第3話 ~柔道を始めたきっかけ~
あれは、高校に入学式の翌日に実力テストが実施された後のことだった。
入学式後のホームルームで、桜花はクラス担任の教師から学級委員長に指名された。入試の成績でクラスの中で一番だったからだそうだ。小学校や中学校でもよく学級委員長をやらされていたので、俺から見ると嫌だったのがわかる態度だったが、知らない人が見れば素直に引き受けたように見えただろう。同時に桜花からの推薦で俺が副委員長に推され、面倒ごとが嫌いなクラスメイト達は全会一致で承認してくれた。いつものことだが俺を巻き込まないでくれ。
不満を翌日まで持ち越さないように就寝前に桜花に話しておく。
「中学でも面倒だから嫌だといったのに、なんで巻き込んだ?」
「でも、副委員長に任命されなくても、私が和音に雑用を手伝わせるのは分かっているよね?」
「桜花が困っていれば手伝うよ。だけど、こういう役職に就くのは嫌だって言っていたのも知っていたよね?」
「役職に就いていなかったら気軽に手伝いをお願いできないじゃないか。そのぐらい察してちょうだい。それに私が学級委員長への就任を拒否したら、和音に就任要請する予定だったそうだからあきらめなさい。」
「先生から最初に二人セットで指名されていたら、拒否しなかったさ。拒否した方が後で面倒だからな。わざわざ、おまえが俺を指名したから、文句を言っている。」
「そうね。指名されたのが逆だったら何の問題もなかったのにね。私にまで見栄を張らなくていいのよ。」
「そんなことは言っていないだろう?」
「私は、やるなら和音といっしょにやりたいだけだよ。建前として一緒に行動していても問題ない理由がないと、たまに面倒なのがいるからね。」
俺の手を桜花が自分の胸に這わせながら、今度は私の番とばかりに言葉をつないでいく。
「面倒がっているのは、わたしという妻を放っておいて、新しくできた友達と遊ぶつもりだからかしら?」
「そんなことは言っていないだろう?」
「クラスメイトの女子の胸元を見て鼻の下伸ばしていたのは誰よ?」
「恋愛面で他の女子に手を出すわけないだろう?それだけは信用しておけよ。」
「だったら、他の女子の胸元を見て、私の胸元を見てため息ついてたのは何よ!」
翌日実力テストがあるから早く寝ろと一方的に打ち切るまで、同じ布団の中で口喧嘩していた。距離感って難しい。せめて、不満を貯めこんで暴発しないで欲しい。
翌日の朝は他の家族にはしっかり挨拶しているのに俺だけには挨拶もなく、顎で俺に指示を出しながら、家事を分担してから登校した。いろいろ燻ってようだ。徹夜してでも不満を解消しておいた方が良かったのか、時間が必要なのか……今回は俺が不満をぶちまけたのをきっかけとして、溜まっていた不満が暴発したようなので、余計に歩が悪い。
午前中のテストが終わった昼休みに、午後の科目のテスト範囲を確認していると、隣の席にクラスメイトのところに何人か集まって雑談していた。楽しそうだったので仲間に入って紛れてみた。
「放課後に、近所の甘味処に行かないか?」
「テスト終了記念で、いいんじゃない。」
「この近所は詳しくないから、穴場教えてよ。」
「そういうのは地元民に任せなさい。」
翌日に、学校周辺の地元民の女子3人に他の中学から進学した俺を含めた男子4人で、学校近くの市街地で遊ぶ約束をした。あとで、桜花を誘って連れて行けば問題あるまい。予鈴に従って自席に戻ったら、隣の席の桜花に睨まれた。今朝より機嫌が悪そうだ。
帰りのホームルーム後は、割り振られた担当場所を掃除して、解散となった。通常ならば部活動の時間となるが、1年生にはまだそれがない。週明けの月曜日に生徒会主催で部活紹介が行われる予定で、午後の授業終了後に行事枠が設定されていた。
掃除の担当場所は、体育館1階の柔道場と剣道場及びそこに隣接する中庭となっていて、遊びに行く約束をした俺達7人と桜花の8人で掃除することになっていた。桜花の指示で、桜花と俺と同じ中学だった桜井君と隣の席の佐野さんとで柔道場と剣道場の掃除を行い、他のメンバーに中庭の掃除を頼んだ。あとゴミを捨てに行くだけとなってから、テスト明けの解放感もあって桜井君とふざけ始めたら、転んで真面目に柔道場でゴミをまとめていた桜花を押し倒してしまった。
桜花は立ち上がると、「痛いじゃない。何するの。」と言って、バシッと俺を張り倒した。俺と桜花の間には遠慮なんてものは存在しない。そのまま取っ組み合いの喧嘩になった。疳の虫の居所が悪かったのだろう。すぐに頭に血が上って、二人で殴るは、蹴るは、投げ飛ばすはと乱闘になった。クラスメイトが仲裁しようと遠巻きに声をかけてきていたが、収まらなかった。でも、桜花に投げ飛ばされて受け身を取って立ち上がった時に気づいてしまった、ギャラリーに囲まれていることに、鼻血を出している桜花の後ろに見える柔道場の外の中庭の向こうから体格のいい教師が走ってくることに……さすがに冷静になった。再び掴みかかってきた桜花の右腕を掻い潜って左手を背中に回して桜花を抱き寄せキスをして、彼女が戸惑っているところを右手で足を刈って、彼女を強引にお姫様抱っこした。そのままギャラリーの壁が薄そうなところに突進して謝りながらなぎ倒して、逃走を図った。後ろの状況から追手がかかったのがわかる。桜花は途中でもがいていたが「家で説教」と言って大人しくなった。校内を逃げ回った末に荷物を取りに行ったところで、捕まった。俺たちを取り押さえたのは、部活をしに来た柔道部の先輩方だった。
俺たちは、柔道場に連れ戻された。俺と桜花は柔道場で正座させられ、それを教師と先輩方が見下ろしている。桜花は、和音が悪いとばかりに、俺の左腕をがっしり抱えていた。柔道部と生徒会の顧問で生徒指導も担当している体育の斎藤先生に、柔道部の部長で生徒会長の三年生の山本先輩に、同じく女性で柔道部の副部長で生徒副会長の三年生の川島先輩、柔道部で風紀委員長の二年生の田中先輩に、同じく女性で柔道部で風紀副委員長の二年生の鈴木先輩に、柔道部で生徒会書記の二年生の立花先輩に女性の小川先輩……何なのこのメンバーの肩書は……騒ぎを起こしてはいけない場所で騒ぎを起こしてしまったということらしい。
長い説教だった。最終的に反省文の提出が言い渡され、「それだけエネルギーが有り余っているなら、雑用でこき使ってやる。」と、保護観察の名目で生徒会と柔道部の雑用係としてこき使われることになった。1年生の雑用係が欲しかった生徒会に、男女3名づつの6名で廃部寸前の柔道部と、二重の意味で捕まってしまい、気が付いたら柔道部員になっていた。手伝いをしていた関係で、生徒会でも高校二年の秋に桜花が生徒会長に選出され俺が副会長になった。後で聞いたところによると、斎藤先生は俺の両親や桜花の両親と同じ大学の同期で、桜花の両親とは別の高校で同僚だったことがあるそうだ。もともと斎藤先生は生徒会と柔道部に勧誘しようと狙っていたそうで、問題を起こしてくれて弱みを掴めて手間が省けたと、うちの両親との飲み会で笑っていた。世の中は狭い。
下校前に遊びに行く約束だったメンバーに騒動を起こしたことを携帯で連絡して謝って、翌日、あらためて桜花を含めた8人で遊びに行った。最初は拗ねていた桜花であったが、俺の交際相手であることを他のメンバーに暴露したところ、当然のようにクラスメイトに尋問されてあたふたしていたが、ともかく機嫌は好転してくれた。
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