第三章 愛憎 9

 京都府警に合同捜査本部が設置されることになり、捜査員が集められていた。

 

 東京で見つかった出版社勤務の二人の男性、大阪の芸能事務所に所属していた二人の女性、そして京都での人気俳優、いずれの体内からも新種の成分の毒物が発見され、死因はいずれもその毒物による呼吸器不全ということが分かった。


 世間的にみれば、人気俳優宇根元駿河の死のインパクトが大きいため京都府警を中心に合同捜査が行われることとなった。


 そうはいっても、ここまで広域にわたる捜査本部となると指揮系統が問題となるのは当然のことで、先程からの二人の刑事のただならぬ雰囲気に周りも気まずい雰囲気になっていた。


「だから、宇根元の住まいは東京なんだから、警視庁にまかせておけばいいんじゃないの?」


「宇根元が殺されたのは京都や。だから京都に捜査本部は順当やろ。いちいち場の空気を荒らすんわやめろ」


「そこの二人、ええ加減にしろ。意見は要求された時に言え」


 そう言ったのは京都府警本部長の平山直也ひらやまなおやだ。


「田中、お前は黙っとけ」篠原は語気を強めて田中に言った。


「水尾、ここは京都府警やぞ」多田が水尾をたしなめる。


 篠原は内心えらいことになったなと思っていた。この二人はお互いを意識し過ぎていて、顔を合わせるごとにこんなことになる。


 田中の態度はことあるごとに水尾の神経を逆なでるし、田中にしても、水尾にだけは必要以上に突っかかる傾向がある。二人とも優秀な刑事であることは、これまでの実績をみれば一目瞭然なのだが、相性が悪すぎる。


「では、まず毒物の報告を科捜研からしてもらう」


 平山が二人の雰囲気など知ったことかといったような強気な態度で話した。


「今回被害者の体内から発見されたものは、日本では一度も見つかっていない特殊な物です。高度な生成法で作られた物で、似たような成分の物が一度アメリカで見つかっています。成分が完全に一致したわけではありませんが、ほぼ同じ方法で作られた物といって差し支えありません。特徴としては、人間の呼吸器に影響を与えて死に至らしめるというもので、恐らく無味無臭、体内に取り込む場合は口からの場合と、小さな傷からでも致死量に至る強力なものです。それも直ぐに死に至るわけではなく、ある程度の時間をおいてから死に至る、発見が困難なものです。明らかに人を殺す目的で作られた、特別な毒物ということです」


 この科捜研からの報告を聞いて、捜査本部内は静まり返った。そこにいる捜査員がこの毒物の危なさを肌で感じたからだ。犯罪に使うために作られた人工的な毒物。この響きは明らかに警察に対する挑戦状とも言うべきものだ。


「問題は被害者がどういった経緯でこの毒物を盛られたかということだな。犯人の動機とともにここを重点的にあらうぞ。一応合同捜査となっているが、各県警には各々の事件を重点的に捜査してもらう。警視庁からは二人にきてもらっているが、二人には臨機応変に各県警に協力を頼む」


 田中が手を挙げて意見をいう機会を求めた。


「何だ?」


「被害者の身辺から見つかった郵便物の同一の写真からある場所を特定していますので、我々に行かせて貰えませんか」


 平山は少し思案した後話し出した。


「良いだろう、岐阜だったな。岐阜県警には連絡を入れておく」


「ありがとうございます」田中は深くお辞儀した。


「ちっ、俺達も突き止めていたのに何であいつが……」水尾は聞こえるように舌打ちした。


「まあまあ水尾さん。ここは向こうにまかせて、俺達は俺達でやることやりましょう」元平が水尾の肩を揉みながら行った。


「分かっとるわ。お前に言われんでも、これは俺達警察全体に対する挑戦状や。アイツとの手柄合戦なんて最初から眼中に無い」


 そう言って立ち上がると、田中の方に目を向けることもなく捜査本部を出て行った。


 篠原はそれを見て少し安心した。水尾の熱い所は嫌いでは無かったし、それが田中にいい影響を与えることも少なからずあることも知っていた。


「さあ、俺達も行くぞ」篠原は田中の肩を叩いて立ち上がった。


「この犯人は絶対野放しにできませんからね」


 そう言った田中の目は水尾と同じように熱い光を放っていた。

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