度に一般公募して預かる対象者を募るそうだが、制度の隙をついて保育する対象児童と保育士とをセットで用意することで、募集前に定員満了で一般公募を回避して親族の子を預かることに公的支援を適用してもらったということらしい。つまり、俺の子と彼女らの子たちの4人を預かるということだ。乳幼児保育からそのまま持ち上がりで、未就学児保育、小学生の学童保育まで同じメンバーでやる予定だから、少なくとも12年の付き合いになるそうだ。確かに長い付き合いになりそうだ。
「4人とも4月に出産予定というのは偶然?」
「桜花は自分と同じ生まれ月にしたいということだったようだけれど、この3人は計画妊娠だから偶然じゃないわよ。小学校入学時に生後72か月と生後60か月とちょっとでは、いくら同一学年といっても成長度に差がありすぎて勝負にならなくて子供がかわいそうでしょう? 私と洋子も父さんたちを騙して誘惑して子供が4月生まれになることを狙っていたわけ。証拠品のビデオを見たわよね? まあ、それぞれの子の誕生日が同じになったのは偶然だけれどね。」
「うちの大学でも教育委員会に提言しているのだけれど、小学生は生まれ月別のクラス編成にしないと適切な教育ができないことが統計的に証明されている。競争に不利なの。」
例えば、生まれ月による体格の差による格差が顕著なのが、スポーツの世界です。プロ野球選手の場合、4月生まれが3月生まれの3倍なんて格差が出ています。4月時点の体格差で、練習で才能を開花させる前に、体格で劣る早生まれの子が排除されてしまっているのが現実です。生まれ月というのも、遺伝的才能以外で、親から子にしてあげられる可能性という最初のプレゼントの一つということです。我が子に社会での競争で少しでも有利にしてやりたというのは、切実な親心でしょう。
女性陣による子育て談義で話が盛り上がってきたので、こっそり抜け出した。桜花が自分だけ逃げるなと睨んでいたが、流し場で新しくお湯を沸かしてパンケーキを焼きだしたのを見ると、「グッジョブ」とサインを返してきた。メープルシロップの甘い匂いが流れていくと、「いい教育したわね」なんて声も聞こえてくる。
差し入れたパンケーキが食べつくされた後、恵子さんが、もう一つ話があると言ってきた。
「大学と相田システムの産学共同で、新しいリモート教育と映像による通信教育のシステムを開発していて、ここ数年相田塾を実験台にして試験してきたものが第一期開発が完了して、4月から大学の教養部で本格運用が開始されることになりました。」
博子先生がそれを引き継いだ。
「ついては、和音君に授業の配信を手伝って欲しいの。自分が受ける授業の前に撮影を開始して、モニターして撮影状況を確認して、授業終了後に撮影を終了するだけの簡単な仕事です。二年生以上には授業開始前に人員を確保するために一般募集をかけているけれど、一年生は募集期間が短くて集まらない可能性があるの。どうかしら?予算が少なくてアルバイト料はあまり出せないのだけれど、あなたが協力してくれたら少なくともあなたが受講した授業はリモート受講できるようになって、桜花さんも出席日数を稼げるようになると思うのだけど?」
出産の関係もあって、桜花は休学や留年をするのも止む無しと考えていただけに、回避できるのであれば協力はしたい。俺は協力を申し出た。
おかげで大学在学中は授業を休みにくくなって苦労することになった。その苦労のかいがあって、俺たちが大学を卒業後に発生した新型コロナ関係の一連の騒動では、このリモート受講のシステムが大活躍していると、子供たちの小学校入学を控えたお茶会で恵子さんや博子さんから聞かされた。
子供を預けている関係もあって、恵子さんたち3人は今ではうちで行われる週末のお茶会の常連になっていた。子供たちも幼馴染としてよく一緒に遊んでいるのを見かける。今週のお茶会では、桜花と恵子さんたちの4人に加えて幼馴染の奈保も参加していて、5人とも二人目を妊娠して4月に出産予定で臨月になっていた。さらに賑やかになりそうだ。
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