第6話 ~仕事と夫婦関係~
俺たちが将来の進路について考え始めたのは、やはり小学生の頃だったと思う。
あれは、桜花の母の洋子さんが家にいて、桜花の父の和也さんが単身赴任していた頃だから小学校高学年だったと思う。桜花と一緒におやつをもらいに行ったら、母と洋子さんと、祖母たちが休憩ついでにお茶を飲みながら世間話をしていた。ちょうど塾の休み時間だったのだろう。
先代の相田塾の塾長である母方の祖母である和子さんは、仕事の合間によく勉強を教えてくれたのを覚えている。
相田塾の講師をしている父方の祖母である良子さんは、俺たちが生まれると母たちが大学生であったこともあって高校を退職して、孫である俺たちを預かって世話をしてくれた。俺たちが最低限の家事ができるように仕込んだのは彼女である。俺たちが小学生になって留守番ぐらいできるようになると、相田塾で講師をするようになった。
「和音と桜花は、大人しくて仲がいいわね。」
「そりゃ、和子さんの前では大人しいでしょうね。よく勉強でしごかれていたもの。」
「この子達、私のところでは遠慮がないのよ。小学校に上がる前は賑やかだった。最近は容子さんのところで留守番しているんだっけ。」
「容子さんにはお世話になっています。家にいるときには結構いたずらするからね。この前なんか例の極秘ビデオを引っ張り出してきて、二人で見ていたから慌てたわ。」
「この子達もそろそろ自分で将来のことを考えないとね。桜花ちゃんはうちの子と一緒に居られればそれで満足みたいだけど、生活していくには他のことも考えなきゃいけないしね。」
「進路はともかく、私たちも、あなたたちの親も、大学には進学したから、大学までは進学しておきなさい。勉強なら、うちの塾もあるからね。」
母たちが運営しているとはいえ、学習塾に通わされそうになって、俺たちは逃げだした。
「俺は、中学校の先生なんかいいかなって思っているけれど、桜花はどう思っている?」
「私も学校の先生に憧れるけれど、小学校と高校は嫌だな。」
「小学校の先生は、いくら副担任がいるとは言っても担当する教科が多いから面倒だものね。高学年には専門の教科担任がいるけれど、低学年に音楽を教える自分なんて想像もできない。」
「高校の先生にも憧れるけれど、勤務先が嫌。東西150kmに散らばっている県立高校で3-6年ごとに転勤で夫婦で共働きするのに制約があるからね。このあたりの私立高校だとフランチャイズの関係で県境を越えての転勤があるから、なお悪い。」
「桜花の父さんは単身赴任しているからな。桜花のお母さんの方も中学に通う頃には転勤で他所に行く可能性があるんだろう?」
「転勤についていこうとすると転校しなきゃいけなくなるのも嫌。」
「うちは、母さんは塾だし、父さんは市立中学校の教師だから、転勤があっても市内だから自宅から通勤できるしな。」
「転勤制度って、絶対、男尊女卑で専業主婦を前提としているわね。」
「別居しているとはいっても、桜花の両親って仲がいいんでしょう。」
「毎日のように電話したり、メールしたりして連絡を取っているみたい。週末はこっちに帰ってきて新婚夫婦みたくいちゃいちゃしているから、身の置き場所がないわ。子供としては両親が仲がいいのは歓迎だけれどね。」
「それでうちに逃げてくるのか?」
「悪い?お父さんと一緒にいるときの母さんって、母親じゃなくてお父さんの恋人だもの。私だって女の子よ。花が咲いたように幸せそうにしている母さんの邪魔はしたくないわ。その代わり私の邪魔もさせない。」
「相田家の女性陣はよく似ているからな。桜花の親ほどではないけれど、うちの親も仲がいい。毎日顔を合わせている分、気持ちに余裕がある感じだけれどね。それでも、夫婦でいると邪魔だから自分の部屋に行けという視線は感じる。」
「私を一緒にしないでよ。夫婦仲がいいのは憧れるけれど、あんなベタベタするような態度は嫌よ。私は私よ。」
「(自覚なかったのか?)残念だがな、性格も、容姿も、趣味も、他人と言えないほどそっくりだからあきらめな。」
「うちって親族の血縁が濃いから、容姿が似ているのは仕方ないけどね。」
桜花は親族で撮った集合写真を見てため息をつく。どう考えても、桜花が30代や50代になった時に母親たちや祖母たちのような容姿になることは否定できない。背格好が、母親たちや祖母たちに追い付いてきたからなおさらだ。そのうえ、彼女らの高校時代の黒歴史映像という物証もある。
「ところで、母さんたちは塾で教えている姿をたまに見かけるけれど、桜花のお母さんや、俺達の父さん達って学校でどんな授業をしているのだろう。」
「それなりに、良い先生なんじゃない?生徒に人気がなければ、正月にあんなに年賀状が届くわけ無いもの。」
「返信をするのを手伝わされるけれど、あれが葉書ではなくて、札束だったらどんなに良いかと思うほどには年賀状や暑中見舞いが来るものな。」
「宿題なんかでわからないことを教えてもらった感じだと、普通の先生じゃないのかな。」
「でも、最近は、教師をしている親として知らないとは言えないものだから、何々を読みなさいとか、どこそこを調べなさいという回答が多くなったな。」
「意地悪しないの。誰だって、知っていることは教えられるけれど、分からないことはこうじゃないかなってアドバイスするしかできないでしょう?」
「はいはい。桜花先生、社会科の歴史の宿題でここ分からないのだけれど、教えてください。」
「その代わり算数の宿題を教えてね。それと先生はやめて。」
遠足を兼ねた校外学習で市内の郷土史資料館に行った時のことを思い出して、桜花はむっとしていた。
あの日は、バスの中で体調を崩したクラスメートが何人かいたため、その対応のために学級委員の俺と桜花が担任教師に代わって、学年主任をしている他のクラスの担任教師のお供をして自分のクラスの利用手続きの書類を受付に提出した。
「午前中はクラス単位で順番に資料館の見学を行います。その後班単位での自由行動で14時に再び駐車場に集まってください。注意事項は事前に配布したしおりにありますので、思い出して守ること。では、最初に1組で、その10分後に2組といった順で、10分ごとに入場します。」
俺達の3組は入場まで20分も待たされることになった。さすがに時間があるので、俺と桜花がしおりの注意事項を検めてクラスメートに確認して徹底するとともに、事前学習で調べておいた見ておくべきことを確認していく。
俺と桜花は、優等生の宿命として、校内の学習でも班別学習で教える側にまわることが多い。俺と桜花は、その時には既に身長が170cmを超えていてクラスメートより飛びぬけて身長が高かった。一方で、担任教師の服装は生徒と同じく学校の指定のジャージだったうえに、正担任の20代半ばの女教師も副担任の新卒の女教師も140cm台の低身長で童顔だったので、生徒の中に紛れてしまっていた。
3組が入場する時間が来て、先頭にいた俺と桜花のところに資料館の職員が案内にやってきた。
「3組で、教職員を合わせて42名であっていますか?」
「体調不良で4名が抜けていますので、ここにいるのは38名になります。」
「了解しました。案内しますのでついてきてください。」
「皆行くよ。ついてきて。」
後ろにいた副担任に目で確認してから、移動を開始した。
資料館の職員は、なぜか俺と桜花の様子を伺いながら案内をしていく。授業やクラスのことについていくつか質問されたので、答えられる範囲でお茶を濁しておいた。
「それでは先生。屋内での見学はこれで終わりです。昼食の時に教職員側のレポート報告について話がありますので忘れないでください。」
周囲のクラスメートとともに一瞬固まってしまう。この職員は、俺と桜花を担任教師と誤認していたようなのだ。それを後ろから見ていた副担任が、やっと申し訳なさそうに、「私が教師で、その子達は生徒なんです」なんて名乗り出たものだから、クラスメート全体で爆笑してしまった。それ以後、俺と桜花は「先生」なんてあだ名をつけられてしまったのである。
そんな話も、今となっては懐かしい話だ。俺と桜花は、高校卒業後に地元にある国立大学の教育学部に進学した。もっとも、その時に俺の妻となっていた桜花が5月の出産予定で妊娠していたのだけは計算外だった……キスとお触りだけして桜花を生殺しにしていた俺も悪いのだが、約束を破って俺が寝ている間に桜花が搾り取った結果である。そういえば、母たちも祖母たちも10代で出産していたのだなと、妻をいたわりながら、よく似た母娘だと感心する。
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