第7話 ~拓也(たくや)君と奈保(なほ)さん~
地元の国立大学への進学が決まった頃、幼馴染の拓也(たくや)と奈保(なほ)から、俺たち夫婦に相談したいことがあるといって、我が家に彼らがやってきた。
小学校に上がる前は、よく4人で遊んだものである。俺が奈保と一緒にいると、桜花の機嫌が悪くなり、桜花が奈保を連れ出して俺を除け者にして桜花と奈保が遊んだものだ。桜花がいないときには、拓也が仲間に入れろと言ってきて、3人でいることも多かった。桜花に次いで、付き合いが長いのがこの二人だ。もっとも、拓也と奈保は、私立の中高一貫校に進学したので、小学校卒業後は疎遠になっていた。
「お久しぶり。和音のところの塾のおかげもあって、二人とも医学部に進学できたよ。そっちは同じ大学の教育学部だっけ?」と、拓也。
「こっちだって、拓也の父さんには、世話になっているからな。奈保も元気にしていたかい。」
「幸せそうですね。桜花が和音君を脅迫して、でき婚で学生結婚したって聞いたよ。おめでとう。」
「誕生日に、『プレゼントは私』って言われて、有無を言わさずにサインさせられただけだよ。」
「桜花さんも幸せそうね。桜花は独占欲が強かったものね。私が和音さんの近くにいると、機嫌が悪かったもの。」
「桜花の両親が亡くなる前から事実婚状態だったから、時間の問題だった。子供ができたのは俺にとっては予定外だけれど時期が早かっただけだしな。」
「まだそんなこと言っている。この子がかわいそうよ。」と、桜花は大きくなってきたお腹を誇示した。
「お前が寝ている俺から搾り取った結果だろうが?」
「意地悪言わないでよ。時期が合意できていなかっただけじゃないの。二人目を作るときはあなたの意見を優先するから、もう言わないで。」
「あいも変わらずみたいね」と、拓也と奈保が笑った。
拓也は、相田診療所の跡取り息子だ。奈保の家は、相田診療所に隣接した相田薬局である。二軒の家は、父親同士が兄弟で、母親同士も姉妹であることから、家族ぐるみでの付き合いが続いている。
「俺が医者になろうと思ったのは、和音のおかげだよ。」
「俺が何かしたか?」
「お前は被害者だな。あの事故がなかったら、医者になっていなかったと思う。」
「事故?俺は何も覚えてないぞ。」
「覚えてないのか?小学校に上がる前に俺ら4人でうちの診療所の駐車場でスケートボードで遊んでいた時に、道路に飛び出した和音がトラックに接触して倒れたことがあってな。その時に駆けつけて診療した親父が頼もしくて、俺もそうなりたいと思ったんだよ。」
「私にとっては、それは失恋の思い出ね。私、あの頃は和音のことが好きだったのよ。おかげで、桜花とはよく喧嘩したものね。」
桜花の顔を覗いてみたら、睨まれた。
「嫉妬した拓也にもよくいじめられたし、それを庇ってくれた和音をますます好きになったりしてね。」
「ふん。和音は私のものよ。」
「あの時も、私のスカートをめくった拓也から和音君が助けてくれたのだけれど、拓也に押されて道路に飛び出してしまった和音君がトラックに接触して倒れて動かなくなったのよ。その様子を見ていた桜花ちゃんが拓也を殴り倒してね。そのあと、和音君のことを心配して、そばで大泣きした。」
「桜花らしい話だね。桜花と奈保さんって、よく一緒に行動していたけれど、そんなことがあったんだ。」
「桜花ちゃんと、和音君のことをネタにしておしゃべりするのが楽しかった。拓也のことは邪魔でしかなかったな。」
「拓也が奈保さんのことを好きなのは俺も分かったが、何をどうしたらいいのかわからなくて、ちょっかいやいたずらをしていた感じだった。」
「いい迷惑だった。拓也の気持ちに気づいたけれど、恋愛の対象になるまでは時間がかかったわ。」
「……長かったな。10年以上かかった。」
「小学校を卒業するころには結構仲が良くなかったか?」
「幼馴染としてはね。恋人というより夫婦にしか見えなかった和音君と桜花ちゃんが羨ましかったわ。」
「拓也は奈保さんのために大人に成長したわけだ。」
「でも、それだけ時間をかけてくれたから信用もできるし、自分の気持ちに自信を持てるのよ。」
「同じような従兄妹同士の二組なのに、どこでどう違ったのかねえ。」
「俺としては、普通の恋愛ができた拓也と奈保さんが、羨ましかった。」
「私も。ファーストキスもいつしたのか記憶にないし……」
「好きとか愛しているとかいう前に、最初から俺の妻だって主張していなかったか?」
「自分のことだけれど、そこも不思議なのよ。」
受験という重みから解放されたこともあって、お互いの近況に話が弾んだ。中学生になった拓也の妹の知保(ちほ)と、奈保の弟の聖也(まさや)も交際している話であるとか、診療所と薬局の二家族で旅行に行った話なども聞いた。うちと同様に仲のいい付き合いをしているようだ。
「それで、和音と桜花さんに相談したいことなんだが、俺と奈保さんとの結婚の仲人をしてくれないか?」
「おめでとう。でも、付き合いこそ長いが新婚の俺たちに仲人なんか務まるか?」
「友達だろう?」
「なんか面倒ごとの匂いがするのだが?」
「……」
「祝福するし、応援もするが、悩みがあるならそれを解決するのが先だろう?」
しばし睨みあった後、しぶしぶ拓也は語りだした。
「実はな、大学に合格したら結婚前提で交際してもいいと婚約までは双方の両親が認めてくれたのだけれど、結婚は10年早いって反対されている。」
「俺たちの両親も、お前たちの両親も18歳でデキ婚で学生結婚した結果、俺たちが生まれたんだから、いろいろ説得の仕方があるだろう?」
「???」
「あれ?自分の親の年齢を忘れているわけじゃないよなあ?」
「???」
「だからこそ反対しているのかもなあ。医学部は6年だし、研修医の期間もあるしなあ。でも結婚だけなら問題ないんじゃないか? さすがに医者になろうというカップルが避妊に失敗しましたとかなら自覚が足りないと怒られるだろうが、拓也の両親もそうだしなあ。正直に話して、協力してもらうしかないだろう。」
「和音の場合はどうだった?」
「親族一同、桜花の根回しで既に説得されていました。すでに事実婚状態だったし、俺に求められたのは覚悟だけだよ。桜花の両親が生きていれば多少事情も違ったろうけれど、桜花が妊娠したのだって、祖父母たちやうちの両親に仕組まれて誘導されたところもあって、正直に話したら応援してくれて、悩むのがばからしいぐらい拍子抜けだったよ。」
「祖母たちもお義母さんも、私の子が早く見たいって言っていたからね。」
「教師をやっているぐらいで子供が好きだからなあ。」
「……それはそれで大変そうだね。」
「うちらの親族は、ある意味で特殊だからね。」
後日、桜花の定期検診を兼ねて診療所に挨拶に行ったら、奈保さんが妊娠していることがわかって婚姻届けを出したことが分かった。俺たちも、俺たちの両親も、拓也たちの両親も、親族のみで記念写真を撮って簡単な内輪の宴会をしたのみで、いわゆる結婚式を挙げていない。拓也の父である俊也先生は、拓也と奈保との普通の結婚式を楽しみにしていたようで残念がっていた。
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