第4話 ~髪は長い友達~

 橘花(きっか)と皐希(こうき)が生まれた頃あたりから、俺の髪を桜花が切るようになった。

 それまでは親に髪を刈ってもらっていた。電動バリカンのアタッチメントを30mmぐらいに設定して丸刈りにしていただけだったこともあって簡単そうに見えたのか、桜花がやりたがって玩具にされた。初回は虎刈りにされて、結局、母が五分刈りで刈り直した。必要以上に髪を短くされ、翌日に友人たちからいじられる運命が確定した身としては面白くなく、桜花と喧嘩になった。

 その晩、風呂から出てテレビを見ていたら、隣で雑誌を読んでいた桜花が居眠りし始めた。こうなってしまうと、トイレに起きた場合以外では翌朝まで目覚めないことが多いので、ベッドに運んで俺も寝てしまおうと思った。ふと、桜花が読んでいた雑誌を見たら、髪を三つ編みにする方法と、その応用の髪型を紹介する記事が目に入った。昼間のこともあって、いたずら心に火がついてしまった俺は、サイドツインテールにしていた桜花の髪を解くと、髪を梳き直した。雑誌の記事を参考にして桜花の髪を三つ編みにしてしまう。いつも洗ってやっている髪はしなやかで、いじっていると癖になりそうな気分になってくる。桜花のうなじを見ていると何となくドキドキもしてくる。編み終わったら、くるくると巻いてやってお団子にまとめてやった。終わったら布団に運んで、桜花を抱き枕にした。

「桜花ちゃん、髪形を変えたの? なかなか、可愛いわよ。」

 翌朝、起きてきた桜花の髪型がいつもと違っているのを母が指摘した。

「アップにまとめているのも可愛いよね。」

 桜花は、自分の頭をなでて髪形が変わっているのを確認すると、「和音、私の髪に何をした!」と言い捨てて、慌てて洗面所に行った。

「え?寝ぼけていたの?俺に髪を編ませておいて、気持ちよさげに先に寝てしまったのは桜花じゃないか。」と、嘘の言い訳で追い打ちをかけておく。

 戻ってきた桜花にキッと睨まれたが、髪形そのものは及第点だったらしく、そのままになっていた。そして、「責任取ってね」とニマッと笑った。それ以来、小学校を卒業するまで、毎朝のように髪結いをやらされるようになった。女性誌のヘアスタイルの記事やヘアケアの記事で桜花が気に入った記事があると読まされるようにもなった。


 中学の入学式前の春休みに、中学の校則を読んでいた桜花は、唸っていた。

「なんか校則の髪型って面倒だよね。」

「普通にしていれば問題ないものばかりじゃないか?」

「和音、よく読んでいないでしょう?」

「一、染髪及び髪の脱色を禁じる。ただし黒色系の色での染髪は認める。」

「これって、地毛に関係なく黒髪以外認めないって暗に言っているよね。」

「一、パーマを禁じる。ただしストレートパーマについては認める。」

「これって、天然パーマの子にストレートパーマを強要しているよね。」

「一、髪の長さは首筋および襟元が見える長さとする。男子の場合、5cm以下にすることが望ましい。女子の場合、首筋および襟元が見えるようにまとめてあれば、例外とする。」

「例示を見ると、お団子にまとめる以外は、ポニーテイルやお下げ髪なんかの長髪も禁止だよね。」

「一、側頭部は耳を必ず出す髪型にすること。一、前髪は眉毛にかからない長さにすること。」

「これじゃ自由度なんてないじゃないか。」

「ようするに耳出しのショートボブ系から、ミドルボブというかおかっぱ頭にしろってことでしょう? 前髪の分け方、前髪のサイド処理、耳を出すための髪の流し方、おくれ毛の処理、揉み上げやこめかみの処理。後ろ髪をワンレンにするのか刈り上げるのかでも違ってくるな。いじれる範囲は少ないといっても無個性なわけではあるまい。母さんたちの髪型をよく見てみろ。桜花なら、いつもアップにしている後ろ髪をバッサリ切るだけで、さほど変わらないぞ。イメージ的にはあまり変わらないし、可愛いと思うぞ。」

「和音がそう言うならそれでいい。和音が長い髪が好きそうだったから伸ばしていただけだし……でも、強制されて束縛されているようで生理的になんか嫌だ。」

 テーブルに伏せて、嫌々とうじうじしているのを見かねた俺は、桜花が後頭部から三つ編みにして垂らしていた髪を撫でてやった。撫でられるに任しているすきを狙って、三つ編みにしていた部分を根元からバッサリとハサミで切ってやった。

「ほら、かわいい。」

「酷い。感傷に浸らしてくれたっていいじゃないか。」

「何度見たって校則は変わらないよ。」

「桜花が素敵な女の子なのは俺が知っている。髪形が多少変わったところで魅力は変わらない。そもそもオシャレして誰に認めて欲しいっていうのさ。桜花の自己満足かい?」

「自己満足で何が悪い。それが自由ってものでしょう。」

「でもさ、自分の髪形の優先順位ってどのくらいなの?無駄にエネルギー使っても楽しくないでよ。」

「……ちゃんと座り直すから、責任を取って、最後まで仕上げまでやってくれるのでしょうね? それと電動バリカンを持ってきなさい。あなたの髪も刈ってあげるから。」

 あらためて理髪セットの道具を用意してから、桜花の後ろ髪を整えて合格点をもらうと、立場を変えて髪を切ってもらった。切り落とされた三つ編みの髪にため息をつきながら、仕返しとばかりに俺は五分刈りにされた。

「和音で遊ぶ方が、やっぱりいいや。」

 桜花は、やり切ったという顔で五分刈りにした俺の頭を撫でてきた。強引なことをしたという自覚はあるが、機嫌を直してくれて良かった。

 この時に切った俺たちの髪を桜花が持ち帰った。俺に隠れて何かを作っているようだったので気になってはいたが、5月になって男女一組の中学の制服を着た人形が、ケースに入れられてうちの居間に飾られていた。桜花が出来栄えを自慢していた。

「いい出来でしょう。私とあなたの中学入学記念の人形なの。髪は本物使っているからね。」

 後日、ケースの裏書を見たら、『和音と桜花の中学入学記念。和音が桜花を不幸にしたら呪う。和音が桜花を幸せにしてくれますように。』なんて書かれていた。見なかったことにしたい。ちなみに、高校の制服を着た高校入学記念バージョンと、婚礼衣装を着た入籍記念バージョンの二組が後年に追加で作られて俺たちの家に飾られている。きっと似たような裏書がされているのだろう。


 中学で俺が生徒会長で桜花が副会長をしていた時に、校則の髪型規定が厳しすぎると話題になった。1年生の女子の一部が反発していたのだ。

「桜花、髪形の校則が理不尽だって騒いでいるのがいるって聞いたけれど、何か聞いている。」

「人権の侵害だって騒いでいるのが数人いるだけだよ。SNSなんかで外部を巻き込んでいるから、大事になっているだけ。」

「騒いだところで、そう簡単に校則なんて変えられないのにね。」

「読者モデルをしているからとか言っていたけれど、特例を適用するには家計を支えるレベルの所得を稼いでいることが条件だから、市外に引っ越すか私立に転校した方が早いよ。ウィッグを使えという話もあるしね。」

「基本的には、市の教育委員会によるモデル校則をそのまま使っているだけだから、市内の公立中学はほぼ同じ校則だからな。」

「ポニーテイルやお下げ髪などの長髪の禁止事項って、ローカルの実施細目だけれどね。」

「昭和の暗黒時代に、伸ばしている髪を切ってしまったりする校内暴力やいじめがあったとか、教師の指示に従わずに髪をいじり続けた生徒がいたとかが、いくつかの理由があって決まったことみたいだけれど、変更するために火中の栗を拾う様な先生なんていないでしょう。」

「気にするのは、議案として挙がってきてからでもいいか。」

「和音が私に髪を伸ばして欲しいなら、髪を伸ばすのは高校になってからのお楽しみ。」

「それで俺にメンテナンスをさせるのかい?」

「当然でしょう?」


 中学の間は、校則の関係もあって桜花はショートボブ、俺は丸刈りにしていたが、定期的にお互いにカットをしあっていた。高校になってからは、部活の関係もあってそれほど長くはしていないとはいえ髪を伸ばすようになって、髪結いが復活した。いつの間にやら、頭髪のみならず、ムダ毛とか、腋毛などの陰部の毛の処理までやらされるようになっていた。

 桜花曰く、「髪とか毛の処理をしている時って、喧嘩していても一時的に休戦できるし、自分のことだけを見ていてくれるのがいい。」とのことだ。

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