第一章 愛護 6

 インタビューが行われたスタジオの入っているビルの中二階に当たる所は、大きな吹き抜けになっていて、そのオープンなスペースに飲食のできる場所があり、周りにテイクアウト専門の店が数軒並んでいて、そこで好きなものを注文してチーム櫻子と立花せり、稲生きよみは昼食をとりながら和やかな時を過ごしていた。


「それにしても、さっきの美紀ちゃんの絆創膏の渡し方、もう少し何とかならないの?」


 せりが目の前にあるパスタを口に入れながら少しからかうように言った。


「そりゃ無理ってもんでしょう。美紀ちゃんに愛想があったらそれこそ熱でもあるんじゃ無いかと心配しちゃうよ」


 櫻子はこれが乙女の昼食かというようながっつり目のステーキ丼を頬張りながらもごもごと話した。


「かわいげが無いのは自覚しておりますので、皆様心配なさらぬようお願いします」


 美紀はダイエット中なのかと思うようなドレッシングのかかっていないサラダをフォークで突きながら少し不貞腐れていた。


 何でこの人達はこんなにがっつり食事をして、こんなスタイルをキープ出来るのだろう?私は水を飲んだだけでも太っていくのに。神様はこんな所も差別をしてくるのか。やはり、今年のお賽銭をケチったのがいけなかったのか?。でも櫻子さんなんて祥子さんに借りてお賽銭してるのに、仕事運も良いし、健康運も最高だ。私は、去年奮発して千円もお賽銭したのに全く良いことが無かったので、今年のお賽銭は百円にしたのだ。やはり、神様というのは不平等に恵みを与えるのだなと改めて感じた。


「美紀ちゃん、怖いわよ、雰囲気が。大丈夫?」


 祥子が心配そうに鼻が付きそうな距離で顔をのぞき込んできた。


 何なの、この美しさは。祥子さん追い打ちをかけないで下さいと思いながら、ニコッと笑い返し


「何でもありません。大丈夫です」と言いながら美紀は大きく溜息をついた。


 美紀が稲生きよみの方に目を向けると、きよみはマックスの首輪をなんとか交換しようと奮闘しているようだが、マックスが嫌がり上手くいかないようだ。


「本当に、お気に入りみたいですね、その首輪。大人しいマックスがそんなに嫌がるなんて」


 そう言って櫻子は既に食べ終わっているどんぶりを名残惜しそう眺めた。


「そうなの。聞き分けの良い子なんだけど、この首輪に関しては頑固なのよね。サイズも合ってないし、さっきみたいなことがあったら怖いんで交換させて欲しいんだけどなぁ」


 きよみは諦めて椅子に座り直し、コーヒーを口に含んだ。


「きよみさんもお昼食べないんですか?」


 美紀はコーヒーしか飲んでないきよみに少し自分に共感して欲しいとの思いも込めて聞いてみた。


「ちょっと食欲無くって……」きよみは元気無さそうに答えた。


「大丈夫なんですか?本当に働き過ぎですよきよみさん。休むことも大事ですよ」


 祥子はそう言いながら櫻子の方にチラッと視線を移した。


「そういえばさっき言っていたトラブルってなんなんですか」


 美紀は少し気を使いながら尋ねた。


「それが、変な手紙がうちの事務所に届くようになって、その内容が少し脅迫じみた内容なの」


「脅迫って、警察には相談したんですか?」祥子は驚いた表情を浮かべた。


「私は無視しましょうって言ったんだけど、スタッフの皆は「あぶないですよ」と言うので一応警察には報告したんだけど、実害があった訳でも無かったので、少し様子を見ましょうということになったんだけど、昨日送られてきた郵便物がそれまでと違っていて妙だったから、今は警察に動いて貰っているの」


「話したく無ければいいんですけど、もし良かったらその郵便物の詳細って教えてもらえます?」


 美紀は少し聞きづらそうに、少し小声で聞いてみた。


「これといって何か危険を感じるものでも無いのだけれど、心当たりが無いのが気味悪くて。中身が何処かの鍵と、数枚の写真だったの。鍵にも写真に写っている風景にも心当たりがなくって、何かの間違いかなとも思ったんだけど」


「まあ、警察に任せておけば大丈夫だとは思いますけど、きよみさん自身も気を付けたほうが良さそうですね。夜の一人歩きとかは控えたほうがいいですよ」


 美紀はそう言いながら、頭には二人の刑事の顔が浮かんでいた。あの二人がいてくれたら心強いのになと考えている自分に少し驚いた。ここは京都だから到底無理な話だが、あの二人ならそんなこと関係無しで護ってくれそうだとも思った。


「えっ?美紀ちゃん何ニヤニヤしてるの?そんな表情見たこと無いんだけど」

 

 櫻子が先程の祥子と同じように鼻が付くくらいの距離でこちらを見つめているのに驚き、思わず「わあ!」と大きな声を出してしまった。


 顔が赤いのを何とか悟られないようにと明後日の方向をみてごまかそうとしたが、櫻子が今度は抱きついてきて耳元で「何を考えていたのかな~」と追い打ちを掛けてきた。


「何もないですよ、本当に」

 

 美紀は櫻子を振りほどき椅子から立ち上がりブンブンと首を振って、顔のほてりを何とか抑えた。


「本当かなぁ。何かやらしいこと考えてたんじゃないの?」


 そう櫻子に言われて美紀は自分の顔がまた熱くなるのを感じていた。

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