第四章 偏愛 5


 稲生きよみは目を覚ました時、自分がどこにいるか認識出来ないでいた。


 ベットに横たわっている事は確認できる。身体をゆっくり起こすと、少し頭痛がして目がくらんだ。 左手に点滴の管がつけられているところをみると、病院のベットらしい。


 少し頭痛が収まってくると、炎の中に飛び込んでくる祥子の姿が頭に浮かんだ。


 無意識に頬を涙が伝っていた。わたしなんかの為にあんな危険なことを。


 祥子が飛び込んできて自分を担ぎ上げて放り投げたことをハッキリと思い出した。


 祥子は無事だろうか?そう考えたらさらに涙があふれてきた。


 そうだ、彼女の為にもわたしは死んではいけない。あいつの悪事をこれ以上拡大させない為に警察に協力しよう。それによって自分がどんな罪に問われようが構わない。罪を償ったら、祥子に会いに行って感謝を伝えよう。そう決心して、ポケットに入れてあった瓶を取り出し強く握りしめた。


 コンコンと扉がノックされた。


「はい」きよみは返事をしたが、喉を少しやられているのか上手く声が出なかった。


「看護師の佐藤です、入ります」


 ドアを開けてすらりと背の高い看護師の女性がキャスターの付いた台を押しながら入ってきた。


「目を覚まされたようですね、よかった」


 そう言うと点滴のパックの残りを確認してからそれを外し、新しいものに取り替えた。


「まだ、頭痛とかしますか?無理しないように寝ていて下さい」


 そう言うと、近付いて顔を至近距離でのぞき込んだ。


「まあ、あなたに生きていられても、大して脅威ではありませんが、消えてもらったほうがようさそうですね」


 先程までとは違うその声を聞いて、きよみは一気に汗が噴き出した。声を出そうとしたが、身体がまったくいう事をきかない。


「さようなら」


 そう言った看護師の表情は口元だけは笑っていたが、目は何の感情も読み取れないガラス玉のようだった。

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